第387話 卒業式
遂に今日は卒業式だ。
なんかあっという間のような高校生活だったね。
ただ、ウチの高校は田舎な上に、進学率がほぼ100%という事もあって高校卒業なんて通過儀礼みたいな考えが強く、親が来たりとか、謝恩会があったりとかそういうのは無いんだよ。
ただ卒業式して、卒業証書受け取って、仲のいい友達と明日からの休みをどう過ごすか……とか話して、後輩にお別れしたりとか、する人はするみたいだよ。
まぁ、柚月みたいに後輩から人望のない人なんかは、まったく縁のない話だけどね。
「マイ~、聞こえてるんだよ~!」
当たり前でしょ? 聞こえるように言ってるんだからさ。
なんだその手は? 卒業式の日までパンツ没収されたいのか?
「覚えてろ~!」
あーあー、忘れちゃったよー。
なんか入学した頃は、あれしたいとか、これがやりたいとかあったけど、どこまで実現できたのか怪しいものだね。
そんな感傷に浸ろうとしていたところに、結衣がやって来て
「マイー。式の後、部に寄っていくんだろ? 何時からだったっけ?」
と訊いてきた。
そう、今日は燈梨たち現役生が、私らの送別会をしたいからって言われてたんだよ。恐らく、結衣は陸上部時代の娘達にも会いに行くから、時間の確認してるんだろう。
11時半までには来てねって言ってたよ。
◇◆◇◆◇
卒業式も終わって、遂にホームルームを残すばかりかぁ……。
クラスの他の娘や、他のクラスの友達なんかと話してから教室に戻ってくると、私の姿を見た柚月がこっちへと小走りでやって来た。
「マイ~聞いた聞いた~?」
なんだ柚月、妙にテンション高いな、今日はクスリやったばかりか?
「クスリなんてやってない~!」
ああ、そうかそうか、そういう事にしておいてやろう……って、なんだよ? 妙に顔を近づけてきやがって。
私は燈梨とは頬をスリスリするけど、アンタとなんかしないんだからね! なに? 来年度から自動車部が体育会御三家入りするって?
体育会御三家って野球部とサッカー部と、あとはバスケ部とバレー部とスキー部がその年によって入れ替わってる部活動の殿堂でしょ?
なんで去年の今頃は部員ゼロで廃部カウントダウンだった愛好会の成り上がりの部が、そんな短期間で御三家入りできるんだよ?
「それは~部員数と~大会の結果、それに~これに載ったからじゃね?」
柚月が出してくれたのは、教育者向けの雑誌のようなものだった。
そこには、自動車部の活動について取り上げて、交通安全指導への取り組みと並行しての車両整備、更には競技での好成績までに繋げる凄く体の痒くなるような記事が載っていたよ。
「それと~耐久レースの時に~雑誌に載ってから、結構問い合わせがあるのも~あるみたいだよ~」
そうそう、耐久レースの時、雑誌取材受けたんだよね。
それが記事になって、高校生の自動車部でここまで本格的に活動している部は珍しくて、しかも、それが女子だけの部だっていう事で、更に注目されたみたいなんだよね。
まぁ、私も推薦入学の時の面接で、高校生活で頑張った事として、部の再生の事を話して合格を勝ち取ったくらいだからね。
でもって、そもそも自動車部って、私がR32に乗ってるところを水野に目を付けられたから始まったんだよね。
だから、私がもし違う車に乗ってたら、こんな1年間にはなってなかったんだよね。
そう考えると、凄く腹立たしい車だよね。あんなのと1年間も繋がりを持たなきゃならなくなったんだからさ。
あ、そんな事言ってたらホームルームだ。
◇◆◇◆◇
なんで優子はホームルームで泣くんだろうね?
そんなに高校生でいたいんだったら、学校適当にサボってダブれば良いんじゃね?……って、痛っ!
「マイはどうして、そういう心のない人みたいなこと言うのよっ」
優子が何でもかんでも感傷的になりすぎるんだよ!
私だって、さっきあやかんと話した時は涙しちゃったよ。あやかんは来週には千葉に引っ越しちゃうから、さすがにそうそう会えなくなるしね。
でもって優子はあやかんと話しても涙ひとつ見せなかったくせに、誰も泣いてないホームルームで泣くから、おかしいって言ってるんだよ!
「まーまー、2人ともやめろって!」
悠梨に止められながら部室へと向かった。
途中で合流した柚月と結衣も合わせて全員で部室に入ると
“パンパンパンパンッ”
とクラッカーの音と共に
「おめでとうございまーす!」
とみんなの声がして、燈梨を先頭に現役部員が勢揃いして迎えてくれた。
「創部メンバーの3年生の卒業をお祝いして、ささやかながらパーティをしたいと思いますっ! 皆さん、本当にお疲れ様です!」
燈梨が挨拶してくれた。
そうだ、燈梨と会ったのも部の用事の帰りで、あの時も私の車で行ったんだよなぁ……そう考えると、何のかんの言って今のメンバーとは、大元を辿るとあのR32で繋がってるようなものなんだよね……。
そう考えると不思議な縁だなぁ……。
ケーキの他にピザやオードブル、お寿司なんかも用意されていたので、色々つまみながら現役生のみんなと話したんだけど、やっぱり話の中心になったのは、体育会御三家の話なんだよね。
アマゾンなんかは、物凄く興奮気味に話していて、やっぱり凄いことになっちゃったんだなぁ……って実感は湧いてきたよね。
最初は、ただガタガタになった部品取り車のタイプMを意味も分からず直してるだけの活動だったんだけどなぁ……。
最後には、みんなから花束貰って、さすがに涙は流さなかったけど、感極まっちゃたよね。
大学生になると、今までみたいにしょっちゅう顔出すことはできなくなるけど、やっぱり気になるから、たまには見に来るね……って言って部を後にしたんだ。
さすがウチの部は、元格闘系の娘が殆どだし、燈梨も結構辛い目に遭ってきてるから、涙を流す娘はいなかったけど、逆にその方が私らも変に気を遣わなくて良かったよね。
それじゃぁ、そろそろ帰ろうか?
駐車場に行くと、現役生たちが先回りして待っていた上、水野までいたんだよ。
「諸君、本当におめでとう! 諸君にはとても感謝している。廃部確定だった愛好会をここまでにしてくれて!」
と言うと、私の手を握って
「私は、この1年間の事を生涯忘れないぞ! これからも頑張ってくれたまえ!」
と言って、涙を流していた。
いつも感情の欠片もなく、一本調子で喋っている水野が、泣くなんて思いもしていなかったので、私は驚いてしまったが、不思議ともらい泣きはしなかった。
現役生たちに見送られながら私を先頭に車に乗って出発した。
帰り道でどこかに寄っていこうかと思ったんだけど、同じことを考えている卒業生たちに先を越されていてどこも混んでいるため、イアンモールまで行って、私と柚月のバイト先の店でみんなでお茶する事にした。
結局他愛のない話をして、そのままお開きとなって家に帰った。
まぁ、全員同じ大学に行くから、特に会えなくなるわけでもないからね。
家に帰ってもまだ明るい時間だったので、洗車をしてから車を納屋に仕舞った。
最初は、この中で真っ白になっていたこの車も、あの頃とは全く違った姿になったし、こうなるとは去年の私だったら思ってもなかっただろうね。
そう考えると、とても不思議な感じだ。
あれから季節が一巡した今、私の中でのこの車の立ち位置は変わってるのかもしれない……なーんていうのは、よくある三流ドラマの展開だよね。
ちなみに、確かに冒頭の一文は私も同じだよ。不思議な感じだよ。
でも、私は今でもこんな31年前のボロくて狭苦しいクーペなんか、いつでも捨ててやるつもりなんだからね!
私が家の中に戻ると、芙美香が私を見て言った。
「舞華、明日から休みだからって言って、午後まで寝てたりしたら叩き起こしますからね。それから、この休みっていうのは大学生に向けての準備をする期間で……」
あぁ……どうしてこの芙美香は、こういう日までガミガミうるさいんだろうね。こういうところが、子供から嫌われてるんだって事になんで気がつかないのかね?
「……それから、車は使うんですから、綺麗に使いなさいよ!」
えっ!? なんて言ったの?
「だから、アンタの車はまだもちそうだから、来年も車検を通すって言ったの! だからって、わざと壊したりしたら承知しませんからねっ!」
ええ~っ!! 2年乗ったから、来年キックスかRAV4買ってくれるんじゃないの~?
「そんな話、誰がしたの? 来年はお父さんの車が25万キロ迎えるから買い替えるの。そんなお金はありません!」
なんでだよ! ウチにお金がないのは、お母さんがお父さんの車を何台も壊したからだろ!……って痛っ!
くそぅ、芙美香の奴め! 図星突かれたからってまた叩きやがって!
今度叩いたら、いつかの柚月みたいに手巻き寿司にして納屋の地下にでも閉じ込めてやろう。
そして、ボーっと部屋を眺めていて壁にかけられた制服に目が留まって思い出した。
そうだ、大学生になるから少し、学校に行くような服を持ってないとダメだよね……明日、みんなを誘って……って、柚月からLINEだ。タイミングいいや。
なになに……『明日、悠梨の車のインタークーラーのパイプ交換やるから集合ね~』だってぇ!
なんであいつらまで揃ってスカイラインに毒されてるんだよぉ……。
私みたいに真人間になれよぉ……。
【 完 】
──────────────────────────────────────
■あとがき■
長らくのご愛読、ありがとうございました。
卒業をもちまして連載は一旦終了とさせて頂きます。
彼女たちの今後は、もう1つの連載小説「女子高生が『車部中』になっていく話」にて今後触れていく予定です。
今後、この作品に関して反響が大きい場合は、続編等時間をおいて考えたいと思います。
また、お会いできる日を楽しみにしております。
女子高生が、納屋から発掘したR32に乗る話 SLX-爺 @slx-g
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