10.晴れたものと曇ったもの
気になって気になって、待つことができなくなって聞いてしまった。
「ん?ああ、うまくいっている、かはわかりませんが別れてませんよ。彼に“一緒に歩いていた子誰?”って聞いたら、“友だち”って真顔で簡単に言うんです。そこで思ったんです。彼はあの絵本のウサギだと。彼にとって、私は数多くいる友だちのなかの“彼女”というポジションに過ぎないんだなって。私悔しくなっちゃって、それと同時に怖くも感じました。」
そこまで聞いてようやくわかったような気がする。
「タヌキとかリスとかキツネに彼は取られるんじゃないかって思ったの?」
言葉にして見て不躾なことを聞いたと思い、後悔はありつつも聞き逃したくなかったので、綺華さんをジッと見つめ続けた。
「ふふふっ。ド直球ですね。そこが珮夏さんのいいとこだと思いますけど・・・別に私そいつらは怖くないです。他の存在が怖いんです、だから、私努力しようと思ったんです。彼に振り向いてもらうために、ゾッコンになってもらうために。他の女の子が目に入らなくなるぐらい。」
綺華さんはそんなことを無邪気な表情で言った。そんなことを綺華さんに言われて彼氏はなんて贅沢なんだ。と思いながらも、ちょっと怖さも感じる。ただ、怖さの正体も気になるが、今はほかにどうしても気になることがあった。綺華さんから言ってくれないかなと願いはするが、この調子だと言ってくれないだろうと確信していた。
「綺華さん、”他の存在”ってなんですか?」
「ふふふっ、秘密です。」
勇気を出して聞いてみたが、断られてしまった。こう言われてしまえば、今の私では問い詰めることもできない。
「わかった」
「そんな不貞腐れないでくださいよ。珮夏さんはわかりやすいですね。」
そんなに顔に出てしまっていたのだろうか。私的には平静を装ってはいたんだけどな。
「しょうがないですね。ヒントです。最初に言葉を発したのは誰だと思います?」
“最初に言葉を発した”者?私は、絵本の内容を思い出す。そして、なんとなくわかったような気がする。
「うーん、でもな・・・」
「その様子だとわかったみたいですね。まあ、私の考えすぎかもしれませんが。多分、珮夏さんに会わなかったらそう思ってなかったかもしれません。」
「え?どういう?」
綺華さんはそれ以上話す気はないようで、すでに椅子から立ち上がっていた。
「ごめんなさい。これから彼とデートなんです。」
止めたい気はするが、彼という単語が出てきた時点で私は諦めた。すると、すでに部屋から出ようとしていた綺華さんがこちらに振り返る。
「あー、そうそう私明日からここにバイトで雇ってもらうことになったので、よろしくね、珮夏」
「へっ?」
頭が追いつかない。私云々のところも、バイト云々のところも、呼び捨てされたことも気になる。そして、バタンと扉が閉じた音で忘れていたことを思い出した。
「ああ‼連絡先交換するの忘れてた~‼」
「何ですか?大声だして表まで声が響いていますよ。」
「す、すみません。でも、連絡先交換するの忘れて。」
「はあ、そんなことですか。さっき綺華さんからバイトの話、聞いたんじゃないんですか。」
「あっ。そうでした。はあ、ダメだな私。」
連絡先を交換することにだけ、頭がいっていたようだ。さっきまで気になっていたのに忘れていた。
「それより、ハイカさんが知りたかったこと、聞けましたか?」
「あ、はい。でも、ツカサさんには教えませんよ。」
いつもやられていることをツカサさんにやってしまった。ただ、ツカサさんは別に気にしていないようだった。
「別にいいですよ。知ったところでその先、私ができることはないですから。」
ツカサさんの目は私に向いているのに、焦点は別の場所に合わされている、そんな感じがした。それに、ツカサさんの声には、複雑な感情が入り混じっているようで重く感じる。それらの正体はわからなかったが。
「レファレンスって難しいですね。」
「難しいですよ。利用者一人一人知りたいことも違いますし、同じだったとしても、同じ情報を紹介してうまくいく保証はないですからね。だから私たちは、利用者一人一人と向き合わなければならないんです。適切な距離をとりつつも。」
「無責任ですね。」
その言葉がポンッと出てきた。別にツカサさんを責めているわけではない。でも、なんでかわからないけどその言葉が出てくる。
「あははは。そうかもしれませんね。ほら、そんなことより休憩は終わりです。さっきのことまとめておいてください、それも重要な仕事ですから。ただ、誰にも見られないように気をつけてくださいね。」
「わかってます。」
私は今回起こったことをまとめる。自分の感情を抜きにして。どんな悩みを持っていて、そして何を紹介したのか。どうしてそれを紹介したのか、ここの部分はツカサさんが書いた方がいいのかもしれないけど、私なりにまとめる。
「あっ、そうそう。ツカサさん、私一人で気付いたことあったんですよ。」
「ほう、なんですか?」
「あの本のタイトル、そして登場人物のことです。」
そう言うとなんだかツカサさんが俯いていた。
「ハイカさんに気付かれるなんて安直すぎましたかね。」
「な!?ひどいですよ、ツカサさん。」
「冗談ですよ。それにあれぐらい安直すぎる方が綺華さんにはいいみたいでたし。」
この部分については、私もすぐにわかることができた。この時だけ冴えていたのかもしれない。
「そうですね。・・・それより綺華さんって棘ありますよね。」
「あははっ。ハイカさんはその棘痛かったですか?」
「いいえ、全然。」
今度会ったら、“とげちゃん”って呼ぼうかな。
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