道の辺に咲く

 噂話が好きなやからというのはどんな界隈にも一定数いるもので、冒険者においてもそれは例外ではない。


 英傑の系譜に連なる者たちがギルドへ登録したことは、あっという間に彼らの間へと広まった。


 ヘヴンデリート最新の伝説たる『第七天アラボト』のことは五十年前の出来事といえども今なおすべての冒険者たちにとって憧れの対象であるし、『神殿の聖女』が細剣レイピアを携えた女騎士というのも新鮮さと物珍しさがある。


 もちろん街にいる冒険者たちすべてが色めきたつことはないにせよ、その将来性に投資しようとする者、今のうちに恩を売っておこうとする者、果ては容姿の可憐さにき付けられた者も含めると、その数は膨大になる。


 つまり有り体に言うと、彼女たちへのパーティー勧誘が殺到した。


 困り果てたのは当の本人らである。


 たとえ祖父母が立派な冒険者であろうと、母が国家の重鎮であろうと、彼女たちはただの準五級冒険者、ギルドへ加入したての初心者ニュービーなのだ。

 もちろんそれぞれ準五級に似合わぬ実力を持ってはいるが、だとしてもギルドの定めた規約ルールを無視することはできないし、なにより先物買い、縁故コネ作り、容姿目的めあてなどの有象無象を相手にしたくもない。


 迷宮探索を本格的に始める前に、この止まない勧誘の嵐をどうにかする必要があった彼女たちは、解決策としてひとつの案を思い付く。


 三人ともが同じ結論に辿り着いたのは、根っこのところで気が合ったのか、或いはそれぞれに奇縁を感じたのか。


 即ち、


「この三人でパーティーを組もうと思うんだけど」

「いいんじゃないか」


 そう切り出してきたラタ・ティたちに、レリックはいちもなく頷いた。


 ギルド本部、会議室。

 冒険者たちが内密の話をしたい際に貸し出される部屋である。


 室内にいるのは六人。

 ラタ・ティたち三人に対し、レリックとフロー、それからツバキだ。


 世話役に任命されてから一週間——およそ三日に一度ほどの頻度で行われる打ち合わせは、いつもここを利用させてもらっていた。とはいえ今までは大きな進捗しんちょくがなく、迷宮に潜れてすらいない状況。そんな中でのパーティー結成は、先へ進むための目に見える成果かもしれなかった。


「……反対とか、しないの?」


 だが切り出した当のラタ・ティが怪訝な顔でそう問うてくる。


「どうして反対すると思ったんだ?」

「だってそれは……」

「私たち三人だと、パーティーとしていびつではないのか?」


 懸念を口にしたのはルルリラだった。


「私は剣士ソードマン、ラタ・ティは格闘士グラップラー、そしてソフィアは魔道士キャスター……私は剣士ソードマンとはいえ、得物は細剣レイピアだから盾役タンクには不向きだ。前衛の攻撃職三人の寄せ集めとなるといかにも偏っている」


「その口振り、勧誘してきた輩にやいのやいのと言われたか」


 ツバキが問うと、三人は目を見開く。


「図星か。大方、お前は前衛だから治癒士ヒーラーが必要だとか、戦いには補助職サポートが必須だとか、斥候スカウトがいれば楽だとか、女の細腕では荷物持ちポーターが入用だとか、押し寄せてきた売り込み文句が気になったのだろう? あんなものは意に介すな。冒険者というのはな、己の有用性を訴求アピールすることも技能のひとつなのだ。それをいちいち真に受けていてはたまらんぞ」


「さすが数々の勧誘を跳ね除けて単独ソロを貫く『剣神』の弟子、説得力が違う」

「茶化すな。……まあ、肩書きを求められての勧誘がいかにわずらわしいかはわれも覚えがある、それは確かだが」


 肩書きだけではなく容姿も見られていたところまで彼女たちと同じだったのだが、ツバキ本人が今に至るまで気付いていないので余計なことを言うのはやめておく。


 代わりに三人の少女たちへ、柄でもない助言を口にする。


職能ロールっていうのは戦闘や探索が上手く機能するための目安で、確かに専門職が揃っていた方が便利なのは事実だ。でも、逆に言えば上手く機能してさえいれば、職能ロールこだわる必要はない。それに、職能ロールを意識するよりももっと大事なことがある。……人と人との相性だよ」


 彼女たちは互いに顔を見合わせた。


「出会い方を聞く限り、あなたたちの相性は悪くないように思える。パーティー結成の件も、それぞれが同じ結論に達したというのならやはり『気が合う』んだろう。ってのは、パーティーが長続きする最大のこつなんだ」


 冗談めかしての科白せりふだが、一方で事実である。


 迷宮探索に際して起きる意見の相違、更にため込んだ鬱憤ストレスの爆発は、パーティーが崩壊する原因として最も多い。


 いざ迷宮に入れば、パーティーというのはひとつの生き物だ。それぞればらばらにではなく、統一された意思の元で動かなければ待っているのは死あるのみ。


 ここで、頭の意に添わない手足がいればどうなるか——手足の意を汲まず強引に動かそうとする頭があればどうなるか。


 一度や二度であればおのおのが不満も呑み込めるだろう。だがそれが四度、五度、果ては長期にわたって続けば、軋轢あつれきと亀裂は取り返しのつかないことになる。


 なんのことはない。

 人と人を引き裂くのは、いつだって内輪揉めなのだ。


 レリックの言葉に、一同は顔を見合わせる。

 出会って間もない三人であるが、むしろ似たような境遇もあって意気投合している様子。雰囲気は柔らかく、頷き合うことで意志を確認するあたり、長年の友人のようでさえあった。


「まあ、あれこれ懸念するよりも実際に潜ってみるのが一番だ。幸い『外套への奈落ニアアビス』は初心者ニュービーに優しい造りになっている。上層上辺の魔物は訓練するのにうってつけだから」


 他の世界四大迷宮には、入った瞬間から凶悪な魔物が蔓延はびこ区画エリアとなっているものもあるという。


「じゃあ、さっそく行く? あ、そうだ! 準備する物資とかもできれば助言もらえると嬉しいな」


 嬉しそうに色めきたつラタ・ティに、


「うむ。初心者ニュービーのいい訓練になる、とまで言われたのならば後れを取る訳にはいくまい。鎧袖一触で蹴散らしてくれよう」


 意気を鋭くするルルリラ。


「あの……私たちで潜るとして、レリックさま方は付いてきてはくださるのでしょうか?」


 そして怖ず怖ずとこちらをうかがってくるソフィア。


 三者三様の性格はあれど『とりあえず行ってみよう』という意思は共通している。やる気も充分なようだ。


 フローとツバキのふたりと顔を見合わせ、彼女たちに告げた。


「ああ、僕らも同行する。まずは三人の戦い方なんかを見つつ……まあ、少し口出しが多くなるとは思うけど、できれば聞いてくれると嬉しい」


「うん、よろしくね。フワウさんのお墨付きだから信用してるよ」

「私としては貴殿らの実力を知りたいところだ。そちらも期待している」

「はい、是非とも」


「ああ。こちらもあなたたちの益となれるよう努力する……ところで」


 そして三者三様の返答を前に、レリックは問う。

 ある意味では最も大切で——彼女たちの将来を示唆する、最初の儀式について。


はどうする?」


 それは冒険者たちにとってしるしであり、しるべであり、同時にかたちである。


 同じ名の元に進むことができるのか。

 名に相応しい活動ができるか。

 そして、名の現すような集団になれるか。


 相性がよほど悪いとまずパーティー名で揉める。

 大層な名付けをして中身が伴わなければ無残だ。

 パーティーの名をヘヴンデリートに轟かせるためには、所属する全員が成長しなければならない。


『医聖』の孫にして拳を武器にする少女、ラタ・ティ=ビスケスは、猫に似た耳をぴんと立てる。

『大魔導』の遺孫いそんたるソフィア=スフィアシーカーは、とんがり帽子を目深に、覗く瞳を輝かせる。

『聖者』の娘であり現役の『聖女』でもあるルルリラ=ウラシアが、端正な唇を好戦的な三日月にする。


「実は、もう決まってるんだ」

「好きな花の名前にしました」

「奇しくも三人とも同じ花が好きだったのだ。故に、奇縁に恵まれた私たちに相応しい」


 そして三人は揃って、嬉しそうに。

 自分たちの所属するパーティーの名を口にした。


「——『野薔薇ムルティフローラ』」


 それは輝かしい血筋を持つ彼女たちにしてみればあまりに慎ましやかで、だからこそ囲われた花壇ではなく野にこそ咲きたいという、強い決意を感じさせた。

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