第33話 連行
王宮の会議室に主要人が集う。王や官吏、聖職者などが顔を揃えるのは『聖剣』の時以来だった。王立司書長が『終末の章』を読み上げると、室内は重い沈黙が訪れた。
「光が失われ……か。聖剣が封印された時から『終わり』は始まっていたということか……」
国にとっての一大事は滅びの序章に過ぎなかったのだ。だが、今は奇跡的に聖剣はその輝きを取り戻している。
「ケイス、赤竜と相対してみてどうであった?」
「簡潔に申し上げるなら、聖剣では赤竜に歯が立ちません」
「なっ!せっかく取り戻したデュランダルだぞ!それでもダメだというのか?」
ケイスは数時間前の戦闘の詳細を話す。聖剣の一撃でも赤竜の鱗は傷付ける事は出来なかった。
「秘石師が申すには、聖剣は魔王を倒すための剣です。魔族に対しては有効でも滅びの赤竜は別なのでしょう」
皆の表情は暗く沈んだ。何とか赤竜を退けたが、再び襲撃されたら討ち倒せない。
「赤竜の襲来……。これは外伝に記された『災厄』を示している」
「災厄……?」
「聖なる石が乱れし時、改悪を推し進めし者が、災厄を引き寄せる。……そう聖典に記されているのだ」
聖典とは神の教えをまとめたものだ。聖職者とはそれを民に説き導く役目を持っている。その『外伝』があると大司教は公言したが、これに対して司書長・エリーゼが即座に反論した。
「お待ちください!聖典にそのような記述は一つもごさいません」
「『原本』にはそう書かれておる。それとも司書長は原本を読んだことがあるのかな?」
エリーゼは何も言い返せなくなり、苦い顔をする。席に座りながら夫であるジュリアス王に視線を送り、首を横に振った。
博覧強記のエリーゼが否定しているのだから、大司教の言っていることは『虚言』だろう。だが、証明する方法もない。
『原本』とは聖典のオリジナルのことである。大司教しか閲覧を許されない禁書で、30年以上その任に就いてきたマクティアノス以外に目を通した者はいないし、前の大司教はすでに亡くなっている。嘘を見破る材料がないのだ。
議会が滞っていると、ドアが勢いよく開いた。後ろから付いてきたオリビアとモニカが止めるのも聞かず、直人が押し入ってくる。
「王様、秘石師として申し上げたい事がございます」
いつになく堂々した直人の態度に国王だけでなく、全員が彼に注目する。
「以前にも申し上げましたが、旧魔王城には魔王とその配下の秘石が存在しました。
魔王にも秘石があるのなら、あの赤竜の秘石も必ずあるはずです!恐らく、竜の巣と呼ばれる場所に!そこへ赴き赤竜の秘石を書き換えてしまえば!『終末』は止められるかもしれません!」
旧魔王城に赴いたモニカ達には、直人の話は現実味がある。ジュリアスも魔王の秘石の事は後に直人から聞いていたし、アリアスに裏付けも取っていた。だが、他の官吏や魔術師、聖職者からすれば突飛な話だった。
「嘘つきが大口を叩くなよ!」
予想通り大司教が秘石師に噛み付く。
「秘石を書き換えるなどと不敬な者め。お主のその冒涜こそがこの事態を招いたのではないのかぁっ!」
「俺はプログラムっ……いえ、秘石を直していただけです。それと滅びの赤竜とはなんの関係もないでしょう!」
「この世の絶対的な理におぬしは唾をつけたのだっ!その天罰があの赤竜なのだろう!」
「違います!あの赤竜や終末も!その絶対的な理の一部ですよ!」
「それこそ根拠がないではないか!」
「魔王の秘石を鑑みてください!容易に想像がつくでしょう!全ては神様が仕組んだことです!」
「いい加減にしろ!議論を乱した上に神への侮辱であるぞ!」
「世界を滅ぼす事まで織り込んである天理に従うつもりですか!人々の未来を願わない神なんてクソ食らえだっ!」
全員の顔が陰り、モニカ達も青ざめた顔をする。
「ついに本性を現したなっ!この者こそ『災厄』を呼ぶ改悪者だっ!この男を捕らえろっ!」
大司教の呼び掛けに直人とモニカは護衛官に捕らえられる。
「王様!ナオトの意見には根拠があります!魔王に秘石があったことは聖剣復活の際に、わたくしやケイスも確認しています!赤竜を倒せないなら、その根本を断ってしまったほうが現実的ではないですか?」
リナが立ち上がって直人の助言をする。ケイスも拳を握り状況を見守った。
「やはり、愚か者は愚かなままであるな……」
大司教の揶揄にリナは眉をつり上げて彼を睨んだ。
「それはわたくしの事ですか!」
「秘石を冒涜した者同士で慰めいっているのか?」
「……そんな!違います!」
「やめよっ!」
国王ジュリアスが場を収める。深く息を吐いて秘石師を追い出す。
「秘石師を連れていけ……。彼の言葉が本当かどうか審問する……」
「待ってください!王……」
「連れていけっ!」
ケイスとリナが王の下知を覆そうとしたが、ジュリアスは強く諌めた。本当なら直人を連れて行かせたくないが、神を冒涜した彼を簡単に無罪放免にはできない。
もっと早く口論を止めたかったが、口を挟む隙がなかった。リナとケイスは黙って二人が連行されるのを見ていた。
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