第39話 お風呂 下
浴室から逃げ出した直人は用意されていたガウンに着替えて、使用人に案内された部屋に通される。天蓋付きのベッドに、机と化粧台。クローゼットの服を見て客室じゃないと理解した時、リナが部屋に入ってきた。やはり、彼女の自室らしくベッドで隣に寝るよう促してきた。
添い寝ですか?逆に寝れんのですが!
なし崩しでベッドに入る直人とリナ。さっき風呂場で爆睡していたから、しばらく睡魔はやってこない。寝た振りをしていると、リナが話しかけてくる。
「ナオト、一つ聞いてもいいかしら……」
リナの声に瞑っていた目を開けて彼女の方を見る。リナも体を横にして直人に近付いた。
「あなたはどうして、いつも自分を低く見ているのですか?」
「えっ?」
「元の世界であなたがどんな立場だったのかは分かりませんが、あなたの能力は『優秀』の部類に入るはずです。なのに、自信も誇りもないのは何故ですか?」
薄暗い部屋の中でリナの顔の輪郭がぼんやりと見える。綺麗な瞳だけがまっすぐ自分を見ていた。
「何でですかね?前はそこまでじゃなかったんですけど……。やっぱり会社に勤めていた時に心が折れてしまったんですかね?」
「ゲーム会社という所かしら?」
「ええ、好きで入ったし、やる気があった時は長時間労働なんて苦にならなかった。でも、嫌な上司の元に配属されてからは出社するのが嫌になりました。
毎日怒鳴られて、一つミスするとネチネチ嫌みを言われて……。分からない事を先輩に聞いてもまともに教えてもらえなくて、またミスをする。
その繰り返しに耐えられず、病気になる寸前までいきましたよ」
胃に違和感を感じて病院に行くと、穴が空く一歩手前だったそうだ。精神的なストレスも重なって直人は自主退職を決めた。
退社をする時、周りの者達が憐れむ目で自分を見てきた。パワハラ上司といい加減な先輩の被害者になったのは自分だけではなかったらしい。それを見て見ぬ振りをする他の社員にも、嫌悪感を抱いた。
「本当に身も心もボロボロで、人と関わるのが怖くなって……。最低限のやり取りだけで済む仕事をしてました。人を信頼なんてできないし、自信はもっとなくなってしまいました……」
か細い直人の声をリナは聞き漏らさないように静かに聞いていた。だが、直人の話が終わった途端、怒りが押さえられずリナは直人の上へ馬乗りになる。
「どこの誰ですの!」
「へっ?」
急に被さってきたリナに驚き、反応が遅れる。リナはもう一度怒鳴りながら問い詰める。
「あなたにそんな仕打ちをしたのはどこの誰ですの!わたくしが懲らしめてあげます!」
「いやいや、異世界の人ですし、正直俺も顔や名前も思い出したくないですし……」
リナは憤ったように顔を歪める。リナの恐ろしい形相に直人はたじろいだ。
「あの……リナさん?」
「オリビアから聞いたのでしょう。聖剣の秘石の事を……」
「えっ?」
リナはオリビアを問い詰めて、会話の内容を聞き出していた。けれど、今までその事については触れずにきたのは、やはり恥を晒したくなかったからだ。
「わたくしは、最善の策を考えて実行しました。でも、聖剣は戻らず、汚名だけが残って、周りからは愚かな女だと言われて、ずっと……、ずっと、苦しかった……」
リナの瞳からぽろぽろ涙が溢れる。気丈に振る舞ってはいるが、まだ15歳の女の子なのだ。
「でも、あなただけは、わたくしの行動を褒めてくれた!認めてくれた!正しい判断だと!言ってくた!」
「もしかして、聞いていたんですか?秘石室での会話を……」
涙を拭きながらこくりと頷くリナ。溢れた感情を押さえて続ける。
「あなたは、いつも、可能性を探していました。常に考えて何度も試して……。そんなナオトをわたくしは、尊敬しているんです。この指輪を贈ったのだって……あなたを認めているからです」
リナは直人の胸元を触り自分が送った指輪を握る。
「そんなあなたを『否定』する者がいるのなら!わたくしが許しません!それが『ナオト自身』であってもです!」
リナは叫びながら大泣きしていた。子供のように泣く彼女の涙が直人にも伝染する。
「そうですね。俺、同じような事をモニカやケイスにも言われました。本当に自分の卑屈さが嫌になります」
「また!そうやって!」
「ああ、ごめんなさい!もう言いません!言わないから……」
直人は上体を起こしてリナを抱きしめる。頭を撫でて彼女を落ち着かせた。
そうだ。もう自己否定するのはやめよう。そうじゃなければ、自分を認めてくれている人に失礼じゃないか。
何度も言われた。
感謝され、称賛され、認められて、ようやく直人も『自信』が持てた。それがとても温かく誇らしい。
リナが落ち着くまで背中を擦っていたが、今の状態を客観的に考えて、逆に直人の方が落ち着かなかった。ベッドの上で抱き合っている自分達。リナの胸が密着してるし、髪の毛もいい匂いだった。
これは、押し倒した方がいいのか?そんな!女性の弱味につけ込むような
結局なんのアクションも起こせずになんとか眠りについた二人。ヘタれと言われても仕方ない。
次の日、朝食を食べながら直人は一つの提案をリナに持ちかける。
「そうだ。リナさんにお願いがあるんです」
「なんですの?」
「型破りなリナさんにしか、頼めない事です」
直人は『ある魔術』を行使することを考えていた。それは飛竜戦の要になる『最強最悪』の技だった。
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