第3話 食人鬼の本能
外に出て、町の人を見つけた。反射でよだれが垂れていく。人間が餌にしか見えない。けれど、なんとか我慢する。
何か聞かないと思っても、そもそも話すら聞いてもらえるか、あやしいよね。私が食人鬼だってバレないように気を付けなきゃ。
どうやら、向こうはもう気付いたらしい。悲鳴をあげられて、大声で食人鬼が出た!と言われる。心構えの意味がなかった。食人鬼ってだけでこうなるんだ。これは流石に傷つくよ。
どんどん人間が私を囲うようにして、出てくる。更に誰かが、通報でもしたのか、ゴツイ鎧を着た、騎士団を名乗る者たちまで居る。騎士団なんているんだ、始めの時点でなんとなく分かっていたけど、やっぱりヤバい奴扱いなのか。
その騎士団のリーダーと思わしき人物が大声で発言する。
「貴様が、例の食人鬼だな!これ以上被害が出る前に、この私が討伐してやる!」
人間は一人も殺してないと言いたいけど、信じてもらえなさそう。このまま殺されるのかな。
それに一々、大声で出さないと、いけない風習なのかなと、見当違いの考えごとをして、現実逃避をしていた。
だって自分が、痛い思いをする羽目になる、発言なんて聞かなかったことにしたいよ。
寄ってたかって、私に剣で斬りつけてくる。咄嗟の反射で丸くなって頭を手で覆う。痛い、痛いよ。私、何もやってないよ。テティを探しに来ただけ。誰も、殺してないよ。
そんな思いを抱えていると、不意に過去のことが鮮明にフラッシュバックする。
私は、何もしていないのに、面白いから、イライラするから、の理由で、陰口は当たり前。殴られてたり、蹴られたり、挙句の果てには、教科書やノートをボロボロにする。私の好きだった本も、落書きされて、クラスメイトたちの前で全否定された。それでも誰も助けてくれなかった。庇ってくれもしない。
そんな嫌な思い出。痛いのはもう、嫌だ。こんなことはもう、耐えられないし、人間なんてどうでもいい。
こいつらは殺されても、仕方ないんだ。だって私に攻撃して殺そうとしてくる。だったら私が、殺しても問題ないよね。先にやってきたのはあっちだ。正当防衛だよ。
我慢の限界だった私は理性を手放した。本能が私を支配する。よだれがたれた気がした。
急に、食人鬼の様子が変わった。さっきまで怯えていたはずが、私たちを餌としてしか見てない、本能が剥き出しになった様な雰囲気になる。
大丈夫だ、さっきまでまともな抵抗を、してなかったんだ。雰囲気が変わった程度で殺されるはずがない。
俺は奴に向かって思い切り、剣を振る。だが、激しい痛みと共に、俺は頭だけになっていた。首から下が奴に喰われていく様子を一部始終見る羽目になる。
駄目だ、奴は危険だ。何が、殺されるはずがない、だ。奴もれっきとした食人鬼だったのだ。
食人鬼特有の、白目と黒目が逆転した目が、俺を見た瞬間、意識が途切れた。
アア、マダ足リナイ!モット喰ワナイト! ……ン?誰ダ、ココカラ逃ゲヨウト、スル餌ハ。一ツモ逃ガサナイ!
スグニ、捕マエテ喰ウ。サッキマデ、私ヲ傷付ケテイタ奴ラハ、震エテイル。アア、イライラスル。
「コノ程度ナノカ?ドウシタ、私ヲ殺スンダロウ?弱イ、弱イ!オ前タチハ、私ニ喰ワレルノヲ、待ッテイルダケ?フザケルナヨ、私ヲ馬鹿ニ、シテイルノカ!」
適当ニ蹴リ飛バス。ソレデモ、聞コエルノハ悲鳴ダケデ、誰モ攻撃シテコナイ。私ノ怒リハ、増エ続ケテイル。
私ハ、怒リニ任セテ、餌ヲ喰イ尽クシタ。デモ、何モカモガ、ツマラナイ。命乞イサレテモ、口先ダケデ謝レラレテモ、足リナイ。
モット違ウ何カヲ、私ハ欲シガッテイル。コイツラハ、ドウシテ分カラナイ?ソレガ腑ニ落チナイ。
ダケド、ソレヨリモ、アッチノ城カラ、イイ匂イガスル。テティガ、イルカモシレナイ速ク行コウ。
コッチデモ、大量ニ餌ガ来タ。邪魔ダ!私ヲ怒ラセルノダケハ、得意ダナ。
私ハ、テティニ早ク、会イタインダ!デモ、コイツ等シツコイ。ダッタラ、喰ッテカラ行コウ!
急に周りが騒々しくなる。もしかして、インスが来たのか。暴走していなければいいが、それは楽観的過ぎるな。最悪の場合、私にも手が付けられない可能性もある。
そうだったらどうする、私はインスを見捨てるのか?そんな事有り得ないな。どんな状態でも、助けてやれるのは私だけなんだ。死ぬ気で頑張らないといけないな。
そろそろ頃合いだな、警備の奴らも巡回している奴らも、全員居ない。脱出するには今しかない!魔法で檻の鍵を作り出す。
この枷は魔力を吸い取る物だが、上限があるらしくてな、軽く魔力を流してやった。それだけで壊れるなんて、脆い枷だよな。
さて、インスの所に急ごう。行った先で、殺されかけている、インスを見るのは嫌だ。
走って外に出るとインスがいた。あちこちに服が斬られた跡がある。きっと痛い思いをしたのだろう。
人間を喰いながらも、どこか苦しそうな、悲しそうな、そんな顔をしている。早く家に帰って休ませないと、インスが壊れてしまいそうになる、ような気がする。
そう思うと、近くに駆けよらない訳にはいかなかった。
オカシイ、オカシイ!イクラ喰ッテモ、怒リガ収マラナイ!満足デキナイ!テティハ見ツカラナイ。何故ダ、何処ダ?分カラナイ。
誰カ、助ケテ。辛イノ。私ハ、モウ何シテイイカ、分カラナイ。助ケテヨ、テティ。
イツモ一緒ニイルッテ言ッタクセニ!
「やあ、呼ばれたような気がしてね。大丈夫かい、と聞きたい所だけど、後でじっくりと聞かせてもらおうかな。さあ、帰るよインス。少し眠っていてね」
アア、怒リガ消エテ、安心スル。私ガ求メテイタ、モノ。アリガトウ、テティ。
眠くなる魔法をかけて、インスが体勢を崩し始めた所を、そっと抱える。周りの五月蠅い奴らは放置して、インスを運ぼうとする。
「おい、テティよ。こっちを向け。さもなければ、どうなるか分かっているよな」
だが、止める奴が一人いた。振り返ると、聞き覚えのある声はやはり、この国の国王だった。よりにもよってこいつかよ。この人殺し大好き野郎が、クソ、面倒くさい。
ため息を吐いて、仕方なく振り返る。
「テティよ、ため息を吐くのは止めろ。私の事を面倒くさがっているのは、分かるが抑えろよ」
「それこそ無理だ。私に息をするなとでも、言うつもりか」
私にとってインス以外は、どうでもいいからな。無駄な時間を、使わせる方が悪い。
「はぁ、まあいい。そして食人鬼をどうするつもりだ。また匿うつもりか、それがいつまでも続く訳がないだろう。良し、私が許可証を作ってやる。代わりに戦争に使ってやるという事にしよう。また明日来い」
一方的に約束を取り付けやがって、これだから嫌いなんだよ。こいつ。権力だけはあるから、逆らうと好き勝手される。それか殺される。
「……分かった。私も一緒について行くからな。きっと人見知りするから、私が間に入るぞ。それで良いな、国王様?」
「そうか、ならば仕方ない。テティ、お前も一緒に来る事を許可しよう」
はぁ、不本意だが、明日も、城に行く事になった。インスには悪いが、巻き込まれてくれ。あまり喋らないよう、インスに言っておこう。
帰り道は幸い何事も、起きなかった。家に入って、ベッドにそっとインスを横にする。
後はインスの状態を確認するか。目を少し開けて、普通に戻っている事を確認する。とりあえずは、暴走状態から戻ったようだ。
良し、次は傷口を確認するか、頭から足の先まで診る。傷口は少しあったが、血も出ていないし、塞ぎかかっているので、その内治るだろうと放置する。
服も、あちらこちら斬られているから、新しい物に変えてやらないとな。適当に服を持ってくる。インスが起きないよう、慎重に着替えをさせる。
ふむ、中々難しいな。ああ、大変な作業だった。でもこういうのは、あまり出来ない事だからな、いい経験になった。
最後は精神状態を確認したい。あんな顔をされてしまっては心配してしまう。だが、無理に起こすのは可哀想なので、起きるまで待っているか。
気が休まるように私は部屋を出て廊下で待つ事にする。ついインスが、平気でありますようにと、願わずにはいられなかった。
目が覚める。ここはもう見慣れた部屋だった。窓を見ると、もう夜だった。
あれ、私は家から町に出て、剣で斬られて本能むき出しになって、怒りながら喰いまくったような気がする。どうやって帰ってきたんだっけ。どうにも思い出せない。何か助けてもらったような、そんな気がする。
考えごとをしていたせいで、テティの足音が聞き取れなかった。だから急にドアが開いて少し、びっくりしてしまう。
テティが心配そうな顔をしている。どこか私の体がおかしいのかな。少し緊張する。
「インス、目が覚めたのかい。体調面的には問題ないはずだ。そういう種族だからな。問題は精神の方なんだが、大丈夫か?」
へぇ、体調は大丈夫なんだ。数え切れないほど、人を喰べたけど、確かに、お腹がキツイとか、喰べ過ぎて大変なことになるとか、は全くない。
私、もしかして大食い大会出られるのでは?でも、人間の大食い大会なんてあるはずがないよね。
精神の方は意外にも、驚くほどいつもと全然変わりがない。あれだけ、殺すのを怖がっていたのに。
人を殺しても何も感じない、そんなの化け物じゃないか。自分自身が怖くなって、息も荒くなって手が震えてくる。
「て、テティ、私、化け、物な、の……?」
「何を言っている。インスが化け物なら、人間全員が化け物だ。食べ物を食べて悲しむ奴はいない。喜ぶだけなはずだ」
それに気付いたらしい、テティがそっと私を抱きしめる。背中を優しくさすって落ち着かせるようにしてくれる。そして私に言い聞かせる様に言う。
「寧ろ、インスが優し過ぎるんだ。本来であれば、人間を喰ってもなんとも思わない、それは食人鬼が普通に持っている感性だ。だから、苦しむ必要はない。大丈夫、インスは化け物じゃない」
テティのおかげで、落ち着いてきた。けど、それは食人鬼の話であって、私は元人間だった。
まだ私は食人鬼の自分を、受け入れられきれていないから、辛いんだよ。行き場の無い感情がうずまいてどうしようも出来ない。誤魔化すために、唸り声を上げてみる。
テティはふむ、と言ってさするのを止めて、私の頭をなでながら、何か考えているっぽい。そして思いついたみたいで、私に提案してくれた。
「今の話では納得できないようだね。確かにインスは、他の食人鬼と違って、所々に人間味がある。折角の個性なんだ、無理に混ぜなくても切り替えが出来れば、楽になれそうだね」
人間と食人鬼の切り替え。
確かにそれなら、まだ割り切ることができるかも。感情のコントロールもしやすそう。食人鬼モードだったから、仕方ないよね、って納得もしやすい。
テティが抱きしめるのを止めた。それで私から少し離れたかと思うと、どこからか包丁を取り出して、左肩に当てる。
「じゃあ、早速やってみようか。まずは、食人鬼の方からだ!」
私の心構えもさせてくれずに、そのまま勢いをつけて、スパッと左手を切り落とす。落ちた左手の切り口から、血が流れ出る。血を見て思わず、息を吞む。
私は左手をガン見していた。いつの間にか治っているテティが後ろにいて促す。
「インス、食人鬼になれ。我慢するな、本能を解放しろ!」
テティの声に背中がゾクゾクする。それと同時に、本能が表に出てくるのを感じて、抵抗しないで身を任せる。
私ハ肉ニ、齧リ付ク。テティノ肉、他ノ奴ヨリモ断然、美味イ!
全部喰ッタケド、足リナイノ。モウ少シ、ダケデイイカラ、欲シイ!私ハ、唸リ声ヲ上ゲル。
「インス、今日の食事はこれで終わり。これ以上文句を言うなら、明日は食事抜きだ。
……明日、美味イノヲ、喰エナイノハ、嫌ダ。スグニ唸リ声ヲ止メル。仕方ナイ、素直に寝ヨウ。オヤスミ。
ふっと意識が戻ってくる。うーんと、上手くいったのみたい。ちゃんと何をしていたのかも、覚えているからね。アッチもテティには素直だね。ていうかテティの肉が目当てだね。
これなら大丈夫かな。ほっと一息ついて安心する。
ちらりと、テティの方を見てみると、テティは何とも言えない顔をしている。どこか駄目だったところが、あるのかな?
「駄目だ、インス。私の言いなりになって、どうするんだ。これは自分だけの力で調節しないといけないモノだ。もし、私がインスに嫌な事をしようとしたらされるがままだぞ。それで良いのか!」
それのどこが悪いんだろう。テティに、暴走を止めてもらったことも思い出したし、何より、私のために、自分の身を削って喰べさせてもらっている。
あと、一緒に居てくれるって誓いも立ててもらった。これ以上求めたら、罰が当たっちゃうよ。
「私は十分に恩をもらっているし、テティがしたいことなら、なんでもしていいよ。痛いことだって、ちゃんと耐えてみせるよ。空腹には勝てなかったけどね」
テティが後ろから少し強めに私に抱きついてくる。どうしたんだろ。何かマズいこと言っちゃったのかな。
あっそうだ、テティと一緒になりたいって伝えるのを忘れてた。ついでだし、言っちゃおう。
「テティが前、私とどこまで一緒になりたいんだって言ってたよね。私ね、テティのモノになりたいんだ。それだと、どこでもずっと一緒にテティと居られるから、どうかテティのモノにさせてください」
テティが唸り声を上げる。そしてため息をついた。私の肩を掴んだと思ったら、テティの方を向けさせられて、押し倒される。私は混乱している。どうしてこうなった?
「インス、お前って奴は、どこまで私を誘惑すれば気が済むんだ。もう駄目だ、我慢が効かない。インスは私のモノだ。他の奴にも同じ事を言わないように躾けてやる」
私がテティのモノになることは認めてもらった。やった。
だけど顔が近いよ、テティ……。なんだか、恥ずかしくなってくる。
「テティ、私は誘惑したつもりはないんだけど?あと、躾けって何するつもりなの?」
「嗚呼、自覚してない。だったら、自覚させるまでだ!インス、横を向くんだ。いいか、くれぐれも声を出すなよ?」
私をにらみつけているテティに、怯えて、涙が出そうになる。つい不安になってチョーカーを握りしめる。テティはチョーカーをどけるように、手を動かす。つい怖くなって目をつむる。
そして痛みが首に走った。
痛いのが苦手な私は、声を出しそうになった。だけど、テティに言われたことを咄嗟に思い出して、なんとかこらえた。
「まあ、こんなもので許してやる。噛んだだけで済ませてやったんだ、感謝しろ。あと明日、私とインスで行くところがある。なるべく喋るなよ。面倒な事になるからな。今日は一緒に寝てもらう。覚悟しておけ」
覚悟ってあれだよね。テティの抱き枕になる奴。何も問題なさそうだね。
色々とあった後に、そのままテティの抱き枕になって寝ました。テティの寝顔が可愛いかったです。それじゃあ、私も寝ようかな。おやすみ。
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