運命の日
6月11日、土曜日。朝。
ぼくは思わずぎょっとした。
書いたつもりのない日記が書かれてる。
って言うか日記なんか実はほとんど付けてないのに、やけにたくさん書かれてる。
「誰が書いたんだろう?」
ぼくは三回ほど日記を読んだけど、まるで自分が書いたのじゃないみたいだ。
例えば6月7日。
また雨だ。これが梅雨っていう物なんだろうけど、それにしても外で遊べないからうっとおしい。
「大丈夫だ、問題ない。明日は降水確率10%だから」
「でも今日多分梅雨入りするんでしょ、明後日もし明後日もも雨っぽいし」
「どうせ降るんならドザバーって降って欲しいよな、それでその後はずっと」
「そうじゃないから梅雨なんでしょ」
ぼくと大木君ととしえちゃんのおはなしなんだけど、ぼくには
他にも四年生どころか六年生でもならわなさそうな漢字がズラッとならんでて、ぼくが書いた文章じゃないかんじ。
でもえんぴつはへってるし、消しゴムのあともある。
そう言えばえんぴつも消しゴムもかなりへっている。
まちがいなく、誰かが書いたんだろう。
(これも、ぼくがかいたんじゃないよ……)
それからこれ。
『白衣をぬいでから食事を始めると、どうしても早食いになっちゃう。俊恵ちゃんもそういう所はいやだって言う、だからなるべくゆっくりと時間をかけて、となると何がぎせいになるか。』
ぎせいってなんだろって思ってじしょを引いたら、何かをするためになくさなきゃいけないものって事らしい。そんな言葉、お母さんがよく見てる野球の試合での「ぎせいフライ」でしか知らなかった。
自分じゃないだれかが、ぼくの日記をかってに書いてる。
「ちょっと良晴、朝ごはん!」
でもそんな事を考えるひまもなく、お母さんはぼくをよび出す。
「よくかんでてえらいわね」
お母さんはそうほめてくれたけど、ごはんがあんまりおいしくない。
いったいだれがかってにそんな事をしたのか。と言うかできるのか。ちっちゃなこびとがあらわれてかってにやってくれたとかってお話をおぼえてるけど、だったらそのこびとさんってのはものすごく頭がいいって事になる。たぶん、ぼくよりも。
「ごちそうさまでした……」
「ねえどうしたの」
「いやあの……お父さんが好きかってにかけいぼってのをつけてたらお母さんはおこる?」
お母さんがかけいぼってのに何かをかいてるのはよく見てる。日記とはちがうんだろうけど、それでもまいにちコツコツと書いてるからとてもじゅうようなものなんだろう。そんなのにかってになんか書かれたらおこるのは当たり前のはずだ。
「そりゃおこるけど、ってあなた」
「わるいな、昨日勝手に買った缶コーヒーの代金を書き足しちまった」
「確かに支出と言えば支出ですけど、そういう事は事前に言ってください」
お父さんが頭をかいてはんせいしてるけど、たったそれだけのことでもけっこうもんだいになるらしい。
やっぱり、いけない事なんだ。
「それでお母さん」
「どうしたの良晴」
「日記を見てほしいんだけど」
「ご飯食べ終わったら見せてちょうだい」
ぼくはごはんを食べおわると、日記をお母さんにわたした。
「ちょっと良晴」
「ああごめんろうかを走っちゃった?」
少しだけうるさかったせいか、お母さんはふきげんだった。
それでどうおもうかききたかったけど、きゅうにお母さんの顔が青くなった。
「ちょっと、もう八時十分よ!」
「ああ学校行かなきゃ!」
そう言えばもう学校の時間だって気が付いたぼくはあわてて着替え、そしてはみがきをしてランドセルをせおってくつをはいてげんかんをとび出した。
で、うちの学校は土曜日にも半日じゅぎょうがある。
国語、社会、算数、理科。
なんて事のないいつものじゅぎょうだ。
でも今日は少しあせったんでつかれちゃって、いきなりつくえにべったりすることになった。
「どうしたんだヨッシー」
「いや、その。ちょっとね……」
「思いの丈を遠慮なく叫ぶべし、さすれば未来は明るし」
新太郎君は相変わらずだけど、それでもぼくだけなんとなく一人ぼっち。
いつものじゅぎょうを受けても、どうにもじゅぎょうのなかみも、四人のことも頭に入って来ない。
みんないつもなかよしなはずなのに、まったく知らないたいけんをしたって事だけでこんなふうになっちゃうんだろうか。
「ちょっと小堺」
「ああごめんなさい!」
そういうわけでそうやって注意された。たったの四時間で三回も。
「今日はどうもおかしいよ」
「そうだよヨッシー、何があったんだよ」
そんな訳だからじゅぎょうがおわってすぐかえろうと思った、って言うかすぐにでもお母さんの答えを聞きたかった。
「ねえみんな、ぼくここ何日かさ」
「何があったの」
「書いたつもりのない日記を書いてたんだ」
でもその前に、まず四人に話す事にした。
お友だちだから。何でも話せるはずだから。
「目の前の事象に集中し、後から思うと何をやっていたのかと気付く事は決して珍しくもない……」
「はあ?」
「ようするに日記を書くのに集中したあまり、あとから見るとなんだこれってなってたってこと?」
「同じ経験は誰にでもある……気にする事はない」
だれにでも同じことはある……そんなもんなんだろうか。ぼくはそんなにしゅうちゅう力ってのがある方じゃない。べんきょうでも、ゲームでも、二時間もすればあきちゃう。そんなぼくがここまで日記を書くのにしゅうちゅうできるだなんて、やっぱり信じられない。
って言うかなんで一日であんなに書けてたんだろう。朝読んだけど、日記ちょうが六月七日分だけで四ページぐらいうまっていた。一日一ページのはずの日記に、何を書こうとしてたんだろう。
「ただいま……」
「おかえり。この後はやっぱり4人で集まって遊ぶの」
「そのつもりだけど、その前に日記について教えてほしいんだけど」
新太郎君はあっさりとせつめいしてくれたけど、それでもぼくはお母さんのことばを聞きたかった。だからこうもんでおはなしをしたあとはまっすぐお家に帰り、日記のことを聞いてみた。
「相当にすごいのね、って言うか7日っていつまで起きてた?」
「えっと、8時半」
「じゃあ8日に書いたのかしら、って言うかこれかなり難しい漢字も使ってるけど」
「だからわかんないんだよね」
お母さんは日記のぶんしょうを指さしながら、じっくりと読んでくれた。
でもなんだか時々めんどうくさそうって言うかふくざつそうなかおをしてる。
「良晴、お母さんは良晴はウソつきだなんて思わないわ」
「だったら」
「でもお友だちはなんて言ってたの」
「新太郎君はしゅうちゅうするとそんな事ぐらいできるって」
「良晴にとって6月7日ってのは大事な日だったのかもしれないわね」
6月7日が大事な日?そりゃ大事な子もいるかもしれないけど、ぼくの誕生日は8月で、大木君は12月で、俊恵ちゃんは2月で、新太郎君とクッキーは4月だ。
ちなみにぼくのお父さんとお母さんの誕生日はどっちも9月だ。
「お父さんのお仕事知ってるでしょ」
「もちろん」
「6月は忙しいんだけどね、それでも結婚記念日ってのがあってそれはみんな違うの」
「お父さんとお母さんの!」
「いいや、私たちは7月。だって6月にたくさん出るからその後に少ないんだもん」
「…………」
6月7日の時間割は、算数、国語、図工、音楽、理科。特に何かがあった訳でもない。
一応明日テストだから家でべんきょうしてたけど、そんなのはみんな同じ。
「でもお母さんはえらいと思うわ」
「なんで?」
「だって大人になるとね、なんでもない一日が本当に嬉しくて大事だったってわかるの。この日記には、お友だちを大事に思う気持ちがよく出てる。良晴が本当に優しくていい子だってわかる文章で、すごく私たちを楽しませてくれる」
「そうなんだ……」
「だから、誰が書いたとかそんなのはどうでもいいの。これは良晴の日記だから!お母さんが認めるから!」
お母さんはぼくをだきしめてくれた。たしかにこんなにたくさん書けるんならものすごくカッコいいと思う。でもあくまでもぼくは書いたきおくがない。
「お父さんの事も思いっきりだいてあげて」
「わかったわ、お父さんなかなか遊べなくて大変みたいだけどね、今日は目一杯張り切っちゃおうかな」
お父さんは今日もけっこん式場でがんばってる。そんなお父さんがいるぼくは、たぶんすごくしあわせなんだろう。
ああ、お友だちがいるのもしあわせなんだろう。
「ちょっとおそいよ」
「諸事情があったやもしれぬ、むやみやたらに叱責することなかれ」
「まあよくわかんねえけど、ようするにちょっとぐらいゆるせってことだよな」
そういうわけで、いつもの五人で、いつものこうえんで集まる。
俊恵ちゃんも新太郎君も大木君もいつも通り、何にも変わってない。
「…………」
でも、どうにもこうにもクッキーはテンションが低い。ぼくとちがう意味で、あんまりあそびたくなさそうだ。
「クッキー」
「あのさ、今日は」
「なんだ、ダメなのか」
「いやそうじゃなくて、今日は外じゃなくて家の中で遊ぼうよ」
「おい……」
いや、そうじゃなかった。
せっかくのはれだけど、それでもクッキーは家の中であそびたいらしい。まあつゆだからあんまりはれはないから、それこそみんなお外であそびたいよね。
「大木君、ここはクッキーの願いを聞き入れるべし」
「私も賛成。たまにはそれもいいじゃない」
大木君はなんでってかおをしてるけど、ぼくらは一緒に遊びたいしクッキーの言う事も聞きたいから、クッキーの言う通りにした。
「母よ」
「あら新太郎のお友だちのみんな」
それで歩いているさいちゅうに大木君を納得させ、そのまま新太郎君のおうちに入ったぼくらは、さっそくゲーム機のコントローラーを握る事にした。
って言うかあらためて若くてきれいなお母さんだ。
「やっぱりスマブラか」
「新太郎って強そうだな」
「姉には敵わぬ、十度やれば六度負ける」
「それって互角に近いと思うけど、って言うか新太郎」
「これは四人分なのだ」
コントローラーは二つしかないけど、分ければ四人分になるらしい。実際には五人でもできるらしいけど、基本的にお姉さんと新太郎君の分しか要らないからしょうがないだろう。
そして当然のように新太郎君はコントローラーを握らず、そっとクッキーの手にコントローラーを乗せる。
「えっちょっと」
「計十回、二回ずつ抜けるという形でやるべし」
「あの僕」
一回の対戦時間は五分ぐらい、つまり一時間よりちょっと少ない時間だ。ちょうどいいかもしれない。
「でだ、誰使う?」
「お兄ちゃんはいっつもクッパ使ってはしゃいでるんだけど」
「じゃあ俺が使おうかな」
「ぼくはやっぱりマリオで」
「私はルキナで」
「…………」
みんな続々とキャラを決めたけど、クッキーだけは動かない。いきなり渡されて戸惑ってるのか、それとも単にスマブラを知らないだけなのかわからないけど、なんだか動きがおかしかった。
「クッ」
「ああごめん、いろいろい過ぎてわからなくって!」
「そういう時はランダムにするといい」
それでぼくがツッコもうとすると、いきなり目が覚めたかのように動き出した。それで新太郎君が言ったようにランダムにして(結果的にはピカチュウだった)バトルを始める事になったけど、やっぱり次々と落とされている。
「俺の父ちゃんも母ちゃんも家で遊ぶぐらいなら外で遊べってクチだけどさ、それにしてもお前下手じゃね?」
「何て言うか、本当にやった事ないの?そんな訳ないでしょ?」
「でも、最近はやってないから……」
ゲームってのは楽しい物じゃないんだろうか。それができないぐらい家の中が大変なんだろうか。だからこそ外に出て遊ぶのがいいはずなのにそれすらする気がないだなんて、本当につらそうだ。
で、第一回戦終了。結果は俊恵ちゃんの勝ちで浅野君が最下位。
「ああ……」
浅野君がめちゃくちゃにしょげている。実は最下位と言っても3位のぼくとそんなに差は大きくなかったのに、なんかここまで落ち込まなくてもいいんじゃないかってぐらい落ち込んでいる。
「次からハンデ付けるか?」
「いやいいよ、そんな大きな差じゃないし……」
大木君の言葉も聞き流し、次の抜け番を頼むよと言われて立ち上がったぼくにも何のリアクションもしない。手元を動かす事もしないで、ただぼーっとテレビを見ている。
「ク」
「えっ抜けるのヨッシーなの?」
「代わりにこの僕がお相手しよう…………使用キャラはメタナイトでな……」
で、今度は俊恵ちゃんが何か言おうとする前にクッキーがリアクションを取った。その流れに乗っかるように新太郎君が座り、ぼくが立ち見に回った。
まあ二回戦の結果はと言うと、新太郎君とクッキーのサドンデスになって新太郎君が勝った。あと一歩で勝てそうになったからかクッキーも機嫌がよくなり、その次も2位、四回戦は勝った。
「では次は抜け番と言う事で」
「わかったよ!」
すっかり陽気になったクッキーの顔を見ているとぼくも安心する。これから先もずっと五人仲良く遊べそうな気がした。
だけど6月12日、日曜日。
宿題をおわらせて、外であそびまわり……たいけど雨だった。
大木君と話を合わせたいからたまにはウィズレンジャーを見ようと思ったけど、今日はお休みだった。
「あーあ」
「わがまま言っちゃダメよ、お父さんのお休みってはっきりしないんだから」
「ちがうよ」
「ならいいんだけど」
そしてお父さんはぐっすり寝てた。昨日が大安のせいで、今日はもうつかれちゃってたんだろう。
そして明日はふつうにお仕事で、もっと長く帰って来ない。今度のお休みは木曜日。ああ土曜日もお休みだけど、たぶん金曜日が大安ってののせいで長いお仕事だから今日と同じ調子だと思う。そんな当たり前のことだった。
「もしもし」
そういうわけで朝ごはんを食べおわってはみがきして何もせず、お父さんのとなりでただぐったりしてたぼくに、いきなり電話の音が聞こえて来た。
「良晴、浅野君から電話よ」
「はい、もしもしぼくだけど……」
何だろうと思いながらぼーっと電話をとったぼくだけど、クッキーの言葉を聞くやびっくりして、それ本当って2回も聞き返した。
それでその言葉がまちがいじゃない事をかくにんしたぼくは、急いでカサをもってくつをはいてげんかんを飛び出した。
「どこ行くの」
「クッキーの家!」
「気を付けなさいよ」
お母さんに言われるまでもなく気を付けてるつもりだけど、それでも走らずにいられなかった。
何とかしなきゃいけない、ぼくだけじゃなくて大木君と俊恵ちゃんも多分来てるんだろう。
そしてもちろん、新太郎君も、由美子さんも!
できるかぎりの事は、してみせるつもりだ!
なんてったって、友だちだから!
だから、ぜったいにそししてやる!りこんだなんて!
クッキーと会えなくなるのは、ぜったいやだから!!
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