第7話 誘拐された

 そして着いたのは、不気味な屋敷。骸骨の男に抱えられて、屋敷の中に入ってしまった。

 階段を下りて地下室に着いた。取り付く島もないまま、厳重に枷や拘束具を付けられて牢屋の中に転がされる。これじゃあ全く身動きが出来ないよ。


「これからが、楽しみだな。どうしてやろうか、まずは洗脳するところからだ。どこまで耐えるか見ものだな」


奴は、明らかに危険そうな液体が入った瓶を開けて、私の口にねじ込んできた。抵抗らしい抵抗も出来なくて無理やり飲まされる。

 手際よく口を開けられなくする拘束具を付けられて、気持ち悪くなって吐き出そうとしても、拘束具のせいで吐けなくて辛い。

 徐々に体に吸収されていくほど、自分が自分じゃなくなるような気がして頭がおかしくなりそうだった。でも、なんとか持ちこたえた。テティが来るまでは、なんとしてでも耐えるんだ。

 いつの間にかやってきた奴は私を見て嬉しそうにする。


「やはり一回分だけでは足りないようだな。それでこそ、やり甲斐があるというものだ!後、何回で私の言いなりになるのか楽しみだな!ほら、もう一回分を持ってきてやったぞ、飲め!」


また飲まされるのは勘弁だ。拘束具を外したら、噛みついてやる。と思っていたのに拘束具の一部だけ外して飲まされる。ヤバい、予想外だった。でも、こいつの言いなりなんかになってやるもんか!


 インスがどうしようも出来ないままさっきの状態に逆戻りする。

 始めの内は悶えていたが、骸骨野郎が飲ませる回数を増やしていくにつれて、段々と悶える程の体力もなくなっていく。

 最終的には飲まされても、インスは何の反応も示さなくなってしまった。

 それを見た骸骨野郎は喜ぶ。


「これで、あの女の物が俺の物になった!ざまあみろ!こいつを使って今度はちゃんと殺してやるよ!」


骸骨野郎はインスの拘束具を全て外して、テティ特製のチョーカーも指輪も壊す。国王公認のバッジが転がり落ちる。インスは無表情のままだった。


「おい食人鬼、俺について来い」


インスは何も言わずに、ただ骸骨野郎の言う通り動いた。地下室を出て無駄に広いエントランスで待つように指示され、実行するただの人形に成り果ててしまった。


「後で、ここに女がやって来る。お前は、その女を殺せ。分かったな」



 私は焦っている。クソ野郎にインスを連れて行かれてしまった。早くしないと、私の大切なインスに何をされるか、分かったものではない。

 だが、私は奴の家など知っているはずもない。どうしたものかと悩んでいると、スライムがある方向を示す。どうやら、道案内をしてくれるようだ。

 走り続けて、どのくらいの時間が経ったのか、分からないが大分遠い所に奴は住んでいるようだった。流石に途中で私の体力が無くなり、少し休憩してからまた走り始める。

 ようやく奴が住んでいる悪趣味な屋敷を見つけた。スライムもここだと言っている。膝に手をつき、荒くなった息を整える。

 ドアを壊す位の勢いで開けて入ると、そこにはインスが無表情で心なしか焦点も合っていない。それでただ立っている様に見える。


「インス、迎えに来たぞ。早く家に帰ろう」


私の呼びかけでも応じないとは、どういう事だ。明らかにインスの様子が普通じゃないな。

 奴が何かしたんだな、一体どこにいる。絶対にぶっ殺してやる。奴を探そうと、周りを見渡している最中にインスに襲われる。

 咄嗟に両手で守るが、かなりの痛みが走る。だが、これがインスの本気だと思えなかった。本気なら私の手位簡単に潰す事が出来るはずだ。

 インスの縛りの内容は、私を殺す事が出来ない。だから、無意識に威力を弱めているのか。

 無理矢理だが、やるしかないか。


「インス、私を殺そうとしたな。契約違反だ、罰としてそこから私が許可するまで動く事を禁じる」


インスは頭を抱えて苦しそうにしている。何故だ、苦しませる要素などないのにインスは苦しがっている。

 奴が得意な洗脳ってやつか。これは下手に解除させられないぞ。どうすれば、解放させることができるんだ。

 考えろ私、何かいい方法がある筈だ。だが、いくら考えても答えは出ないままだ。一か八かだ、とにかく近付いて抱きしめて、呼びかけ続けてやる。


「インス、私だ。テティだぞ。私のモノなのに、クソ野郎の命令なんかに従うのか?なぁ、インス。これは浮気だよな、私というものが居ながら他の奴に従っているんだもんな」

「……」


うん?少し反応したような。もっと言ってやるか。


「全く、私がせっかく付けてやったチョーカーと指輪も壊したのか、インス?そんなに嫌だったのか?だがな、私はそういう態度をとられると、駄目なんだ。自分が抑えきれなくなる」

「……!」


少し屈んでインスの首に独占欲のせいもあり、思いっ切り噛みついた。インスが痛がって泣きそうになっている。ふむ、良い反応だ。口角が上がっていくのが、自分でも分かる。


「……痛い。やめて」


止めてと言われると、やりたくなるな。反対側も噛んでやった。インスの顔を見ると私をちゃんと認識しているようだ。泣きそうになりながら、怒っているみたいだな。インス、意外にも器用だな。



 私はやっと奴の洗脳から解放される。テティが奥底に閉じ込められていた自我を引っ張り出してくれた。少々強引だったような気がするけど。

 テティをにらみつけて、私が怒っていることを伝える。行動自体は別に気にしていないけど、この屋敷ではやってほしくなかった。だから、つい言ってしまった。


「テティ、止めてって言ったよね?それなのに、もう一回噛んだ。もう嫌だ、こんなところでやってほしくないのに」


 そして気付いた時には、もう遅かった。自分で言った言葉に、頭を抱えたくなる。これじゃあ、私から誘っているようなものだよ。テティもイイ笑顔をしているし、今日の私は駄目にされそう。


「なんだ、そこまでか食人鬼よ。期待していただけに、残念だな」


奴はやれやれと言わんばかりに、首を振る。自分勝手に私を洗脳してテティを殺そうとさせたのは、絶対に許せない。

 縛りがあって良かった。なかったら、テティを殺していたらと考えると、絶対に私は絶望する。そうなったら、心の底まで奴の言いなりとなっていたと思う。

 でもそこまで私に執着する必要ってあるのかな。食人鬼で確かにかなりの人は喰べた。だから、たまに力加減を間違えそうになるし、そこまで強くなってしまった。私を使ってテティを殺しても達成感はないと思うんだけどな。


「普通、そこまでやるなら、自分の力だけでテティを殺せよ。あっ自分の力が足りないから私を洗脳したんだよね。ごめんね、気付かなかった」


軽く奴をあおってみた。まあ、その程度で怒るはずがないよね、と思っていたのだけど相当怒りの沸点が低いみたいだった。分かりやすく、その場で地団駄を踏む。


「ふざけるな!お前が大して使えなかったのが悪いんだ!もういい、俺の力だけでもその女を殺せる事を証明してやる!」


奴がテティに向かって、薬品が入っていると思われる瓶を投げたのを確認する。

 縛りの罰を無視して、無理やりテティを庇うように前に出た。体中が痛みに襲われるけどなんとか耐えて、投げられた瓶を掴んで勢いよく投げ返してやった。

 見事に奴に命中したらしく叫び声が聞こえる。


「インス、大丈夫なのか?!今すぐ元の場所に戻るんだ、そうすれば痛くなくなる!」


体中を走る痛みでテティの声にも返事が出来ない。それどころか体を立たせていることが辛くなって座り込んでしまった。これは予想よりもキツイ。


「くそ、こうなったら一旦逃げてやる!作戦を立て直して、もう一度殺しに行ってやるからな!」


 痛みは確かに辛い。だけど、ここで奴を殺しておかないと気が済まない。またテティが狙われることを想像するだけで、とにかく怒りがこみ上げてくる。

 色々なものに耐えきれずに、唸り声がもれてしまう。テティの方をチラッと見る。私の思いに気付いてくれたのか、うなずく。


「分かった。インスがそこまでしたいのなら、許可する。自由にして良い、存分にやり返してやれ!」


本能の方もどうやら、イラついているようだ。力を貸してくれるらしい。私の理性と本能が混ざる。

 そして別の何かになった。獣みたいな唸り声を上げて、駆け出して飛びかかる。だけど、さっきまでの痛みのせいか寸でのところで奴に避けられた。速度が足りないみたいだ。

 だったら、人間の姿を変化させればいい。イメージするのはチーター。持久力はいらない。奴を捕らえられればそれで問題なし。

 四つん這いになって、無理やり私の身体を作り変える。身体中の骨格とか、筋肉とか等を変形させて尻尾を生やし身体中に毛が生えていくのが感じられる。

 何故か大きくなった、動かし慣れていない体を慣らすために、軽く走ってみる。うん、これなら大丈夫だね。なんとなく体を身震いさせる。自分の感覚を研ぎ澄まして奴の位置を把握する。

 奴はさっきより遠くに離れているようだった。だけど、ちゃんと私には捕まえられる距離だ。

 最初から最高速度を出すそのつもりで、力を込めて思いっ切り駆け出す。奴も流石にこのスピードには敵わなかったらしい。暴れながら喚いている奴にしがみ付き、奴の頭蓋骨を容赦なく噛み砕く。

 すると中からぐちゃぐちゃになった脳みそが見えた。もしかして、脳みそだけで動いていたのかな。念の為にもう一度勢いをつけて床に叩きつけてやった。

 頭蓋骨は砕け散って、脳みそも飛び散った。これで一息つける。スッキリしたし、これで奴もちゃんと死んだはず。

 砕け散った骨や脳みそを舐めとるようにしてモグモグ喰う。手で掴めないって不便だなと思った。


「インス、大丈夫なんだよな……?」


後ろから聞こえたテティがどこか不安そうに言うから、振り返って爪でテティを傷付け無い様にして飛び付く。なんなら、顔を舐めまわしてから一鳴きする。テティは安心したようで笑顔になる。


「良かった、一時はどうなるかと焦ったが問題なさそうだな」


テティが私の頭の感触を確かめる様に、撫でまわす。でも気持ちいい。もっと撫でてと頭を押し付けると、テティは撫でるのを止めて顎に手を当てる。少し残念。


「しかし、インスの眼が通常のものと捕食時になるものが同時にあるなんてどうなっているんだ?」

「しかもインスが体を変形させる事なんてしたから驚いたんだからな」

「その体は一体何なんだ?見た事が無い魔物だな、もしかすると異世界の魔物なのか?」


テティの質問攻めを食らっても、この体じゃ喋れないよ。人間の姿に戻ろうとするとテティが一生懸命に止めてくるので、どうしようも出来ない。

 うーん、お腹も空いてきたから喰べたい。あの骨喰べようと振り返った時にテティが私の体を撫でまわし始めた。心地良くなって喉を鳴らしたら、テティにびっくりされた。

 今の内だと思って骨を喰い始める。割とお腹が満たされたので、人間の姿に戻ろうとした時に、ガシッと尻尾を掴まれた。驚いて、また人間の姿に戻ることが出来なかった。どうやら、この体だと本能が引っ込まないみたいだ。

 もう仕方ない、この姿のままで帰るしかないよね。

 うん?テティのチョーカーがないってことは、お守りを失くしたと同じだよね。ヤバいよ。地下室に落ちているといいんだけど、あるかな?テティも私の後について行くみたいだ。

 自分が入れられていた牢屋の中にちゃんとバッジがあった。良かったと安心する。


「このバッジは私が預かっておくよ。今のインスでは持てないだろう?今度、チョーカーと指輪も付け直してやるからな」


別に人間の姿に戻って、持ってもいいんだけどね。テティがジッとこっちを見てくる。


「インス、その体について気になる所があるから、人間の姿に戻るなよ」


やっぱり、バレてる。そんなにチーター気に入ったのかな。ちょっと複雑な気持ちになった。

 エントランスに戻ってくる。今から家に帰るまで割と距離があったから、テティに乗ってもらった方が良いかな。背を低くして尻尾で乗る様に促す。乗り心地はどうなのか、知らないから保証出来ないね。


「ああ、乗って良いのか。それじゃあ失礼するよ、インス」


掴む所も無いから少し乗りづらいみたいで大変そう。尻尾で誘導してやっと良い場所にテティが収まった。

 スッと立ち上がっても問題なさそうだから、そのまま屋敷を出ることにする。

 外に出たら、真夜中らしくて凄く静かで、空には綺麗な星々が輝いている。感動して動けない。


「ほら、家に帰るんだろう。インス、早くしないと夜が明けるぞ」


テティの言葉で、ハッとした私は首を振って仕切り直しをする。そして軽く夜の道を駆けていく。

 家に着く頃には、夜が明けようとしていた。テティに玄関で手足をふいてもらい、部屋に入ってベッドの上で寝転ぼうとした。その前に何故かテティが先に横になる。


「今日は大変だっただろう?ご褒美だ、いくらでも私に甘えていいぞ」


思わず、テティに覆いかぶさってしまった。だってご褒美って言ったテティのせいだから。

 喉をゴロゴロ鳴らしながら、顔を舐めて、尻尾をテティの足に巻き付けて、頬ずりして、私のにおいを付けてマーキングする。

 ひと通り私のやりたいことをやって満足する。すると、テティがイイ笑顔になっていることに気付いた。

 本当に忘れてた、と言えない。なんなら、これから埋め合わせっていう時に奴に攫われたんだから、むしろ酷くなっていてもおかしくはないよね。


「インス、満足したか?次は私の番だよな。嫌と言っても終わらせないから、覚悟しておけ。それと人の姿に戻るなよ、色々と楽しみたいからな」


私は抵抗しないで、ベッドに寝転ぶ。テティの目がギラギラしている。どうやら、私はチーターの姿のままやられるみたいだ。



大人しくしているインスを見て、私がこうなる様に躾けたと思うと、少し独占欲が満たされる。

 だが、まだ足りない。尻尾を触り、腹を撫でまわし、手や足を触り、顎の下をくすぐり、インスの体中を触り尽くした。体の仕組みも大まかにだが、分かったので良しとする。しかし、この触り心地良いな。獣系の使い魔を選ぶ奴等の気持ちが分かる。

 私が満足する頃には、インスはぐったりとして疲れてしまったようだった。それでもインスの尻尾が私から離れないのは、離さない様になのか、離れたくないのか、どちらにしろ、可愛い事には変わらない。

 明日、壊されてしまったチョーカーと指輪をインスに作ってやらないと。目に見えてインスを縛り付けているのを実感出来るからな。インスも淋しそうにしていたから何ならもっと増やしても良いかもしれない。

 時間も時間だ、流石に私も眠気が出てきた。日が昇っているのを横目に、インスを抱きしめて寝る事にする。おやすみ、インス。



 テティが寝息を立て始めてから、随分と時間が経った今、やっと落ち着いてきた。人間の姿に戻っても問題ないのは分かっている。だけど、テティが私の毛をガッツリ掴んでいる所を見るともう少しこのままで良いかな。なんて思ってしまった。

 私も眠くなってきたから、もう寝よう。爪でテティを傷付けないように気を付けてテティに引っ付く。おやすみ、テティ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る