第497話(最終話) 自称「未来人」の彼女は

 私は、未来に戻るとすぐに、妊娠チェックのため、病院を訪れた。

 それは、微かな私の希望、雄介様とのお子が宿っていれば、私はこの失恋の痛手から、きっと解放される、そう思っていた。


 でも、結果は残念なものだった。

 この時代の妊娠検査は、絶対的な精度、たとえ行為の直後だったとしても、ここで妊娠していないと結果が出たのならば、100%可能性は無い。

 、、、たった一度の行為では、子供は授からないものなのね。


 私は自室に戻る。

 この時間軸では、ついさっきまで私はこの部屋にいたことになっている。

 でも、初めて雄介様と出会い、逃走し、戦い、冒険し、そして恋に落ちた。

 それが全て否定されたようで、私の喪失感は途方もないものになっていた。

 

 窓の外は雨が降り、まるで私の心を映した鏡のよう。

 頬を、涙が伝う。

 人を好きになることが、これほどまでに辛いことだったなんて。


 もう、恋なんてしない。


 私には、雄介様との思い出だけで十分。

 これほど人を好きになることなんて、もう有り得ない。


 エデンでは、現世よりも男女の交際が盛んに行われている。

 現世のように、遺伝子問題による男性統制がされていないから、恋愛に関してエデンはとても寛大だと聞く。

 私も一瞬、そちらの世界に移ることも頭を過った、見知らぬ男に抱かれて、雄介様の狂おしいほどの残り香を、上書きしてしまいたい、、、とさえ思えた。


 でも、私には出来ない。

 それは、雄介様を裏切ることになるのだから。

 

 、、、雄介様、、、会いたい。


 既に、帰還レポートもデータ提出済み。

 私は相変わらず、この種の仕事が早い。

 本当に嫌になる、こんなに辛いのに、仕事は出来てしまうのだから。


 時空間転移は、メンタルに負担が大きいと聞いていたけど、本当にその通りだと思う。

 キャサリンも、やはり色々あったと聞くし。


 、、、もう、時空間管理局を辞めよう。


 そうなんだ、この苦しさはどうにもならない。

 雄介様はGFご本人、この組織にいれば、いずれは会話をしなければならない。

 そしてGFの現在の奥様はGM、私なんて敵うはずがない。


 GF職員を退職して、旅にでも出ようかしら。


 、、、この前まで、私の旅には、雄介様が隣に居てくださった、、、

 そんな事を考えていたら、また涙が溢れくる。


 エラーサイトでの日々は、思えば楽しい事ばかり、皆さん、元気にされているかしら。

 そんな事を考えていた時、通信端末にGF本局から連絡が入った。


 出頭命令だ。


 やっぱり、その時は来てしまうのね。

 私は、GFと、、、、意識体となった雄介様と再会しなければならない。

 きっと辛い再会になるのだろう。


 でも、私は泣き顔を雄介様に見られたくない。

 だから、しっかりしなきゃ。



 

「美鈴玲子 中尉、入ります」


 私はGF本局の、以前指令を受領した、あの会議室に入った。

 その場には、何故か職員は一人もおらず、あの日と同じく巨大モニターにGFの文字だけが表記されていた。


≪、、、久しぶりだな、玲子君≫


 私は、その文面を見ただけで、それがGF本人、つまり100年後の雄介様だとすぐにわかった。

 「玲子君」、、、その言葉、文字であっても、なんだか嬉しい、目の前に雄介様がいる、もはや人間としてのお姿はされていなくても、このお方は雄介様なんだ。


「美鈴玲子、任務完了し、戻りました、、、、雄介さ、、」


 私は全てを言い切る前に、涙で言葉を詰まらせてしまった。

 毅然とした、しっかりした私を見せて、雄介様に安心してもらいたかったのに、、、私は、、私、、、雄介様。


≪君が去ってから100年間、長かった、辛い戦いも多い中、こうして再び会える日を、どれだけ待ちわびたことか、、、お帰り、玲子君、君の事を、愛している≫


「いけません、雄介様、、、いえ、GF、貴方様には、GMがおられます、私の事はどうか、お忘れください」


 本当は、そんな事、思っていないのに、わたしも愛していますと、伝えたいのに。

 でも、それはだめ。

 ここで、雄介様と決別して、私は旅に出るのだから。


「美鈴ー!、旅に出るのなら、私達も一緒じゃなきゃ、イヤだよ!」


 !、、、え?、、、SIZ?

 今、SIZの声がした、いや、まさか、これは再現?、雄介様の?、だとしたら、これは流石に悪趣味だわ、私にとってもSIZは親友、私だって、SIZの死をまだ受け止め切れていない。


「もう、相変わらず美鈴は堅いんだから!、私よ、シズよ、、、厳密には、、、リズなんだけど」


 リズ、、、たしか、GMの事よね、、、、え?、、、頭が付いてこない。


「、、、、美鈴、お帰りなさい、事情が複雑すぎて説明が難しいんだけど、私、こうして存在出来ているの、本物よ、シズよ」


 SIZがGM?、、、、って事は、雄介様の奥様って、、、、SIZ?、

 、、、ちょっと、、ちょっと、なに、それ、どういう事?

 やはり、雄介様は、あのSIZの部屋で洗脳されたって事?

 

「ちょっと美鈴、洗脳は酷いわ、色々あったのよ、私と雄介様にもね」


 ちょっと、貴方まで、、、雄介様って、、、なんだか少し、、、複雑で、気持ちに整理がつかないわ。


≪玲子君、実は君に提案がある、君がこれから旅に出るのなら、私も一緒に行ってもいいかい?≫


 いや、いいわけないじゃないですか、貴方に失恋した傷心旅行ですよ!

 なんで本人が付いてきちゃうんですか?聞いたことありませんよ、傷心旅行に本人が来ちゃうなんて!

 第一、雄介様は既に肉体をお持ちではないですし、120歳の生身では、さすがに旅は出来ませんって!。

 

 すると、何故か会議室には、陽気な音楽が流れ始め、その音は少しづつ大きくなっていった。

 なんなの?、ちょっと人をバカにしてやしませんか?

 私がそう思っていると、巨大モニターは中央から二つに割れ、中から男性が一人出て来た。

 え?、誰?


 そして、その男性は、少し頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに、私に近付いてきた、それも、中世ヨーロッパの貴族のようなキラキラ服装の東洋人、、、、。


「やあ、玲子君、、、、本当に久しぶりだな」


 え、、、、雄介様!、、、どうして?、

 まるで、さっきまでの、100年前のお姿と、全く同じ若さで!、、、


「ゥフフフッ、、、アハハハ!、、、もう、一体、なんですか、その格好は!(笑)」


「、、、、えー、いや、だって、君、こういうフリフリの付いた貴族っぽい服装が好きだって、、、俺に似合いそうだって、初めて会った日の、横須賀基地の夜に言ってくれたじゃないか!、、、似合わないか?これ、、、気合入れて何十年も練ってた感動の再会プランなんだが、、、」


 ああ、もう、久々に笑いました!

 もう、なんですか、雄介様!、、、、でも、嬉しい!、私の事、思い続けてくれたなんて、100年間も!

 私は、もう常識もなにも、関係なくなっていた。

 自分の「好き」を、誤魔化す事なんて出来ない、生身の雄介様がここに居る、もう、それだけで十分。

 そして、私は雄介様に抱き着いた。

 もう、離れたくない!。


「君を随分、待たせてしまった、100年も」


「あら、私は一昨日まで、雄介様の部屋にいたんですけど」


「そうだな、君は、さっきまで、俺といたんだな、、、長かったよ、100年は」


「でも、、、、どうされたんですか?、、、このお身体、、、第3次世界大戦で、ほとんど記録が消失したと聞いていましたが」


「だからさ、、、あの初日の夜、君にスキャンをお願いしただろ」


 私は色々と思い出してみた、、、、そう言えば、雄介様を全裸にして、体の隅々までスキャンしてくるよう、指令にあった、、あれって、、、、、これか!


 なんなの、もう!、恥ずかしかったんだから、、、


「隅々まで正確にスキャンしてくれたおかげで、完全な肉体を再構成出来たよ、こうして生身の身体で、再び君に会えた、、、隅々まで!」


 やめて!、そこは強調しないでください!、思い出しただけで、もうセクハラです!


「、、、、でも、雄介様には、、GMが」


≪大丈夫だ、私はGFとしてここに居る≫


 あら、、、GF?、何で?、え?、だって雄介様は、ここに居らっしゃるのに?


「安心して美鈴、貴方の事が好きな雄介様だけを分離して、肉体に入れたわ、アナタの目の前にいる雄介様は、アナタの事だけが好きな雄介様、GMを愛している雄介様は、ここに居るから(笑)」


 もう、、GMクラスの理論は、私には付いて行けないわ。

 ただ、一つだけ解ったこと、それは、今私の前にいる雄介様を、私は愛してもいいという事。

 それは、、、本当に素敵なこと!。


「玲子君、君が旅立つのなら、俺もどこまでも一緒に行く、、、これから死ぬまで、君と俺は一つだ」


「本当ですね?!、浮気は許しませんからね!、雄介様!」


≪リズ、これで良かったのかい?≫


「ええ、これで良かったのです、GFと私は、寿命の束縛の無い世界で、永遠に愛し合う事が出来る、でも、美鈴と雄介様には、いつか死が二人を別つ」


 そんなやり取りが、モニターに映し出されると、雄介様はモニターに向かってこう叫んだ。


「それでも、人間は決められた寿命を全うして、精一杯生きて行くんだ。GF、もう一人の俺、ここでお別れだ、リズと末永くお幸せに」


≪もう一人の俺、齋藤雄介、玲子君とお幸せに、、、≫


 雄介様は、もう精一杯の笑顔で私の手を取ると、突然ダンスを始めた。 

 いくらご機嫌だからって、GFとGMの前で、デタラメなダンスなんて、、、恥ずかしくて、、でも、、嬉しい!。

 私も思わず笑顔が零れる、そして、嬉し涙も同時に溢れて。

 まさか、こんなラストがあるなんて。

 人生って、何が起こるか解らないものだわ。

 

 こんなにも、幸福な時間が。

 


 私は、雄介様と生きて行く。

 与えられた、命の火が燃え尽きるまで。

 

 二人を引き裂くことが出来るものは、もう、何もないのだから。


 死が二人を、別つまで。


 そして



 私たちは、生きてゆく 


 




 ~ 終わり ~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自称「未来人」の彼女は、この時代を指して「戦前」と呼称した 独立国家の作り方 @wasoo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ