地下草原の夜

 ひらめいた細剣レイピア小鬼ゴブリンの脳天を一息いっそくに貫く。

 放たれた回し蹴りは枯青狼デミフェンリルの顎を粉砕する。

 そして茂みの奥でこちらの隙をうかがっていた大蛇サーペントへは氷の矢が飛来し、的確に首を切断する。


 小鬼ゴブリン三匹、枯青狼デミフェンリル二頭、そして大蛇サーペント一匹——計六体の魔物は、あっという間に駆逐された。


「さすがに相手にならないな」

 感嘆の台詞とともに、レリックは苦笑した。


「残心しろ!」

 隣のツバキはそれでも厳しい顔で、戦いを終えた三人に注意を促す。


「迷宮で最も危ないのは獲物を仕留めた直後だ。たとえ相手が雑魚であろうと気を抜くな。むしろ上層のうちから癖を付けておけ」


「了解だ」

「はいっ!」

「……はい」


 ルルリラが、ラタ・ティが、ソフィアが——三者三様で返事をする。ツバキの指示へ素直に従い、視線と気配は警戒を緩めない。


 パーティー『野薔薇ムルティフローラ』の初探索は、順調すぎて拍子抜けするほどに順調だった。


 上層上辺、魔物もさほど強くなく、駆け出しニュービーが修練を積むのにうってつけの場所である。だがそれでも魔物との戦闘だけを見れば、彼女たちの動きは熟練のそれだ。


 個々人の実力もさることながら、みな気質が真っ直ぐなのがいい。レリックやツバキの助言に反抗することはなく、疑問があれば遠慮なく尋いてくる。そして何故そうなのかを理解すればすぐさま受け入れる。


 ルルリラの剣筋は王宮騎士から習ったそうで、魔物を相手にするにはやや綺麗すぎる。が、指摘をすれば動きの修正に積極的で、見かけの印象よりも遥かに柔軟な精神性を持っていた。


 ラタ・ティは王都の近くにある迷宮ダンジョンで活動していたことがあるらしい。しかしその経験を鼻にかけることなく『外套への奈落ニアアビス』の流儀を学ぼうと貪欲だ。


 ソフィアは状況を見て的確に魔術を行使する冷静さがある。一歩引いた状態から戦況を眺め、ふたりの援護をきっちりこなしつつも先ほどのように必要とあれば攻撃に躊躇がない。


 三人が三人とも優れた才と実力を持ち、しかもそれにおごらず真摯に学ぶ姿勢がある。我を張りすぎず、互いをおもんばかりながら戦えてもいる。

 教導する側としてこれ以上ないほどにやりやすく、また心地よい生徒だった。


 周囲に魔物の気配がないことを確認して残心を解くと、今の戦いについての反省会を始める彼女たち。

 それを眺めながら、ツバキが薄く笑んでいる。


 かつて彼女もこうして、師であるキースバレイドに教わっていたのだ。

 初々しい三人の姿を見て思うところがあるのだろう。


「さて、じゃあ素材の剥ぎ取りだ」


 陣形が的確であったかという議論がひと段落つくのを見計らい、レリックは三人に声をかけた。


小鬼ゴブリンの角や大蛇サーペントの牙は手早く。枯青狼デミフェンリルは毛皮を剥いでみようか」


「ええ……狼もさばくの?」

 死骸を一瞥し、顔をしかめるラタ・ティ。


「手間ばっかりで割に合わないんじゃない?」

「ああ、それはその通りだ。特にきみたちみたいな少人数パーティーでは、かかる時間や増える荷物、保存手段なんかも含めるとかえって損になる。持ち帰る素材は、手早く採取でき、かつ嵩張らないものを厳選するのがこつだ。だから狼の毛皮なんて、本来なら捨て置くのが常道セオリーだろう」


「だったら今回も放置して構わないのではないか?」

 ルルリラも乗り気ではなさそうだ。無理もない。獣の腹を割き生皮を剥ぐのは精神的にきついだろう。特に、いい育ちをしたお嬢さん方にとっては。


 けれど、の指示である。


 レリックは短刀を頭の中ストレージから取り出し、フローに手渡す。

 フローは無言で枯青狼デミフェンリルの死骸たち、そのうちのひとつへ歩いていくと——しゃがみ込み、腹を上に転がし、その短刀で躊躇なく腹部の皮を裂いた。


 物静かで荒事とは無縁そうなフローが手慣れた調子で解体作業を進める光景に、三人が息を呑む。


「……深く潜れば潜るほど、こうした技術は冒険者を生かす」


 レリックは彼女たちの顔を順番に見詰めながら言った。


「下層や深層で泊まり作業になった時。なんらかの理由で糧食が尽きた時。やむなく魔物の肉を現地調達しなければならない時。もしくは、手間を鑑みてもなお解体する価値のある魔物を倒した時。いざという時のためにも、今のうちに経験して慣れておくといい。それとまあ……今回は僕の『収納』があるからね。毛皮は荷物にならない」


 三人は黙りこくる。

 ややあって進み出てきたのは——意外と言うべきか——ソフィアだった。


「私、やります」

 唇を引き結び、意を決した様子でレリックの前に立つ。


「よし、じゃあ教えるから一緒にやろう」


 弾かれたように、恥じ入るように、残りのふたりも声をあげた。

「ぼ……ボクもやる!」

「私もだ。血に汚れるのを恐れて仲間に任せるなど、あってはならん」


「お前たち、やる気になるのはいいが、三人ともが背を丸めてどうする! こういう時は、ひとり必ず哨戒にあたるものだぞ」

「は、はい! すみませんっ!」

「まあ今回はよしとしよう。われが見ているから、レリックたちにきっちり教わってこい」


 ツバキが苦笑するのに肩を竦めて返し、レリックは枯青狼デミフェンリルの死骸を前に講義を始める。すでに作業を進めているフローを手本に、彼女たちはおっかなびっくりしながら——不器用な手付きでありながら——それでも奪った生命を次に繋げるために必要な汚れ仕事を、きっちりとやってのけた。



 ※※※



 魔物と戦い、また草木や鉱石の採取も行い、更にはあちこちを歩き回り、冒険者らしいことをひと通りこなした後、仕上げとしてひと晩の野営をすることになった。


 上層においての野営は屋外のそれとさほど変わらない。天幕を張って焚き火を囲み、夜警を持ち回りで眠る。面倒さで言うのならば実は中層や下層の方が寝るには楽で、そもそもが日帰りできる場所ということもあり、上層で一夜を明かそうとする冒険者は少ない。


 だけどだからこそ静かで、入門体験としてはうってつけだ。


 地上から持ち込んだ食材を鍋で煮たものが夕食の主菜となった。昼間に狩った長牙猪ホーンドボアの肉は炙られ、皆を笑顔にさせた。屋台の串焼きと同じ肉なのにずっと美味しい、とはラタ・ティの弁。地上で購入した携帯糧食の試食にルルリラが難しい顔をする。祖父から聞いていたのか、蜂蜜をかけるとぐっと食べやすくなりますよ、とソフィアが助言する。


 レリックたちは邪魔をしないように少し離れた場所から彼女たちを見ていた。和気藹々あいあいと楽しそうな様子に教導役としては安堵する。彼女たちはきっと上手くやっていけるだろう——こんなふうに三人揃って笑い合えている限りは。


 やがて食事を終えると、就寝に入る。夜警は六人でひとりずつの持ち回り。とはいえ上層の魔物は火を恐れるので焚火さえ絶やさなければそこまで気を張る必要もない。最初の当番となったレリックは、ひとりたきぎをくべながら、迷宮の天井をぼんやりと見上げた。


 そこには星のない夜がある。


外套への奈落ニアアビス』上層——『地下草原』は、文字通り地下にありながら、明るい空の広がる広野である。そして空には地上の時刻とほぼ同じ周期で昼夜がある。地上と違うのは、そこに天体がないということ。


 昼間の青空に太陽は輝かない。夜闇の暗がりに星と月は顔を見せない。精巧な作り物のようでありながら大切なものが欠けた風景は、落ち着かなさと不気味さを人に与える。迷宮ができてから幾年月——天蓋に都市ができることがあっても中に街を作ろうという輩が未だにいないのは、きっとそういうところが理由なのだろう。


「……キッフスたちみたいに気にしない奴らもいるけど」


 今もおそらく中層で寝泊まりしている同僚のことをひとりごちたのは、彼らのことを思い出したからか。


 或いは——、


「キッフスさま……私が中層で出会った時にいらっしゃった方ですね」

「ああ、そうだ」


 背後から近付いてきていた人影の正体が、誰何するまでもなくわかってしまったが故か。


「きみの当番はまだ先だよ、ソフィア嬢」

「わかっています」


 振り返らずに言うと、その人影は薄く微笑んだ。


 ゆっくりと歩いてきて、レリックの前まで回り込むと、焚火を挟んで向かい側に腰掛けた。


「……平然となさっているのですね」

「そうでもない。こう見えて、少し緊張している」


 古風なとんがり帽子を目深に、長衣ローブをきっちりと。伝統的すぎて今やほとんどの者が着なくなった、魔女めいた風情ふぜいの『魔道士』の装束。

 帽子のつばから覗く瞳はどこか蠱惑的で、潤んだ果実を連想させる。


 明確な敵意はない。あからさまな殺意も見えない。だが一方で、——怯えているようでもあるし挑発してきているようでもある。まるで、おっかなびっくりと火遊びをする子供のような、そんな気配。


「きみとは、しっかり話をしておかなければと思っていた」


 だからレリックは彼女の核心を知るため、ソフィアへ語りかける。

 単純明快に真正面から、尋こうと思った。


「もうひと月になるか」

「ええ、そうですね。正確には四十一日になります」


 場所は、中層。

 居合わせたのは、レリックとフローの『空亡そらなき』組、それからキッフスとネシアシリィの『阿頼耶アラヤ』組。


 相対したのは『大魔導』、アンデンサス=スフィアシーカー。

 そして彼に心を封じ込められ、魔力貯蔵庫として扱われていたその孫娘——。


 ソフィア=スフィアシーカーは、レリックと同様に。

 世間話を挟まず、真正面から切り出した。


「あなたが私のお祖父じいさまを殺してから、四十一日めになります」


 その声音からは相変わらず、彼女の感情を推し量れない。

 レリックは無言で続きを待つ。


 彼女の潤んだ瞳から、目を逸らさないままに。





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 期間がめちゃくちゃ空いてしまいたいへんすみません。

 最新話を投稿します!


 現在、諸事情から新作を投稿しておりまして、今はそちらにかかりきりになっております。

『母をたずねて、異世界に。』というタイトルのホームドラマです。

 こちらとはジャンルが違ってノリもけっこう明るく気軽な感じなので、本作を好きでいてくださる方の趣味に合うかはわからないのですが、もしよろしければ読んでみてください。

(本作トップから作者名をクリックorタップ→作品一覧から飛べます)


 こちらの更新はまた少し期間が空いてしまうかとは思うのですが、書くのをやめたりはしないのでどうか気長にお待ちくだされば嬉しいです。


 少年画報社さんのコミカライズは現在3巻まで出ておりますので、そちらもよろしくお願いします!

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レリック/アンダーグラウンド 〜最強の”失せ物探し”パーティー、ダンジョンの罪を裁く〜 藤原祐 @fujiwarayu

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