クッキーこと浅野君、この頃少し変よ

 5月13日、土曜日。その日も、ぼくら5人はいつもの土曜日のようにおっきな公園に集まった。そこでいろいろ適当に遊び回ったり、おしゃべりしたりして帰るのがお約束だ。


「今日はいったいいつまで?」

「2時半ぐらいまでかしら」

「もうちょっと長く遊ぼうよ」

「でもおやつくいたいしなー、うちの母ちゃん3時にちょっとでもおくれるとおやつくれねえんだよ、クッキー」

「今日は持ってないよ」


 最後にクッキーが持って来たクッキーを食べて終わりって事も少なくない。もちろんその時はおやつはいらないってはっきり言ってる、時々クッキーをもらえずおうちにも何にもないって事もあるけどね。


「しかし作文は大変だったな、って言うか4月からいきなりそんな事させるか?」

「仕方があるまい、課題なのだから」


 去年、お父さんの仕事場に行った事がある。すごく広くて大きくて、それからすごく高い所にある。




「お父さんは、いつも大きなビルの12Fで、黒い服を着ています。それできれいな服を着たたくさんの人の前で、てきぱきと動き回ります。お父さんに、ウェディングドレスを着た女の人ってどうなのって聞いたら、ものすごくきれいだよって言ってました。どうしてきれいなのって聞いたら、その時はその女の人にとって一番きれいな時だから、だそうです。お母さんのが見たいって言ったら、お父さんがいる所とはまるでちがうからきれいじゃないわよと言われちゃいました。」




 はずかしいけど、これぼくがこの前書いた作文の一部。


 そう、お父さんはけっこん式場につとめている。そこでたくさんのカップルの人たちの、人生で一番いい日を本当にいい日にするようにがんばるのがお父さんの仕事。俊恵ちゃんからはいい仕事だねとか言われる事もあるけど、ぼくも同じ事をしたいのかなと言われると、あんまりそうは思わない。


「良晴君のお父さんの仕事っていいなあ」

「でも大変だよ。父さんも時ど、いやたまにいろんな失敗をしちゃうこともあるんだよ」

「どんな?」

「なるほど、かような事か……」

「もう、いちいち変な言い方を」

「それだ。そのいちいちと言う物言いが実にまずいのだろう」


 新太郎君はさすがに頭がいい。けっこんってのは人生で一番大事なイベントだけど、二回けっこんするためには一回りこんしなきゃいけない。けっこん式ではいつも二人の愛はずっと変わらないですねって言うけれど、りこんしちゃったらそんなのは大ウソって事になっちゃう。

 そんな大ウソをつくぐらいなら、最初からしない方がいい。だから、いちいちとか言うような二回繰り返すような言葉を言っちゃいけないらしい。そのせいかわからないけど、

 ぼくも、つい時々とかいろいろとかなかなかとか言う言葉が言えなくて困っちゃう。でも三年生最後の国語のテストで「すらすら」とか「少々」とかが出なくて60点しか取れなかったのは、お父さんのせいにしちゃダメだよね。


 でも、お父さんのせいにしてもいい事もあると思う。六曜だなんて、クラスのみんなはだれも気にしていない。新太郎君でさえ、よくわからないらしい。でもぼくにとっては非常にめんどうくさい。大安って言う日は何をやってもうまく行く日らしいけれど、その日になるとけっこん式をたくさんやる事になる。

 一日に四回もやる事もあるらしい。それで、お父さんはその四回全部ではたらかされちゃう。その結果、いつもぐったりして帰って来る。そんなお父さんをぼくは見たくない。

 ましてや日曜日とかに当たったりするともう最悪、だから仏滅ってのに当たったらいいなとか言って、お母さんに怒られた。

 その日はお父さんもあまり長く仕事をしないで帰って来て、夕飯も一緒に食べられる。言わないだけで今でもずっとそう思っているってのはぼくのひみつ。


「いつかお前のオヤジんのとこであげてやってもいいんだぜ。そうすりゃお前のオヤジももうかんだろ」

「そんなものなのかしら」

「なー教えてくれよはらしん、オレがお前んとこの本を買えばお前の親父の給料ってどんだけ上がるんだ?」

「知らぬ」

「んだよ、いつもえらそうにしてるくせにそういう人が知りたい事にかぎって知らねーんだもんな」


 それで、新太郎君のお父さんは本を出す会社にいる。けっこうえらい人らしいけど、どれぐらいえらいのかは知らない。

 いろんな本を出していて、教科書だけじゃなくマンガも出しているそうだ。でも新太郎君からこういう本を出してるんだよって話を聞いた事はいっぺんもない。会社の名前を教えたからそれでいいでしょって事なのかなあ、ちょっといいかげんな気もする。


 それから、新太郎君のお姉さんは中学校一年生なんだけどあまり学校に行っていない。

 実はどこかの事務所とすでにけいやくってのをしてて、つまり「芸能人」なんだそうだ。その事を昔新太郎君がぼくらに言ったら、大木君がどこに出てるんだよって不満そうな顔をしてた。

「テレビには出ていない……主に各地を飛び回り芸を見せ、それで金銭を得ている……」

「どういう芸をやっているのよ!」

「キミまであわてなくてもいい、要するにマジックだ……」

「なるほどな、家の中でお前はマジックを見られるわけだ、うらやましいじゃねえか」

「練習中は拙劣せつれつな失敗を見聞する事も少なくなく、幻滅げんめつの危機も常に隣りとなり合わせ……それより我が兄のように勉強を重ね、その成果をもって世に羽ばたきたい……」


 新太郎君のお姉さんはいわゆるマジシャンで、すでにもう数年近くやっているらしい。それで今では誕生日パーティーや老人ホームとか、あっちこっちに呼ばれててとても人気があるらしい。すごいなあ。

 でもまあ、失敗を見せられるってのも本当なのかもしれない。誰だっていきなりカッコよくできるはずもない。裏ではたくさん練習して、失敗して最後に成功できるようになるんだから。

 ぼくだって音楽会の時、リコーダーの音もまともに出せなくてわらわれて、それでも家の中でドレミから練習して何とかめいわくをかけない位にはふけるようになった。多分、お母さんはすごくうるさかっただろう。そんなのを見せられたり聞かせられたりするのは、たぶん面白くない。他の場所で練習しようにも、まだまだ学校に行かなきゃいけないしそんなスペースなんかそう取れないよね。


「なんだよ、いつもややこしい事言ってるわりにあんがいふつうなんだな。もっとなんか、とんでもない事を目指すとか言うのかと思ったら、ほら何かよその国に行ってお前がよく言ってる何とかってヒーローの昔の事を調べるとか」

「それも悪くない……けれど今はとにかく下地を整え、その夢の為の土台を作らなければならない……そのために塾に通い、勉強に励む……」


 新太郎君はよくおでこに右手の親指以外の指を当てる。何度もやるって事はけっこう気に入ってるんだろうか。ためしにやってみたけど、なんか頭がいたいみたいであんまりかっこよくなかった。


「何だよはっきりしねえなあ。でもその点クッキーはいいよな、もう決まってるから」

「うん……」

「どうしたんだよお前」

「でも、いろいろさびしいんだ。父さんは土曜日もお仕事でいなくって、日曜日もいろいろつかれちゃってるのか家の中でねてばかりで」

「そうかあ、オレの父ちゃんはけっこうパワフルだけどな」


 そう言えば、ぼくのお父さんはあまり動かないタイプだ。いっしょに遊んでくれるけどたいていおうちの中。それがいいとかわるいとか、よくわからないけどね。

 でもお母さんからは少し運動不足だからもう少しぼくといっしょに外で遊ぶように言われてるけど、お父さんはあまりそういう遊びを知らないのかあんまりおもしろくない。お仕事だけでも大変なのにその上外を走り回ったらつかれちゃうじゃない。お父さんは休むのも大事だと思う、少しさびしい時もあるけど。


「それで、今日は何をする?」

「ジャンケン&ラン、まずはこの一手から始めよう……」

「その言葉づかい直しなさいよ……」


 ジャンケン&ランってのは、俊恵ちゃんが考えた遊び。

 10回ジャンケンをして、勝てば5歩あいこなら2歩進みを繰り返す。それでそのジャンケンが終わったらそのままの位置からゴールまで走るって遊び。1人結果を見る役に回らないといけないので5人いっぺんにできないのが残念だけど、それでもふつうに走ると一番速い大木君がなかなか勝てなかったり逆に一番おそい新太郎君が勝てたりするから面白い。

 面白いからついなんべんもやっちゃう。って言うか毎回しんぱんを変えて5回やるんだけどね。


「ああもう、オレ運がねえなあ!」

「運だけでもダメ、速いだけでもダメ……うーむ、なかなかに奥深い」

「確かに私ツイてたけど、それでも3回も勝たれるのはちょっと情けないわよ」

「あーあくやしいなあ」

「クッキーはえらいよね、俊恵ちゃんに勝ったのクッキーだけだもん」

「もう1回!」

「ダメよ、もうひとまわり終わったんだから」

「えーやろうよ、もう1回だけ……」

「なればボクも……」


 今回の結果は俊恵ちゃんの3勝、新太郎君とクッキーの1勝。楽しかったけど、1度も勝てないのはやっぱりくやしい。

 でも、クッキーがぼく以上にくやしがってるのはなぜだろう。大木君だけならダメって言おうと思ってた俊恵ちゃんもクッキーがやりたいって言うもんだから仕方ないなと言いたそうに首をたてにふった。


 その結果大木君が勝ち、ぼくたちは遊び終わったしとばかりにベンチに座った。そしてやっぱりいつも通りのおしゃべりが始まる

「俊恵ちゃんちのお母さんってどうなの……?」


 だけどさっきのジャンケン&ランで結局1回も勝てなかったぼく以上に、クッキーの顔に元気がない。何か最近口数がやたらに少なくて、しかも話す調子がやたらに重い。

 学校の中でもそうだ、大木君や新太郎君がしょっちゅう手を上げてるのにクッキーはまるで上げてない。休み時間とかも、なんだかぼーっとした感じでじっと座っているばかり。

 たまに教室の外を見てるけど、外に出てもぼくらと以外遊ぼうとしない。ぼくら4人にもうひとりでもくわわると、なんとなくはなれて行っちゃう。どうしてなんだろう?


「私のお母さんは帰る時間がわかりにくくてね、その上にお兄ちゃんがあれだから家事は私が担当する事も多くって、でもやっぱりやるとなると一番うまいんだよね。そのうでまえをもっとお兄ちゃんにも……ああお兄ちゃんにも教えてはいるんだけど、もっと積極的にやるように言ってほしいなって、やればできるのにやらないんだから」

「そうかあ、お仕事がんばってるんだね」

「そうなんだね……」

「なんだよお前ら、なんかやたらに暗いぞ」


 大木君の言う通り、最近クッキーも俊恵ちゃんも元気がない。俊恵ちゃんがやたら何か言いがちになるのはお兄さんの事もあるし前っからこんな感じなんだけど、クッキーはどうしたんだろう。

 昔はもうちょっと明るくあそんでたはずなんだけど。


「そんな事ないよ、みんなともっと一緒にあそびたいなーって言うだけで」

「お前がそんなんじゃ楽しくないっつーの、もっとあつくなろうぜ」

「よーし次は何をするんだーい」


 大木君に言われてクッキーは元気になった感じだけど、どうも元気になったって感じだけであまり楽しそうには見えない。

 こういうのを空元気って言うんだって新太郎君は言ってたけど、正直見てていやになって来る。


「はらしん、お前もなんとか言ってやれよ!まさかお前、しゅんにあんなこと言われてへこんでるのか?」

「元気がないのならば、そのままにしておくのもまた心がけの一つ……クッキーが望み、それをくみ取らねばならぬ……」

「ったく、本当にいちいちめんどくさいんだから……要するにそっとしておくべきだって言いたいんでしょはいはい、ってかりょう君、しゅんって呼ぶのやめてよ」

「俊恵ちゃんの方が言葉が多い気がするけど」

「お兄ちゃんがさあ、もうちょっとしっかりしてくれればなあって。みんなにとっては勉強のできる気のいいお兄ちゃんだけど、家の中だと本当にだらしないんだから!」


 俊恵ちゃんのお兄さんは、少なくともぼくにとってはいっしょにあそんでくれるいいお兄さんだ。でもそれとずっと一緒にいたらどう思うんだろうか。成績はいいけど他の事はまるでしないらしいから、たいくつって言うかめんどうなのかもしれない。そのぼくの気持ちをすなおに俊恵ちゃんに言ったら、お兄ちゃんはそとづらがいいだけなんだからと言われた。


「あー、何かその気持ちわかるな。オレの弟もなんかそんな感じでよ」

「まだその子おねしょなおってないの……?」

「ああな、ったくオレのなおった年までまだ時間があるからって調子に乗っちまって」


 大木君の弟は幼稚園の年長組だけど自分一人でお洋服も着られるしおふろにも入れるらしい、実はぼくはまだ入れない。

 だけどその事をまるでじまんする様子もないし、大木君のように声が大きい訳でもケンカをしたがる訳でもない(やらないだけでそこそこ強いって大木君は言ってるけど)。

 だけどぼくが年中組の時には卒業してたおねしょが、いまだにまったく治ってないらしい。それでその事を大木君が言おうとすると、兄さんだっておととしまでしてたじゃないかと言い返されるそうだ。おととしってのはつまり小学校二年生まで、ようするに大木君の弟が小学校二年生になるのにあと三年かかるわけだ。それじゃそんな風によゆうを持つのもわかるかもしれない。


「恥じる事はない……ボクも小学校に入るギリギリまで、布団にひんぱんに地図を描いていた……おしめをはかされた事もあった……」

「10年前ってオチじゃないよね」

「4年前の話だ!」


 このぼくと新太郎君のどうでもいいお話で、俊恵ちゃんがわらったのは意外だった。それにつられて大木君もわらったし、ぼくまでわらった。とにかく、泣いているよりわらっていた方がいいに決まっている。


 でも、クッキーはわらってない。

 どうにも、何かおかしい。新太郎君もあわててわらったけど、クッキーは動かない。まさか今でもとか思ったけど、クッキーは確かようちえんに上がる前に卒業してたんじゃなかったっけ。

 それでその事がじまん1つで、小学生になってからもずっと言っていた。まさか、ふたたびやるようになっちゃったとか?


「とにかくだよ、今日はこれでおわろうぜ。それでクッキーんちに行ってさ、オレらなりになやみを聞いてやろうじゃんか」

「そうしよう……」

「おせっかいだと思うけど」

「オレらのなかでダントツにおせっかいなしゅんがそんな事を言うか」

「私ってそんなイメージな訳?」

「うん」


 俊恵ちゃんにはわるいけど、ぼくも同じイメージだ。

 とにかくあそびをはやめに切り上げてぼくら5人でクッキーのおうちに行く事にした。クッキーは帰り道もまったく頭を上げる様子がなくて、横断歩道とか歩く時に首を横に振るのがめいっぱいだった。


「本当にさ、お前いったいどうしたんだよ!」

「ごめん、僕のつごうでなんか勝手におわらせちゃってさ」

「いいんだよ、ほら何でも言えよ!」

「…………最近、お父さんとお母さんがさ……」

「ああケンカでもしてるのか。でもオレは必要だと思うぜ、うちの父ちゃんと母ちゃんなんかしょっちゅうワーワー言ってるけどよ、終わると何があったっけってばかりにニコニコしててよ。たまにはいいだろ」

「ちがうの……最近なんかこわいの、仲はいいんだけれど」

 お父さんとお母さんのケンカってのを、ぼくは見たことがない。

 でも大木君の家じゃけっこうあるらしいけど、そのわりに大木君はうちの父ちゃんと母ちゃんはすげえなかがいいんだぜっていつも言いふらしてる。そんなものなんだろうか。クッキーはちがうって言ってるけど、やっぱりなんかクッキーの家にあったんだろうか。



「おじゃましまー」


 やがてクッキーのお家にたどり着いたぼくら。大木君が大きな声を上げながらチャイムを押そうとしたけど、俊恵ちゃんが大木君の右手首をいきなりつかんだ。チャイムをおすなって事?


「何だよしゅん」

「ちょっと大木君、ちょっと何かおかしくない?」


 確かに、何だかちょっと変だった。玄関の横のまどの向こうに、中年ぐらいの男の人がいる。お客さんだろうか。


「あれ?今何時だったっけ?」

「1時30分ぐらいかな」

「正確には、午後1時27分……」

「そういう問題じゃないでしょ!」

「そういう問題だよ!」


 どういう問題なんだろう。ってあの人、どこかで見たような感じだけど……


 なんかびみょうにちがう気がするんだよな……


 あれ?そう言えば首から下はお客さんにしてはどうもへんだ。

 なんかまるでふだんぎみたい。どうしてそんなかっこうをしてるんだろう。


「お父さん……」


 ええっ、お父さん!?クッキーのお父さんの土曜日のお仕事って半日でおわるの!?

 そんな話、聞いた事ないけど、いつも夜おそくまで帰って来ないって言ってたけど……。


「でもさ、オヤジさんがいるんならいいじゃねえかよ、いっしょにあそんで」

「半日でもつかれてるものはつかれてるでしょ!」

「声が大きい、気付かれたら一大事……」

「ああもう!」


 クッキーのお父さんそっくりの人が家の中にいる、まだこんな時間なのに。やはり何かあったんだろうか。


「もしかしてリスト」

「バカヤロー!」

「世迷言を言うな!」


 俊恵ちゃんが何か言おうとすると、大木君と新太郎君の小さいけど重たい声が両方から飛んで来た。ぼくが大木君と新太郎君の声にびびって動けなくなり、俊恵ちゃんが頭をおさえていると、家の中にいたクッキーのお父さんそっくりの人がゆっくりと立ち上がった。

 これでぼくらはその人の全身が見る事ができた訳なんだけど、ますますぼくらの知っているクッキーのお父さんに似ているように思えてくる。


 ちがう事と言えば、やけにいい笑顔をしてることぐらい。そんなに悪い事が起きてるわけじゃなさそうだ。


「どうする、やっぱり入る?」

「しゅんがいやじゃなきゃな」

「そっちがえんりょがなさすぎるの!」

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥!やって後悔する方が、やらずに後悔するよりまし!というより、クッキーには避けられぬ運命……」

「そうだよね……うん」


 新太郎君の言う事はやっぱり正しいと思う、クッキーにとってこのまま家に入らないなんてことはぜったいにできないもん。

 とにかくとりあえずチャイムをおしてぼくたちが来た事、クッキーが帰って来たことをクッキーのお母さんに教えなきゃならない。



「あっちょっと!」

「やらなければならないことを、今実行したのみ!」


 それで大木君と俊恵ちゃんがもめている中、けっきょく新太郎君がチャイムをおした。ぼくが何も言わないでドアを見つめ、大木君がめずらしく不安そうになって、俊恵ちゃんがドアから顔をそむけてる中、新太郎君はいつもの顔をしてた。

 それでクッキーは、俊恵ちゃんのようにげんかんから目線をそらしながら、大木君のように不安そうな顔をして、ぼくのようにだまっていた。


「ただいま、あらみんな」

「こんにちは!」


 やがてドアがゆっくりと開き、クッキーのお母さんが現れた。けっこういい顔をしていたから、俊恵ちゃんの言うようなわるい事じゃなさそうだ。

「おかえり悠太」

「おかえりなさい。それでみんなは」

「ああ2時半ぐらいまでならいてもいいわよ、あと40分ぐらいかしら」

「じゃおじゃましまーす」

「ちゃんとくつぬいで、そろえて上がりなさいよ」

「言うまでもなき事……」

「わかりました」


 ぼくらがクッキーの家に上がるのは三回目だ。さっきのクッキーの話によると、最近クッキーのお父さんとお母さんにはあんまりうまくいってないっぽい。

 こんな時間に帰って来るって事はやっぱり何かあるんだろうか。

 とにかく、ゲーム機の置いてある居間に通されたぼくらにクッキーのお父さんそっくりの人が声をかけた。


「みんな初めまして、浅野三郎あさのさぶろうだよ。よろしくね」


 その名前を聞いて、えっ?と思ったのはぼくだけなんだろうか。


 新太郎君も大木君も俊恵ちゃんも、首を軽く曲げておじぎをしただけ。クッキーも同じように、じっと浅野三郎さんって名乗った人を見ているだけ。


 そんな、クッキーのお父さんの名前って浅野治郎あさのじろうじゃなかったっけ………………。

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