第5話 私の過去

 主導権を本能に握られた私は、テティにかじり付こうとする。その瞬間にテティが起きて庇った左腕に喰らい付いてしまった。


「寝起きに吃驚するような事は止めてくれよ、インス」


骨ごとかみ砕いて、飲み込んでも全く満たされない。このままじゃ本能に飲み込まれてテティを喰い殺してしまウ。それダけは嫌だ。助ケテ。

 でも私は本能が剥き出しになってしまった。



始めは冗談か何かと思ったんだが、おかしい。眼が捕食する時のモノになっている。あまり正気ではなさそうだ。一体何があった。

 よく分からないが、とにかく左手を切り落として、インスの口に突っ込ませる。いつものように傷を治す事にする。

 通常ならこの量で足りるはずだが、喰い終わっても眼が戻らない。まだ足りないと言わんばかりに、唸り声を上げられる。押し倒されているせいで、身動きがあまり出来ない。時々、インスの涎が顔に掛かる。

 とにかくインスが腹を空かせて苦しんでいるのは事実だ。左足を切り落とし、口に突っ込ませる。喰い始めたのを確認してから、左足を治す。これで少しは時間が稼げるはず。

 血を流し過ぎたのか、貧血気味の様だ。頭がふらふらする。だがインスの為にもここは頑張らないといけない。魔法で造血でも促すか。段々と治ってきた。これで考える事もしやすいはずだ。

 何かがいつもと違う。それは確かだ。人間の喰い過ぎか?そんな訳がない、食人鬼はどれだけ喰っても対応するように体が変化するらしい。変化する……?

 まさか、昨日の戦争で大量の人間を喰ったから、それに適応したのか!そうならばとても理にかなっている。私の体一つでは到底足りない。無限に、体を治すのは出来ない。体内の魔素が無くなるからだ。

 魔素と言えば、インスの魔素量がいつもよりかなり多い。これがこの状態の原因か?魔素を減らす方法は魔法位しかない、いや減らすのは無理だ。インスは魔法の使い方は全く知らない。今すぐに魔法を使える訳が無い。

 だとしたら、手っ取り早く魔素を私が吸い取れば問題ないか。丁度少なくなってきていたんだ。

 痛みに弱いインスには悪いが、血を流させる必要がある。暴れられても大変だから魔法で寝かせてからの方が良さげだな。


「インス、少しの間寝てろ。起きる頃には楽になっているはずだ」


インスの頭に手を当て、魔法を掛ける。インスの力が抜けて私に倒れこむ。うつ伏せになっていたので、仰向けにさせてやる。ちゃんと寝ている事を確認してから人差し指に針を刺す。

 インスの人差し指を咥えて、血はなるべく飲まないように気を付けながら魔素を吸い取る。これを何分か続けてやっとインスがいつもの魔素量に戻った。

 刺した所を治してこれで一件落着だな。

 さて、インスの血をどうするか。何かに使えるかもしれない。実験室の保存庫に持っていこう。そういえば、微量だがインスの血を飲んでしまったな。どうなるか分からないからな、私の記録でも付けておくか。

 後は、保険で魔素を増やすポーションでも作っておくか。食人鬼は魔素量で色々と変化する事が分かった。だから、減り過ぎた時には違う問題も発生しそうだからな。




 目が覚めて、すぐに気が付く。あれだけあった食欲が嘘みたいに消えていることに。ただただ嬉しかった。もう、テティを喰い殺すかもしれない思いはしたくない。それだけテティが頑張ってくれたのだろう。何かお礼でもしたいな。

 ふと、窓を見ると昼みたいで人の行き来が激しい。それを見ても食欲は湧かない。良かったと安心する。

 でもなんで、あんなに食欲が怖すぎるほどに出てきたんだろ。そういえばいつもより心拍数が多かったような。もしかして代謝が大分高くなっていたのかな。うーん。よく分からないや。

 そういえば、テティが居ない。あのごちゃごちゃしている部屋にいるのかな。テティが言うには実験室らしいけど、そうには見えなかったな。

 いつもと違うにおいがする。テティの血の匂いじゃないけど、血のにおいがする。誰の血なんだ。テティが私以外この家に入れそうにないのは、なんとなく分かる。だとしたら、私しかいないよね。

 ということはテティが私に傷を付けたってことだよね。なんのためかはきっと私を治してくれるためだよね。だから眠らせてくれたんだ。テティは私に対して気づかいが凄いね。

 私が外に出てないからかもしれないけど、食人鬼って私以外と会ったことがない。あんまり居ないのかな。まあ、沢山居たらそれはそれで大変だと思うけど。

 それともここには居ないだけで、他の所には普通にいるのかな。割と気になる。後でテティに聞いてみよう。

 私はテティが来るまで、そわそわしながら待つ。それからどのくらいの時間が経ったのか分からない。だけどやっとテティの足音が聞こえてきた。ドアの開く音がしてテティが部屋に入ってくる。


「やあ、起きたんだねインス。調子はどうだい?」


感極まってテティに抱きついて頬ずりする。テティも軽く笑って頭をなでてくれる。ああ、幸せだなとしみじみ思う。


「こんな感じで元気になったよ。ありがとうテティ!」


テティに抱きつくのを止めて少し離れる。なんだかテティが色々手に持っているのが気になり始めてじっと見る。


「そうか、なら良かった。ほら、インスの許可証のバッジだ。チョーカーに付けてやるから少し待ってろ」


テティは私のチョーカーに手を当てて、バッジが付けられる形に変形させた。テティが少し屈んだかと思ったら、カチッと音がしてバッジを付けてくれたみたい。

 許可証で思い出した。そうだ、テティに聞かないと!


「ねぇテティ。ずっと気になっていたんだけど、これはなんの許可証なの?」


私の言葉にハッとしたのか、テティは少し言いづらそうにしながらも話してくれる。


「これはだな、食人鬼である事が関わっているんだ。食人鬼は発見されたら、直ぐに討伐される事になっている。」


うーん、確かにテティを探しに町に出たら、すぐに食人鬼だってバレて、騎士団呼ばれたんだよね。それ以上は思い出したくないような気がする。


「幸いと言って良いのか分からないが、あまり食人鬼は発生しない。だから他の食人鬼とは間違えられないと思うが、念の為という奴だ。それで許可証をつけてインスは特別に討伐されない様にしているという訳なんだが、分かったか?」


へぇこの許可証凄いんだ。私を殺さないようにしてくれるなんて、もはやお守りみたいなものだよね。ありがたい。

 それにしても食人鬼って突然発生するモノなの?更に、数も少ないという事実に続いて、見つけ次第殺される。私は一目で良いから他の同族と会ってみたいな、と思っていたけどなかなか難しそうだ。


「うん。分かった!ところでテティが持っているその瓶って何が入ってるの?」


瓶の中の液体の色は、血みたいな色をしていて本当の血だったら少し怖い。私の奥にしまっているモノが勝手に出てきちゃうようになるから。


「ああ、これか。魔素と言って魔法を使う時に必要な物なんだ。今日のインスはこれが体内に大量にあるせいで、空腹が通常以上に加速していた状態だったんだ。それを再現できる薬みたいなものだよ」


とりあえず、血じゃなくて良かった。今日と同じ目に遭うのは勘弁してほしいけどね。でも、なんでそれを作ったんだろう。不思議に思って首をかしげる。


「多い時もあれば、少ない時もあるだろう。少ない時の保険だ。首に掛けておけば、そうなっても飲みやすいと考えてな。紐も付けてあるぞ」


テティは私の首に瓶をぶら下げた。テティが心配してくれているから、素直に受け取っておこう。これを使う機会が、なければいいのが一番だけど。

 テティが急に真剣な表情になる。


「なあ、インス。言いたくないなら言わなくてもいい。何故、昨日の戦争で、町に行った時も、あんな風になってしまったんだ?」


テティが言ったことに動揺する。突然のことに思わず顔を伏せて目が泳ぐ。

 でも、そうだよね。気になるよね。ちゃんとテティだけには言っておきたいかな。

 グッと手を握って、テティと目を合わせて私の過去を言い始める。


「信じられないかもしれないけどね。私は……前世の異世界の記憶があるの」


目を丸くしているテティは、何か言いたそうにしている。だけど、このまま聞いてくれることにしたようだ。それに感謝して、一から十まで全部話す。


「前世で私はね、人間だったんだ。私の両親ってろくでなしでさ、母親は何かあると私に暴力するし、父親は常に酒で酔っぱらった状態で、気に入らないと物を投げつけてくるんだ」


これで暴力が嫌いになった。それに痛いのも嫌になった。今でもきっと出会ったら恐怖を感じると思う。出来れば会いたくない。


「だから唯一の休める所が図書館だった。それで本を読むことが好きになったと言っても過言じゃない。図書館で気が合う人が出来て、その人がゲーム大好きだったから、私も一緒にやらせてもらっていたんだ」


その人に出会えたから、こんなにも楽しく感じられる物があることを知った。この時間だけは心から楽しめた。あの時間が続けば、と何回も思ったほどには、本当に楽しかったな。


「学校っていう教育機関に通わされて、そこでも教材とかにいたずらされたり、意味が分からない理由で暴力されたり、悪口を言われたりしたんだ。ある時、私の大切な物と本を大勢の前で全否定されちゃってね」


思い返せば、高校までよく通えてたな私。もっと早く死んでてもおかしくない精神状態だったのに。否定されてもまだ、楽しかった時間があったからかな。


「更に、学校で唯一友達だと思っていた人が、私をダマす演技していることを本人から聞かされてね。もう、人を信じられなくなりそうだった」


私を悪い意味でダマしてくる奴が駄目になった。人が怖かった。その人だけは平気だった。ボロボロな私のことを何も聞かないで、ただただゲームに誘ってくれてた。それが救いだった。変に聞かれてその人に引いてほしくなかったから。


「人間恐怖症になっていてもおかしくないと思う。だけど、ならなかった。支えてくれる人がいたからギリギリ保っていたんだよ」


その人は引っ越しでどこかに行ってしまった。その人のことは恨んではいない、その人の都合もあるだろうから仕方ないって割り切れた。

 これで私は心を休ませる場所をなくしてしまったんだ。図書館に行っても淋しいくなるだけだったから、適当に外を散歩して、それでも面白くなかった。世界が灰色に染まっていくような気がした。


「でもある日、私耐えきれなくて、高い場所から飛び降りて死んだ。そのはずだったの。気が付いたら森にいてね。色々あってテティに会ったんだ……」


それからどんどん心の傷は積もりに積もって、壊れそうになって、そうなる前に自分から死んだ。ある意味、自己防衛が働いたのかもしれない。

私が自殺したことを聞いたらその人は、どうするんだろう。泣いてくれるかな。

 もう遠い場所に行ってしまったから、知らないと思うけどね。ニュースとかも見なさそうな人だし。

 テティは私の話を否定しないで全部真剣に聞いてくれて、時々背中をさすってくれたりしてくれた。

 それだけで、もう私は救われる。涙があふれて止まらなくなった。テティがそっと抱きしめてくれて頭をなでてくれる。それを私が落ち着くまで続けてくれた。


「インス、辛い事を話してくれてありがとう。これからもずっとインスを守る。絶対に裏切らないだから、嫌な事が有ったら直ぐに言え。私のインスに手を出したらただでは済ませない事を分からせてやる!」


ああ、嬉しいな。そうしてもらえると良いな。


「テティに裏切られたら、きっと人間皆殺しにしてしまう。だから、私を止めるためにもずっと一緒にいてね。お願いだよ」

「任せろ。絶対に、インスにそんな事をさせない。無理をしてでも繋ぎとめる」


 テティがやる気満々でそんなことを言うから、思わず私は声を上げて笑う。テティもそれにつられるように、笑い出す。

 そしてテティが何かを閃いたみたいで、悪そうな顔になる。


「そうだ、インスが身を守れるような道具を作ろう。形は指輪でいいか。ほら、インス左手を出すんだ」


テティのあの顔が気になる。だけど、左手で薬指だったら指輪って結婚指輪的な意味がある。けれど、こっちでも同じ意味とは限らないよね。そういうことはまだ期待しちゃ駄目だよね。

 勿論、テティからもらえるものは、なんでも嬉しい。と言いたいけど度が過ぎるのはちょっと怖いかな。

 色んな意味でドキドキしながら、私は左手を出した。テティはそっと手を握り、私の薬指の根元をクルリと一周なでる。


「よし、上手く出来たぞ。性能は危機が迫って来た時に、自動で防御膜を張るのと同時に対象に向かって反撃する。ついでに私にインスの位置が分かるようにしておいた。どうだい、インス最高だろう!」


出来たのは、真ん中に赤い宝石みたいなものが付いている、シンプルな指輪だった。

 性能に関しては何とも言えない。勝手にGPSっぽいものをしれっと付けているし、自動で攻撃と防御してくれるやつなんて、どう反応すればいいかわからないよ。

 とりあえず、ほめればいいのかな。


「性能は凄いけど、テティだけ私の居場所分かるのズルい。私も同じように分かりたいし、テティを守るのは私がしたいよ」


うん?この宝石の色どこかで見たような気がする。あっテティの眼の色とそっくりだ。これは何か意図とかあるのかな。


「ふむ、インスが言うなら作ろうか。これをこうして、ほら出来た。ついでだ、通信できるようにしておく」


テティは私の指輪を作る時のようにして、自分の左手の薬指に指輪を作った。出来た指輪は私と色違いで、宝石のところは真っ黒だった。もしかして私の眼の色なのかな。

 そして私のものとテティのものをくっつけると、少し光って糸みたいなものが見えるようになる。これ、なんなんだろう。よく見るとテティから出ているようだ。これで方向は、なんとなく分かるようになるってことかな。


「そういえば、左手の薬指は心に繋がっていて、指輪でその人の心を守るという意味があるんだ。眼の色にしたのは単なる独占欲だがな」


やっぱり意味があったんだ。心を守ってくれるって素敵だね。嬉しいな。

 それにしても、テティの独占欲ってよく分からない。首に噛みついたり、あまり外に出したがらなかったり、私を抱き枕にするぐらいだから。初めの頃付けていた枷もあれから付けてないし、あんまりないのかな。

 テティは何かを思い出したらしい。急に焦り始めて、あたふたしている。


「ああ、そうだった。納品日が今日までだったんだ。済まない、インス。今すぐに行かないといけない場所があった。家で大人しく待っててくれ」


そう言うなり、テティはあわただしく部屋を出ていった。物音がにぎやかに鳴り響いて思わず苦笑してしまった。

 ようやく静かになってドアがガチャッと開く音がする。


「インス、行ってくる!」

「テティ、いってらっしゃい」


聞こえていないとは思うけど返事を返す。

 静か過ぎる家になるのに、私は耐えられなかった。淋しさが前よりは少なくなってはいるけど、出てきた。ベッドの上で体を丸くしてチョーカーを握って眠ることにしよう。

 テティが帰ってくるまで、おやすみ。ガチャッと物音がしたのを、無視してそのまま私は寝てしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る