第6話 強盗?
初めは無視していたんだけど、どうしても物音が気になって寝るどころじゃなくなる。ゴソゴソと何か探しているような音。
テティなら行ったばっかりだから、まず帰ってきた時に忘れ物をしたって言いそうなのに、何も言わずに入ってくるのって変だよね。
じゃあ、テティの知り合いなのかな。それでも何か一言あってもいいはず。漁っている音から考えると、強盗かなにか?強盗じゃなくても私は怖い。テティに助けを求めたい。でも納品日って言ってたから、連絡するのは邪魔になっちゃうかな。
どうすればいいか悩んでいると、こっちに足音が近づいてくる。恐怖で頭が真っ白になって何も考えられない。
インスが固まって動けなくなっている間に、強盗の男は部屋の扉を開けた。そしてインスを見つけるとニヤリと笑う。どうやらこの男はインスを探していたみたいだ。
「お前には悪いが、あの女を殺す手助けをしてもらう。俺にはあいつが邪魔なんでね」
男がインスに飛びかかるのと同時に、テティ特製の指輪が光りインスを覆うように膜が張られ、男に向かって魔法の弾が発射され始める。
男は魔法の弾をものともせずに突き進み、強引に膜を叩き割る。インスの首に掛けてあった瓶を開け、無理やりインスに飲ませた。本能がインスを突き動かすが、どこかその動きは鈍い。
簡単に男に避けられてしまい、どこかから取り出した瓶をまたも飲まされたインスは直ぐに眠り始めてしまった。
「お前が起きる時には、あの女は喰い殺されている事だろうな。そうしたら、お前を迎いに来て実験体になってもらおう。なんせ、食人鬼は貴重だからな。良い駒になりそうだ。楽しみにしているぞ」
男は独り言を終えると、家から出ていったのだった。
よし、しっかりと依頼物を納品できた。次の手軽な依頼も受けた事だ、インスの所に早く戻ってやらないと。
急ぎ足で家に帰ると、強盗にでも入られたかのような状態の実験室。だが、そこしか散らかっていなかったのだ。明らかにおかしい。
もしかすると、あの一方的に私を嫌っている男が来たのか?そうだとしたら、インスが心配だ。何をやるか分からないからな、あの男。
急いでインスが居る部屋に向かう。普段インスはベッドで寝ている。なのに床でそれも、うつ伏せで寝ていた。保険の魔素が入った瓶が空になっている事も気になる。何があったんだ。
とにかく、インスに聞くしかないよな。揺らしてインスを起こしたのは良くなかったみたいだ。またインスが押し倒してきたのだ。襲ってくるのは想定外だ!しかも前よりも悪化している。咄嗟に庇った左手を躊躇なく、どんどん喰われてしまう。
これは本気で、私を喰い尽くそうとしている。それも良いなと思ったが、インスを独りにさせる事になってしまう。やっぱり駄目だ。
急いで眠くなる魔法を掛けるが、やはり、さっきまで寝ていたせいで意味が無かった。こうなったら、回復魔法を使ってギリギリまで喰わせてインスの理性が少しでもいいから呼び起こす。それしかない。
喰われて再生して、喰われて再生してを何回も繰り返した。もうほぼ魔素が無い。これ以上の再生は出来ない。もう限界だ。
私は叫んだ、インスの理性を叩き起こすために!
「インス、これ以上私を喰ったら、私は死ぬ事になる!独りになりたくないのに、私を喰い殺して良いのか!嫌だったら、さっさと起きろ、この寝坊助、インス!!」
ピタリとインスの動きが止まった。インスは泣きそうな表情をして苦しそうに叫ぶ。この瞬間の内に突き刺す為の針を用意する。
「イヤ、イヤダ。喰イタクナイ、デモ喰イタイ。イヤダ、イヤダ、イヤダ!助ケテヨテティ!」
「痛くするけど、耐えろよインス。一気に魔素を抜くからな!」
左手でインスが動かない様に固定して、前より深く針を首に突き刺して引っこ抜く。インスが痛がって身動きするが、強引に押さえつける。
傷口を覆うように口で塞いで、魔素だけを抽出して取り込み、適当に作った瓶に血を吐き出す。
二、三回やって元の魔素量になった事を確認して、傷口を治して私の大変な作業は終わった。インスは急に減った魔素と血のせいで怠そうにしている。少し経てば治るだろうし、放置しておく。
私はおかげで口の中はどこも鉄臭くなってしまった。少し口をすすいでくるか。
すすぎ終わって戻ってくると、インスが抱きついてくる。その体は震えていて、少しでも落ち着けられるようにインスの頭を撫でる。
必死に見ないようにしていたことを、無理に見させられた私は辛くて、認めたくなくて、嫌で、嫌で、仕方なかった。
テティを喰い殺しそうなったのが、怖い。この温もりを自分の手で失くしてしまうところだった。
私は自分が怖い。今回は辛うじて理性が戻って止められた。だけど、またテティを喰い殺しかけるかもしれないのが、ひたすらに怖かった。
テティがなんとか私を宥めようとあの手この手でやってくれる。けれど、喰い殺してしまうという不安は消えない。
「テティ、死なないでよ。嫌だ、どこかに行っちゃうのはやだ。一緒に居てよ……」
色んな感情がごちゃ混ぜになって、頭をグリグリとテティに擦り付ける。テティがあまり使いたくない方法だって言う。それでも方法があるなら、なんでもいい。
「インス、私を喰い殺したくないんだったら、そう出来ないように縛りを設ければいい。本来は奴隷に使われる魔法だ、それでも使いたいか?」
私は覚悟してうなずく。テティだけは、絶対に失いたくない。それが自分せいでなったら、それこそ私は狂ってしまう。
「分かった。内容はインスが私を喰い殺す事を禁止にする、でいいか」
それだと、私が何かの手違いでテティを殺してしまうかもしれない。もうちょっと厳しくしないと駄目だ。
それに、もうあまり人を喰べたくないから、許可が無いと喰えないようにしてもらおう。
「テティが許可した時以外、喰べれないようにして。あと、テティを殺すのも禁止でお願いします」
テティが嫌そうな顔をするけど、私は本気だ。こればっかりは、テティにも譲れない。すると、テティがため息をついた。
「インスが本気で、それを望むのは分かった。内容を変える。インスは私を喰い殺す事、私を殺す事を禁止にする。これを破れば、罰として何があっても私の指示通りに動く事。私の許可が無い限り、人間を喰べるのを禁止にする。これを破れば、罰として私が満足するまで抱き枕になる事。ここにインスへの縛りを設ける!」
私を光が包み込み、少しすると消え去った。体を見てみても、変化はよく分からない。だけど、これでテティを自分から守ることが出来る。良かったと一安心する。
改めてテティに抱きつく。私は顔を上げて満面の笑みを浮かべる。
「テティ、ありがとう!私を縛ってくれて」
インスの笑顔は綺麗で、思わず息を吞む。でも、奴隷に使う魔法でまさか喜ばれる日が来るとは。正直言って、思いもしなかった。
どのくらいの時間が経ったのだろうか。分からないが、中々インスが感極まってはしゃいで落ち着かなかい。たが、ようやく話せるようになった。その頃には外は夜になっていた。
インスにどんな状況だったかを聞いて、あの男の仕業だと分かり、つい頭を掻いてしまった。
初めはインスが進んで抵抗するために、飲んだのかと思ったんだ。だから、そんな手軽に飲んでいいのもでは無いと叱るつもりだった。あの男に無理やり飲まさせられたとなれば、話は別だ。
あのクソ野郎め、私のインスを奪い取ろうとしやがって。痛い目に遭わせて二度と私に逆らえなくさせてやる。
テティが目に見えて怒っているのが分かる。私のために怒ってくれているんだ。
けどあの男を見ると、私の父親を思い出す。自分勝手で気に入らなかったら平気で殴ってくる、くそみたいな父親。
これから来るであろう、あの男には会いたくなかった。あの男と父親が重なって怖がって、きっと思うように体が動かせない。さっきの時もそうだったように。きっとテティの邪魔になってしまう。私はやるせなさを感じていた。
テティがそっと私の頭を撫でる。
「大丈夫だ、あのクソ野郎は私が何とかする。私のインスに手を出したんだからな、殺す一歩手前までやってやる。だから、インスは見守っていてくれ」
テティがそこまで言うなら、あの男に会うのは怖いけどちゃんと向き合おう。
私も過去ばっかりに、とらわれ続けるのはもう嫌だ。過去のせいで暴れるようなことになりたくない。
私の表情が真剣になると、テティはなでるのを止めて不敵な笑みを浮かべる。
「分かったよ。テティ、頑張ってね」
「任せておけ。いざとなったら、秘密兵器もある」
足音が近づいてくるのが、分かる。きっと奴だ。ドキドキしてくる。
「テティ、奴が近付いて来たみたいだよ。何かするの?」
「いいや、何もしない。奴の無駄に高いプライドをへし折ってやるには、小細工しない方が良い。私に何をやっても敵わないということを、丁寧に教えてやらないとな」
足音が玄関で止まった。それと同時に何やら変な音が聞こえる。これはなんなんだろう。気を付けておいた方が良いかな。そんな余裕があるといいけどね。
ご丁寧にゆっくりと、玄関のドアが開く音がする。もう片方の変なのは家を回り込んでいるような?分かりづらいよ。
正面からは奴が来るとして、もう片方は何がしたいんだろ。私の状態でも確認するつもりなのかな。
最初に部屋に入ってきたのは、ドロドロとした真っ黒な液体みたいなものが窓のすき間から来た。なに、あれ。ヘドロが動いてるみたいで、ひかえめに言って苦手。
「あれか、スライムという魔物だ。本来ならば、知性が無いから近くにある物を溶かして喰うらしいぞ。奴の趣味がバレバレだな。多分あれは、インスの餌代わりに寄越したんだろう。スライムは、分裂して増えるのは早いからな」
えっ私、アレは喰えないよ。無理。食人鬼だよ、スライムを食べられる体じゃない。私が首を振っているのを見てテティは苦笑した。
「まあ、確かにインスの食性には合わないな。適当に分解して、奴に投げつけてやるか」
テティがスライムを指差してから、指をクルッと回す。すると、スライムは白くなって、吸い込まれるようにテティの手の中に収まった。
これも魔法なのかな。そういえば、テティが詠唱しているところ見たことないね。イメージだけで出来る物なのかな?気になる。
大分時間をかけて、奴がようやくこの部屋に入ってきた。覚悟して奴を見てもテティが居てくれるだけで、怖さを感じられなかった。
「どうだ食人鬼よ、スライムはお気に召したか?おっと、てっきりこいつに喰い殺されていると思ったんだが、生き残っていやがったかテティ」
「何を言っているんだい?喰われまくって、心も体も全部奪われたに決まっているだろう?だから、こうして仕返しをしてやろうと思っていてな」
テティがのろ気を言ったような気がするけど、気のせいってことにしよう。でも体は勝手に反応して、顔から火が出そうになっている。
テティが白くなって丸い形になったスライムを奴の腹辺りに投げつける。そこにあった服は溶かされ、皮膚も筋肉も溶かしていく。
なかなか、痛そう。しゅーって音を立てて溶かされている奴は悶えているばっかりで何もしない。馬鹿なのかな。何か指示でも出せば変わるかもしれないのに。
「自分が服従させたからと言っても、他の人に取られれば、言う事は聞くはずが無いだろう?そんなことも忘れたのか、馬鹿だな。このまま自分のモノだったスライムに喰われれば私と同じ思いが出来るぞ、良かったな」
白くなったスライムを見て、反省した。あいつのせいで黒くなっていたんだとしたら、申し訳なくなった。
スライムに近付いて謝りながらなでる。手が溶かされて痛くなったけど、それでもなで続ける。少しすると手が溶かされなくなった。許してくれたのかな。許してくれてありがとう。嬉しくなってつい笑ってしまう。
それを見たテティがすねたのか、スライムから私を取るように抱き締める。
「ちょっと、テティ。痛いから強く締めるの止めて」
無言で、更にテティは締めてくる。何か主張しているのは分かったけど、何も言わずにされても困っちゃうよ。
「インスはスライムには笑ったのに、私には笑ってくれないのか。スライムばかりズルイ。インスの笑う姿は私だけにしてほしかった。なのに、このスライムのせいで私だけの笑顔ではなくなった。だからこのスライムごとあいつを消し去ってやる……」
テティって少しいや、かなりのヤンデレってやつ入ってる?それでも嬉しいと思える私は変なのかな。まあ、変でもいいや。
「ちょっと待ってよ、テティ。殺すのは止めてあげて。スライムにはありがとうって伝えただけだよ。それに私はテティのモノ。これからもテティのために笑うから、今回は許して。気に入らなかったら、後で好きにしていいから」
テティは納得がいかないって感じだったけど、後で私を好きに出来ると分かった瞬間打って変わって嬉しそうな雰囲気になる。
「へぇ、何でもか。何をしてやろうかな。後で楽しみにしておけよ、インス。」
テティの笑顔を見ると、何故か背中が寒くなる。
思わず、息を吞む。これ、あとで大変なことになる奴だよね。自分からヤバい方向に突っ込んでいったようなものだね。自分で墓穴を掘りに行ってどうするんだ。
私が前言撤回したら、テティが再びヤンデレモードになるのがみえる。どうしようも出来ないじゃん。諦めるしかないのか。
テティもそこまでは酷くしないと思うし、なんとかなるよね。きっと。
私があれこれ考えている内に、スライムはあの男を喰い尽くしたらしい。テティに見えるように私の頭に乗って、終わったよと言わんばかりにぴょんぴょん跳ねる。
「ほう、元あいつの使い魔だった奴が、ここまで早く終わらせられるのか。中々やるな、お前」
一触即発な状態になるかもしれないと、心構えをしていた私はほっとした。
「だが、何故骨だけを残した。何、インス用に残しておいただと。これがあの野郎の骨なのは気に食わないが、骨は腐りにくいからな。確かにインスの保存食には丁度良いな」
スライムの声は聞こえないけど、テティが楽しそうにしているのは分かる。
なんだか淋しくなってきた私も対抗するようにテティに頬ずりをする。テティが頭を撫でてくれるので、幸せな気分になる。
後ろから服を引っ張られる感覚があって、振り向くと骨だけになった奴が動いて私を引っ張っていたらしい。驚いたのと怖いのがごちゃ混ぜになって力が抜けてしまった。
そうなったのを良いことに、骸骨は私を抱えて窓から出てどこかに連れて行く気みたいだった。テティも追いかけてくれるけど、あまりの速さにもう見えなくなってしまった。
「骨だけになったのは、想定外だった。だが、私の目標は達成した!食人鬼を手に入れたのだ。今更、簡単に手に入るスライムなど失っても問題ない!」
その言葉にイラつく。あのスライムはちゃんと生きているんだ、道具じゃない。
抵抗しようとしても、まだ力が抜けていて、どうしようも出来ない。もしかしなくてもピンチってやつだ。早く助けに来てよ、テティ。
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