英傑たちの系譜

はね、時々あるんだよ」


 冒険者ギルドのマスターであるフワウ=ヒスイは、執務室の椅子に深く腰掛けながら一同を前に薄く笑った。


「やんちゃしてるごろつきをそれぞれ止めようとした赤の他人が、揃いも揃って曰く付きの血筋だった、か。舞台演劇のように出来すぎた、英雄譚えいゆうたんのひと幕にしか思えないような偶然さ。長生きはするもんだね。あとはあんたたちがいずれ、この逸話に恥じない冒険者になってくれることを願うばかりだよ」


 ロビーで起きたちょっとした喧騒ののち——なおレリックへの誤解は一応は解けた——ネネが連れてきた三人はギルドマスター執務室へと招かれた。


 ところが何故かレリックとフローも連行されていて、なのに当のネネはエステスとともにさっさと食事に行ってしまう始末である。


 まあ、エステスまで付き合わせる必要はないので彼女たちに関してはあれでよかったのだとは思う。


「……いや、僕らが付き合う必要もない気がするんだけど」

「なにか言ったかい?」

「なにも?」


 耳聡く睨んできたフワウにそっぽを向きながら、出されたお茶を啜る。執務室に置かれた応接机とそれを挟んだ長椅子ソファーに座るのは五人。

 片方にレリックとフロー。もう片方には三人の娘たちだ。


 彼女らを見るフワウの表情は優しくもどこか悲しげである。郷愁きょうしゅう、或いは寂寞せきばく、それでいて慈愛——複雑な感情を入り混じらせ、若き冒険者たちに期待を寄せていた。


「じゃあ三人とも、挨拶しな」


 彼女たちは促されると、それぞれが自己紹介を始める。


 まずは猫人族アイランの娘が立ち上がった。


「さっきは早とちりしてごめんね。ボクはラタ・ティ=ビスケス……ギルドマスターの昔の仲間、アイシャ=ビスケスの孫だよ」


 アイシャ=ビスケスとは、五十余年前にヘヴンデリートで名を馳せた『第七天アラボト』において治癒士ヒーラーを務めていた女性だ。王都に居を構える伯爵家の令嬢でもあり、パーティー解散後は戻って家を継いだという。

 その孫娘たるラタ・ティは、当年十五。職能ロール格闘士グラップラーだそうだ。


「あ、あの。ソフィアです。先だってはお世話になりました……」


 次いで俯き加減におずおずと名乗ったのは、ソフィア=スフィアシーカー。同じく『第七天アラボト』の魔道士、アンデンサス=スフィアシーカーの、こちらも孫娘である。


 レリックたちは彼女とだけは面識があった。とはいえ直接に話をしたことはなく、アンデンサスに操られた忘我ぼうが状態の彼女と相対しただけなのだが。


 齢は十四だそうだ。あの時は十二かそこらにしか見えなかったが、単に見かけが幼かったのか、栄養状態が悪かったのか——アンデンサスの最期の様子からするに、前者のような気がする。


 ソフィアはとんがり帽子を目深にかぶり、レリックたちとは視線を合わせずに一礼してそのまま着席する。


 その様子からは少なくとも怨嗟えんさの類は感じない。

 あなたの祖父を殺したのは自分たちだと、いずれはっきりと謝罪をしなければならないとは思う。が、細かな詮索や込み入った話はさすがにこの場でできそうになかった。


 ソフィアが座ったのとほぼ同時、最後のひとりが立ち上がる。


「ルルリラ=ウラシアだ。ヘヴンデリートには王国教会の命により赴任してきた」


 彼女は、王国に名高い『聖者』——ノウン=ウラシアの娘だという。


『聖者』は伝承位レジェンドの回復系宿業ギフトを持つ女性で、国家の重鎮である。が、一方で王国教会とは深い繋がりがなく、あくまで王に仕える立場だと聞いている。


 一方で彼女は『神殿』に所属していた。

 しかもその役職——ヘヴンデリートに来た理由というのが、


とはいえ親の七光と政治的配慮で押し付けられた名誉職みたいなものだ。教会の仕事など適当に、むしろ冒険者として活動したいと思っているから鞭撻べんたつをよろしく頼む」


 空席となった『聖女』の座に任命されて、である。


 ひと月ほど前、レリックたちも関わった国教会の醜聞は大きな騒動となった。支部の首長たる府主教ふしゅきょうみずからが非合法組織である『玄天こくてん教団』と繋がっていたことで、本部から大規模な監査が入ったのだ。


 結果、王都より新しい府主教と『聖女』の赴任が決定する。その片割れ、つまり次期『聖女』がこの娘——ルルリラである。


 軽鎧けいよろいに身を包んだその出で立ちは聖女というより女騎士であり、治癒の宿業ギフトを持っているかすら疑わしい。おそらくは『聖者』ノウンの娘という立場が重要視されたのだろう。

 ただ彼女自身それを理解しており、唯々いい諾々だくだくとする気はないようだ。


 三人はフワウが来る前に受付で冒険者登録を済ませており、落ち着き次第それぞれが迷宮に潜るつもりだという。


 佇まいを見る限り、腕が立つのはよくわかる。英傑たちの血脈は才能として受け継がれていた。


 が、彼女たちの実力や血筋がどんなものであろうと、レリックに関係がある訳ではなし。ソフィアには因縁と負い目を持つためそれとなく気を配っておきたいと思うが、迷宮において活動する時はあくまで自己責任である。犯罪などに巻き込まれでもしない限り、こちらの出る幕はない。


「……って、思うんだけどなあ」


 密かにこぼしたレリックを、フワウがぎろりと一瞥した。


「さっきからなんだい。言いたいことがあるならはっきり言いな」

「言ってどうかなるもんなのか」

「ならないねえ」


 そしてにやりと笑み、


「あんたたちが適任なんだよ。っていうより、が不適任すぎるからあんたたちしかいない。たまさかとはいえ、担当受付嬢が繋いだよすがでもあるしね」


 彼女はギルドマスターとして——レリックたちに告げる。


「ってことで、しばらく頼むよ、


 ややあって、レリックは頷いた。


「わかったよ。依頼、うけたまわった」


 ここでごねることは可能だし、うんざりしてみせるのも簡単だ。実際、気は乗らないしできることなら面倒を背負いたくないと思う。


 だが忌避感を顔に出してしまえば目の前の少女たちに失礼だし、なにより気を遣わせてしまうだろう。特にソフィアに対して、それは本意ではない。


 また、彼女たちは個人としてはともかく、その血筋と立場を考えれば、しばらくは『特級』に見守らせておいた方がいいというのもわかる。そしてたいへん残念なことに、この役目をまっとうできそうな『特級』は、レリックから見てもレリック以外にいない。


 理由はいろいろであるが——多忙であったり、向いていなかったり、論外であったり。


「ツバキにも助力を頼むけどいいか?」

「本人がいいってんなら構わないよ」


 とりあえず、かろうじて常識人であるツバキも巻き込んでやることにした。これで彼我ひがの人数も同じになって幾らかはましになる。


 レリックは対面に座った三人の娘たちへ笑顔を向けた。


「じゃあ、後日もうひとり追加するけどよろしく。わからないことがあったらなんでも尋いてくれ。迷宮に入るんならしばらくは付き合う。煩わしいかもしれないが、心配性の婆さんがお節介を焼いた結果くらいに思って欲しい」


 それを受けて、相手の面々は三者三様の反応をする。


「ねえ、お兄さんって強いの? 見ただけじゃいまいちぴんとこないんだけど、どんなもん? 強いんなら、ボクと手合わせしてほしいな」

 いきなり好戦的なことを言い始めるラタ・ティ。


「よ、よろしくお願いします」

 相変わらずおどおどとして、こちらと目を合わせてくれないソフィア。


「ところでツバキというのはひょっとして女性か? 貴殿、あれはやはり誤解ではなく事実なのではないか?」

 さっきの誤解が未だ解けきれていないのか、眉をひそめるルルリラ。


 ——どうしろと。


 レリックは助けを求めるように、隣のフローへ視線を向ける。

 フローはこくりと頷き、すべてを理解した顔で笑って言うのだった。


「応援してるよ、レリック」


 理解はしてくれていなかった。

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