第4話 戦争に行く

 次の日になった。窓を見ると、朝になってる。相変わらず、テティに抱き枕代わりされている。こういうのは久々だね。懐かしく感じる。

 そういえば、今日どこに出かけるのかテティに聞くのを忘れた。どこかな、出かけることがほぼなかったから、少し楽しみだな。そわそわしそうになるのを抑えて、テティが起きないようにする。

 テティは温かいな、私の体が冷たいだけかもしれないけど。こうしてテティとふれあえる時間が幸せだね。

 私が付けた、首の噛み跡がうすくなっている気がする。なんとなくそれが嫌で、上書きするように軽く噛みつく。うん、ちゃんと付いた。満足感がある。

 気分が良くなってテティに頬ずりしていると、うん……?という声が聞こえる。

 あれ、テティを起こしちゃったのかな。少し様子を見ていても起きる気配がない。まだ寝ていそうなので、私は二度寝しちゃおうかな。おやすみ。




 テティに、肩を左右に激しく揺らされて起こされる。テティの焦っている顔を見て一体、どうしたんだろうと不思議に思う。


「インス、早く行く支度をするぞ。早く行かないと、あいつに何を言われるか分かったもんじゃない!今日の分は左手を用意しているから、食べておいてくれ」


テティは急いで部屋を出て行った。テティがこうなるほどに、ヤバい相手と今日会うのか。なんだか緊張してきた。

 とにかく私も早めに食べとかないといけないね。テティの左手をいただきます。急いでいたせいか、血抜きがあまりされていない左手。

 何故か血だけを飲むと、酔っぱらったみたいになるんだよね。どうしてだろ。あっでも私はちゃんとお酒飲んだことがないからね。

 疑問はさておき、いつもよりも血が多めの左手を食べていく。無事に喰べ終わって、血まみれの口周りを舐め取る。少し頭がふわふわするような気がする。

 その内治ると信じて、流石に血だらけの服じゃ駄目だよね。適当に服を着替える。服と言ってもあまり派手じゃなくて、シンプルな奴だけなんだよ。テティが好きなのかな。適当に選んでいる気もしてきた。

 テティの服の選び方は置いておこう。私は特に持っていくものもないし、テティが準備を終わらせるまで待っていよう。と思っていた。


「インス、もう出るぞ!早く来い」


テティに速攻で呼ばれる。少し急いで部屋を出て玄関に向かう。テティはなんだか怖い顔をしてて、私が遅過ぎたのかな、と反省する。

 外に出て目的地に向かっていると、テティが頭をなでる。何故だか、なでる手が震えているような気がする。


「インス、そんな悲しなくても大丈夫だ。場所自体には普通に間に合うんだが、行く場所が戦場なんだ。正直、私の方がな、気が気でなくでない。インスに負担を掛けてしまうのはなるべくしたくなかったんだよ」


うーん、今から行く場所って戦場なんだ。ということは、私が喰べるかはさておき、沢山の人を殺すことになるみたいだね


「私の中で、割り切れたことだから大丈夫だよ。テティが切り替わるのを、手伝ってくれたよね。私は平気だよ。それでも心配なら、今私を抱きしめてよ」


テティを迎えるために両手を広げて待つ。テティは私を少し痛いほどに、抱き締める。

 どんな理由でこうなったかは知らない。だけど、私を心配してくれているのは事実、少しの痛みくらいは耐えるよ。私は多分死ぬようなことにはならないよ。だから安心してくれると良いな。


「ありがとう、インス。もう平気だ。とりあえず、あいつの所に向かおう」


 テティからさっきの怖い顔がなくなった。そして抱き締めるのを止める。私はうなずいて、一緒に歩き出す。テティが元気になって良かった。


「テティ気になったんだけど、あいつって誰のことなの?」


なんだかんだで、ずっと気になっていた。テティの言うあいつとは誰なのか。腐れ縁的な人なのかな。性格的に合わない人かな。


「言ってなかったか、ここの国の国王だよ。戦争という名の人殺しが大好きな奴だ」


私が色々と考えていたものよりも斜め上だった。マジか、テティと国王って面識があるの?それじゃあ、今から会いに行く人って国王なんだ。

 この服装で大丈夫なのか不安になってくる。シンプルイズベストって感じのTシャツみたいなものだよ。こういうのって正装を着て行くものじゃないの。

 更にテティが人殺し大好きって言ってるぐらいだし、本当に私、生きて帰れるかな。知らない内に失礼なことをしてっていうか、もう失礼なことになっているよね。国王に殺されそう。なんともないといいんだけど。怖いな。




 私がビクビクしている間に、城の入り口に到着しました。

 テティが門番の人に話に行く。少し話し込んでいるみたいで、中々テティが戻ってきてくれない。門番の人も心なしか厳つい顔をしているような気がする。

 大勢の人の視線がやたらと来ているから辛いよ。チョーカーを握っても、この状況が苦手で一人待つのは落ち着けない。コミュ障の私にはキツイです。

 やっと話が終わったのかテティが戻って来てくれる。良かった、緊張し過ぎておかしくなりそうだった。

 テティにしがみついて安心を確保する。テティも頭をなでてくれて、ほっとしているとどこからか声が聞こえる。


「随分と懐いている様じゃないか。食人鬼よ、前に来た時とは反応が違うではないか。人間に懐くなど貴様に誇りは無いのか」


なんか出会い頭にブジョクされる。そんなことってあんまりないと思うんだけど、平然とこいつはしてきやがった。チラッと顔を確認する。こいつが国王なのか。嫌な奴だな。


「私のモノを侮辱する事は、どういう事か分かっているんだろうな。なあ、国王様」


私の頭をなでている手がピタッと止まる。あれ、テティも割と怒っているっぽい。もしかしなくても、大変なことになる?私が止めないと駄目そう。

 なるべくしゃべるなって言われているから、行動で示さないといけない。テティの袖を軽くクイクイ引っ張って頬ずりする。私は気にしてないよ、だから怒らないでって思いを込める。

 それが通じたのか、テティがため息をついた。なでるのも再開してくれる。何故か国王は感心していた。


「ほう、面白いものを見せてもらった。それで今日の場所は、南東にある国に宣戦布告しておいた。食人鬼の力を見せてみろ。終わったら許可証を渡してやる」


雑な理由で宣戦布告するってこいつは馬鹿なのかな。国同士の関係とか良く知らないけど、大変になるんじゃないの?

 そういえば、許可証ってなんだろ。何を許可するのかな。うーん、分からないや。

 その国にはテティが転移魔法を使って行くらしい。っていうかもう、着いた。転移魔法って準備に時間がかかりそうな魔法なのに。もしかしてテティは凄い人なのかな。それとも、この世界はこの手軽さで出来てしまうのか。私の疑問は増えていく一方だ。

 転移魔法で来たのは遠くからでも分かるほど高い壁がある場所だった。あの壁の中に国があるのかな。よく見ると門があってそこから武装した人がどんどん出てきているみたい。


「私はここで見物する。さっさとやってこい」


こいつはここにいるつもりっぽい。まあ、居ても邪魔なだけだからいいか。他にはテティくらいしか居ないから大丈夫かな。テティにしがみつくのを止めて離れる。

 テティは真剣な表情で言う。


「いいか、躊躇するな。本能を解放し、全部喰らい尽くせ!一人も逃がすな!」


テティの命令に私は嬉々として受け入れて、本能が目覚める。



 私ハ興奮スルノヲ抑エキレズニ、雄叫ビヲ上ゲル!一匹モ逃サナイヨウニ、逃ゲ道ヲ塞イデ喰ライ尽クシテヤル!

 私ハ地ヲ駆ケテ、壁ノ近クニイル奴等ヲ鎧ゴト喰イチ切ル。逃ゲカケタ奴ノ首ヲ引ッコ抜イテ、生キテイル人間ニ笑イカケル。怯エテ動カナクナッタ所デ、適当ニ骨をヘシ折ッテ逃ゲラレナイ様ニシテオク。

 鎧ヲ剥ギ取ッテ肉ヲ喰ッテ喰ッテ、イツノ間ニカ此処ニ居タ人間ハ全部私ガ喰ッタミタイ。

 内側ニ入ッテ逃ゲ道ヲ塞イデカラ、ジックリト喰オウ。想像シタダケデ、ヨダレガ止マラナイ。早クヤロウ、コノ間ニモ逃ゲテイル人間ガ居ルカモシレナイ。

 壁ノ中ニ入ルト、騎士団トヤラガ私ニ攻撃ヲシヨウトスル。邪魔ダカラ首辺リヲブン殴ッテ次々ト倒シテイク。全ク、数ダケハ居ヤガッテ。鬱陶シインダヨ。

 壁ノ方ヲ見タラ、丁度良イ感ジニ、入リ口ヲ塞イデクレソウナ装置ガアル。使ってカラ、ブッ壊シタラ封鎖出来ソウ。キット他ノ所ニモ何箇所カアル筈ダカラ、探シテミヨウ。



 突然現れた食人鬼に私たちは、外に居た兵士たちが殺されている事に気付いた。騎士団も駆けつけてくれたけど、手も足も出ないまま倒されてしまった。

 私たちはもう終わりだと絶望する。泣き叫ぶ者、狂って笑い出す者、呆然とする者、この状況で誰一人も逃げられないと悟っていた。

 だから、今更何かを破壊する音を聞いても何一つしなかった。



 そんな状況下で逃げようとする者がいた。それはこの国の王族。王は国民を見捨て自分たちだけは生き残るつもりのようだった。王族だけが知る極秘の抜け道を使おうと入り口に行った時には、既に食人鬼インスがいた。どうにか交渉しようと、話しかける王。


「あ、貴方は食人鬼であろう?どうか、国民全員の命と引き換えに私たち王族だけは見逃してもらえないだろうか?」


これが通常時のインスならば、テティに相談するなり何か、考えていたかもしれない。


「駄目ダ。一番美味ソウナ奴等ハ、絶対ニ喰ウ。逆ニ国民ダケ残シテヤッテモ、イイゾ?」


 だが、本能が剥き出しになっているインスは、テティ位のいいにおいが王族からしている時点で、逃がすつもりはなかった。

 つまり、この王族は運が無かったのだ。


「返事ハナシカ?ジャア、全員逃ガサナクテ良インダナ?喰い放題ッテ奴ダナ

!楽シミダ」


インスは王の足を容赦なく引きちぎり、喰い始める。王は痛みに耐えかね失神する。他の王族が悲鳴を上げたり、吐いたりするが、インスは気にもせずにただただ喰う。

 王を喰い終わったインスは次の獲物の品定めをしている。


「次ハ、オ前デ良イカ。ソコノ女、来イ。抵抗スルナラ、シテモ良イ。押サエツケテ喰ウダケダカラナ」


インスの予想に反して王妃は抵抗しない。それどころか何故かすり寄ってきて、インスを優しく抱きしめた。

 インスは混乱していた。インスの中にある認識がただの獲物から、違う何かに変わりそうになっていたからだ。

 インスの性格は寂しがり屋。それが影響して肌の温もりという刺激を受けて平気でいられるはずがない。

 だが、インスは勘で演技だと分かった。その瞬間、嫌な思い出が脳裏に浮かんで、その状況と今を重ねてインスは激怒する。唸り声を上げた。王妃を剥がし、バラバラに引き裂いた。血や内臓、肉片が周りに飛び散る。

 王子と王女はインスに喰い散らかせられ、悲惨な事になった。

 怒り狂っているインスは通路を出て町に入ると、国民を片っ端から喰い漁り、辺りはぐちゃぐちゃになった死体でいっぱいになる。

 まだ、インスの怒りは収まらないようだ。建物を壊し、城も壊し、ついには壁も壊し始める。

 異変に気付いたテティは、インスを止めに壁の内側に転移した。



 私がそこで見たのは、破壊し尽くされボロボロになった町だった。これをインスがやったのか。あんなにも痛がりなインスが、殴って壊したのが衝撃的で思わず、立ち尽くす。

 また誰かがインスの地雷を踏んだ。きっとインスは怒っている。どうしようも出来ない怒りを抱えている。

 でも、私にはインスが泣いているようにしか見えなかった。辛い思いをしながらも、どうしたらいいのか分からないんだろう。早く止めてあげないといけない。

 必死になってインスを探す。けれども、見つからない。

 微かにインスの声が聞こえた……!急いでそこに向かう。インスを見つけ、駆け寄って抱きしめる。インスは抱き締められるのを嫌がったのか、私を振り払おうとする。だが手加減をしてくれているのが、分かる。それはインスが本気で拒んでいない証。なら、私がやることは抱き締め続ける事だ。

 不意に、背中を引っ搔かれて抱きしめる力が緩みかけた。それでも私はインスを抱き締め続ける。


「私が来たからもう、泣かなくな。辛いなら私に話せ、いくらでも聞いてやる。だから、早く家に帰ろう」


頭を撫でてインスを安心させるようにしてあげる。すると、緊張の糸が切れたみたいにインスの体から力が抜けて眠り始めた。そうだよな。今日は疲れたな、ゆっくり休めよ。

 インスを背負って転移を使って国王の所に戻る。国王は私の様子を見て頷いた。


「ちゃんと食人鬼の躾は出来ている様だな。ほら、これを貰っておけ。私公認の許可証だ。体のどこかにでも付けておけよ」


インスの許可証とバッジを受け取って、変な事が書いていないか確認する。特に問題なさそうだ。バッジはチョーカーの所にでも付けてあげよう。

 国王を城の前に転移させる。これでやっと家に帰れる。転移先に家を選んで転移する。

 やっと家に帰ってこれた。インスの部屋に行って服を綺麗な物に着替えさせる。それから、ベッドの上に寝かせる。そして実験室に向かおうと、離れようとした時に裾をインスが掴む。

 その行動に笑みが浮かぶのが、自分でも分かった。私は実験室に行くのを後回しにして、そっとベッドに入りインスと一緒に寝る事にした。背中の傷を治す事を忘れたままで。

 この後、私はインスの様子をしっかりと確認していなかった事を、後悔する羽目になった。




 目が覚めて、ここがいつもの部屋なことに気付いた。いつも通りに窓を見ると綺麗な日の出が見える。

 怒りに振り回されて、テティに迷惑をかけちゃったのはしっかりと覚えている。

 あの時、八つ当たりでテティの背中を引っ掻いてしまった。痛そうな声を出しながらも、抱きしめてくれたテティに安心したんだ。

 やっぱり、テティは私のことを受け入れてくれるって確認出来て不安が消えていった。テティには感謝してもしきれないな。

 そうだ、テティも寝ている様だし、背中を確認させてもらおう。しっかりと傷が残ってて凄く痛そう。自分がしたことだから、治してあげないといけないよね。

 滴るテティの血を舐め取っていく。ようやく傷口がふさがったみたいで、血が出てこなくなって良かった。

 でもなんだろ、さっきから私の体が少しおかしいような気がする。異様にお腹が空くのが速いような。血もあれだけ飲んだのに、頭がふわふわするような感覚もない。それどころか本能が少し出てきている。

 テティを喰いたい欲求が出てきて、気を紛らわすために首を振っても、誤魔化せない。テティから目を離せられなくて、よだれが垂れ始める。息も心なしか荒くなってきた。

 これはヤバい。気のせいと信じて知らない振りをする。少し寝たら治るよね。と思っていたのに全く寝られない。

 しかも、だんだんと我慢するのが辛くなってくる。なんで、こうなっているの。自分でもよく分からない。

 そのまま、ついには体が勝手に動いてテティに覆いかぶさる。テティが美味しそうに見えて仕方ない。必死に食欲と戦っていると、ぽたぽたと私のよだれがテティの顔にかかる。テティ逃げて、私は自分を抑えられない!

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