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《書き下ろし》比翼・黄季SS【骨のひと欠片、魂のひと雫】

大乱終結直後、黄季のSSです。

「お題で執筆!! 短編創作フェス」のお題「骨」からの着想ですが、そちらには参加できないのでこちらに投下しておきます。

こういう邂逅が、あったのかもしれない。


───────────────────


 俺の家族は、誰も俺の元に帰ってきてくれなかった。

 長兄の亡骸と、次兄の遺品。

 十一人いた俺の家族の中で、帰ってきてくれたのは、たったのそれだけ。

 他の人は、骨のひと欠片も、帰ってきてはくれなかった。


  ※  ※  ※


 春であるはずなのに、傾いだ視界には雪が舞っていた。視界一杯に広がる廃墟街は、生者よりも死者の気配の方が濃い。

「……おい」

 その景色を眺め続けて、どれだけの時間が経った頃だっただろうか。

 視覚も聴覚もどこかぼんやりと遠い中、その不機嫌な声は黄季の耳に突き刺さるように落ちてきた。

「まだ生きてるだろ。行き倒れんなら他所行きな」

 黄季は横向きに倒れ込んだまま、半ば瞬きを忘れていた目を声の方へ向ける。

 同時にドサリと、何か重たい物が地面に投げ出されるような音が聞こえた。

「ここは俺の場所だ。目と鼻の先で今まさしくガキンチョの行き倒れ死体ができあがるなんて、寝覚めがワリぃんだよ」

 黄季の視界の端にかろうじて見えたのは、投げ出された足だった。大きさと聞こえてきた声から考えると、大人の男だろう。

 ──行き倒れの死体なんて、どこにでもあるっていうのに。

 ぼんやりとした頭に浮かんだのは、そんな反論とも文句ともつかない言葉だった。

 だがそんな物思いも、声に出すよりも早く霧散していく。

 代わりに黄季からあふれたのは涙だった。一粒ポロリとこぼれた涙で一瞬視界が明確になった瞬間、舞っているのが雪ではなく灰であることが分かる。

 全部、全部、灰になってしまった。

 この都も。黄季の家族も。周囲にいた人々も。

 みんなみんな灰になって、黄季の元には帰ってこなかった。探し回ったのに見つからなかった。

「おら、食え」

 いきなり現れて黄季を追い出そうとしている男に対して、黄季は背中を向ける形で倒れている。だから男から黄季の表情は見えていないはずだ。

 それでも男はまるで黄季が涙をこぼしたのが見えていたかのように、黄季の目の前に冷え固まった饅頭を落とす。

「まだ泣ける気力があるなら、それ食って、自分ちがあった場所に戻んな」

 なぜ男がそんなことを言って寄越すのか、黄季に真意を量ることはできない。

 ただ黄季は静かに目を閉じると、無言のまま男の言葉を拒絶する。

 ──誰も、帰ってこなかった。

 父も、祖父も。七人いた兄達も。母も、祖母も。

 亡骸が戻ってきた長兄と、愛用の弓が戻ってきた次兄と。

 十一人戦に取られて、戻ってきたのはたったのそれだけ。他の面々は骨のひと欠片、髪のひと筋さえ、見つけられない。

 生者よりも死者の方がはるかに多くなってしまった都をさまよい、片っ端から話を聞いて回って分かったわずかなことと言えば、自分の兄と思わしき人物達がみな、戦うことを強要され、泣きながら死んでいったのだろうという実におぼろげな話だけだった。

 兵に取られた面々の中で、兄達は特に幼い部類に分類されていたのに。それでも周囲に押し出されるようにして、激戦地に投じられていた。

 ──俺の代わりに、なってしまったから。

 戦場が真っ先に欲した人物であるはずの黄季が最後まで庇われて、生き延びてしまったから。

 だからきっと兄達は、黄季が死ぬべきはずだった場所で、黄季の代わりに死んでしまったのだ。

 ──もう、疲れた。

 最後に食料を口にしたのはいつだっただろうか。都中歩き回って、力尽きてここに倒れ込んでから、どれだけの時間が経ったのだろうか。

 どのみちこのままでいれば、そう先は長くもあるまい。

 ──みんなに、会いたい。

 きっとこのまま目を閉じていれば、すぐにみんなに会える。

 自分は、みんなに会って謝らなければならないから。だから……

「そこで待ってても、お前の家族とは会えねぇぞ」

 その考えごと、意識が溶けて消えようとした瞬間。

 また黄季の耳に突き刺さるように男の声は降ってきた。

 今度は無視できない言葉だった。

「……っ、なん、で」

 とっさに、声が出ていた。

 声が出れば、呼吸も深くなる。ケホッと咳が出れば、不思議と体も動いた。

「なん、で、そんな、こと」

 男の方を振り返りたい。だが体は寝返りを打ってくれなかった。何かが背中に引っかかっていて、寝返りを打てる空間がないらしい。

 ぼんやりとしながらもそのことに気付いた黄季は、必死に肘を突っ張ると体を起こした。ジリジリとしか動かない体にじれったさを覚えながらも何とか体を起こせば、焼け落ちた門柱に背中を預けるようにして座り込む男の姿が視界に収まる。

「なんで……っ!」
「死者の意識が戻るとしたら、己と縁故の深い場所だからだ」

 そこにいたのは、黄季が想像していたよりもはるかに若い男だった。長兄と同じくらいか、あるいはわずかに上といった程度だろう。

 ひとつに結い上げられた髪が、波打ちながら肩にこぼれかかっていた。青みがかった装束は、灰と砂ぼこりにまみれていて元の色が分からなくなりかけている。相手も相手で長く都の中をさまよい続けているのか、全身埃っぽく、顔はやつれていた。

 それでも、黄季を見据える瞳には強い光が宿っている。

「家族が未練を残しているとしたら、お前が残された家だ。だからここでお前が野垂れ死んでも、家族はここには迎えに来ない。最悪、あの世でも再会できねぇぞ」
「なん、で……」

『だからそれ食ってさっさと帰れっつってんだよ』と続けられる中、黄季は呆然と呟いていた。

「なんで、あなたには、それが分かるの?」
「退魔師だからな」

 話を聞くには礼を失している黄季を咎めることなく、男は黄季の問いに答えてくれた。

「幽鬼も退魔師が扱う領域だ。だから、多少は分かる」
「それって……今、都の中を、いっぱいウロウロしてる、あれ?」
「お前、あれが視えるのか?」

 黄季の言葉に、男は面喰らったようだった。

『あれ』と男が指差したのは、城下をフワフワと漂う、ひどく輪郭が曖昧な『彼ら』のことだろうか。あれが見えることが、そんなにも驚くべきことなのだろうか。

 胸中で疑問を転がしながらも、黄季は素直にコクリと頷く。そんな黄季に、男はわずかに顔をしかめた。

「マズいな。こんな小さなガキンチョなのに……」
「……あいつらが、幽鬼なら」

 問いかける言葉は、スルリと唇からこぼれ落ちていた。その平坦さに死の足音を感じ取ったのだろう。男の肩がわずかに揺れる。

「兄ちゃん達と同じ死者なら、あいつらに頼めば、兄ちゃん達に会える?」
「おい」
「俺、兄ちゃん達を探してて。でも、見つからなくて」

 男の声が険を帯びる。

 だが黄季の言葉は止まらなかった。止められなかった。

「見つけてあげられないんだ……! 骨のひと欠片も……っ!! 連れて帰ってあげられないんだ……っ!!」

 止めてくるよ、と言ってくれた。お前の代わりに負って出るよ、と。だからお前はただの鷭黄季として生きていけ、と。

『さよなら』も『行ってらっしゃい』も言えなかった。言えないまま、一方的にたくさんの言葉を与えられてしまった。

 だから、せめて。せめて『おかえり』だけは。

 どんな姿に変わり果てていても。それが骨のひと欠片でも。髪のひと筋であっても。

 抱きしめて、言ってあげなくては、いけないのに。伝えたいことが、こんなにもたくさんあるのに。抱きしめて、抱きしめてもらって。泣きじゃくって、叫びたいことがこんなにたくさんあって、その思いで胸が張り裂けてしまいそうなのに。

 そんなことさえ、自分にはできない。

 自分はみんなに、命を、全てをかけて、生かしてもらったのに。

「……ガキンチョ」

 黄季の慟哭に、男はしばらく何も言わなかった。

 その沈黙の果てに、男は痛みをこらえるような声を上げる。

「ちょっと、手ぇ貸せ」
「……え」
「いいから」

 男が黄季に右手を差し伸べる。その意図が分からず戸惑った声を上げた黄季を、男は短く促した。

 その言葉の奥底に、今自分が抱えている痛みとどこか似通ったものを感じ取った黄季は、ソロリと男の方へ手を伸ばす。そんな黄季の手を取った男は、黄季の手のひらを上に向けさせると、黄季の手を支えるように自身の手のひらを下に入れた。

「自分の体の中を巡っている力を手のひらに集めて、その力で炎を灯す様子を想像してみろ」
「え、え? う、うん」
「その想像をしたまま、俺の言葉を繰り返せ」

 唐突に何が始まったのかも分からないまま、黄季はひとまず男が言う通りに想像をしてみる。

『力の流れ』や『気脈』という考えは、黄季が慣れ親しんだ武術の世界にも通じるものだ。想像すること自体は簡単にできた。

 ──え?

 だがその想像が実際にパッと光を放ち、自身の手のひらの上に凝る様を見るのは初めてだ。

「『この灯りは隠者の灯火』」
「こ……『この灯りは隠者の灯火』」

 恐らく目の前の男には、黄季の手のひらの上に凝った琥珀色の燐光が見えている。男が不思議な響きの詠唱を始めた瞬間、黄季の手のひらを支えている男の手からも鈍色の光がこぼれ始めたから間違いない。

 それでも男は、不思議な響きの言葉を止めない。

「『悪しきを退け足下を照らせ』」
「『悪しきを退け足下を照らせ』」
「『神灯明明 幻燈献灯』」
「『神灯明明 幻燈献灯』」

 言葉が結ばれた、と感じた瞬間だった。

 黄季の手のひらの上に凝っていた琥珀の燐光は、男が操る鈍色の燐光に織り上げられるように揺らぎ、ポッと黄季の手のひらの上に小さな灯火を生み出す。

「わっ……え? あ、熱くない……!?」
「妖魔を退けるために灯される幻燈だ。人や物を焼くような炎じゃない」

 男は黄季の手の上に灯った炎を見つめながら手を引いた。それでも炎は消えることなく、ユラユラと黄季の手の上に灯り続けている。

「骨のひと欠片もなくても」

 ポツリと男がこぼした言葉に、黄季は顔を跳ね上げる。

 だが男の視線は、黄季が灯した炎に置かれたままだった。

「魂のひと雫は、ここにある」

 祈るような、すがるような。

 何か切実な願いが込められた言葉は、あるいは黄季に向けられたものではなく、ただの独白だったのかもしれない。

「戻ってやれ。お前の家族が、その炎を導にして、帰りたかった場所に帰ってこられるように」

 ──ああ、きっと、この人も。

 その言葉の響きに、荒れ狂っていた感情がストンと落ち着いたのが、分かったような気がした。

 ──大切な人を亡くして、探し回った末に、ここに来たんだ。

 そう思ってしまったらもう、男の言葉に反発する気持ちも、ここでこのまま消えてしまおうという考えも、持ち続けることはできなかった。

「あなたは」

 ただ、ポロリと、言葉がこぼれ落ちていく。

「あなたが探している人は、ここに戻ってくるの?」

 黄季の問いかけに、男は静かに目を瞠った。ずっと黄季が灯した炎に視線を置いていた男は、目を丸くしたままユルユルと視線を上げて黄季を見つめる。

 その瞳の奥には、痛みがあった。強い光で隠されていたけれども、今はその光が揺らいで、その奥に抱えている感情が透けて見える。

「だからここは『あなたの場所』なの?」

 黄季の問いを真正面から受けた男は、しばらく言葉を失ったかのように黄季に視線を注いでいた。その間もユラユラと、男の瞳の奥に見える感情は様々な色を映し出しながら揺れ動いていく。

「……いや」

 そんな男が最後に見せたのは泣き笑いだった。今にも泣き出しそうなのに無理やり笑っていると分かる苦い顔を見せた男は、再び黄季が灯した炎へ視線を落とす。

「誰の場所でもねぇよ」

 男が何を思い、何を考えたからそんな表情を浮かべたのか、黄季に知る術はない。

 ただ、この人はいまだに黄季が囚われている悲しみから一歩先に踏み出したからこそ、こんな表情を見せたのだろうと、何となく思った。

「ただ、あいつがフラッと姿を見せるなら……永膳が消えた、ここだろうと思ったから」

 囁くように言葉をこぼした男は、途中でグッと唇を引き結ぶ。そうやってずっと、あふれ出そうになる言葉をこらえ続けてきたのだろう。男の唇の端には、同じような場所に幾筋も固まった血がこびりついている。

「……饅頭、ありがとう」

 そのことに気付いてしまった瞬間、黄季はゆっくりと膝を上げていた。右手に灯火を乗せたまま左手で饅頭を拾い上げ、小さく男へ頭を下げる。

「あなたの灯火にも、あなたが待っている人のひと雫が、帰ってくるといいね」

 足はフラついていたが、黄季は男の顔を見ることをせずに歩き始めた。すぐ目の前にある階段をヨロヨロと下り、王城の跡地から廃墟街と化した都の中へ分け入っていく。

 ──だってきっとあの人は、俺があそこにいたままじゃ、あの表情のまま、ずっと泣けないから。

 何となく、そう思った。あの人のために、自分は場所を空けるべきだと思った。

 そう思わされてしまった。帰ってやれと、言われてしまった。

 帰りたいと、思ってしまった。

 空っぽになってしまった家に閉じこもるのがつらくて。『家族を探す』という名目で自分を騙して、その実死に場所を探していたのだと気付かされてしまった。

 その全てを覆して。

『自分』という灯火を導にして家族が帰ってきてくれるならば、自分はその役割を全うしなければならないと、思ってしまった。

「っ……う、……グスッ」

 骨のひと欠片も、自分は家族を探し出してはあげられなかったけれども。

 この魂のどこかに、みんなのひと雫が、本当に宿っていると言うならば。

「うっ、うぅ……うわぁぁぁんっ!!」

 自分はきっと、そんな己の魂を、蔑ろにはできない。『家族十一人の犠牲の下に生き延びてしまった』という罪悪感を抱えたまま、自分は死にもできずに生きていく。

 そのことに対して腹を括らなければならないのだと、きっと自分は今、知ってしまったのだ。


  ※  ※  ※


「そういえば黄季ってさ、別に炎術が得意ってわけじゃないよね?」
「え? うん、そうだけども?」

 むしろ、どちらかと言えば相性は悪い方だと思う。

 その一念を込めて、黄季は焼け跡ひとつ付けられていない的を指差しながら民銘に問いを投げた。

「この結果見れば、一目瞭然じゃない?」
「いや、黄季は炎術に限らず、攻撃呪はみんな苦手だろ? 民銘だって知ってる話じゃんか」
「いや、うん。そうなんだけどさ」

『今更何を?』と明顕にもツッコまれた民銘は、何かを思い出して首を傾げているらしい。そんな民銘の様子に、黄季と明顕も首を傾げる。

 久しぶりに三人揃って時間が空いたから、という理由で、一行は鍛錬場に集まっていた。

 二人の要望で武術鍛錬に付き合っていたはずなのに、あまりにも黄季にケチョンケチョンにやられたのが面白くなかったのか『そういや黄季、お前の方は最近どうなのよ?』『そーだそーだ! 黄季の苦手分野だってどんなもん成長したのか披露してくれてもいーじゃん!』と二人に囃し立てられ、一番苦手な炎術による攻撃を披露させられた結果、今に至っている。

「でも黄季さ、祓師寮の入寮試験の実技でさ、『幻燈献灯』を使ってたでしょ?」
「えっ」
「え? 民銘、あの場にいたのか?」
「いたんだよ。大半の人間が術らしい術なんてまともに扱えない中、呪歌も完璧に歌えてるなんてすごいなって思ったから、よく覚えてる」

 民銘の言葉に、黄季は視線を明後日の方向へ泳がせながらポリポリと頬をかいた。そんな黄季を振り返った明顕も目を丸くしているのが分かる。

 祓師寮の入寮試験では、退魔師としての才を見るために実技試験の一環で『何か不思議を起こしてみろ』という漠然とした課題が与えられる。

 とはいえ、祓師寮にやってくるのは、その大半が呪術師としての教育など受けていない素人達だ。大抵の場合、指先から霊力の燐光を発することができれば課題に合格することができる。

 そんな中、黄季がその課題で披露したのが『幻燈献灯』……妖魔から身を守るために灯される、守りの炎術だった。基礎基本的な術とはいえ、呪術師としての教育を一切受けていないはずである黄季が一端の退魔術を披露したことに、試験官達がとても驚いていた覚えが黄季にもある。

「何であえてあそこで『幻燈献灯』だったのかなぁって、今の炎術のデキを見てたら、ふと思い出しちゃって」
「あー……」

 民銘が純粋な疑問の眼差しを向けてくる後ろから、明顕も興味津々な視線を向けてくるのが、なぜか視線が合わなくても分かってしまった。

 ──だって、なぁ……

 視線を逸らしたまま、黄季は胸の内だけで小さく呟いた。

 あの術を教えてくれた相手のことは、もうおぼろげにしか覚えていない。

 あの時、黄季の命を繋いでくれた恩人ではあるのだが、あの痛みを乗り越えるためにガムシャラになるしかなかった黄季は、あの当時のことをなるべく思い出さないようにしてきた。そうやって生きていたら、気付いた時にはあの男のことも記憶の波の下に埋もれてしまっていた。

 それでも、あの熱を発さないはずである灯火が、確かに生きるための熱を黄季に与えてくれたのだということだけは、覚えている。

 ──俺にとって、一番の『不思議』だったんだ。

 だから入寮試験の場で『不思議を起こしてみろ』と言われた時、迷うことなくあの呪歌が口をついた。あの時の感覚のままに、あの灯火を己の掌の上に灯していた。

 その結果、祓師寮入寮を許され、さらにその末に今、ここに立つことができているならば。

 黄季は男に出会ったあの時だけではなく、退魔師への第一歩も助けられたのだということになる。

「……初めて教えてもらった、大事な術だから、かな?」

 黄季ははにかむように笑うと民銘へ視線を戻した。

 そんな黄季の表情に目を丸くした民銘と明顕は、次の瞬間黄季との距離を詰めるとやいのやいのと姦しく口を開く。

「誰にっ!?」
「ふぇっ」
「初めてってお前、汀尊師よりも前に誰かに師事してたことあるのかよっ!?」
「えっ、ちょっ」
「黄季がそんな表情するなんて……。汀尊師に知られたら大変だよ!」
「これは詳しく訊き出して、汀尊師に密告しとかねぇと!」
「ちょっ、ちょっと落ち着けって、二人ともっ!」

 二人の勢いに押された黄季は、思わずジリジリと後ろへ下がる。

 そんな黄季の右腕を民銘が、左腕を明顕が、それぞれガシッと捕獲した。

「これは夕飯一緒の刑に処さないとね!」
「おう、久々に飯行こうや、黄季。そこでじっくり聞き出してやる!」
「ちょっ……!? 何で『一緒に飯行こう』っていう平和な話になんねぇのっ!?」
「問答無用!」

 本気で黄季を飯店に連行するつもりなのか、民銘も明顕もグイグイと黄季を引っ張っていく。そんな二人の息はピッタリで、いつの間にか同期二人が良い一対に成長していたことを、こんな時に黄季は実感してしまった。

 ──あぁ。

 そんな二人の手から伝わる温もりに、黄季は自分がかつて抱えていた冷たさを思い出す。

 ──あったかいな。

 同時にふと、あの人は探していた相手に再会することができたのだろうか、とも思った。

 ──たとえ骨のひと欠片、髪のひと筋さえ見つけられなくても。

 あの人は、待ち人の魂のひと雫に触れることができたのだろうか。黄季のように、また誰かの温もりに触れることができたのだろうか。

 ──願わくば。

 故人と骨のひと欠片さえ再会できなかった自分達にも、魂ひと雫分の温もりがありますように。

 そんな願いと笑みをこぼして、黄季は前へ進むために足に力を込めたのだった。


【了】

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