ぼくは魔法使いと戦う!

「ぼくも、それはよくないと思う」


 はっきりと言ってやった。新太郎君と由美子さんに向かって、はっきりと言ってやった。


「どういう風によくないと言うんだい?」

「クッキーにとってお母さんってのは、いやぼくにとってもだけどいつもおだやかにわらっていて、何かあっても受け止めてくれる人じゃないの?新太郎君はちがうの?」

「違わない、けどお母さんだって人間なんだ、容量には限度って物がある。今の泰子さんはその限度を超えてしまいそうな状態なんだ、無理矢理でも吐き出さなければならない。そうすれば、また元の優しい泰子さんに戻る事ができる。覚えてるかい、2年前の遠足の事」

「おぼえてるよ、でもそれではい終わりですませちゃっていいのなって」


 2年前遠足で山登りに行った時、ぼくはひどくバスによった。それでどうしてもがまんできなくなり、先生にバスを止めておろしてもらって、ビニール袋にむかって口を入れてそのまま朝ごはんを出しちゃった。

 その後その中身は先生がトイレに捨ててくれたみたいだけど、ふしぎな事にそれっきりバスによう事はなくなった。そうしなかったら、ずっとあんな気持ちわるい思いをしてたのかと思うとそれで良かったなって思った。


 でも、その時ぼくがはき出した物と、泰子さんのつらい気持ちをいっしょにしちゃっていいの?


「ずっと泰子さんの苦しむ姿をみたいのかい?ボクは嫌だよ、友だちのお母さんの苦しい顔を見たくない」

「私も」


 泰子さんは、ずっと楽しそうにわらっている。むじゃきに、自分そっくりのチャコさんを見てただわらっている。

 あまりにもそっくりすぎて気持ちわるいとか、考えないんだろうか。


「でもさ、泰子さんはこの後どうなるの?」

「いずれ、これまでの苦しみをすべて吐き出す。そうすれば事実と向き合う余裕ができて、その上で自分がどうするか考えも浮かぶだろう」

「元々そんなに弱い人じゃないから、その事を3年間見てて知ってるから。だから、今ここを乗り切ればいずれ元の泰子さんに戻る」


 どうやら2人にとってはそれでいいらしい、って言うかそれがいいらしい。

 でもぼくにはどうしても理解できない。新太郎君のように魔法が使えれば、いや新太郎君のようにちゃんとお勉強してればわかるんだろうか。

 そしてなぜだかわからないけど、新太郎君が魔法のおかげで今までテストで100点ばかり取って来た、そんなズルをしている風には思えない。

 なぜなんだろう。

 これも魔法のせいでそう思わされてるだけ、そう考えるのはたぶんりくつの通った話のはずだ。でもそうは思えて来ない、やはりじゅくにも通ってお勉強したからなんだろうか。


「勉強すればわかるんですか」

「…………かもしれねえな」

「そういうのともちょっと違うけどね、たださっきも言ったように心の中に重石を抱え込んだままだとまともに動く事もできないから、それだけのお話」

「由美さんって、本当に新太郎君のお母さんなんですね。新太郎君っていつもややこしい事を言ってるように見えて中身はめちゃくちゃかんたんで、今回もややこしい事をいろいろやってるけどけっきょくは何もかもふまんをぶちまけちゃえばいいのにってだけのお話だったのに」

「建物だってね、ちゃんと土台を作ってから上の建造物を作る物よ。土台がしっかりしていれば建物はそうそう崩れない物なの。だから、そういう土台がしっかりしていると思っているから私たちは物事をどんどんと積み上げてるの」


 大木君は、もうどうにもならないって感じ。俊恵ちゃんはまだひっしにがんばってるけど、やはり由美さんには全くかなわない。


「泰子さんにも、新太郎やキミたちと同じ10歳の時があったの。でもね、新太郎の勉強に関する知識が10歳のそれだと思う?」

「今の泰子さんにも、年齢相応の部分もあればそうでない部分もある。その部分を今は吐き出している。ぼくが幼稚園いっぱいまでおねしょが治らなかった、つまりその部分だけは確実に他の同い年のみんなより遅れていたと言える。その遅れている部分、いや、むしろ遅れている方がいい部分を今見せようとしている」

「何だよそれ、おくれてる方がいい部分?んなのあんのか」

「おばさんはあなたたちほど肌がきれいじゃない、進んじゃった分だけ肌がガサガサになっちゃった。まあそういう事」

「でも、でもだからと言ってその前に手段はなかったんですか!お父さんを2人にしてこんなにふり回されてヘトヘトにならなければダメだったって言うんですか!その魔法でもっと何か」

「何度も言ったでしょ、未練が残っている内はダメなの。突然気持ちを変えて嫌いになったとしても、あまりにも突然すぎて他の人は気付かないし突然すぎる変化を疑っちゃう。あくまでも自然に離した方がいいの」


「それでもぼくは、あきらめたくありません!」


 ぼくはこの時、もうちょっとまじめにお勉強してればよかったのにって思ってた。それならばこんなにおんなじ事ばっかり言わなくてすんだし、あるいはその前にクッキーのお父さんとお母さんをなかよくさせる事ができたかもしれない。


 それでも、でも今のお勉強してない自分なりに、どうしてもさからってみたかった。だから口を動かす事をやめなかったし、新太郎君たちを見る事もやめなかった。


「じゃあこれを見るべし!」



 新太郎君は、右手を大きくぐるりと3回回してぼくに手のひらを向けた。



 真っ白な空間がぼくらの前に広がった。



 少しだけ大きくなったクッキーと、治郎さんと泰子さん。


 三郎さんやチャコさんはいない。




 ちょっと目線をずらしてみると、由美子さんも新太郎君と同じようなポーズをしていたから、この真っ白な空間はたぶんふたりで作ったんだろう。




 本当に真っ白で、クッキーと治郎さんと泰子さん以外誰もいない。って言うか、何もない。3人がどんな床に立っているのかさえわからない。


「いざ……」


 新太郎君がゆっくりと右の手首を回していくと、3人が動き始めた。

 泰子さんが、顔をしかめていく。まるでアニメのようだ。


 でもそれにしては動きがアニメっぽくなく、いつものぼくやお母さんの動きのようだった。


 そして新太郎君が右の手首を動かすのを止めると、白い空間の中の泰子さんの動きも止まった。まるでDVDみたいだ。

 新太郎君と由美子さんがDVDプレイヤーのようになり、ぼくに何かを見せようとしているんだろうか。


「もうあんたとはやってられないわ!」

「お、おい!そんな事急に言われても……」

「急に!?」


 泰子さんの顔が、一気にはれつした。ばくはつじゃなくてはれつって感じ、そのふたつがどうちがうのかよくわからないけど、なんとなくばくはつってのとはちがう気がする。


 そしてそのはれつした泰子さんの口が、めちゃくちゃな速さで動き出した。


「ったく毎日毎日仕事仕事って私の事置き去りにして、そうやって人を家の中に閉じ込めておいて何様のつもり!?釣った魚にエサはやらないとか言うけど、そんなんじゃこっちは飢え死にするわよ!その上悠太についても友だちがたくさんいるのをいい事に私とその子たちに丸投げ、もうこのまま死ぬのは嫌なの!」

「やめてよお母さん!」

「あんたもあんたよ悠太!だいたい、こんなにあんたのために私はあれこれやってあげてるのにいつもいつも遊んでばかりで!」

「これからまじめにするから!」

「じゃあ私の手で24時間ずっと見ててあげるから、私だけの手で!」

「やだー!」

「やだじゃないでしょ!」


 泰子さんの両手が、クッキーのシャツの首ねっこをつかんでいる。

 その顔は、これまで見たどんなかいじゅうやバケモノよりもこわい。


 こんなの泰子さんじゃない!この前だって、ちょっとおこってたけれどここまでの事をする人じゃなかったはずだ。


「大木君!俊恵ちゃん!」

「えっ、何だって……」

「良晴君、新太郎君に何を見せられてるの?」


 大木君には、ぼくが何を見てるのかさえわからないらしい。俊恵ちゃんは何かを見ているのはわかってるけれど、それが何なのかはわからないようだ。


 ぼくと大木君と俊恵ちゃんはいったい何がちがうんだろうか。


「2人とも何も見えてないはずなんだけどねえ」

「後で調べてみよう、実に興味深い事象だ」


 新太郎君と由美さんは、手を回しながらも顔を変えない。集中しているのか、それともこうなるのを予想していたからなのか。


 まったく変わらない、ロボットみたいな2人の顔を見ていると、口が動かなくなった。さっきの大木君みたいにぼくの体がふるえ出し、目は新太郎君と由美さんを見つめたまま動けない。


 白い空間の中の泰子さんのさけび声も、耳に入らなかった。


「まあとにかく、これでわかるだろう?こうならないためにも必要な事だったんだ。思ったより早く気付かれたのはボクが未熟なせいだったけれど、それでもこんな事態になるのを防ぐためには他の手はなかったんだ」

「必要な時にはしっかりと叱るのが親の役目だから、だから私はその時厳しく新太郎を叱ったわ。まあ、ちょっと私自身がやればよかったのにって言う失敗の八つ当たりも混ざっていたけどね」


「……むし」


「は?」


「……弱虫……」


「えっ……?」


 弱虫。


 そんな言葉がぼく自身よくわからないままいきなりぼくの口から飛び出すと、新太郎君と由美子さんの動きがピタリと止まった。


 そしてその弱虫って言葉といっしょに、ぼくの頭も白い空間の中の泰子さんのようにはれつした。


「だって……だってもうどうにもならないってなんで勝手に決められるんだよ!

 けいけんだっての、それともデータとかだっての!

 あるいは魔法使いならば人の心も読めるって言うの!

 だとしても、それならそれでもうちょっと方法があったはずだろ、それを何にもやらないで別れさせた方がいいだなんて弱虫のする事だよ!

 新太郎君はいつもキリッとしてるはずなのに、頭の中ではそんな情けない事考えてたの!

 由美さんだって、そんな情けない新太郎君をどうしてしからなかったんですか!」


 これだけの事をいっぺんに言えたのはなぜなのか、自分でもわからない。新太郎君に付き合って来ていろんな言葉を覚えたからだろうか、それともどうしてもクッキーを守りたいと思ったからだろうか。あるいはその両方なのか。


「良晴君、女の人はそう簡単じゃないの」

「かんたんってなんですか!2人がやってる事の方がよほどかんたんですよ!不満があれば全部出してしまえばいい、それができないなら時間をかけてへらせばいい、それでもムリなら二度と不満なんか出ないように別れちゃえだなんて、新太郎君は頭がいいと思ってたけどそんな単純なやり方しかできないって言うんですか!」

「真理とは意外に単純な物だ」

「じゃあどうして、別れたらクッキーがかなしむって単純な話がわからないんだよ!そこをなんとかして夫婦をなかよくさせるのが正しいんじゃないのか!ぼくのお父さんみたいに、魔法なんか使えないぼくのお父さんだってできる事なんだよ!魔法使いの新太郎君ならできるだろ!由美さんだって!」

「……あっ?」


 新太郎君があっと言う声を出すと、白い空間の中の泰子さんの顔が急に赤くなくなった。しかめっ面だった顔も少しゆるんで、お面みたいな顔になった。クッキーも、泣き顔だったのがこんらんしたような顔になってる。そして治郎さんも。


「むむむ、これは一体!?」

「ちょっと新太郎!」

「おいヨッシー、泰子さんが!」


 それで大木君の言葉につられてじっさいに家の中にいる泰子さんの方を見ると、さっきまでむじゃきにわらっていた泰子さんが白い空間の中の泰子さんと同じような、おこってるんだかわらってるんだかよくわからない顔になってる。


「どうなってるんだこれは!」

「新太郎君にもわからないの!?」

「わからん!正直に言おう、まるでわからん!」

「ヨッシー!」


「泰子さんは、自分がどうしたいのかわからなくなっちゃったんだ!クッキーの事を考えれば自分がガマンすべきかもしれない、けどそれをしていたら自分がもたなくなっちゃう!その事に気付いたからこんな顔になっちゃったんだ」


 まったくのでまかせだ。



 でも、なぜか自信があった。そのせいだろうか、大木君や俊恵ちゃんはもちろん、新太郎君よりもずっと大きくて通る声で言えた。


 お父さんのお仕事の関係なのかみんなの前で何かを言う事にはなれてるだろう、そう昔からかってに思われてしょっちゅうそういう事をやって来た事とはたぶん関係ないだろう。だってぼくはお父さんの仕事は好きだけど、マネができるだなんてとても思わないもん。


「この後どうする気だい、良晴君。せっかくボクらが時間と労力を注ぎ込んで作り上げた成果を台無しにしたも同然なんだけど」

「ひどいなあ、ぼくがこんなことを言ったぐらいでこわれちゃうんならそれぐらいのレベルの計画だって事じゃない。ホントの本気で何とかしたいと思ってるんならもうちょっといい計画があったでしょ!ぼくよりずっと頭がいいはずなのに!」


 あまりにもめんどくさいし、ややこしい。そしてその目的のためにクッキーたちが受けるダメージが大きすぎる。あらためて考えてみると、ずいぶんとマイナスが多い困った計画だ。それでもその後の事がうまく行くんだって新太郎君は言ってるけど、すぐ後の事はどうなるんだろう。


「って言うか、泰子さんはけっきょく何をしたかったの!?どうなれば泰子さんがよろこぶの!?その答え、新太郎君と由美さんならわかるでしょ!」

「それは無論、これまでのすべてのうっぷんを吐き出す事。その上でこれまでの不満をすべて取り除き冷静な頭脳をもって事に当たる事。そうなれば結果的に正しい答えが出せるはずだ、良晴君は泰子さんを信じていないのかい?」

「りくつでやったの?それとも泰子さんを信じてるからやったの?どっちなんだよ!」

「他人を信じる事のできない人間が、結婚なんかできるか!」


 大木君も、俊恵ちゃんも、この時のぼくの目には入ってなかった。ただただクッキーのために、いやぼく自身のために新太郎君とケンカをしてた。


 負けたくない、負けたらずっとこうかいする。負けたとしても、こうかいしないようにしたい。そんな事を考えていたのかはわからないけど、とにかく新太郎君と由美さんに負けたくなかった。




「ごめんなさい!」

「はっ?」


 するといきなり、泰子さんが泣き出した。ものすごく声の高い泣き声だ、耳が少しいたくなる。


 俊恵ちゃんたちぼくらと同じ年の女の子の声よりずっと高い、まるでようちえんの子たちみたいな泣き声。ぼくも思わず耳をおさえそうになった。


「こんなに人様に迷惑をかけちゃって、私って本当にわがままでダメなお母さんであり奥さんね!」

「いや不満の1つや2つぐらい……」

「それを人様に向かってムダにぶつけて、じゃあやめてしまえばいいだなんて言わせるだなんて!」


 笑ったり泣いたりしていたけれど、なんだかんだでこのめちゃくちゃなもめごとはみんな泰子さんの耳に入っていたらしい。

 でも、たしかに自分たちのもめごとのせいでぼくらをここまでケンカさせるってのは本当にはずかしい事だ。自分の事は自分でやりなさい、できるようになりなさいってのはぼくのお母さんのくちぐせだ。


「そりゃねえ、治郎さんに不満はあるわよ!でも治郎さんだって私に不満はあるはず!悠太だってそれは同じこと!でもそれを一方的にぶつけるだなんて、私は本当にわがままだったわ!」

「治郎さんやクッキーの話を聞いておたがいに……」

「それが私にはできなかった、ベラベラベラベラ言いたい事だけ言ってふたりの言う事を全部言い訳か口答え扱いして耳を塞いでた。それで赤ん坊みたいにふてくされてた、そうするに決まってた!」

「それいったい誰が決めたんですか」

「私の事は私が一番よくわかる、いやそうじゃなきゃいけないの!でもこうして小堺君や原さんの話を聞いてると、自分が何がしたいんだかわからなくなってた、その事が今わかったの!」


 泰子さんは、本当につらそうだった。

 お願いだから話を聞いてって言うより、お願いだからゆるしてちょうだいってかんじ。さっきようちえんの子どもたちみたいな泣き声って思ったけど、なんかもっと年下の子どもみたい。ひっしにおねがいしますって言ってるかんじで、なんか見ていて本当にかわいそう。


「で、けっきょく何がしたいんですか」

「少しほっときなさい」

「なんでだよ」

「一度泣きたくなると泣き終わるまで何も聞きたくなくなるの、女の子ってのは」


 俊恵ちゃんの言葉に由美さんも納得したような顔になっているので、ぼくらはしばらくだまっている事にした。

 それにしても、さむい。これまで雨の中を走って来て服はぬれてて、それがかわいたからだろうか。新太郎君が前どこかで言ってた、気化熱って言うのはこれのことなんだろうか。







「ずっと、ずっと夫と息子と共に生きます……!」




 やがて泣きやんだ泰子さんがそういうと、部屋の中の空気が急にあったかくなった。


 そうだよね、それが一番いいんだよね。


 最後にそうじゃない方が良かったと言う事になっちゃっても、今ぼくらにはクッキーんちがなかよくしててくれる方がずっとうれしいから。


「偕老同穴、良晴君なら意味が分かるだろう?」

「お父さんがよく使ってる言葉……」

「夫婦が死ぬまで仲睦まじく過ごす事……それが夫婦の選んだ道ならば、ボクらはもうする事はない」



 新太郎君は、わらっていた。でも、何かちょっと変なえがお。


 なんていうかすがすがしいってかんじ、あんまりよく知らないけどそんなかんじのえがお。

 ぼくのせいで考えてた事とちがう結果になっちゃったのに、どうしてそんな気持ちになれるんだろう。まるで、ジャンケン&ランに負けた時みたいだ。


「三郎さんとチャコさんは、さっき説明した小さなマンションの一室で夫婦として暮らしてもらう。ちゃんとお仕事もあるから」

「かーっ、ったくそこんとこはカンペキだなオイ。お前にはほんとまいったぜ」


 大木君の言う通り、新太郎君のやる事は実にカンペキだ。こんなけっかに、ぼくのせいでこんなけっかになったとしても、その時の事はきちんと考えてあるんだから。まあ由美子さんのアイディアかもしれないけど、そんなのはどうでもいいか。とにかく、これでクッキーの家の問題はなくなったんだ、そうだよね!


「約束してくれるよね」

「もちろんよ!ちゃんと治郎さんと偕老同穴するから!絶対に、最後まで息子の事も守るから!」


 泰子さんは、顔をなみだでぐちゃぐちゃにしながらぼくの手をにぎりしめた。その手はぼくのよりずっと大きく、ずっとやわらかく、ずっとあたたかかった。


「それでその……」

「何?」

「おトイレ、かしてくれます?」


 でもその手に比べて外があんまりさむかったんで、おしっこがしたくなっちゃった。


 それで思わずそう言っちゃったんだけど、そうしたら泰子さんがわらった、新太郎君もわらった。


 みんなわらった。


「もちろんいいわよ、それで場所は」

「じゃ早くすませてよ、実は私も……」

「レディファーストだろ、ちょっとぐらいガマンしろよ!」


 大木君の言う通りに俊恵ちゃんを先にトイレに行かせて、ぼくはもじもじしながら待った。


 とにかく、クッキーのお母さんのきげんが良くなったんなら、もうこれ以上ここにいる理由もない。それで俊恵ちゃんが出てきた後おしっこをすませたぼくは、泰子さんに大きくおじぎをした。



「じゃ帰ります」

「本当にありがとう、あなたたちが息子のお友達で良かったわ……」

「あなたたちって、本当にたいした子どもたちね」

「魔法使いと言うのは、結構たくさんいるんだな、そう思ったよ」

「ぼくらが?」

「ああ!」


 魔法使い、それはたぶんありえない事を起こす力の持ち主の事なんだろう。ぼくらは新太郎君に、いろいろとありえない事を見せられて来た。


 ぼくらも、新太郎君たちにありえない事を見せたってわけなんだろうか。


「おかえりなさい。何かが浅野君の家であったみたいだけど……いやいいわ、今沸かして来るからお風呂に入りなさい」


 お母さんはわかってるんだ、何があったか。本当なら、こんなにぐっしょりになるぐらい雨の中を走って来たぼくの事をどなっても当たり前のはずだ。


「ハクション!」

「ちゃんと服を着なさい!それから帰る時はゆっくりでも良かったでしょ!」


 いややっぱりおこられた、でもそれだけで終わった。まあ家に帰ってからぬれた服を洗濯機に放り込んでブリーフ1枚でねてたのがいけないんだろうけど、その上にハーフパンツとTシャツを着たらさむくなくなった。


「その顔を見ればわかるわよ、がんばって来たんでしょ」


 それはふくのおかげだろうか、お母さんのおかげだろうか、それとも何も言わないけどぼくの事をえがおで見ているお父さんのおかげだろうか。


「し、忍さん」

「なーに?」

「いや何でもない、おふろ入るよ!」


 たぶん、ぼくの言いたい事はすぐにわかったんだろう。お母さんはいたずらな笑みを浮かべながらぼくの顔を見つめた。

 ぼくがふくをぬいでおふろに入ると、なぜか体があつくなった。おふろのおゆとはちがう、ふしぎなあつさ。きもちいいあつさ。


 それも、魔法のおかげなんだろうか。

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