第2話 長い留守番

 目が覚めた。相変わらず、テティは私を抱き枕にして、気持ち良さげに寝ている。こうして見ていると、普通にかわいいなぁ。窓を見ると、明るい。朝だね。

 テティは冒険者なんだっけ。どんなことをしてるんだろう、ちょっと気になる。モンスターの討伐でもしているのかな。それとも採取とかかな。

 私も少しやってみたいな、冒険者。でも自分がやっている姿が、思い浮かべられない。食人鬼だから、人間を襲っている姿の方がしっくりくるね。残念だけど。

 そもそもテティが許さなくて、外に出してくれなさそうだね。このままテティの家に居候することになりそう。

 本当に私ってペット枠かもしれない。だって飼い主から餌を貰って居場所も用意されてて、許可は出るかどうか分からないけど、外に出るのに許可が必要な存在。やっぱり、私ってペットじゃない?

 んー。でもテティが私に、そこまで執着する理由が分からない。なんなら、始めの頃は実験で私を連れてきた、って感じがひしひしと伝わってきたしね。

 私を独りにしないという誓いを立てた。きっかけには、なったかもしれないけど、どうなんだろ?

 私はテティが必要で、テティは私に執着している。もしかして共依存って奴かな。それなら、もう私はテティから離れられない。離れる気も出ないけど。このまま毎日続けば良いな、と思った。

 それが、フラグに、なったのかもしれないと、後の私は思った。

 それから時間は少し経って、テティが起きる。


「おはよう、テティ」

「やあ、おはようインス。今日も早いね」


テティはあくびをして、眠気覚まし代わりなのか、首をブンブン横に振る。豪快な眠気覚ましの仕方だね。

 そう考えていると、テティが何か思い出したような顔をした。それで、急に真面目な顔になって言う。切り替えが速いんだね。寝起きだとは、思えない。


「残念ながら、用事が入っているみたいなんだ。早めに出かけないといけないんだよ。適当に足とか手とか置いておくから、お腹が空いたら食べておくように」


素直にうなずく。テティが用意してくれるなら、問題ないかな。この部屋からの行き方をテティから聞く。だって、ここから出たことがないからね、分かる訳ないよ。

 そっか、テティがもう出かけちゃうのか。淋しいな。でも帰ってくるから、独りのままじゃない。大丈夫だと、自分に言い聞かせる。

 テティは険しい顔をして私に警告する。その顔に思わず、息をのむ。


「あと、くれぐれも外に出てはいけない。インスが危ない目に遭ってしまうからね。移動の邪魔にならないように、枷も外しておくよ」


そうだよね、私は食人鬼。だから、人間にとっては天敵みたいなモノ。そんな奴が町に出てきたら、怖がられたり、思い出したくないけど、暴力を振るわれたり、下手すれば殺される可能性もある。

 嫌な目に遭うのはコリゴリだよ。どうしても過去を思い出して精神的に辛くなるから。

 でも、目の前で枷を外されていく様子を見ると、少しだけ、テティのモノじゃなくなるようで淋しかった。自然とチョーカーを軽く握ってしまう。

 心配されていたことに、気付いたらしいテティは、苦笑する。


「大丈夫、そんなに心配する必要はない。すぐに、終わらせて帰ってくる。だから大人しく待っていろ。インスは私のモノ、そうだろう?」


淋しがっているのも、バレていたみたいで、テティに頭を撫でられる。

 ああ、落ち着く。インスは私のモノ。私は心が一杯になっていくのが分かる。私ってテティに簡単に操られているみたい。それほど、私はテティのことが好きかもしれない。そう思って、私は単純だね、と思い返す

 私が満足そうな顔をしているのが分かったのか、私の頭を撫でていたのを止められる。テティは、出かける支度をするみたいで、この部屋から出て行ってしまった。

 テティのことだから、きっと早く用事を済ませてくれるよね。

 何かを切るような、音が聞こえてくる。きっと、私のご飯を用意してくれているのだ。魔法の詠唱なのかな、呪文的なモノも聞こえて、ファンタジーだな、なんか納得する。

 少し違う、物音がすると思ったら、もうテティは準備が終わったみたいで、ガチャっとドアが開いた音が聞こえる。行く準備が速いなと思い、思わず笑ってしまった。


「インス、行ってくるよ」


とにかく、笑いを抑えて、返事をする。何が面白かったのか、自分でも分からないけど、朝から、良いことがあったと言い聞かせた。


「テティ、気を付けてね」


ドアが閉じた音を聞いた。テティは行ったばっかり。なのに、早く帰ってきますように、と考えてしまう。これはおかしいことなのかな。

 でも、私が淋しがってばかりでは、駄目と自分を律する。きっとテティも寂しがっているはずだろうからね。

 私はまるでテティに依存しているみたい。そう自覚すると不安になってきた。軽くチョーカーを握る。テティがここにいるようで安心できる。

 昨日の答えが、もう出た。やっぱりテティと一緒になりたいな、と思いながら目を閉じる。絶対、テティも喜んでくれるよね。このまま寝てしまおう。ベッドにくるまって、私は眠り始める。




 お腹が空いて目が覚める。窓を見ると、太陽の位置から見ると昼が近いみたい。

 早く終わすってテティが言ってたけど、普段がどのくらいかかるのか、分からないからテティのご飯は、少しずつ食べよう。

 ここの部屋を出て廊下に行ってテティに教えてもらった冷蔵庫モドキがある部屋に着く。

 わぁ、物がごちゃごちゃ散乱している。この家はテティの作った物であふれている。冷蔵庫モドキから、何に使うのかよく分からないモノまで。色々とそろっている。

 においを頼りにしようと思ったけど、ここまで、色んなにおいが混ざり合っていると、嗅ぎ分けるのが大変だよ。正直なところ、地味に、においがキツイ物もあるので、あまり長居したくないね。

 うーん、どうしよう。思わぬところで、つまずいてしまう。外見も聞いておくべきだったみたい。こういうのって、本人的にはきちんと把握しているらしいけど、他の人——食人鬼だから、人じゃないけど――から見ると全く分からないね。

 さて、どうしようかな。手当たり次第にあたっていった方が良いかな?場所を動かさないように、気を付けて探そう。

 あれからちょっと経って、すぐに見つけられた。分かりやすいように、テティがしてくれたみたいで、入り口の近くにあったよ。良かった。

 大きめの箱に、片手と片足が入っている。とりあえず、片手だけ取って部屋に戻ろう。そっと左腕を抱えて、あの部屋に戻る。

 自然に、ベッドの上に座る。なんか落ち着くんだよね、ベッド。なんでだろ。

 考えごとは一旦止めよう。まずは食事に気を向けないと。

 それじゃあテティに、感謝していただきます。

 自分で言うのも変だけど、綺麗に骨だけ残して喰べ終える。美味しかった。

 ベッドが自分の居場所だと、体が感じているのかな。そういえば、何をするにも大体、ベッドの上だったような気もしてきた。

 私は、ベッド大好き食人鬼!ってバカみたいな考えが頭をよぎって、苦笑する。

 一通り、考え終わったあとで、満足した。

 今更って感じだけど、あまりお腹が減らないように、寝ていよう。でも、テティの存在が無いと淋しいから、左腕を抱える。おやすみ。



 これは、少しどころか、かなり大変な状態だ。

 早くしないとインスが危険な目に遭ってしまう。

 私の今までの経緯を言うと、冒険者ギルドに急に呼び出されたのが昨日の事。それで今日、冒険者ギルドに行くと、いきなり捕縛されて眠らされ、気が付くと牢屋に閉じ込められたのだ。

 私はいつか、こうなると分かっていたが、今見つかって、事を起こされるのは、想定外だった。ほぼほぼ、インス関係の事だろう。

 インスは食人鬼、食人鬼は見つけ次第、殺さなければならない、そういう規則がある。

 何故なら、食人鬼は人間を喰えば喰う程、強くなっていく。そんな傾向がある。だから、早く殺さなければいけない。

 ただでさえ、素の力が強いのに更に強くなってしまっては対処が出来なくなる可能性があるからだ。

 だが、私は規則を破り、挙句の果てには、匿って人肉を与えていたのだ。牢屋に閉じ込められるのも無理はない。殺されないだけ、ましだ。

 私も初めはどういう存在なのかを調べる為に、実験体として倒れている所を連れて帰ったのだからな。

 こんなにも私の中でインスの存在が大きくなるなんて、思いもしなかったが。

 インスは寂しがり屋だ。あまり独りにはさせたくなかったのだが、こうなってしまっては会いに行く事も出来ない。

 それに、監視している者が四人もいる。他にも巡回している者もいる。ここから出るには今の警備状態では難しい。脱出するのに何日かかるかも分からない。

 間が悪い事に、人肉のストックもあまり無い。遅くなり過ぎると、インスが暴走状態になる可能性が高くなっていく。どうしたものか……。私は頭を悩ませている。



 目が覚めた。なんとなく手を組んで上に伸ばして、体を軽く動かす。ふと、窓を見ると、もう夜になっていた。テティ、帰るの遅いよ。早く帰ってくるって言ったくせに。骨とかで誤魔化しているけど私、淋しいよ。

 やけになって、抱えていた左腕の骨を食べ始める。いつもなら、好きな部位だから、ゆっくり食べるところを、早食いしてしまった。もったいないことをしてしまった、と落ち込みながらも、反省する。

 テティ、早く帰ってきて。じゃないと帰ってくるまで、起きて待ち続けるよ。

 でも、数時間経っても、深夜になっても、一向に帰ってこない。

 用事ってそんなに長いものだったのかな。だったら、言ってくれれば良かったのに。

 テティのバカ……。もうふて寝しよう。おやすみ。



 何という事だ。夜の方が警備を倍以上に厳しくなっていくとは。確かに、食人鬼は夜に活発になる。そうらしいが、インスに関しては昼夜逆転している。朝の方が元気なのだ。

 無駄に警備に力を入れていては、その内問題になりそうだな。

 まあ、私には好都合だがな。得意の魔法も封じられているから、そこらの一般人と変わらないのが一番の問題なのだ。

 何らかの騒ぎに紛れて脱出するなら簡単だが、それはインスの暴走を待つ事と同じ事になる。それだけは避けたい。インスは痛いのが苦手だ。わざわざ痛い思いはさせたくない。

 ふと、閃いて、思わず、ハッとする。これだけの警備をする理由、それはワザとインスを暴走状態にする為だとしたら。辻褄が合う。当たり前だが、インスを殺すつもりでいるようだ。

 インスは人を自分で殺せない。という事は想像したくないが、人に殺されてしまうかもしれない。

 初めて私を夢中にさせてくれた存在を、殺されては私は死んでいるのと同然なのだ。こいつらの思惑通りにはさせてたまるか!

 せめて、インスに伝える事が出来れば、良いのだが、そんなもの、私は持っていない。クソ、こうなるなら、通信機でも作っておけば、良かった。

 今更、後悔しても意味は無い。今、出来るのはどうするかを、考えるだけだ。

 寝る間も惜しんで、必死に、どうすれば脱出できるのかを考え続ける。



 目が覚めた。朝だ。でも、テティは帰ってきてないみたいで、悲しくなる。淋しさが私の心の中を覆いつくしてくる。

 もう、テティに見捨てられたような気がしてきて、おかしくなりそう。

 大丈夫、テティのチョーカーがある。チョーカーを軽く握っても落ち着かない。まだ、見捨てられていないはず。

 そう思い直しても、どこかで私はテティに愛想を尽かされた。とか、私は要らなくなったから放置されている。とか悪い方に考えてしまう。

 自分ではどうしようも出来ないよ。自己嫌悪の波に飲み込まれそう。自分を傷付けても、意味が無いのは分かっているけど、自分で自分の首を絞めているんだよ。助けて、テティ。




 私はいつの間にか、気を失うように寝ていたらしい。お腹が空いて起きる。少し寝てすっきりしたのか、ある程度落ち着いてきた。

 食欲は無かったけど、喰べないともっと駄目になる気がする。冷蔵庫モドキからテティの左足を持ってきた。

 これを喰べると、肉は無くなってしまう。大切に、喰べよう。いただきます。いつも以上にゆっくり喰べる。一口、一口噛みしめる。

 そして全部喰べた。でも、味はよく分からなかった。これが最後のだから、と緊張していたのかもしれない。

 テティが来るまで、なるべくお腹が空かないように寝て待っておこう。ベッドにくるまって自分を抱きしめるようにして寝た。




 テティが帰ってこないまま二日目になった。まだお腹は空かない。良かった。一日は喰べなくても問題ないみたい。

 テティは迷子にでもなっちゃったのかな。だったら、私が探しに行った方が良いかな。でも、外に出るなって言われているから、出るのは止めておこうかな。

 だけど、どうしても心配してしまう。テティに限って、そんなことは無いと思うけど。




 三日目、まだテティは帰ってこない。少しお腹が空いてきた。でも、まだ大丈夫。気にならないくらいだからね。テティ、まだ待ってられそうだよ。待っているのって、こんなに大変なことだっけ、と少し不思議に思った。家の中でサバイバルなんておかしいよね。食べる物もないのに。




 四日目、まだ帰ってこない。割とお腹が空いてきた。普通に、我慢できるよ。テティは危ない目に、遭ってないといいな。ちゃんと、無事に帰って来てくれると、嬉しいな。

 もしかして、テティは何か、問題を起こしちゃったのかな。だから帰ってこられないとか……。そんな訳無いよね?でも、テティって、やらかしそうな感じだと思う。問題児的な。子供じゃないから、問題児じゃなくて問題者かな。

 これ以上、悪口を言うのは、止めておこう。テティに怒られそうだからね。




 五日目、まだ、帰ってこない。テティ、お腹、空いたよ。少し我慢するのが、辛くなってきたよ。テティ、まだかな。もうそろそろ、持たなくなってきたよ。

 なんで、こんなにも時間かかっているんだろ。それほど、難しい用事だったのかな。もう、淋しさを誤魔化すのが、限界になってきたよ。テティ、お願い、明日にでも帰ってきて、くれると嬉しいな。




 六日目、帰ってこない。テティ、私ね、本能を抑えるのが難しくなってきたよ。よだれが止まらなくなってきた。

 これって、危険信号って奴、かな。お、腹が空き過ぎて、理性がどこかに、行っちゃいそう。本能の人間を喰いたいって訴えが、強くなってきて、それに振り回されそうだよ。明日はもう駄目かもしれない。

 淋しさでも、壊れてしまいそうになる。早く帰ってきて、テティ。




 七日目、テティが、帰ってこない。ごめんなさい。テティ、私は外に出ます。もう、本能を止められなさそう。かろうじて、理性が働いているけど、耐えられなかったよ。テティに怒られちゃうね。あとで、怒られるから許してね。

 どんどん強くなる、人間喰いたいって衝動が、私を動かしているみたいだよ。私は理性の無い化け物にはなりたくない。

 外に出るのは、怖いけど、他の人間を喰べる前に、テティを探しに行ってきます。私、頑張るよ。

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