幸せな未来なんてない。それでも彼女は、顔を上げて前を向く。

美しい顔の半分を厳重にマスクで覆い、他の王族たちの社交の輪には決して加わらない王女――アウゲ。その全身から漏れ出る毒を恐れ、貴族や王族はおろか、使用人たちからも距離を置かれている彼女はまさに孤独な存在だった。しかしアウゲはどんな畏怖と奇異の目にも負けず、今日も凛と顔をあげている。

そんな彼女を見つめる、ひとりの近衛騎士――ヴォルフ。新しく側近となったこの男は今までの騎士たちと違い、なんと犬のようにアウゲに懐いてきた。毒の危険を説いてもけろりとしているヴォルフに苛立つアウゲだったが、そのまっすぐな親愛にいつしか心に絡まっていた茨が解けていく。

しかしアウゲは自覚しはじめた恋に身を委ねることができない。なぜなら彼女は次の誕生日を迎えるその日に、魔界の王の元へ嫁がなければならないという運命を背負っていたのだった……。

負けず嫌いなツン王女と、彼女にベタ惚れしてしまったわんこ系騎士。この組み合わせだけでも楽しいというのに、短い物語の中で語られる世界は美しく残酷で、気が付いたらどっぷり没頭しておりました。

ヴォルフの気さくさに感化され少しずつ心を開くアウゲが愛おしく、だからこそ迫るタイムリミットを思うと切なくてなりません。何気ない日常のきらめきを慈しむ王女の姿は誰もの胸を打つでしょう。別れの日のふたりの描写はさすが…!と唸ってしまいました。

悲しいお話なのかなとがっかりした方、ご安心ください。これだけの絶望を抱えながら、なんとこのお話はハッピーエンドを迎えてしまうのです!

孤独と共に歩んできた毒姫がどのようにして幸せを掴むのか……その驚きの結末まではあっという間。夏の終わりにぴったりな名作です。もっと読まれてお願い。

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