第45話 嵐
王宮の広間には避難民が身を寄せ合っていた。建物の強度に不安がある国民を受け入れ、一時的に宮殿に住まわせている。その他の住民も不要不急の外出は控えて、家で待機するように触れを出していた。
ジュリアスは執務室で嵐による水害や被害の予想図を熟慮して、その対策を練っていた。
書面と向き合っていると、何の断りもなくドアが開いた。王の執務室に名乗りもせずに入ってきた不届き者を振り返ったが、相手を見てジュリアスは微笑んだ。
そこにいたのは男の子だった。今王宮に避難してきている住民の子供だろう。ジュリアスは立ち上がって小さな訪問者を迎え入れる。
「迷ったのか?」
「うん……」
「そうか、後で広間に案内しよう。親が心配しておるだろう」
ジュリアスは少年を抱き上げ、窓の側まで歩いていく。外は大粒の雨が窓を叩いていた。強風で窓枠がガタガタと揺れているが、建物自体に強固の魔術がかかっているため、突き破られる心配はない。
「雨はいつやむの…?」
「いつだろうな?余にも分からん」
すでに6日も嵐が続いている。これも『終末の章』に記されていた事だ。先手を打って嵐への対策や食料の確保、住民の移動を行っておいて正解だった。まだ、被害が出たという報告はないし、魔獣の影はないが余談を許さない状況だ。
「そなたは己の『神託』を両親から聞いておるか?」
ジュリアスは腕に抱えた6歳くらいの男の子に訊ねる。子供はキラキラした目をジュリアスに向けた。
「うん!きいたよ!『絵し』に『細工し』に『風土し』!」
「そうか、そなたは何になりたいのだ?」
「うーん、まだ迷ってるんだ!何がいいかな~」
「できれば、風土師になって余に外の世界の話を聞かせてくれぬか?余はここから出られないからな……」
ジュリアスは暗く荒れた外の景色を見る。子供の頃から風土記の中の世界を思い描いてきた。氷と雪の大地、密林に棲む色鮮やかな動物達、天まで伸びる大樹、花で覆われた街、地の果てまで続く迷宮。すべてそこに実在するのに、ジュリアスにとっては遠い世界なのだ。
「うん!いいよ!ぼく大きくなったらお兄ちゃんに世界の話をいっぱい聞かせてあげる!」
「楽しみにしているぞ……」
ジュリアスは彼の頭を撫でていると、アリアスが訪ねてきた。護衛官に子供を預けて、アリアスが部屋に入ってくる。
「あの子の未来を決めてしまっていいのですか?」
「強制した訳ではない。それに、風土師には後継者がいかなったから、良いではないか」
ジュリアスは風土師に未練はあるが、王になったことに後悔はない。だから、他の者に己の夢を託したかった。
「ナオト達はどうなのだ?」
「今、まさに赤竜と戦い、秘石を改変しています。距離があり過ぎるからなのか、断片的にしか見えませんが……」
「そうか……」
あの子が大人になって、旅ができる世界にきっとナオト達がしてくれる。薄闇の向こうにいる彼らの健闘をジュリアス達は静かに祈った。
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