第8話 素敵なモノ

 私が目覚めたのは、丁度お昼頃だった。テティが私の毛を掴んでいないか、見てからベッドから降りて体を伸ばす。身震いして体の調子も確認して満足する。

 私がベッドにいなくなった事が分かったらしい。


「インス……何度言えば分かるんだ。お前は……私のモノなんだぞ。勝手に離れる事は……許さないからな。インスの弱点を私が満足するまで弄りまくってやっても、良いんだ。嫌だと言っても、そうさせたインスが悪い。自業自得という奴だよな」


テティが眠そうな声で、割と本気のヤバい事を言い出した。急いでベッドに戻って頬ずりする。私はここに居るよって教えてあげないと、有言実行されてしまう。

 起きたばかりなのに、動けなくなるのは少し勘弁したい。


「インスのふわふわだ!インスが好き、大好き!」


えっと、これはテティなんだよね。何だか幼児退行しているような。それでも可愛いけど、どうしてこうなった。

 もしかして私の毛なのか?そうだとしたら私の毛が好き過ぎて、幼児退行するなんてどんだけなんだ。拗らせすぎだよ、テティ……。

 しかもこんな時に好きって言われても、素直に喜べない。顔をテティから背けると、両手で顔を挟まれてスッと戻される。

 テティは一体何がしたいのか分からなくなる。


「もう、インスったらすねないで!インスの全部が好きなの!ふわふわもいいけど、もちろんインス自体が好きだから、こうなっているの!分かった?」


私自身が好きなんだ。嬉しくて喉が鳴る。尻尾も勝手に揺れ始めて何だか、一周回って恥ずかしくなってきた。


「ほら、あご出して。なでなでしてあげる!」


素直に顎を出すとテティが撫でてくれる。喉が鳴り続けて止められない。気持ちいいのが終わらなくて、またテティに駄目にされてしまう。

 段々と眠くなってきた、もう駄目。寝ちゃう。



 うん。私あのまま寝ちゃったのか。あんまり時間は経っていないみたい。良かった。

 さっきと違って私が離れない様にガッチリ抱きしめている。これじゃあ動けないね。テティも寝ている様だし、どうしよう。

 これはやり返す良い機会なんじゃないかな。好き勝手にテティを弄ってもいいよね。届く範囲を全部頬ずりした。まだ、テティは起きない。顔を舐めているとテティが起きる。


「うん?どうしたんだインス。そんなに顔を舐められても困るんだが。ああ、今日の分を喰いたいのか。少し待っていろ」


今回はちゃんと普通のテティだ。幼児退行していないし、寝ぼけてないらしい。良かった。

 テティが抱きしめるのを止めて、ベッドから降りて何処からか包丁が出てきた。肉が切れる音がしてそっちを見てみると今日は左足だった。もう、テティには左足がある。いつもながら、治すのが凄く早いね。

 ご丁寧に私が喰べやすい様に皿まで用意してくれている。これってチーターのままで喰べろと言わんばかりだよね。いつになったら、人間の姿に戻れるんだろう。

 それは後で考えるとして、お腹が空いてきたのでベッドから降りて皿の前で座る。テティの顔を見て許可が下りるのを待つ。

 中々許可が下りないと思ったら、いつの間にか入っていたらしい真っ白だった筈のスライムが赤くなって出てきた。どういう事なんだろ。


「よくやった、スライム。これでインスが酔っ払う事は無くなったぞ。万が一その姿で暴れられても困るからな。インス、喰っていいよ」


暴れるって多分、そんな事はないよ。そう信じている。

 とりあえず、ありがたくもらおうかな。頂きます。両手で押さえてガブリと一口喰べる。いつもと同じ美味しい味がする。夢中になって喰べていると、何時からか頭をテティに撫でられていた。気が付かなかった。

 それだけ真剣に喰べていたという事にしておこう。ごちそうさまでした。

 テティが私をガン見しているから気になる。どうしたんだろうと首をかしげた。


「インス、人間の姿に戻ってみろ。変形するのをもう一度見たい。そろそろチョーカーと指輪も付けてやりたいからな」


テティから思わぬ提案が出てくる。吃驚したけど許可も出た事だし、これで心置きなく人間の姿に戻れる!

 人間の姿——っていうか食人鬼の姿だけどね――を強く思い出して集中して、身体を変形させていく。

 体中の毛を引っ込ませて部分的に残して、尻尾も引っ込ませて無くして、骨格とか筋肉とかを人間の形にしていって、色々と調整して元の姿に戻った。

 感覚も掴んだから、やろうと思えば他の動物も出来そう。まあ、本能も協力してくれないと出来ないみたいだけどね。その本能もしばらくの間引っ込んでいたいらしいから、当分は無理だね。


「テティ、ちゃんと戻れたよ!」


テティが少し私から目をそらしている。心なしか顔も赤いような気がする。何か変な所があったのかな。それなら、普通に言ってくれないと私が困る事になる。


「インス、嬉しいのは分かるが、適当にこれでも着ておけ。全裸だぞ」


そういうことね。テティが言うまですっかり忘れてた。私って服を着ていなかった。まあ、体中に毛が生えていたから気にならなかったよ。

 無事に服も着終わったので、足だけで立って動いてみる。意外と平気だね。四足歩行の時も問題なかったし、割と適応力が高いのかな食人鬼って。

 テティがあごに手を当てて不思議そうにしている。


「ふむ、変身魔法とはまた違ったものだな。となると、食人鬼特有の魔法なのか?いや、そんな報告は聞いたことがない。インスの固有魔法と考えれば、辻褄は合う。そういう事にしておこう」


へえ、他の人は変形出来ないってことなのか。私もしかして凄いのかな。


「ところでインス、さっきの姿から戻った時に、捕食時の眼が普通の眼になっていたのは何か理由があるのか?それと、あの魔物の種族名とかは分かるのか?」


普通の眼に戻ったんだ。前に、片目だけ違うって言ってたよね。だとしたら本能が眠ったのが原因かもしれない。

 モウ耐エキレナイ、引キ籠ッテヤルって言って引っ込んでいったからね。何が耐えきれなかったのか分からないけど。謎だね。

 しれっとチーターのことも聞いてくるとは思わなかったけど。


「もしかしたら、本能が寝たのが原因かもね。あの時は本能と協力して変形してたから、しばらくは出来ないと思う。あと魔物じゃなくて動物って言うんだ。チーターって言う種族だよ。細かいことは聞かないでね。私も詳しい知識はないから」


テティがかなり残念そうにしている。めっちゃ気に入ってたんだもんね、私のもふもふ。自分の毛に嫉妬しそうになる日が来るなんて思いもしなかった。

 チーターじゃなくて違う動物の方が良かったのかもしれない。


「そうか。昨日の時にもっと触っておけばよかった。気を取り直そう、チョーカーと指輪を作ってやるからな。インス、もう少しこっちに来い」


言われるがままに、テティに近付いた。首を触られてちょっとくすぐったい。

 そして首になじみのある感覚。テティのモノという証のチョーカーが確かに首にあった。ついでにお守りをテティが付けて元通りになる。

 テティが私の左手を取って前と同じように、薬指の根元辺りをくるっと一周するとそこには赤い宝石が付いた指輪がある。

 またテティのモノになれた。私の居場所に戻ってこられたんだ、と実感する。嬉しさのあまり泣き出してしまう。あわてているテティには申し訳ないけど、私にもこの涙は止められない。

 しばらくしてやっと涙が止まってきた時に、不意にテティに抱きしめられる。


「大丈夫だ。インスは私の大切な人だからな、インスが私にどんな事をやろうとも絶対に受け止めてやる。愛しているからな。インスの居場所はここだ。浮気だけは許さない。分かったな」


テティの言葉に耳まで真っ赤になる。それと同時に安心感に包まれて、頭の中がふわふわしてきた。


「うん。浮気、絶対にしない。私もテティ、愛している。離さないでね」

「勿論、離すつもりはない。私の一生を懸けてな」


無性にテティの首に噛みつきたくなる。衝動に突き動かされるように、優しく噛みつく、何回も。テティが好きなことを伝えたくて何度も噛む。

 テティが抵抗もしないどころか、むしろ噛みやすいようにしてくれるから噛むのを止められない。

 私が満足した頃には、テティの首は歯形がいっぱい残っていた。その分テティが受け入れてくれていることが分かって嬉しくなる。

 すると、急にテティが私のチョーカーを撫で始めた。どうやら色々と説明したいみたいだ。


「このチョーカーはな、インスの首が絞まらないように、大きさを自動で変える様にしたんだ。更に頑丈にした防御膜を自動で張れるようにした。これで、クソ野郎と同じ様に襲われても問題ない」


しれっと私が動物になることを狙って作られている。またなってほしいんだろうね。いつかは出来ると思うけど、何とも言えない。

 なんだか、防御力も上がっている。きっと奴に壊されたのが、気に入らなかったのかな。自信作って言わんばっかりの感じだったから尚更だね。


「こっちの指輪は防御膜の機能を無くして前よりも火力を上げて、避けられても当たるまで追尾する様にしたんだ。二度と私のインスを奪われないようにな。やるからには徹底的にしてやらないといけないだろう?」


当たるまでってえげつないよね。火力も上げちゃったみたいだし、相手を殺す気マンマンだよ。


「テティ、流石に過剰防衛って奴じゃないの?下手すると襲ってきた人が死んじゃうよ」


あっヤバい。テティのヤンデレスイッチが入ってしまった。目のハイライト消さないで、そうじゃないと私もおかしくなっちゃう。

 そんな私の思いもむなしく、無事ヤンデレモードに移行したテティは、私を押し倒してくる。


「インスは襲撃者にも優しいんだな?だが、襲ってくる時点で、死刑に決まっている。私からインスを奪う輩など、死んでも問題ない」


テティから感じる、執着心や独占欲が甘い蜜になって私の心を満たしてくれる。こんな感情を向けてくれるのはテティしか居ない。それだけでも嬉しかったはずなのに。

 依存性の高い毒のようなものだから、もっとそれがほしくなって、どうしようもなくなる。

 もっと私の意思関係なく縛り付けて、テティの物っていうことを刻み付けて、私を独占してよテティ。



 私の言葉を聞いて何故か嬉しそうにするインスに、怒りという名の独占欲がこみ上げてくる。


「私は心配してやっているというのに何だ、その顔。他の奴にも見せたのか?許さない……」


インスが、誰のモノかを教えてやらないといけないよな。

 インスの首を絞めていく。するとインスが苦しんで暴れ出す。無理やり押さえつけて暴れる事すらも出来なくさせる。

 少し反応が鈍くなってきたので慌てて絞めるのを緩めた。私はインスに死んでほしい訳ではないからな。目の焦点が合ってきた所で、質問する。


「さっきの顔、他の奴に見せたことは無いよな?もし、あると言うならもう一度首を絞めるからな」


まだインスは意識がはっきりとしていない。仕方ない叩き起こすか。容赦なく首を噛む。痛みでしっかりと意識が戻ってきたようだ。慌ててインスが首を横に振った。


「誰にも見せたことなんか無い。暴力と洗脳以外テティが初めてだから、嬉しくなっちゃった。自分でもおかしいって分かってる。だけど、どうしてもテティからのものだって思うと抑えきれなかったの」



 テティから、もらったものが沢山すぎて、私の許容量を超えちゃったせいで、私がおかしくなった。まさか首を絞められるとは思わなかったけどね。苦しくて死にそうだった。

 テティが嬉しそうな表情から一変して険しい表情になった。


「この独占欲が原因なのか?どうして嬉しくなれるんだ。こんなもの強すぎれば、問題にしかならないだろう?さっきも平気でインスを殺しかけたのに……」


うーん、そのまんまなんだけどね。あっちじゃ私を大切に思ってくれる人なんて一人だけだったから、反動でおかしくなっているのかな。


「心配しすぎて、外に出したくない、守りたいが強くなって、独占したい、になっているだけだと思う。テティが、私のことを思ってくれたからかな。ただ私は愛情とかあまりもらえていなかったから、凄くほしがっちゃうの。独占欲なんか、むしろ好物だよ?」


テティが固まってしまった。そんなに衝撃的だったのかな。まあ、普通の人は多分縛られるのとか、独占欲が強いのとかは苦手そうだけど。

 私はきっと異常だ。それはあっちの環境が悪かったせいであって、私のせいではないと信じたい。

 そう考えると若干テティにも責任があるよね。私に愛情をたっぷり注いでくれちゃったから、私も歯止めがかからなくなってる。


「インスは……のか?」


テティがうつむいて小さい声で言った。考えごとしていたせいで中途半端にしか聞こえなかったから、聞き返す。


「ごめんテティ、よく聞き取れなかった。もう一回言ってくれない?」


少しの間テティは顔を伏せたままだったけど、意を決したのか私を見つめてくる。


「インスは私以上に愛してくれる存在が出てきたら、そっちに行ってしまうのか?」


だけど、どこか不安そうな表情だった。手に力が入りすぎて震えている。私の説明の仕方が悪かったのかな、と反省する。テティにこの表情はしてほしくない。

 そっとテティを抱き寄せる。安心してほしくて、耳元でささやく。


「そんな存在に会ったとしても、私はテティ以外、絶対に受け入れない。テティだから、どんな形であっても触れ合いたいし、縛りを付けてつながりがほしいし、独占してほしいの。誰でも良い訳じゃない、テティだから良いの、分かってよ」


これでテティの誤解が解けたと思いたいかな。それとも、もっと好きって言った方が良いのかもしれない。よし、言いまくってやる。また耳元で言う。


「テティが好き。私のために身を削って喰べさせてくれるところが好き。私の話も否定しないで聞いてくれるのも好き。顔もかわいくて好き。あとは……」




私のほめ殺しを食らったテティは、顔が真っ赤に染まっている。私が何かを喋ろうとすると口に手を当ててきて、喋らせてくれない。そんなところもかわいい。

 私が主導権を握ることは中々ない。基本的にはテティが持っているからね。だから、気分がいい。




 そう油断をしていたから、いけなかったんだ。まさか、テティがやり返してくるなんて思いもしなかった。

 おかげで私の顔から火が出そうなくらいには、恥ずかしすぎて熱を持っているのが分かる。久々にやり返せたと思っていたのに。

 テティが笑顔になっているから、それはそれで良かったと思う自分がいるのも確かで、まあいいかと納得した。

 そんなこんなで、いつの間にか外は夜になっていた。私たちの話が熱中しすぎていたみたい


「テティ、もう夜だし寝ようよ」

「分かった。だが、インスから離れるのは嫌だ」


テティのわがままに苦笑してしまう。だけど私もまんざらでもないので、素直にテティを抱きかかえてベッドまで運ぶ。

 私も一緒に入ってテティの抱き枕代わりになる。


「おやすみ、インス」

「おやすみ、テティ」


ちゃんとテティが寝たことを確認してから私は少しの間、頬ずりしてた。

 これからもテティと一緒に居ることが出来る。それだけで私たちは幸せなんだろうなと思う。そして私は眠りについた。

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