第3章:そろそろテーマや主題など

P6

 この世界にやってきて、あれよあれよと言う間に体感で一ヶ月が過ぎた。


 ちなみになぜ『体感で』という言葉がつくかといえば、この世界の時間の流れがとてもあやふやだからだ。


 朝日が昇って一日が始まり、夕日が沈んで一日が終わるという流れは一定してるんだけど、複数の念の複合体であるこの世界は季節も複数あるらしくて、場所によって今は春、ここは夏、あっちは秋、みたいな感じになっているらしい。季節ごとに美味しいシチュエーションがそれぞれあるから、そのシチュエーションだけ四季があふれているということだ。


 作者、その感覚、よく分かります。


 ──書籍化した部分は春の話だったから、ベースはやっぱり春なんだよなぁ。


 そんなことを思いながら、私は頭上で咲き誇っている桃の花を見上げた。


 最近見つけたこのお堂の境内は、程よくさびれているせいか花も盛りなのに私以外の人影はない。だけど完全に寂れているわけではなくて、人の気配そのものはちゃんとある。正門を抜けて少し行けば人が行き交う大通りもあるから、私一人でいても危険はない。


 私はお堂の軒下に置かれた縁台に足を投げ出すようにして座りながら、ポケラッと気が抜けた顔で桃の花を見上げ続けていた。最近購入して着るようになった萌黄色のポンチョ風の羽織が温かい風を受けてソヨリと揺れる。


 ──この世界は私に、何を求めているんだろう。


 怒涛の一ヶ月を過ごして、私もちょっとずつこの世界に慣れてきた。澄村すみむらさんと一緒に世界の矛盾点……時に引きが悪いと妖怪を消し飛ばし、無茶振りで私をぶん回す澄村さんに文句を叫びつつ、自分の脳内にあった世界が具現化して目の前にあることに一々うるさく喜んだり驚いたりしながら、必死にここまでの時間を駆け抜けてきた。


 そしてそんな生活に慣れて心に余白が生まれた今、私は改めて当初の疑問に囚われている。


 ──世界の矛盾を正すために、この世界そのものが作者編集担当澄村さんを呼んだんだって、澄村さんは言ったけど……


 確かにそれは事実なんだろう。そうでなければ私がスマホを介して世界を改変できることにも、澄村さんが赤入れで矛盾を正すことができることにも、説明がつかない。


 ──だけど私達は、いつまでそれを続ければいいんだろう?


 作品を読んでくれた人の心の中に『絶華ぜっかちぎり』があり続ける限り、妄想は生まれ続けるわけで。そこから矛盾は生まれ続けるわけで。それをずっと正し続けなければならないというならば、私達に果てはないということになる。


 逆に言えば、誰からも『絶華』がかえりみられなくなったら、この世界は消滅してしまうのだろうか?


「……それは」


 ──悲しい、なぁ……


 ……この世界に呼ばれて、この世界の成り立ちを知った時、困惑したし、驚いたけど、同時にすごく嬉しかった。それは、私が書き上げた世界の中に自分がいる、という喜びとはまた、別種のもので。


 こんなに『絶華』を、みんなが愛してくれていた。


 そのことが、妄想が具現化したことよりもずっと、嬉しかった。


「……」


 私は手の中にあるスマホに視線を落とす。この世界にやってきてから一度も充電ができていないのに、スマホの電池は常に100%を示していて減る気配を見せなかった。代わりに通話や通信の機能は失われていて、このスマホからは『絶華』の編集画面にしか行けない。私のスマホは完全に私がこの世界にアクセスするためだけの道具になっていた。


 手の中の愛機にそっと指を滑らせながら、私はぼんやりとここ数日とりとめもなく考えていることを思う。


 この世界は、最終的な終着点をどこに定めているのか。そもそも終着点があるのか。澄村さんはそのことに関してどう考えているのか。


 それと……


 ──ランと名乗った彼の創り手は、一体誰なのか?


『この世界は複数人の妄想の集まりで構成されています。ですから、妄想の数だけ登場人物もいます。氷咲こおざきさんが公式に書いたキャラクター以外の人物がいても、おかしくはありません』


 あの一件が片付いた後、私は怪異の中で遭遇した出来事を澄村さんに説明した。


 妖怪に襲われたこと。藍と名乗る美青年に助けられたこと。私は藍を書いた覚えがないのに、藍の造形は主人公コンビに勝るとも劣らないレベルでハッキリとしていたこと。澄村さんと合流するまで一緒にいたのに煙のように消えてしまったこと。


 うまく言葉をまとめることができずアタフタと要領を得ない私の説明を、澄村さんは根気よく聞いてくれた。


『ただ、氷咲さんが仰った通り、氷咲さんが公式に書いたキャラクターの方がより存在がしっかり確立している、というのも事実です』


 その上で澄村さんは、この世界に生きる先輩として、澄村さんの考えを教えてくれた。


『氷咲さんによって存在が認知されれば、キャラ立ちが確立されて造形がしっかりしてくるかもしれない、という氷咲さんの考えも、おそらく正しいでしょう。ただそれは、公式作者である氷咲さんにのみ付与されている能力だと考えられます』

『澄村さんでは、今からモブと関わることでモブを個人として確立させることはできない、ということですか?』

『少なくとも、私が関わることでキャラが確立されたモブは、現時点では確認されていませんからね』


 つまり彼は、澄村さんが関わったことで個性が確立されたキャラクターではないということだ。そう考えていたことも伝えたら、澄村さんは静かに首を横へ振った。


『私も、該当するような人物に心当たりはありません。ただ……』


 彼が誰かの二次創作の登場人物なのだとしたら、その書き手は原作作者に勝るとも劣らない技量の持ち主で、公式並みに読者に認知されていたことになります、と澄村さんは考えを締めくくった。


「……原作作者に勝るとも劣らない、か」


 それくらいの書き手は、世の中にごまんといるだろう。私なんてポッと出のweb作家だ。今時珍しくもなんともなければ、自分の技量が群を抜いて優れていたとも思っていない。私はただ、運が良かっただけだ。


 ただ、引っかかるのは……


 ──公式並みに認知されていた、二次創作……


 そもそもが、疑問なのだ。


『絶華の契り』は確かにネット上ではそこそこに人気があった。だからこそ選考の時の後押しにもなって受賞に繋がったんだと思う。


 ただ、商業版の絶華は売れなかった。いくら担当編集交代のゴタゴタがあったとしても、売上があったら続刊を出させてもらえたはずなのだから、残念なことに『売れなかった』という事実は事実なのだろう。


 ──そんな作品に、こんな世界を創り出すほどのコアなファンが複数いて、さらには公式並みに認知された二次創作作品が世の中にあった……?


 そんなことが、果たして本当にあるのだろうか?


 この世界にやってきて、少し慣れて心に余白ができた私には、その部分からすでに疑問だった。


 この世界は、最終的な終着点をどこに定めているのか。そもそも終着点があるのか。澄村さんはそのことに関してどう考えているのか。


 そしてそもそも、ここは


 考え続けると、気分が滅入る。答えが出ない問題を考え続けるなんて不毛だということも分かっている。


 だけど私は、この考え事から目をそらすことができない。


「……随分と暗い顔をしているが、何かあったのか?」


 考え事が煮詰まりすぎて、思考が止まる。


 その隙間にスルリと入り込んできた声は、低く澄んでいて、どこか不機嫌そうに聞こえるのにどこまでも美しかった。


「久方ぶりだな。……探していた」


 ハッと弾かれたように顔を上げる。


 そんな私の前に、いつの間にか立っていたのは……


ラン……」


 あの日と変わらず麗しい美青年は、薄墨色の袍に身を包んでいた。装束の色は変わっているけれど形は前回と変わらず漢服ベースで、長くて艶やかな黒髪をキリッとポニーテールに纏めている所も変わらない。藍色を帯びた瞳が、縁台に座り込む私を高い位置から見下ろしている。


「装いを変えていたのだな。道理で街をぶらついていても見つからないはずだ」

「あ、……うん。お給料、入ったから……」


 今の私は、白い七分袖の上衣と深緑の裾が短めの袴……いわゆる『交領襦裙』と呼ばれる形をベースにした装束の上に、腰まで丈があって袖はないけれどフードはあるポンチョ風の萌黄色の外套を合わせて着ている。足元は黒の布靴だ。


 着の身着のままでいるわけにはいかないし、何よりパーカー・Tシャツ・カーゴパンツの姿は中華ベースのこの世界では悪目立ちしてしまう。洗い替えの衣服が欲しかったし、早く悪目立ちするのを避けたかったし……何よりコスプレ感覚でこの世界の衣服を着てみたかったというのがあって、私は手持ちのお金ができると真っ先に古着屋さんで衣類を調達していた。


 ──まさかこんな形で自作品のコスプレができる日が来ようとは……!!


 主人公である紅珠こうじゅは呪術師として日々戦う子だから、七分袖の小袖に細身の袴が標準スタイルだけど、この世界の一般的な女性の平服は交領襦裙だ。そこに私の萌がほとばしるがままに和風成分や洋風成分、その他中華成分が加算されている。


 そんな姿に身を包んだお嬢さん方を眺めるだけでも眼福だったけど、自分も同じ格好ができるだなんて……!!


「給料、というのは、『祓屋はらいや澄村』で働いて得た報酬、……ということか?」


 異世界転移、万歳!! とひそかに拳を握りしめていたら、目の前に立った藍が言葉を選ぶように訊ねてきた。


 ……あれ? どうして藍は私が澄村さんと一緒に……もとい、澄村さんに日々引きずり回されながら仕事に巻き込まれていることを知ってるんだろう? 前回の別れ際に私が澄村さんの名前を呼んでいたのを聞いていたから、なのだろうか。


「そう、だけども……」


 ちなみに私のお給料というべきか、報酬の取り分は、依頼人から澄村さんに収められた金額の1/4ということになっている。本当は澄村さんからは折半を提案されていたんだけど、食費を始めとした生活費は変わらず澄村さんが負担してくれるようだったから、私からその埋め合わせとして1/4にしてもらった。私の立場はあくまで澄村さんの『助手』だと思っているし、私はお小遣い程度のお金が手元にあれば生活に困ることはないから。


 だけどそれをなぜ藍は気にするのだろう?


 私は質問の意図が分からず藍を見上げたまま小首を傾げた。そんな私を眺める藍は、相変わらず言葉を選ぶような……何かに迷っているような風情で私を見つめている。


「つまりお前は、『祓屋澄村』の関係者である、ということだな?」

「そうなります、ねぇ……?」


 ……ん? 何だか不穏な空気を感じるのは気のせいだろうか?


 そもそも藍は最初、私を探していたというようなことを口にしていなかっただろうか? 服を変えた私を知って『道理で見つからないはずだ』みたいなことを言っていなかっただろうか?


 その発言、まるで探されていたかのように聞こえるんですけども……?


「実は、『祓屋澄村』に関して、少々訊きたいことがある」


 案の定、藍は何か迷いを振り切ったような顔で私を見据えた。硬い雰囲気で私を見下ろす藍からは不穏な空気がダダ漏れている。


 ──これは、あれだ……任意同行を求める警察官の雰囲気……!


「場所はここでいい。話をしてくれるなら団子も馳走してやろう」


 ……ここはすでに取調室だったんですか?

 あれですか? 『素直に喋るならカツ丼取ってやる』的なあれですか? あれ、実際は食べさせてもらえないって聞きますけど、藍は本当にお団子奢ってくれるんですか? ここの花団子、メッチャ美味しいって小耳に挟んだんですけど、本当ですか?


「ただし逃げ出したら、『嫌疑有り』と判断して、即刻連行する」

「……へ?」


 ──……なんて?


『天下の絶品・青東宮せいとうぐうの花団子』に心を揺らしつつも、視線だけで逃げ道を探していた私は、凍りついたように体を強張らせてから恐る恐る藍を見上げた。


 そんな私に向かって、藍は懐に隠し持っていたらしい佩玉はいぎょく……本来ならば腰に吊るして使う身分証的装身具を私に示す。


「刑部特別監査室対特異監査官……まぁ平たく言ってしまうと、『普通じゃない官吏』の取締をするのが俺の役目だ」


 その呼称に覚えはない。だけど示された佩玉はきちんと王宮の官吏を示すそれ……刑部所属を示す獅子が彫り込まれた水晶と、そこそこ高い地位にいることを示す赤い色糸が使われた物で、キッチリカッチリ間違いなく、私が設定した代物だった。


「『祓屋澄村』には、前々から色々訊きたいことがあった」

「……え? だっ、だったら私じゃなくて、直接澄村さんに……」

「なぜだか知らんが、穏便に話を聞きたいと思っていても、澄村の方は接触できる隙がまったくなくてな」


 す、澄村さぁぁぁんっ!?


 さてはあなた、薄々自分がマークされてることに気付いてたなっ!? だから私が暇してるとやたら『せっかくですので散歩でもどうですか? 手元不如意ならば、喜んで御用達しますよ?』なんて言ってきたんだなっ!?


 おのれ澄村ぁぁぁっ!! 私を餌にしやがったなぁぁぁぁあっ!!


 餌にするならこういう時に何をどこまで喋っていいかも教えときやがれくださいっ!! てか自作品のキャラに疑いの目を向けられてる私達って一体!?


「さて。俺と話して団子も食うか、俺から逃げて連行されるか」


 しばらく藍を見上げたままパクパクと口を動かした私は、数秒の後にガクッと項垂れ、降参を示すために両手を上げた。


「私でお話できることならば」

「賢明で何よりだ」


 そんな私に鷹揚に頷いた藍は、何となく満足そうな顔をしていたように見えて、やっぱりそんな表情も、すべからく私の萌ツボにドストライクなのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

解釈違いはお断り!ー自作品に転移した作者は原作矛盾が許せないー 安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売! @Iyo_Anzaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ