食人鬼な私は今日も肉をもらう

むーが

第1話 お腹空いた……

 私は高校生だった。俗に言うJKという奴。だけど、流行りものには疎いし、読書とゲームが大好きなだけの人だった、と過去の事ばかりを考えるにも限界かな。嫌な思い出ばかりしかないから。

 それはともかく、だって気付いたら見渡す限り、木ばっかりでたまたま近くにあった川でおそるおそる覗いてみると、髪の毛は真っ白になっているし、顔が少し青白い気がする。

 もはや別人レベルでキレイ系の美人になっている。素直に怖い。恐怖を感じる。

 これが本でよく読んでいた転生って奴なのかな。でも、この体の小さい頃の記憶なんて全く覚えていない。

 考えていたら、お腹が空いてきた。行動するのは怖いけど、食べ物を探さないと。餓死で死ぬのは嫌かな。

 周りをよく見ながら慎重に歩いていると、不意のいい匂いに気を取られてコケてしまった。 ……痛い。でも我慢して立ち上がる。いい匂いだから、きっと美味しい物があるはず。

 そう信じて私は匂いの方に、何があるか分からないから緊張しながらも近づく。

 人間がいた。正確には、首から先がどこかにいってて、ハラワタがあちこちに飛び散っている死体。私が言っていたいい匂いとは人間の匂いだった。えっ、どういう意味なの。混乱しながら咄嗟に遠ざかるように走ってしまった。

 訳が分からない、私って人間じゃないの?なんで、人間を見て美味しそうと思っちゃたよ……。こんな悪食になった記憶無いよ。あー、嫌だ。

 さっき、コケて痛かったのにすでに治っている。人外特有の再生能力って奴かな。しかも、走ったせいかな、どんどんお腹が空いてくる。早く人間じゃない食べ物探さなくちゃ、大変なことになりそう。木の実でもあればいいんだけど。

 大分時間がかかって、もう夜になった。月が何個も空に浮かんでいる。リンゴみたいな果実が三個しか見つからない。他にもあったんだけど、人の顔が付いている人面果実とか、毒々しい色をした木の実とか、正直食べたくない。まともじゃない物なら、たくさんあったんだけどね。

 夜目も割と程度あるこの体でも、夜の森を歩き回るのは危ないと思うし、寝るのに丁度いい場所を見つけた。なので色々危険かどうか確認してから、横たわる。

 私は一体何者なんだろう。吸血鬼かな。でも、日光に当たっても平気だったし。吸血鬼は違いそう。

 んー、あまり考えたくはないけど、食人鬼なのかな。死体を見てよだれが出てきたんだよ。あんなにもグロテスクだったのに、吐き気を催すどころか、食欲が出るなんて。やっぱりそうなのかな。

 この事は今、考えたくない。さっさと果物を食べよう。手のひらサイズが三つもあるから、少しはお腹も大人しくなるはず。

 駄目だった。確かにお腹は膨れたけど、コレジャナイ感が激しい。

 でも人を食べるのは嫌だ。果物で誤魔化していこう。とりあえず、寝る事にしよう。おやすみなさい。

 次の日、昨日と同じように慎重に森を探索してみても良さげな果実が見当たらない。これじゃあ、食欲を誤魔化す事が出来ないよ。

 悪いことは重なるものと言わんばっかりに、5mはありそうな大きいイノシシと遭遇した。

 恐怖で体が動かせないまま、巨大イノシシに撥ねられる。激痛が全身を走って更に体が動けなくなる。そのまま巨大イノシシのおもちゃされて、踏みつけられたり体当たりされたり、酷い目に遭った。

 その後飽きたのか、巨大イノシシはどこかに行って、体は綺麗に再生したんだけど、お腹が減り過ぎて体に力が入らなくなってきた。

 ああ、これで死んじゃうのかな……。段々と遠ざかる意識の中、思った。




 気が付くと、家の中にいた。周りを見るとどうやら、木造らしい。全体的に木で出来ている。

 でも、空腹で頭がおかしくなりそう。でも食べられるようなものがない。どうしようと悩む暇もなく、ドアが開いて人間が出てきた。

 反射的に餌だと身体は判断して、人間に飛び付いて、押し倒す。首に噛みつこうとした所を、駄目だと思い直しなんとか理性で止める。


「どうしたんだい?私を食べないのかい?」

 

誘うような言葉に理性が消え去りそう。

 だらしなく、よだれを垂らしながらも気合でこの人から離れるように後ずさりする。

 食べちゃ駄目、食べちゃ駄目!自分に言い聞かせる。


「我ながら、肉付きは良いと思うんだけどな。まあ、眼の色が変化する所は、見られたから良しとしよう」


唸り声をあげる。理性が消えてしまうと、喰ってしまう。

 咄嗟に自分の左腕を噛んだ。痛みで理性が少し戻ってくる。荒い呼吸をしながらも、その場に丸まった。


「へぇ、耐えてみせたね。これは凄い発見だ!食人鬼が人間と同じ空間に居ながらも、襲い掛かりはしたが、耐えてさらに逃げるなんて!君、面白いね。これあげるよ」


すると、近くからいい匂いがし始める。顔を上げてその方向をみる。皿の上に何の肉か見当がつくものが置いてある。


「これってまさか……」

「そうだよ。人肉さ。丁度良く死体が見つかってね。我慢のし過ぎは体を壊す。他の部位もあるからね。好きに食べて良いよ」


好きにって言われても、戸惑うだけなのに、左腕が治ってきたせいで、お腹の主張が激しくなる。早く喰え、と訴えている。

 ……自分で殺した訳じゃないから喰べていいよね。そう言い訳をする。

 いただきます。一口喰べる。自分に合った物を食べているからか、ちゃんと満たされている感じがする。良かった。

 残りは貪るように喰べちゃってた。それに気が付いた時に顔から火が出た。

 それにしてもかわいい系の人だったな。私よりも身長あるみたいだけど。綺麗な緑色の髪に目は真っ赤。異世界特有の奴だね。

 やっぱり私って食人鬼なんだ。ということは、人間を食べないと生きてはいけないんだよね。これからは覚悟していかないと、その内、罪悪感で死にたくなりそう。

 もの足りないと本能が叫ぶ。これ以上喰べるのは今の私には無理。本能を押さえつけて、気のせいにする。

 本能はともかく、本来の食事が少し出来たからなのかな。一安心している。

 すると、なんだか急に眠くなってそのまま寝てしまった。




 ふと、目が覚める。手を見ると枷が付いている。足の方も見てみると同じような枷があって、まあ食人鬼だから仕方ないよね……。

 いつ昨日のように本能むき出しになっても不思議じゃないからね。

 足音が聞こえて、誰かが来ると分かった。緊張する、変な人が来るかもしれないと、心構えをする。

 ドアが開いて昨日の人が出てくる。知らない人ではないと、緊張を解く。


「やあ。おはよう。手枷と足枷は、保険で付けといたんだ。まあ、起きているなら丁度良い、これを飲んでくれるかな」


 その人はこの枷を保険と言ってくれる。何故かは分からないけど、昨日と同じにならないと考えてくれているんだ。

 私を少しは信じてくれた、ということなのかな。私も少しだけ信じてみよう。

 その人が持っていたコップを、私は受け取る。中身を見てみると赤い液体。血かなんかかな。

 においを嗅ぐといい匂いがする。人の血だと反射で分かってしまった。戸惑いながらそれを全部飲む。

 いつもより、気持ちが楽に出せるように感じる。心の奥底にある、塞き止めていた本音が出てくる。それは過去に関するモノ。


「淋しい。誰も私を避ける。もう、嫌だ。独りが嫌だ。誰か、私を独りにしないでよ!」


勝手に涙が出て、流れていく。嗚咽も上げて、鬱陶しい量の涙が出る。これじゃあ、この人を困らせてしまう。

 早く泣き止まなきゃいけない、と思うほどに更に涙が出る。自分自身でも止められなくなっちゃっている。


「へぇ、そう思っていたんだ。私と居ていても物足りないと?」


その人は納得がいかないと言いたそうな顔をしている。違うの。古傷が急に痛むようなもので、そういう事じゃない。

 私には過去の淋しさを紛らわすものが要る。それが無いと心が壊れてしまいそうになる。

 今の私のように。一旦始まると、なかなか終わらない激しい自己嫌悪と周りに対する怒りはどこにもやり場が無いから。


「契約でもなんでもいい。一緒にいるっていう、証拠が欲しいの!」

「ふむ、契約するなら、自己紹介しなければ。私はテティ、冒険者というものをやっている。君の名前はインスと名付けよう!ここに誓いを立てる。私、テティは彼女、インスをなるべく一緒にいる事を誓う」


どこからともなく来た、小さな光が私とテティの胸元に入っていった。心に開いた穴が塞がったような、心が満たされていくような、不思議な感覚。心が落ち着いていく。

 テティの方を見ると、怪しい笑みを浮かべている。なんだろ、嫌な予感がする。


「さあ、インス。こっちに来るんだ。いくらでも抱きしめても、腹が減ったら喰ってもいい」


何故か自慢げに、両手を広げているテティに、思わず苦笑する。嫌な予感は当たらなかったみたい。

 せっかくだから、抱きしめてもらうのはいいかもしれない。私の淋しさを一時的でもいいから、取ってもらいたい。勿論、喰べないつもりでいるけど。

 

「分かった、抱きしめて。でも、一緒にいるって契約してくれたのに、喰られないよ」


そっちに行って、テティに抱きしめてもらう。あー、淋しさもどっかに行って落ち着く。テティからいい匂いがするけど、不思議と食欲は刺激されない。なんでだろ?

 よく分からないけど、まあいいや。眠くなってきたし、ここで寝させてもらおう。おやすみ。



 嗚呼、可愛いな。私に抱きしめられて寝るなんて、どれだけ私を誘惑する事だと分かってないね?

 君は、全く私を飽きさせないつもりかな。そんなものは、独り占めしたくなるに、決まっているじゃないか。

 私の独占欲を呼び起こして、ただで済むと思わない事だ。なぁ、インス。

 さて、私は久々に魔法を練習する事にしよう。名残惜しいがインスをベッドに移動させる。

 ついでにインス専用の首輪でも作ってあげよう。勿論外れない物をだ。だが、首輪はアクセサリーっぽく作ろう。これでチョーカーに見えるだろう、良いな。うん、我ながら上出来だ。

 さてと、やる事もやった事だ、私は実験室で魔法の練習をしよう。



 目が覚めて、ブルっと体を振るわせる。なんだか背筋が凍るような夢を見ていた気がする。これ以上はこのことを考えるのは止めよう。

 気晴らしに窓を見ると、外は真っ暗。もう、夜なんだ。私、昼寝し過ぎた。やってしまったと、頭を抱える。でもいつもより、淋しさが少ない。テティのおかげかな。

 すると今度はお腹が空いてきた。空腹感が強くなる前に、テティが来てくれればいいんだけど。うーん。中々来てくれない。おかしいな。いつもって言っても、ここ二日程度なんだけど、もう来てもおかしくない時間だと思う。

 早く来ないかなぁ。何やってんだろ、テティ。分からなくて、首をかしげる。

 うん?首に違和感があって触ってみると、何か付いている。もしかして首輪かな。鏡がないから、どんな物なのかよく分からない。

 テティが付けてくれたのかな。そうだったら、テティのものになったみたいで、嬉しいな。首輪の触り心地が良くて、つい触ったり、軽く握ったりしてしまう。

 テティ、早くしないと、私お腹が空き過ぎて、また襲い掛かっちゃうよ。そうなるのは嫌だよ。

 そう思ってから、何分、何十分経ったんだろう。やっと足音が聞こえてきて、私はそわそわしてしまう。飼い主を待っている飼い犬みたいだと、自分で考えて正にそうだなと納得。

 ドアが開いて、テティが左腕を持ってきた。あれ、あの左腕はテティの左腕っぽいような。いや、第一にそうだったとしても、切るんだから左腕はないはず、気のせいだよね。


「持ってくるの遅れてごめんね。はい、これは今日の分。なんと、私の左腕だよ。きっと美味しいよ。おや、どうしたんだい急に動揺して」


しれっと左腕を渡される。えっ、やっぱりそうなの。気のせいじゃなかった。だとしたら、第三の腕的な物なのかな。じっとテティの腕を見つめる。


「この腕が気になるのかい?簡単な事さ、切って魔法で生やしたんだ。インスも似たような事をやっているだろう。魔法で再現してみたんだ」


魔法で生やせるの……。それとよく自分の腕切れるね。私は痛いの苦手だから、いくら出来るからってやりたくはない。過去でよく痛い思いをさせられてたから。


「気になる事は無くなったかい。そうだインス、そのチョーカーは気に入ってくれたのかな。製作者として気になっているのでね」

「うん、丁度良いよ!触り心地もいいから、好きだよ」


 テティが何故か悶えているけど知らない振りをする。とりあえず、謎も解けた事だし、左腕をいただきます。

 まずは断面を舐めてみる。うん、美味しい。軽く噛んでみる、良い歯ごたえ。今度は一口喰べてみる、美味しい。肉と骨の食感の違いがいい。

 でも私は肉と骨は別々で、食べるのが好きなので、肉から先に喰べる。うん、爪も美味しい。次は骨。このカリカリとした食感が好き。大切に少しずつ食べていく。よく味わって食べた。

 食べ終わって一息こうとすると、テティがいつの間にか、私をガン見していることに気付いた。そんなにも見つめられると、なんか恥ずかしくなって、うつむいてしまう。耳に熱が集まっている感じがする。


「ああ、食事中は全く気付いてくれなかったのに、終わった途端、恥ずかしくなるなんて可愛すぎる。なんだ、このかわいい生き物は!抱きしめよう」


抱きしめられて、褒め殺しを食らった。淋しさは吹っ飛んだけど、恥ずかしさで死にそうだよ……。

 でも、テティから一方的にされ放題は、対等じゃない気がして少し嫌だ。私も何か仕返ししてやりたい。

 そうだ、首に噛み跡つけてあげよう!きっと、びっくりするはず。

 何も言わずに、首に軽く噛みつく。どうだ!とテティの顔を見ると、黒い笑みを浮かべている。あっこれヤバイ奴だ。


「インス、なんて事をしてくれたんだい?噛み跡をよりにもよって首に付けるとは、駄目じゃないか。どこまで私を煽れば気が済む。私とどこまで一緒になりたいんだ?なあ、教えてくれインス」


動揺で頭が一杯になる。一緒になる、どこまでって何?えっどういうこと、訳が分からないよ。

 っていうか、私のいたずらでテティが急変しているの?とにかく、落ち着こう。深呼吸しよう、深呼吸。

 よし、少しは落ち着きを取り戻せた。えっと私が首に噛みついたら、テティが暴走しているってことかな。まずは誤解を解かないといけないよね。


「テティ、あのね。私が首に噛みついたのは、いたずらするのが目的で、どこまで一緒になるとか、全く考えてないモノだからね。勿論、テティとどこまで一緒になるかは考えておくけど、今は答えられない。ごめん」


何故か逃げるように、私はベットの中に籠る。なんだろ、凄い悪い事を言ってしまった気がする。

 でも足音がこっちに来る。


「インスの考えは分かった。だが、私はもう我慢が効かない。自分自身の制御が出来ないんだ。だから、嫌とは言わせない。言ったら、インスを私の所有物モノとして縛り付ける。お願いだから抵抗するな」


そう言って私のベッドにテティが入ってきた。なんか、ドキドキする。テティの手と足が私に絡みついて締め付けられる。それから少し時間が経つと寝息が聞こえてくる。

 なんだ、私を抱き枕にしたかったんだ。なんとなく残念な気がする。なんでだろ?それはともかく私も寝よう。おやすみ、テティ。

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