第3話「静寂の中の再生」
………斉藤貴明の生きていた世界とは、別の宇宙。
その、漆黒の闇の中に、巨大な鋼鉄が眠る場所があった。
古い、宇宙ステーション。
その周りには、何隻もの古い宇宙船が、まるで船の墓場のように集まっていた。
この世界で、人類が宇宙に進出してから長い時間が流れた。
だが、この場所に限っては立ち入る者は多くない。
そんな、鋼鉄の墓場にて………。
………………
その場所は、持ち主を失いつつも動いていた。
遥か昔に打ち捨てられた場所ではあるが、まだ動力は生きていたのだ。
それが、薄暗い闇の中に眠っていた、一つのカプセルを起動する。
闇の中で、不気味な起動音と共に、カプセルがうっすらと輝く。
長年保存されていた元素が、AIによって組み合わされてゆく。
水35リットル。
炭素20kg。
アンモニア4リットル。
石灰1.5kg。
リン800g。
塩分250g。硝石100g。
硫黄80g。
フッ素7.5g。
鉄5g。
ケイ素3g。
その他少量の15の元素。
細胞66%、細胞外液24%、細胞外固形物10%。
そして、唯一の外的要因である「記憶」と「魂」が、そのカプセルという名の魔術の鍋の中で混ざり合い、溶け合い、一つになる。
………ぷしゅうううっ
やがて、カプセルの中の培養液が、カプセルに繋がれたパイプから放出される。
ロックが解除され、カプセルが開く。
「………あっ」
見知らぬ、まるで昔のサイバーパンク物を彷彿させるような、コードや配管に覆われた天井。
目を覚ました斉藤貴明が見たのは、そんな場所だ。
カプセルは開いている。
貴明はゆっくりと上体を起こす。
見れば、部屋の中には自分の入っていた物以外にも、いくつもカプセルがある。
が、自分以外のカプセルは空っぽであり、起動すらしていない。
「転生したのか………あっ」
ふと、声が嫌に若いのに気付いた。
まるで、声変わりしかけの子供の声のようだ。
もしやと思い、自分の身体を見てみる。
白い肌に覆われたそれは、前世のように肥満体でこそない。
が、細く小さく、どことなく貧弱だ。
体毛が少ないのが、唯一の救いか。
「若返ってる………いや」
開いたカプセルのガラス部分に、うっすらと写る自分の顔。
それは、前世の自分ではなかった。
15歳前後にも見えたが、前世の自分の若い頃とも違う。
女顔と言うのだろうか?
黒髪に灰色の瞳の、美少年と言っても差し支えない顔………なの、だが。
「………個性無いなぁ、俺」
それはあくまで、前世、つまり三次元の基準で見た話。
今の世界………八頭身神様の言った事を解釈すれば、この世界は二次元。
つまりはアニメの世界である。
二次元の基準で言えば、よくてモブキャラ程度の特徴しかない。
「これで女の子にモテたりしたら確実に叩かれるって顔だろ………ツ○ッターでコ○ラやケン○ロウにぶち殺されてそーだわ………」
しかし、そんなモブ顔でも主人公を張れるのが、貴明も読んだ事もある平成のラブコメラノベ。
同時に「優しいだけが取り柄のヘタレ野郎がモテるわきゃねぇだろダボがァァァ~~ッ!」と、ネットのオタクの怒りを買って、バチクソに殴られるが。
平成ポイントその1。
「ラブコメ作品の無個性主人公」である。
あまりに叩かれすぎた為、今では「普通の中学~高校生」という設定は鳴りを潜め、
外見的には「可愛らしい」「美少年」という説明が入ったり、
「優しい」という設定が多かった事への逆張りか、極端に性格が悪くなってたりする。
「極力、女の子とは関わらないようにしよう………」
だが貴明は、そういう主人公は嫌いではない。
優しさを持つ人間がカモにされる現実に、うんざりしていたからだ。
現実が酷すぎるからこそ、二次元の世界では善人が報われる展開がいいと考えているからだ。
だが、自殺で前世を終わらせたとはいえ、貴明は拳法家や宇宙海賊に「悪」と認定されて殺されるのは御免である。
まさか自分にあり得ないとは思うが、女の子と関わるのは極力控えようと考えた。
「………くしゅんっ!」
その直後、貴明はくしゃみをした。
よくよく考えてみれば、今の自分は一糸まとわぬ全裸である。
そしてこの部屋は暖房が無いらしく、肌寒い。
「何か着るものは無いのか………さぶっ」
服でなくとも、身体を覆える布か毛布でもあるばいいのに。
と、貴明が辺りを見回すが、何もない。
仕方ないので、他の場所に何か無いかと探しに行こうとした。
その時、プシュウと言う音が響き、部屋にあった機械式のドアが開く。
「お洋服をお持ちました、マスター」
誰だ?と貴明が言うより早く、少女の物と思われる声が飛んで来た。
視線の先に居たのは、おそらく14歳程と思われる少女の姿。
ピンク色のウェーブのかかった長い髪。
丸いメガネの奥には、ぱっちりとした目に輝くアメジストのような紫色の瞳。
肌は白いが、貴明と違って血色はよく、うっすらピンク色をしている。
そして、首から下。
14歳が持つには不釣り合いな、肩幅よりも大きな乳房がぶら下がっていた。
肉付きもよく、むっちりしている。
それを包むのは、所々にディテールと装甲のついた、白いレオタードのようなコスチュームに、発光パーツのある白い長手袋と白いブーツという、90年代のSFにいそうな格好。
幼さの残る顔立ちに、エロ同人誌から飛び出してきたような女体。
それを包む、刺激的なコスチューム。
まさに、令和であれば「愚かで浅ましいオタク共が、自分達の欲望のままに作らせたお人形」と処断されるであろう、二次元にしか存在しない美少女だ。
平成ポイントその2。
オタクに都合のいい非現実的な美少女。
そして平成ポイントその3。
必要性も実用性もないセクシーコスチューム。
である。
そのどちらも、メイン顧客であるオタクを喜ばせる為に作られたにも関わらず、
アニメ趣味の一般化に伴って入ってきた多くの女性ファンや一部の意識の高い人達から「気持ち悪い」と処断された事で、一気に「叩いていいもの」という被差別階級にまで落ちてしまった、悲しい存在である。
「えっ?!ちょっと………み、見ないでッ!」
急いで前を隠し、極力裸体を隠そうと縮こまる貴明。
全裸を見られると言うのは、露出狂の変態でない限りは、男女問わず恥ずかしいものだ。
しかし、そんな事など知らぬと言うように、少女は笑顔のまま表情を変えず貴明に近づいてくる。
普通なら、目を反らすなり何なりするだろうに。
「ですから、お洋服をお持ちしました」
「………えっ?」
「ですから、お洋服をお持ちしました、マスター」
言われて、ようやく気付いた。
少女の手の中には、数枚の布製の物があった。
見た感じからして、何らかの衣服である事は解る。
「あ、ありがと………」
それをサッと受けとると、貴明はカプセルの後ろにそそくさと隠れる。
渡されたのは、簡素な黒いシャツとジーパンとトランクスタイプのパンツ。
そして、赤いジャケット。
羽織れという事だろうか。
「あ………溢れる90年代臭」
着てみれば、なんという事だろうか。
まるで、90年代のロボットアニメの主人公のよう。
どちらかというと熱血主人公の物に思われるそれを着ているのが、どちらかというと無個性ヘタレ主人公である貴明と言うのが、アンバランスさを際立たせている。
「あ………その」
気恥ずかしそうに、カプセルの裏からひょっこりと顔を出し、少女を見つめる貴明。
裸を見られたというのもあるが、貴明は元より女の子と話した事などない。
「服の事………あ、ありがと」
「はい、マスター♪」
けれども、お礼は言わなくてはならない。
羞恥心を我慢して、貴明は少女に頭を下げた。
「………んっ?」
ふと、引っ掛かる事が一つ。
さっきから彼女は、貴明の事を「マスター」と呼んでいる。
そういえば、あの八頭身神様は貴明に異世界転生後のガイド役を寄越すと言っていたが。
「もしかして………君が、が、ガイドさん??」
貴明が訪ねると、色々な意味でお人形のような彼女は、貴明に微笑みかけた。
「はいっ♪マスター、斉藤貴明様のこの世界での生活のサポートを致します、メードロイド「パトリシア・フィーネ」です、気軽にパフィとお呼びください♪」
平成ポイントその4。
冴えない男の元に、何故か現れて世話を焼く美少女。
である。
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