第9話「ブラック企業を制圧せよ!」

嫌でも、染み付いている記憶。

貴明の前世。

その、ヘドロのような灰色の思い出の中の一つ。



眠い。

疲れた。

身体中が痛い。

苦しい。


猛暑の夏場だと言うのに、某ウイルス対策としてクーラーもかけず、窓を全開にして仕事を進める。


職場の全員が、感染症対策としてマスクをつけて作業をしている。

無論だが、こんな暑さの中で呼吸に制限をかけてしまってるので、余計に暑いし苦しい。


おおよそ効果があるとは思えない。

が、安全より安心を求めるこの国においては、上司や老人はこれで対策をした気にはなれる。


そして、そのしわ寄せを食らうのは、いつだって現場の末端の社員。

貴明も、その中の一人だ。



「あ、暑い………」



外は炎天下。

窓を開けていても蒸し風呂のように熱い。


意識が朦朧とする。

滝のように汗が流れてくる。

寝不足で、眼前のパソコンの画面が霞む。


もう一週間もまともに寝ておらず、指先の感覚もない。



派遣社員。

介護の技能を活かせる仕事が見つからなかった貴明は、末端のまた末端として働くしかなかった。


雀の涙にすらならない安月給と、サービス残業など当たり前の重労働。

それは、貴明を精神と肉体の両方から追い込んでいた。



「あのさぁ、ハケンがいっちょ前に何言ってんの?」



ボロボロになった貴明に、職場の上司が話しかけてくる。


豚のように醜く肥え太った、自称叩き上げの正社員様。

とはいえ立場はそこまで無いらしく、相手が自分より下である派遣社員なのをいい事に、ストレス発散の為にいびり倒してはストレス発散に使っている。


おまけに、他の社員………貴明と同じ派遣社員達と違い、自分だけマスクから鼻を出している。

貴明達派遣社員が同じ事をしたら、火をつけたように怒鳴るくせに、である。



「暑いのは皆同じなんだよ?それを自分だけ被害者みたいにさぁ、何様なのお前」



今もこうして、ただ暑いとつぶやいただけの貴明に絡んでくる。


そもそも、こんなに暑いのはこいつのせいだ。

こいつが、点数稼ぎの為にこんなバカげた感染症対策モドキを始めたせいで、こんな事になっている。



「文句言いたいんだったら結果出せよ結果、話はそれからだろ」

「は、はあ………」



じゃあ今すぐ窓を閉めてクーラーをつけろ。

マスクしてるんだからそれでいいだろ。

と、言い返しそうになる自分を必死に押さえ、貴明は当たり障りのない返事を返した。


だが、それが逆に上司の逆鱗に触れた。



バアンッ!!



直後、貴明の机を上司が力一杯叩き、驚いた貴明は飛び上がってしまう。

辺りにいた他の派遣社員も驚き、シーン………という、炎天下にも関わらず背筋が凍るような冷たい空気が広がる。



「返事は「はいわかりました」だろうが!礼儀ぐらい学べよノータリンが!ガキじゃねえんだからさ!あぁ?!」



それが八つ当たりでしかないのは、貴明は勿論、その場にいた他の全員にも解った。


だが、誰も異議を唱える事はできない。

何故なら、ここで一番権力を持っているのがこの上司だからだ。

少しでも反論する様子を見せれば、何をしてくるか。


加えて、会社も正社員である上司の味方だし、上司の上司も似たような奴だ。

だから、彼等は上司に従うしかないのだ。



「は………はい」



そんな派遣社員の一人である、貴明も。



「社会ナメんじゃねえぞ、下っぱが………」



そう吐き捨て、上司は去っていった。


貴明の手が、僅かに震えている。

泣きたかった。

けれども、耐えるしかなかった。



………こんな事が、日常茶飯事として常に続く。

貴明が居たのは、そんな地獄だ。

そして、今になっても地獄は存在し続けている。


この、G.Cにおいても。





………………





「………はぁ」

『どうかした?タカ』

「いや………何でもないです」



かつての嫌な記憶を思い出す貴明。

通信の向こうのヴィレッタも心配そうだ。



今、貴明はウィンダムのコックピットの中に居た。

隣には連邦軍の装甲揚陸船………連邦の歩兵を乗せて輸送する小型の船、主に強襲に使われる………と、

この作戦の指揮官でもあるヴィレッタの乗るMMM「ゼファー」の姿。


ゼファーは、連邦軍が正式採用している量産気で、シンプルなデザインにバイザー式の頭部が特徴的だ。

まさに、ロボットアニメにおける体制側の量産機である。


本来、ヴィレッタには専用のMMMがあるのだが、ワダツミの圧力がかかったのか出撃許可が降りなかった。

仕方なく、一般パイロット仕様の機体を使っている、というわけだ。



現在、ウィンダムとゼファー、そして装甲揚陸船は、ワダツミ興行の本社である「ワダツミくん」に向かっていた。

ネーミングセンスが日本の企業のそれではないか、と、貴明が突っ込んだのは内緒だ。


そしてその目的は、ワダツミ社長ミキ・ワダツミの逮捕である。


作戦は、単純明快。

装甲揚陸船でワダツミくんに突っ込み、内部を制圧した後にミキ・ワダツミの身柄を確保する。

その間妨害してくるであろうMMMは、ウィンダムとゼファーで食い止める。



『見えてきたわよ』



そうこうしていると、目的のワダツミくんが見えてきた。


漆黒の宇宙。

その、宇宙開発の為に持って来られた資源衛星の「かす」が漂う宙域に、ぽつんと浮かんだ大きな小惑星。


これがワダツミくんだ。

ワダツミ興行が最初に持ってきた資源衛星を改造して、工場兼社屋に使っているのだ。


その様は、貴明が見た昔のロボットアニメに登場する、宇宙基地を思わせる。

あれも、資源衛星を改造した物だった。



ゼファーが、ワダツミくんの近くにある、衛星の「かす」の一つに取りつき、静止。

ウィンダムと装甲揚陸船も、それに続く。



『ワダツミ興行、及び代表のミキ・ワダツミに告ぐ』



オープン回線で、ヴィレッタが勧告を読み上げ始めた。

宇宙に響き渡る、戦乙女を思わせる凛とした声だ。



『度重なる違法労働への警告、及び情報開示に対する無視に対し、我々銀河連邦政府軍は、ミキ・ワダツミに対する強制逮捕に打って出るものである』



勧告開始から、数秒後。

ワダツミくんから、何か光るものが飛び出してきた。

流星かと思ったが、違う。

それは。



「オッグだ!」



貴明が叫んだ通り、それはオッグである。

マシンガンとカーボンチョッパーというスタンダードな装備の機体が、二機現れたのだ。



『容疑が増えたわね………作戦開始!』



ヴィレッタの一声と共に、作戦が始まった。

ウィンダムとゼファー、そして装甲揚陸船が、ワダツミくん向けて動き出す。


それを黙って見過ごすオッグではなく、二機共がズドドド!とマシンガンを放ち、段幕を張る事で進路を妨害してくる。



「よっと!」



ウィンダムとゼファーは、装甲揚陸船をシールドで守り、同時にこちらも射撃を放つ事で、オッグの気を反らす。



「頼むわよ!」

『任せてください大佐!』



装甲揚陸船から、男の声が帰って来た。

制圧戦の指揮を取る、歩兵隊の隊長からだ。



………装甲揚陸船が作られた目的。

それは、敵の拠点にその装甲による突撃で穴を開け、搭載した戦力を送り込む為だ。


なんとも原始的なアイデアだが、有効性は十分だ。



眼前で、オッグが出撃してきたワダツミくんのハッチが、閉じようとしている。

本来は物資搬入用であり、古いのも相まってそこまで頑丈ではない。


装甲揚陸船なら、十分に「突き破る」事ができる。



『突っ込むぞ!捕まれ!!』



そんな、まるでアクション映画のような台詞と共に、二機のMMMによってオッグの攻撃を掻い潜った装甲揚陸船が、ハッチに突っ込む。


ぐわしゃあッ!!


ハッチがひしゃげ、装甲揚陸船がワダツミくん内部に侵入。

突然の事に、作業用宇宙服の向こうから唖然とした表情を浮かべるワダツミの社員達。



『突入!ゴーゴーゴー!!』



その眼前で、装甲揚陸船の全面のハッチが開き、銃と戦闘用宇宙服で武装した連邦兵達が降りてくる。


彼等は、白兵戦のプロである。

過労で体力の落ちているワダツミ社員には何も出来ず、あっという間に制圧されてゆく。



これで作戦は成功した………かに、思えた。

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