第3話 七転び八起

 俺は『ナギサ』と出会ったあの日からずっとこの凄まじい『爆発』を秘めたこの曲を2人でやりたかった。


 受験が終わったあと先輩から曲の音源を貰いベース歴2年半という短い時間だがこれまでにで培ってきた知識や経験、ネットや専門書の力を存分に発揮してベースラインを編曲アレンジした。


 まだまだアマチュアの域を出ない実力けどそれでも『ナギサ』の力になれるように本気で演奏した。


 俺の惚れた曲に俺の編曲アレンジしたベースだ。


 今日先輩と会うまで飯とシャワーの時以外ずっとイヤホンからで耳にタレ流して聴いていた。


 頭の中では完璧だと自画自賛していたし、本気で先輩を驚かせられると思っていた。




 だが、現実はそんなに甘くなかった。





 自分にはベースの才能なんて無かったんだって改めて実感した。


 合わない。


 全く合わない。


 全てが噛み合わずに、気持ち悪いほどにチグハグだ。


 初めて合わせたのだから当たり前かもしれないがこの1回目だけで俺の自信を砕くには十分すぎるほどの威力があった。



 神曲になるはずだったんだ。


 俺の頭の中にあった神曲はこの世界に現界すること無く雑音ガラクタとして俺の手から生み出されてしまった。



「1回休憩しよっか」


 

 先輩はマイクのそばを離れて荷物を置いたところにタオルで汗を拭きながら戻り水を飲む。



「はい。…すみません」


 

 俺もその後を追ってトボトボと荷物に寄る。



「別に謝ることじゃない。私は君の手を実力も何も見ずに取ったんだから寧ろ初心者じゃなかった事も、私の曲を1人だけで編曲アレンジしてきたことにも驚いたんだよ」


 そう言って、俺を励ましてくれた。



「でも…、」


 

 先輩を輝かせられない俺にいる意味はあるのだろうか?


 そう思って下を向いている俺の前に先輩はやってきて



「いい?音楽は絶対に1人では成り立たない。」


 そう言って、しゃがんで俺の視線の先から覗き込んできた。



「それは誰にでも当てはまる。一見、作詞作曲も歌も演奏も全部1人でしているように見える人がいたとしてもその後ろには必ず誰かがいてその人を助けているの。だから君も、私も1人で出来ることには限界があるんだよ」


 そう言って立ち上がり俺の視線から消える。


 先輩から追って俺も視線を上げると



「だから、1人で落ち込まないの!私たちは仲間バンドでしょ!」


「ッ!?」


 そう言って先輩はさっきまで自分の汗を拭いていたタオルで俺の頭をゴシゴシっと拭いて俺の首にかけた。


 首元から先輩の汗の匂いがする。


 先輩も俺と同じで本気だったんだって実感する。



 俺の中の何かが少し軽くなった気がした。



 そうだ


 馬鹿か俺は


 何勝手に自惚れて悔しがっているんだ



 上手くできないなんて当たり前だ



 もし仮に『ナギサ』の光を100%引き出せる時が来たとするならばその時は、





 その時はきっと俺が『憧憬ノイント』をえた時だ。



 まだ、俺たちは歩くどころか産まれたばかりの雛だったんだ


 今日、俺たちはお互いの大望に向けて本当の意味で第一歩目ファーストステップを踏み出したんだ。


 さっきはそれが少し失敗して転んだだけ


 また立ち上がって歩き出せばいい


 この先もずっと


 何度も転けて


 何度もぶつかって


 何度も傷ついて


 それでもまた立ち上がって歩き続ければいい


 そうすればきっと、



「もう1回やりましょう!」


「うん、やろっか」



 俺は壁に立てかけてあった愛機ベースを手に取ってまたさっきまでいた場所へと戻った。


 そこにはもうとっくに準備を進め終えた『仲間ナギサ』が俺の方を見て待っていた。



 先輩はさっき俺の『手を取った』と言っていたが俺からしたら手を差し出されたのは俺の方だと思う。


 いつも俺の暗い部分を打ち払ってくれるのは他でもなく先輩だから


 いつか、本当の意味で先輩あなたの隣に立てる日まで俺はせめて諦めないようにしよう。


 いつか、先輩あなたが足を止めてしまった時に隣で手を引いて歩けるように諦めずに追い続けよう



 首元からさっきまでした先輩あなたの匂いはもうしない。



 俺の汗が混ざって俺すら知らない匂いになっていたがそんなことを気にする暇もないぐらいに俺たちは何度でもROCKを響かせた。








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