ホラーに悩む全ての人達へ

このホラーは、タグに『怖くない』とあるように普通のホラーとどこかズレている。
追い詰められ、背筋がゾクゾクするようなジャパニーズホラーでも無ければ、ゾンビが物陰から飛び出してくるような洋物ホラーでもない。
神主も宮司もエクソシストも神父も出てこない。

登場するのは、我々とは少し違う世界を認知できる能力を持ったコオロギと、コオロギと出会ったことでホラーの世界にどっぷりとハマり自ら筆を取るまでに至った主人公の紫桃。
この2人が、酒や肴を突きながら「ちょっと不思議な話」を語っていく本作。
軽妙な語り口で綴られる奇譚はもちろんだが、私としては2人を通して語られる「幽霊が視えるとはどういう状態か。そもそも異能(霊能力)とは何か。動物霊の見分け方とは」などといった、作者なりの考察が面白い。確かに、物を見る原理は既に解明されているにも関わらず見えるものに差異があるのは不思議だ。
その「不思議」に蓋をせず、自分なりの解釈をもって物語に落とし込む姿勢は、ホラー小説の隅っこに生息している自分も参考にしていきたく思う。

また、物語が進んでいくうちに微妙に変わっていく登場人物2人の関係性も心地良い。

本作中で主人公の紫桃も語っていたが、社会に出ると心の底から遠慮なくあけすけに付き合える友人と出会えることは少ない。
また、価値観が広がることで友人で無くなることも、ままある。
そんな世知辛い現代社会の中で出会い、友人として酒を酌み交わす彼らは互いにかけがえのない存在なのだろう。その雰囲気が端々から伝わってきて、読んでいるこちらまで温かい気持ちになる。

ホラーという「現代社会に存在する異世界」に興味はあるけど怖くて読めない人、あるいは主人公と同じように「ホラーが書けない!」と悩んでいる人。
ホラーに悩む人々にこそ、この作品は読んでほしいと思う。

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