ぼくらは親友だ!
6月17日、金曜日。
あれから5日が経ったけど、ぼくら3人は新太郎君と口を利かなかった。おこってた訳じゃない、でも新太郎君が何も言わなかったから。クッキーだけは、やたらと新太郎君と話してた。
「自信なくしたって」
あの日以来、すっかり明るくなったクッキーから、新太郎君について何かないかと聞いてみたらそんな言葉が返って来た。
ぼくらが、あんな予想もしないような事を起こしたからだろうか。たしかにこれまでのようにいつも自信たっぷりで、堂々と背を伸ばして歩く新太郎君の姿はない。
「泰子さんは?」
「何もないよ、新太郎君たちにもありがとうって言ってる」
「りこんとか言う話は……」
「その事を言うとまだ少しきげんがわるくなるんだ、もうそんな事なんか考えてないって。考えていた事はみとめてるけどさ」
クッキーはあの時、ずっとねむっていた。だから、何が起きたのかはほとんど知らないはずだ。
でも、泰子さんが変わった事はわかっている。これまでずっと、泰子さんがかかえていたいやな気持ちのえいきょうを受けてクッキーもおもたくなっていたんだろう。それがなくなっちゃえば元気になるのは当たり前だよね。でも、それが新太郎君にうつったんだとするとちょっとかわいそうかもしれない。
新太郎君は魔法使いだ。これまで魔法の力で、ぼくらの知らない所でいろんななやみを解決して来たのかもしれない。
でも新太郎君はまじめだ、じゅくにも通ってまじめにお勉強している。お勉強に関しては魔法にたよってなんかいないんだろう。
だからああしてまじめに考え、まじめに魔法を使い、それがある意味で失敗したってのは実にショックな話かもしれない。
「治郎さんは元気にしてるか」
「まあね、これからはなるべくお母さんとの時間を大事にするって約束してくれたけど、お母さんはお仕事をしっかりしてくれればそれでいいからって」
「気に入らない事があるんならきちんと言えよ、その時ケンカしてもその内なんだったっけってなるもんだぜ」
泰子さんはまたこれから、いろんな不満をかかえてく事になる。その時、大木君の家のようにケンカするんだろうか、それともまたかかえこんじゃうんだろうか。
「お前も何かふまんがあるならえんりょなく言えよ、それがいいぞ」
「新太郎君がさ、最近口を利いてくれなくてさ」
「そうだよな、はらしんのやつどうしたんだろうな」
新太郎君と由美さんと、そしてぼくの起こしたおおさわぎ。
あれを見ちゃったらかかえこんじゃう事がいかにいけない事か、そう考えるのはふつうの話なんだろうか。
はなさかじいさんに出て来るいじわるじいさんのようにやたらあれも欲しいこれも欲しいって言ったり、オオカミ少年のようにウソをついたりするとわるい目にあうってのと同じ事なんだろうか、新太郎君ならわかる気がする。
「新太郎君!」
「良晴君……」
「オオカミ少年の話を読んでウソをついちゃいけないって考えるのはふつうなのかな」
「当たり前の考え方だ、何も疑問に思う必要はない」
だから聞いてみたけど、そんなごく当たり前の答えしか返って来なかった。
「気にする事はない、はなさかじいさんや舌切り雀を読んでそんな発想になるのはごく自然な事だ」
「なんか気分でも悪いの?」
「……最近夜遅くまで勉強しているから、そのせいだ。授業は真面目に受けられても、みんなと話す気力体力はもたない。すまない……」
「大変だね」
何のお勉強なんだろう。ふつうのお勉強なんだろうか、魔法のお勉強なんだろうか。どっちにしても、本当にまじめにやってるんだなと思う。
由美子さんがやれと言ったのか、自分でやりたいと言い出したのか、そんな事はわからない。でもそれが分かった所で何の意味もないから、気にしない事にしよう。
それで6月18日、土曜日。
「はらしん、来たのか。このつゆのひる休みだからな」
「中休みよ」
大木君の言った通り、今日は朝から晴れ。昨日の雨のおかげではっぱがきれいだ。大木君に、俊恵ちゃんに、クッキーに、そして新太郎君。いつもの5人が、いつもの土曜日に、いつもの公園にそろった。
「じゃいつも通りにジャンケン&ランでも」
「しばし、しばし待て!」
「どうしたの新太郎君」
新太郎君の顔は、少しこわかった。目が真っ赤で、ここ何日かあまりねてないんだろうなって事がかんたんにわかる。
でも、やはり新太郎君がウソをつくような事はしなかったってのがわかったから別にやな気持ちはない。
「いや何でもない、とりあえずジャンケン&ランから参ろう!」
「何だよそれ」
その新太郎君の言葉に、クッキーはカバンをかたにかけながら前にたおれこみそうになった。まあ、アニメとかでやってるリアクションみたいな物なんだろうか。
でも、こんなもったいぶっていざこうされるとそうするしかないのかも。そのおかげで大木君も俊恵ちゃんもぼくもわらったから別にいいか。
「じゃまずオレがしんぱんな」
新太郎君の顔は楽しそうだ。ジャンケンをする時も、走る時も。勝った時はものすごく楽しそうだった。
「新太郎君の勝ちね」
「まさに、欣喜雀躍の心境である!」
「相変わらずだね」
「だからはらしんはいいんだよ、なあ」
むずかしい言葉を使ってても、よろこぶ時はぼくらと同じ。いやむしろもっと大きくリアクションする。それが新太郎君。いつもの原新太郎君。
「では……」
それで、とりあえず一周ジャンケン&ランが終わった所で、新太郎君が急に両手を合わせた。
そしてそのまま歩き出し、ベンチが並んでいる所で止まった。なんとなくついていったぼくらの目の前で新太郎君は大きな声を上げながら手を開いた。
「はっ!」
真っ青なお空に、大きな虹が出た。
虹の色は7つだって事は知ってるけど、本当に7つに分かれてる。ものすごく、きれいな虹だ。
雨はふってないのに、こんなにきれいな虹が出るんだろうか。
これも新太郎君の魔法なんだろうか。ものすごくきれいな虹に、クッキーも大木君も俊恵ちゃんもうっとりしてる。
絵やアニメとはまったくちがう、本物の虹。だけど、ふしぎな事に他の人には見えてないっぽい。ぼくらのためだけの虹。
「すげーな」
大木君の口からそんな言葉が出たのは、虹が出始めてから30秒、いや1分ぐらいあとだろうか。それまでずっと、ぼくらは虹を見つめていた。
「消えちゃったね……」
「本当にきれいだったなあ」
けっきょく虹が消えたのは、現れてから5分後だった。でも、ぼくらとしては1時間、いやもっと長く見ていた気分だ。
そしてその間、新太郎君の事はまったく気にしてなかった。
「新太郎くーん」
その事に気が付いてぼくが声をかけると、新太郎君はベンチに座っていた。ずいぶんとやさしい顔をして、目を閉じていた。
「おいはらしん、せっかくきれいな虹が出たんだぞ、お前も」
ここまで大木君が言った所で、クークーと言う声が新太郎君の口からもれて来た。新太郎君は、ねていた。ぐっすりと、気持ちよさそうに。本当に幸せそうな顔で。
「由美さん」
「新太郎ったら、やっぱり寝不足だったからねえ。それでも行くって言ってたけど、やっぱり疲れてるのかしら」
しばらくすると、由美さんがむかえに来た。いつも通り、若いお母さんだ。今日のぼくらの遊び時間は、一回りのジャンケン&ランと、きれいな虹を見る事と、ねている新太郎君の顔を見るだけで終わった。
「はらしんはオレとちがってデブじゃないけどさ、やっぱりおもいでしょ」
「ううん、これぐらいなら平気よ。私は見ての通り若いんだから」
「ぼくらも手伝いますよ」
いつもむずかしいことを言ってる新太郎君が、ぼくらと背が変わらない新太郎君が、なぜだかものすごくかわいく見えて来る。どうしてなんだろう。って言うか、それをおんぶして歩ける由美さんってどれだけ力があるんだろう。
「ふしぎだよなあ、由美さんってそんなに力ありそうに見えねえのに。何か魔法でも」
「バカ!」
大木君が魔法と言うと、俊恵ちゃんの右手がひゅっと音を立ててしなり、手のひらが大木君の頭をとらえた。
「そんなもん現実にあるわけないじゃない!どこの昔話よ!」
「……ああそうだよな、オレとした事がついうっかり、はらしんって見た目よりかるいんだな」
「だよねえ!魔法なんてさあ、あるわけないじゃない!」
「うん」
ぼくは小さくうなずく事しかできなかったけど、なぜかその魔法って可能性だけはみとめたくなかった。
たぶん、俊恵ちゃんもクッキーも同じなんだろう。それにしてもなんでだろう?
「じゃまた今度の土曜日な」
「雨が降ってなきゃね」
「はらしんも今度は本気で来るだろうな」
「楽しみだねー」
まあ、これからも5人なかよくできるんなら、それでいいけど。って言うか、それより大事な事ってなんだろう?ああそうだ、宿題やらなきゃ。
それで日曜日を宿題につぎこんでむかえた6月20日、月曜日。朝はくもりだけど、下校のころには雨がふるって事でカサを持ちながらぼくは学校へむかう。
「ようヨッシー」
「おはようコウメイ君」
「コウメイって呼ぶなっつーの、ってクッキーかよ!」
「相変わらずなんだから」
クッキーも、大木君も、俊恵ちゃんもいつも通りだ。
「おはよう、今週もまた一緒にくつわを並べようではないか」
そして、新太郎君も。よくわからないむずかしいことを言ってるようだけど、中身はぼくらの言ってる事とあんまり変わらない。だけどまじめでお勉強が得意な原新太郎君。
「今日もなかよくしようじゃねえか!」
「当然の事」
でも、ほんのちょっとだけ、昔よりしずかになった気がする。たしかに、大きな声を上げていい時といけない時があるもんね。やっぱり新太郎君は頭がいいから、ぼくらよりもちょっと何かを知っているんだ。
「まあとりあえず、今日の給食の揚げパンは実に楽しみだ」
「ったくもう、新太郎君ったら!」
でもやっぱりどこかぼくらと同じように子どもっぽくて、いやある意味ぼくら以上に子どもっぽいかもしれない新太郎君。
そんな新太郎君はぼくの、いやぼくと大木君とクッキーと俊恵ちゃんの、親友だ。
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