第4話 未来の切札

 歌の技術テクニックは主に『ボイス』か『ブレス』に別れている。


 簡単に言うと、息の『吐き方』と『吸い方』だ。


 このふたつを如何に自在に使いこなすかがボーカルとしての上手さに直結するだろう。




 息の混ざらないハッキリとした声が特徴の『チェストボイス(地声)』


 ソプラノ歌手が使う耳に豊かな響きをもたらすような

『ヘッドボイス(裏声)』


 地声チェストボイス裏声ヘッドボイスをブレンドして力強さと豊かさを併せ持つ

『ミックスボイス』


 異なる2つのボイスを繋ぐ軽さと広さをもつ

『ファルセットボイス』


 よく伸びる濁りのない艶やかな高音域

『ハイトーンボイス』


 男女問わず人間の出せる奇声のような最高音域

『ホイッスルボイス』


 スモーキーでシルキーな優しい囁きのような

『ウィスパーボイス』


 ウィスパーボイスよりも低く、しゃがれてとてもセクシーな

『ハスキーボイス』


 ハードコアやメタルな音楽によく使われる感情を叫びで表した

『デスボイス』


 そしてこれに加えて


 天性の才を持つ女性にのみ許された天を衝く美しい超高音域聖域

『ソプラノボイス』


 これらの9プラス1の10種類の技法テクニックをまとめて『ボイス』と総称される。



 そして『ブレス』とはいわゆる息継ぎの事である。


 ここでは腹式呼吸が出来ることは大前提でそこにさらに、口で吸うか、鼻で吸うかの2つの分かれ道がある。


 口呼吸は空気を大量に吸うことが出来きるので力強い声が出せる代わりに喉が乾きやすく胸式呼吸になりやすい。


 逆に鼻呼吸は瞬間的に空気を吸い安定した腹式呼吸ができて、特に目立った弱点は無いがレコーディングの時に集音されてしまいやすい事が唯一の欠点だろう。


 

長々と説明はしたが要は曲調に合わせてどのフレーズやタイミングでこれらを使い分けるかが何よりも重要なのでである。



 そして、これら十の『ボイス』と二の『ブレス』を全て完璧な形で自由自在に操ることのできる怪物天才がこの世界に2人いる。


 


1人は世界で最も名の知られている歌手であり世界オリコンチャート一位、通称『歌姫セイレーン


 

そしてもう1人が今、疾風怒濤の勢いで音楽の世界を駆け上がる天才ボーカル『ルベル』



 なぁ、俺たちが目指す頂の高さが少しは分かって貰えただろうか?



 今、俺は目の前で必死に『超高音域ソプラノボイス』を出そうとしているが傍から見たら奇声を上げているようにしか思えない先輩を眺めながらこれから先の事を考えている。



 結局あの後1時間以上ぶっ続けで何度もやり直しては改善を繰り返ししてきたが流石に体力的に辛くなってきたのでとりあえず休憩をとろうと思った時にふと気になって、



「先輩の得意な『ボイス』ってなんですか?」


 と聞いたのが事の発端だった。



「『ボイス』って何?」


 

 と言われたので上記と同じことを説明すると



「考えたこと無かった。せっかくだしやってみよっか」


 

 そう言って始まった『ボイス』紹介は何ともまぁ無惨な結果となり、先輩は少し悔しがっているが俺は何も気落ちすることは無かった。


 正直言って先輩が『超高音域ソプラノボイス』を出せない事など全くもって何も問題は無いのだ。



 先輩は『ルベル』を神聖視しすぎて『ルベル』と同じことをして全てで追いつこうとしている。


 流石にそれは無理だ。


 アレはとんでもない才能ギフトを持った天才だ。


 しかし、だからと言って先輩は『ルベル』に勝てないのか?


 そんなことは無い。


 第一『ルベル』と『ナギサ』では主戦場が違う。



 先輩の歌声の持つ溢れんばかりの圧倒的な迫力パワーと風が駆け抜けるような疾走感スピードはとてつもない矛であり決して十全十美な盾を砕けない訳では無いのだ。


 それに、今まで意識した事の無い声の出し方なんて直ぐにやれと言われても無理なことは分かっていた。


 だが、それにしても『地声チェストボイス』以外があまりにも未熟だった。


 何より、俺の惚れた先輩の歌は全て『地声チェストボイス』のみで構成されていたと言うか本人曰く「ただ全力で歌っていただけ」らしい。


 俺はそれを聞いて空いた口が塞がらなかった。



 どうやら今までの約半年間はギターの練習と作詞作曲に精一杯だったらしく声にまで気が回らなかったのだとか。


 だとしたら、あの力強く繊細な歌声がまだ何も発声練習ボイストレーニングしていない状態だと言うのならこれから一体どこまで伸びるのだろうか


 考えただけで鳥肌が止まらない。



 むしろ、問題はそれ以外だ。


 ギター歴半年にこんな事言うのは過酷だと思うが、先輩のギターはまだまだ素人同然で歌うことと弾くことの両立が出来ていない。


 あの時は、感情がバグってて衝動的になっていたが冷静に聴いていると色々と見えてきた。


 もし、先輩にギターに未練が無いのならメンバーにギターをいれて交代するか、せめて先輩をサポートギターにした方がもっと声の方に力を注げるはずだが、そんな人まだ居ない。


 だから、これは解決策ではないが妥協案として…



「先輩のギターパート俺に編曲アレンジさせて下さい。先輩がもっと歌に集中できるようにメロディーラインを変えずにギターのレベルを落とします。」


 何度も言うが、これは妥協案だ。


 ベーシストはどこまで行っても普通はリズム隊であって正確にリズムを刻むことでボーカルやギターなどのリード楽器をいかに輝かせるかが仕事で目立つことが仕事では無い。


 もちろん例外はいる。


 ザ・フーのジョン・エントウィッスルなどがいい例だろう。


 だが、俺にそんなことを出来るわけが無いし俺が憧れてるのはどこまでいっても『黒影ベーシスト』だ。


 だから、ギター(リード楽器)のレベルを下げるということはそのまま曲自体のレベルを下げることに直結する。


 でも、これと引き換えに先輩の歌唱力が上げられるのならばここは未来の仲間ギタリストに賭けるべきなのだ。


 このバンドはきっとこの先も先輩の歌声こそが1番の強みとなる。


 ならば、先輩の発声練習ボイストレーニングの時間の確保こそが俺たちのやるべきとことだと信じるべきだ。



 そう真剣に先輩に訴える。


 吉と出るか凶と出るかは分からない。


 だが、後悔はしていない。


 俺は本気だ。



「それは、妥協?」


「いえ、最善です」


 妥協案であるが、これが最善手だと俺は思う。


 俺たちができる1番良い手だとそう思う。



「分かった。そうしよう」



 この後は先輩の発声練習ボイトレのやり方を一緒に探したり、俺のベースの改善手を探したりして今日の初練習は終わった。












 

 




































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ロッキン・ニード・ユー 翠黛 @kiid1490

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