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《書き下ろし》比翼・大人同期組SS【氷華は『安心』を抱きしめたい】

10年前時間軸、大人同期組SSです。

慈雲:21歳、氷柳・永膳:18歳、貴陽:16歳になります。

慈雲と貴陽の身長差が本編(慈雲:183cm、貴陽:168cm)よりも大きいことを想定しつつ読んでいただくとより美味しいと思います。この当時の貴陽、150cmちょいくらいしかないんじゃないかな……


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 急に冷え込んだ、とある冬の朝のことである。

「さっむぅーいっ!!」

 今日は一段と冷えるな、と思いながら泉仙省までの通勤路を歩いていた慈雲の耳に、聞き慣れた相方の叫びが届いた。

 顔を上げてみれば、各職場へ三々五々と散っていく出勤途中の官吏達の背中に混じって見慣れた細い背中が見える。よく目を凝らしてみれば、その隣には見慣れた同期二人の背中まで見えた。どうやら珍しいことに、同期二人も真面目に徒歩で出勤してきたらしい。

「炎気が強い永膳さんが平然としていられるのは分かるよ? けどなんで涼麗さんはそんな薄着のまま平然としていられるわけ? 訳分かんないんだけどもっ!」
「うるっせぇぞ、貴陽」
「こんなに寒いのに黙ってなんかいられないよっ!!」
「寒くもない」
「涼麗さんの寒さ耐性が異常ってことは分かった!!」

 天才問題児達もこうしてピーピーギャイギャイとどうでもいい話で騒いでいると、年相応のクソガキにしか見えない。

 周囲から白い目で見られていることにも気付かずやいのやいのと騒ぎ続ける一行の姿に溜め息をつきながら、慈雲は心持ち歩く速度を上げた。

「朝っぱらから騒々しいぞ、お前ら」

 間合い五歩程度まで距離を詰めてから言葉を投げる。そんな慈雲の声にピクリと肩を跳ね上げた三人は、揃って振り返るとそれぞれらしい反応を見せた。具体的に言えば貴陽は分かりやすく顔を輝かせ、永膳は分かりにくく肩の力を抜き、涼麗は表情を変えないままわずかに瞳を揺らめかせる。

「慈雲! おはよっ!」
「はよ」
「おはよう」
「おー、はよっす。お前ら三人とも揃って朝から真面目に徒歩出勤たぁな。このまま雪でも降るんじゃねぇの?」

 そのまま一行に合流すると、今度は三人が三人とも分かりやすく顔をしかめた。そんな三人に『お?』と内心で首を傾げた瞬間、不機嫌丸出しの声がやいのやいのと慈雲に喰ってかかる。

「冗談やめてよ、洒落になんない!」
「転送陣使用禁止令喰らったから、仕方がねぇから歩いてきただけだっつの」
「籠城戦決め込まなかったのな?」
「『欠勤したら覚悟しろ』と、長官が」
「あー、先に釘刺されてたのか」

『そりゃご愁傷さま』と気のない声を返すと、永膳と涼麗は分かりやすくむくれて黙り込んだ。いかに世間でもてはやされている氷煉比翼といえども、薀長官の雷撃のような説教は回避したいものであるらしい。

「もー、そんなことどうでもいいよ! とにかく寒いっ!! 寒いったら寒いっ!!」

 哀れみの視線を向けてやるべきか、自業自得と呆れるべきか。

 そんなことを考えた瞬間、急に懐に冷気が入り込んできた。『は?』と固まった瞬間、遅れて何かが自分の懐にぶつかってくる衝撃が走る。

 慌てて視線を己の胸元に落とせば、完全に慈雲の不意をついた貴陽が慈雲の外套の中に頭を突っ込んでいた。思わぬ事態に固まっている間にスルリと全身を慈雲の懐に収納してみせた貴陽は、顔だけを外套の合わせ目から出すとご満悦な表情で慈雲を見上げる。

「さすが慈雲。筋肉がある人は冬でもあったかいね」
「ちょっ!? きよ……おまっ!!」
「今日はこのまま慈雲の懐で過ごすことにするね……」
「何言ってんだお前っ……ちょっ、永膳! 涼麗っ!! お前らドン引いた顔してねぇでどうにかしてくれっ!!」

 どうやら貴陽は寒さで頭がイカれたらしい。再び頭も外套の中に引っ込めた貴陽は、全身で慈雲に抱きつくとゴロゴロと喉を鳴らしている。その様は完全に火鉢に懐いた猫だ。

 そんな貴陽の様子を見ていた永膳と涼麗は、珍しいくらい分かりやすく『ドン引き』という内心を表情に表していた。日頃慈雲と貴陽のやり取りを身近で見聞きしている二人をしても、今の状況は『ちょっとないわ』の一言に尽きるのだろう。

 慈雲だってやりたくてやっているわけではない。というよりも、冷え切った貴陽が腹に巻きついているせいでこのままだと風邪を引きそうな気がする。できることならさっさと貴陽を引き剥がしたい。それが無理であるならば、早急に新たな熱源を得るか、だ。

 ──熱源。

 引き剥がそうと試みたものの、いつになくガッチリ巻きついている貴陽の力強さに顔が引き攣る。

 その瞬間、慈雲ははたと先程耳にした会話を思い出した。

『炎気が強い永膳さんが平然としていられるのは分かるよ? けどなんで……』

「永膳」

 慈雲はスルリと顔から表情を消すと永膳を呼んだ。声の調子を変えた慈雲に怪訝な顔を向ける永膳を手招きながら、慈雲はさらに永膳に呼びかける。

「永膳、ちょっと。ちょっと来い」
「は? なん……っ」

 慈雲のただならぬ様子に気圧されたのか、永膳が無意識のうちに慈雲との距離を詰める。

 その瞬間を見逃さず永膳の腕を取った慈雲は、そのまま永膳を正面から抱きしめた。間に挟まれた貴陽が『ぐぇっ!?』と苦しそうな声を上げるが、慈雲は構うことなくギュムギュムと永膳を抱擁する。

「ちょっ……はぁっ!? お前まで気ぃ狂わせたのかよ慈雲っ!!」
「確かに、炎気が強くて筋肉もある人間はぬくいな」
「ちょっ!? ちょちょちょっ!? 僕今慈雲と永膳さんに挟まれてるのっ!?」
「お前もこの方がより暖かくていいだろ、貴陽」
「永膳さんに抱きしめられるとか不本意極まりないんだけどっ!? ちょっと離れてよ永膳さんっ!!」
「俺がお前らに抱きついてんじゃなくて、慈雲が俺を抱きしめてんだよ全力でっ!!」
「慈雲っ!! 浮気反対っ!! 断固絶許っ!!」
「クッッッソ、このっ……慈雲っ!! テメェこんなトコで無駄に馬鹿力発揮してんじゃねぇよっ!!」

 先程よりも余程大音声で喚き出した一行に、今度こそ道行く人間が一行を避け始める。慈雲としてもこの状況は歓迎できないものなのだが、背に腹は代えられない。貴陽が慈雲から離れるか、貴陽の体が温まるかまでの我慢だ。

「……」

 そんな三人を、傍らに置かれた涼麗は一体どんな目で見ていたのだろうか。

 不意に涼麗が動いた。周囲の空気を揺らさず、気配もなく動いた涼麗は、何を考えたのか慈雲の背中に抱きつく。

 寒さに強い涼麗だが、体温が高いわけではない。せっかく貴陽に奪われた体温を永膳で補填していたというのに、今度は背中から奪われていく熱に慈雲は背筋を震わせる。

「涼麗っ!?」
「ぬくい」
「抱きつくなら永膳にしとけっ!!」
「慈雲がいい」
「なぜっ!?」
「……」
「りょぉぉぉれぇぇぇいっ!? そこで黙り込むなっ!! 場合によっては俺が永膳に睨まれるだろっ!!」
「慈雲なら大丈夫」
「どこに根拠があるのか説明してもらえるかな汀涼麗さんっ!?」
「……」
「だから! 説明が面倒だからって黙るのやめろってお前はっ!!」

 涼麗に対して喚く慈雲と、慈雲に対して喚く永膳と貴陽。

 団子状になった姦しい一行のどうでもいい喚き合いは、双玉比翼のタレコミを受けた薀長官が現場に殴り込んでくるまで続いたのだった。



  ※  ※  ※



「……長官」

 そんな思い出話を滔々と語っていた慈雲は、ジットリした呼び声に『ん?』と首を傾げた。

「今、なぜその話を?」
「いや、するしかねぇだろ、この状況」

 ジットリとした声を上げているのは、慈雲の部下である黄季だった。

 ちなみにその黄季は、昔話にも出演していた涼麗によって、強制的に涼麗の懐に入れられている。完全に懐に収納するには少々黄季が大きいので、涼麗が後ろから己の外套で黄季を包みこんでいる、と言い表した方がより正確かもしれない。

 急に冷え込んだ晩秋の本日。

 慈雲が長官室に踏み込んだ時、すでに二人はこの状況だった。事態を把握できずに硬直していた黄季と、黄季でぬくぬくと暖を取ってご満悦な涼麗に、慈雲が思い出話を語りつつ書類仕事の準備を終えて今に至る。

「つまりこれは、冬の風物詩である、と?」
「そういうことだ。まぁ、慣れろ」
「いや、慣れろって言われましても……」

『こんなことをされて平静でいられるとでも?』と、黄季は困惑の視線を慈雲に向けてくる。そんな黄季に慈雲は内心で苦笑を返した。

 ──ま、風物詩と言えるほどの風物詩でもないんだけどな。

 思い返せば貴陽も、永膳も、涼麗も、暖を求めて寄ってくる相手は慈雲だけだった。永膳も体温が高くて湯たんぽ代わりにできたはずなのに、涼麗が永膳を相手にこんな行動をしているところは見たことがない。

『涼麗さんが求めてたのは、温もりだけじゃないと思うんだよね』

 そんな評を口にしていたのは貴陽だ。あの当時ではなく最近聞いた話だから、恐らく貴陽も黄季を懐に入れている涼麗の姿を見かけて思い至ったのだろう。

『涼麗さんが自分から抱きしめに行くのは「安心」なんじゃないかな?』

 だってあの人、自分一人でいくらでも寒さには耐えられるじゃない?

 そんな涼麗さんが思わず自分から抱きしめに行くんだから、そりゃあ相当入れ込んでるってことだよ。

 ──小さな子供が人形を抱きしめてるような心境……ねぇ?

 今の涼麗はきっと、どれだけ寒くても慈雲で暖は取らない。傍らに黄季がいなくても、きっとそれは変わらないだろう。

 そんな予測ができる現状に、慈雲は思わず唇の端を吊り上げる。

 ──涼麗、お前、良かったな。黄季に出会えて。

 折に触れて思うことを今日も思い返し、慈雲はヒラリと片手を振った。

「今日もその馬鹿のこと、よろしく頼むぞ、黄季」

『今日も』と言わず、未来永劫。

『いつまでも師弟で仲良くしていやがれ』という内心を込めて、慈雲は表面上だけ投げやりに部下へ激励を向けたのだった。


【了】

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