4. 食事処カタギ 第1章 抜粋 後編
次の日、太志さんはやってきた。哲さんの緊張がこっちまで伝わってくるようだった。ただ、その緊張のなかに闘志を燃やしているような震えが垣間見られた。
「おい、ねえちゃんいつものあれ、お願い」
「えっと、ビールとカレイの煮つけでよろしかったですか」
「おう、それ頼むよ」
私は注文を大将と哲さんに告げる。今度は自信を持って注文を言える。
「ビール一つとカレイの煮つけ一つお願いします」
「はいよ、テツ」
「はい」
どことなく哲さんの声も自信のある声に聞こえた。私は、ビールとカレイの煮つけを受け取り、太志さんの元へと運ぶ。
「お待たせしました」
「おう、ありがと」
じろじろ見てはいけないと分かっていても太志さんを見てしまう。そして太志さんはカレイの煮つけを一口、口に入れた。太志さんの反応を固唾をのんで見守る。
「うーん。及第点かな」
「太志さん甘くなったんじゃないですか」
いつの間にか大将と哲さんが立っていた。哲さんは安堵の表情を浮かべているのかと思いきやちょっと納得のいかない表情をしている。
「そんなことはないと思うがな。そうだとしたら歳のせいかな。そういう聡君も弟子に甘くしてるんじゃないのか。昨日と別段に違うぞ」
「はははっ。そんなことないですよ。厳しく躾けてますよ。そうだとしたら歳のせいですかね」
「この、言うようになりやがって。嫌だ、嫌だ」
太志さんは”嫌だ、嫌だ”といいつつも温和な雰囲気を醸し出している。一方の哲さんはまだ不服そうで、哲さんの手元を見ると、手を握りしめていた。
ガラガラと店の戸が開く音がする。
「いらっしゃいませ」
「あのすみません、ここで料理を再現してくれるって聞いたんですが」
あ、そうそう忘れていました。ここの特別なサービス、それはお客さんが昔食べた料理を再現するってサービスがある。但し、条件はちゃんとあるのだそうだ。
「はい、ここで合ってますよ。ただ、条件があります。1つ、いくつか質問させていただきます。2つ、曖昧過ぎるものは御受けかねます3つ、材料がない場合等、日にちをいただきます4つ、料金については、食材の値段を吟味した結果こちらで決めさせていただきます。よろしいですか?」
「はい、構いません」
「じゃあ、こちらへどうぞ」
そう言うと、大将は奥の座敷へとお客さんを案内した。
「そういうサービスをしてるって聞いてましたが、初めて見ました」
「そうだったけか。まあ、珍しいっちゃ珍しいか」
「先代からやってるサービスだよ。哲君いいのか一緒に行かなくて」
「あっ、いやでも、ほかのお客さんの相手をしないといけないので」
「いいから行ってきな、今は俺しかいない。他の客がきたら対応すればいいだろ。俺はねえちゃんに相手をしてもらうから」
一応私のことも心配してくれているのだろうか、哲さんの目が右往左往している。
「大丈夫ですよ、行ってください。セクハラされそうになったら呼びますから」
「・・・わかった。お言葉に甘えさせてもらう、います」
私と太志さん、どちらにもお礼を言おうとして敬語とタメ語が混ざってしまったのだろう。哲さんは妙に真面目なところがある。
「セクハラなんてひどいな。ねえちゃん」
「ねえちゃんじゃなくて実花です」
「はははっすまんね。実花ちゃん。実花ちゃんも気になるかい?」
「気になりますけど、今回はやめておきます。太志さんの相手しないと」
「ははは、こりゃ一本取られたな」
その後、今回は店に合った材料で間に合ったらしく大将はすぐに料理に取り掛かりお客さんに料理をお出ししていた。そして、お客さんはその料理を食べて喜ばれて帰っていった。私は詳しく聞こうとしたが、お客さんの波に飲まれそれどころではなくなってしまった。
~~~
「二人ともお疲れ様」
「「お疲れ様です」」
哲さんはやることがあるといって奥の厨房に消えてった。やっとあのことについて聞けると思い疲れた体に鞭打って口を開いた。
「大将、あの・・・」
「ああ、今日のあのお客さんのこと?」
大将は察しがいい。まあ、たまにこちらを気にしながら、お客さんの話を聞いていたので、私がチラチラ大将たちの方を見ていたのに気づいていたのかもしれない。
「ミカちゃんはどう思うあのサービスのこと?」
「どうって、うーん。お客さんのためにいいサービスだと思います。ただその条件を納得されない方もいるのかなと思いました。特に2番目は」
率直な意見だった。だって再現してくれるという情報だけで来たお客さんにとって、今日のお客さんのようにその条件をすぐに納得してくれるとは限らない内容だと思ったからだ。
「そうだね。でもね、納得してもらわないといけないんだよ。できないことは出来ないといわなきゃ。俺は万能じゃない。出来ないものを出来るということの方が失礼だ。それでも、自信を持って条件を言わなきゃお客さんは不安になる。そしたら出来るものも出来ないように思われてしまう。それか相手に強く出られてしまう場合だってある。だから出来ようが出来まいが自信を持って条件を言わなきゃだめだよ。あとは行動で示すだけ」
なぜこんなことを私にって思うのは野暮だろう。今日は大将が説明したが、私が説明する場合があるということだ。
「それって私が説明することがあるってことですか?」
「うん、察しが良いね。まあ、そのあとの対応はこっちでするから安心して。あと不安だったらこっちに説明を投げてもいいから。他のことでもね。テツもいるし、忙しい時でもこっちに頼って大丈夫だから」
「わかりました」
「テツなんて頼ったら喜ぶと思うよ」
「そうですかね。小言いわれそうですけど」
「ははは。その光景目に浮かぶよ。でも、そう言いながら助けてくれる光景も浮かぶだろ」
「はい」
そう返事をするとともに、お腹の虫も返事をした。
「夕飯食べてく?」
「はい」
「できたぞ、今日は俺が作った。ロールキャベツだ」
「わー、美味しそう。でも私この味付け初めてかも」
「ん?ははは。テツ、早速か」
「えっ。早速って何ですか大将、哲さん」
「いいから食え!!」
「えー。教えてくださいよー」
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