3.食事処カタギ 第1章 抜粋 前編

私、手良てら実花みかは、いまお食事処カタギというところで給仕のアルバイトをしている。別に店主が元〇〇〇だからというわけではなく苗字がかたぎだからである。今は温和な雰囲気を持ちながらも端厳な顔立ちの大将、さとるさんと勝気な弟子の的場まとばてつさんが料理を行っている。


本来大将のお嫁さんが給仕をしていたそうなのだが、身重で人手が足りないという理由で募集されており、家から近いという理由で選んだ職場である。その時は店の名前など気にせず、受かった後に名前を知って青ざめた。ただ、大将の苗字を聞いて一安心したことを覚えている。ああ、そうそうここでは一つ変わったサービスを行ってるのだ。それはというと・・・


「おい、ねえちゃんいつものあれお願い」


注文したのはガタイのいいおじさんだった。


「はい、わかりました」


返事をしたもののこのお客さんとは初対面。わかるわけがない。勢いで返事をしてしまったのもあるが、大将と哲さんならわかるだろうという期待を胸に注文を告げに行く。


「あの方のいつものあれって言われたんですが」


「わからないのに返事すんなよな」


「すみません」


「まあまあ、あー太志ふとしさんね。多分あれだな。テツ頼んどいたの出来てるか?」


「はい、出来てます」


どうやら常連さんのようで、大将は予想が出来ているようで一安心。


「はい、じゃあ、これとこれ。お願いね」


大将に渡されたのは、ビールとカレイの煮つけだった。


「お待たせしました」


「おーこれこれ。ありがとね」


どうやら正解だったようだ。しかし、カレイの煮つけを食べてみるみる太志さんの表情がしかめ面になっていく。


「これじゃねぇ。今日はもう帰る。勘定ここに置いとくよ」


「え、あっちょっと待ってください」


何が気に食わなかったのか、私一人では止めきれず太志さんは帰って行ってしまった。


「大将、あの」


厨房のほうを見ると、哲さんが固まってしまっているのがわかる。


「テツ、味変えたな」


「いや、そんなはずは・・・」


「うちの味が出せるようになったと思ったから味付けをお前に任せたんだからな。あの人はいつもの味を求めてきてるんだ。そういうお客さんも多い。仕込んだもの捨ててこい」


「はい。すみませんでした」


声を荒げているわけでもないのに、大将から怒気がこぼれ出ていて怒りの感情がヒシヒシと感じられる。一方の哲さんは納得のいかないような面持ちだった。


「あと、ミカちゃん」


「ひゃい」


先ほどの迫力ある大将の姿を見て矛先がこちらに向いたことで返事が上ずってしまった。


「そんな怖がらないで。段々覚えていけばいいけど、わからない時はちゃんと聞く。常連さんでも頭に浮かんだものでいいのか注文を繰り返す、いいね?」


哲さんのときより言葉が柔らかい。入って日が浅いからだろうか。


「わかりました」


怒られたことにより言葉尻がさがってしまう。


「ほら、二人とも、落ち込んでる暇ないよ。まだ営業時間中。シャキっとしてシャキっと」


大将の言葉で気持ちを立て直す。今度から気をつければいいのだ。ただ、哲さんの表情は曇ったままだった。


「テツ、まだ混む時間じゃないし、少し休憩してこい」


「はい、お言葉に甘えさせてもらいます」


哲さんはまだ気持ちの切り替えが出来ていないのを見越して大将は休憩を促していた。哲さんもそれを分かっているのか気分転換に裏口から外に出ていった。大丈夫だろうか。


「大丈夫、テツはそんなヤワじゃないよ。それにしてもミカちゃん肝が据わってるね」


「くよくよしてても仕方ないですからね」


「君を選んで正解だったよ。テツと同じ扱いでも大丈夫かな」


「それはちょっと・・・」


「ははは、冗談だよ。でも何度も同じ事繰り返すようなら容赦はしないよ」


そんな会話をしているとガラガラと店の戸が開く音がした。


「いらっしゃいませ」


その後次々にお客さんがやってきた。大将の言う通り、込み始めた頃に哲さんは曇った表情ではなくいつもの気の引き締まった表情で戻ってきた。


「すみません、今戻りました。」


「そんなのいいから早く手伝え」


やはり大将は哲さんにあたりが強い気がする。


「ミカちゃん、揚げ出し豆腐できたよ」


「はい」


「ミカ、こっちの刺身盛り合わせも頼む」


「はい~」


「語尾を伸ばすなよ」


「おねえさん注文いいかな?」


「はい、ただいま」


今日も今日とて大忙しだった。


「二人ともお疲れ様」


「お疲れ様でした」


「はあー疲れた~」


「ミカちゃん今日もここで夕飯食べてく?」


「食べていきます」


「ははっ、まだまだ働けそうだ」


「いやそれは無理です」


「冗談だよ」


そんなやり取りをしているなか哲さんは帰ろうとしていた。


「テツも食べてけ」


「・・・わかりました」


大将が夕飯に出してきたのは、カレイの煮つけだった。哲さんが作ったものではないはず。あれから大将が新しく作ったのだろう。なんだか気まずい。そんな気まずい雰囲気を切ったのは大将だった。


「・・・実は俺もな、太志さんにああいう風に言われて帰られたこと何回もあったよ」


「えっ」


「太志さんは親父の頃からの常連でな、ある日カレイの煮つけを任されるようになったんだが、案の定太志さんは納得しなかった。今日みたいに帰ってったよ。そして、親父にどやされて夕飯にカレイの煮つけを出された。後は自分で何とかしろって言う風に。一つだけアドバイスだ。


そういうと大将は奥の厨房に消えてった。大将なりの哲さんへの励まし、そして大将が辿り着いた答えを教えてくれたのだ。最近知り合ったばかりだがこれだけはわかる、これに応えない哲さんではないはずだ。ほら、闘志を燃やし今すぐにでも試したそうにうずうずしている。


「いいのか、来なくて」


奥の厨房から大将の声が聞こえてくる。


「今行きます」


ご飯をかき込んで哲さんは大将のいる奥の厨房へと向かっていった。大将は哲さんに厳しいのか甘いのかわからない。まあ、大将のお父さんよりは確実に甘いのはわかる。


「なんかいいな。ああいうの」


そんなことを思いながら、カレイの煮つけでご飯を食べていた。


「ご馳走様でした」


「ちょっとまって。テツ、ミカちゃん送ってってやれ」


「いや、あいつなら家近いから大丈夫ですよ」


「いいから、いけ!!」


「は、はい」


「哲さんまたドヤされてる」


「うるせー、はやく行くぞ」


「はーい。お願いします」

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