第2話「第二生への始まり」
「と、言うわけで」
「いや、何が?」
自ら命を断ったハズの貴明は、どういう訳か自分が死んだ部屋の床の上に倒れていた。
そして、そんな貴明に加えて新たにもう一人、部屋に現れた存在が居た。
服は着ていない、が、生殖器や乳首は見えない。
真っ白な、全身タイツを着たような姿をしている。
そして「(´Д`)」という文字の組み合わせで表現できる顔と、頭頂から伸びた三角形の耳。
八頭身の猫のようなその何者かは、地面に倒れた貴明を見下ろしながら、部屋に佇んでいた。
「えっと………誰です?あなた」
突如として現れた不審者に向け、貴明は問う。
すると八頭身は、Д型の口?を動かしながら、それに答えてくれた。
「うーん………色んな呼び方があるね、高次元生命体、上位者、観測者………まあ、一番解りやすい表現だと「神様」でいいかな?」
面食らったのも無理もない。
目の前の不審者にしか見えない八頭身は、あろう事か神様を名乗ったのだから。
「………それで、その神様が一体何の用なんでしょう?」
自身の背後にぶら下がる自身の身体………首吊りをしてぶら下がっている自分の死体をチラチラ見ながら、貴明は問う。
貴明は、今の自分は肉体を離れた幽霊のような存在なのでは?と考えた。
それなら、神様が出てきても可笑しくない。
「まあ、とりあえずこれ読んで」
「あ、はい」
戸惑う貴明に、八頭身神様はスッと一枚の冊子を渡してきた。
その一糸纏わぬ身体のどこに隠していたのだとも思ったが、まあ神様相手にそう考えるのは野暮なものだろう。
「えっと、何々………?」
その、町内会や会社で貰うような冊子には「異世界転生制度のご案内」と大きく書かれており、制度の簡単な説明が記されていた。
冊子の内容を簡単に説明すると、以下の通りになる。
現在の社会………貴明が生きていたいわゆる「この世」は、長く続いた不況や某新型ウイルスにより、未来に絶望して命を断つ者があまりにも増えすぎた。
これは神様の住む上位次元、いわゆる「あの世」でも問題となっていた。
が、いくらこの世に干渉しようと、事態がよくなる事はなかった。
このままこの世を恨んで命を断つ者が増えすぎれば、怨念のエネルギーによりこの世自体が恐るべき怪物に変貌してしまうという。
そうなってしまっては、この世界だけの問題ではない。
やがて、他の世界をも滅ぼす大災害になってしまう。
神様達は、最後の希望をかけてこの「異世界転生制度」を導入した。
これは、貴明のような自殺者の魂を、ここよりも楽に生きてゆける別の平行世界に転生させ、魂の浄化を図るというものだ。
そして貴明も、その制度に乗っ取って別の平行世界に転生させてもらえるとの事。
「………まあ、魅力的なお話ですけど」
まるで、流行りのライトノベルか何かのような話。
ご都合主義が過ぎるのではとも思ったが、まあ魅力的な話である事には変わりない。
貴明も、その手の話はいくつか読んだ事がある。
だが同時に、一部の「ひねくれ者」が、転生に喜んだ主人公や読み手に中指を立てるような展開にしている事も知っていた。
「転生って、どんな世界に?」
「君の望む世界さ、望むなら英雄にもなれる」
「なれると称して地獄に叩き込んだりしない?」
「そんな事したら制度にならないだろ………まあ君がそれを望むなら話は別だけど」
「その世界の女の子が、自我に目覚めたとか言って俺を殺しに来たりしない?」
「君はそうなりたいのかい?」
「いや全然」
「じゃあそうはならない」
「転生した瞬間俺調子のってめっちゃ性格悪くなったりしない?」
「それは君次第さ、そこまでは僕の管轄じゃない」
………どうやら、ここの作者は欲望に忠実らしいと、貴明は安堵した。
「………で、具体的にどんな世界に転生するんです?俺は」
好きな世界に、とは言うが、拓海がそれまでの一生で「この世界に生まれたかったな」と思った世界………漫画やアニメの世界なんて、いくつもある。
あんな人生なのだ、そんな事ぐらい考える。
そんな自分は、どんな異世界に転生すると言うのだろうか?
そう尋ねた貴明に対し、八頭身神様は胸を張って答えた。
「聞いて驚くなよ………君の来世は、平成の世界だ!」
………は?
とでも言うかのように、貴明の目は点になった。
冊子の内容がウソでなければ、これから貴明は異世界に転生するハズである。
だが、八頭身神様が言った「平成」と言うのは、とっくに過ぎ去った日本の昔の年号………もっと言うと、貴明が生まれ、生きた時代でもある。
これでは異世界転生ではなく、ジャンルはタイムスリップである。
「言っておくが、昔に転生するとかじゃないよ」
「はい………?」
貴明の考えを見透かしたように、神様の訂正が入った。
が、貴明は更に混乱する。
「………えっとね、平成って言うのは概念の話なの、概念」
………流石に、自分でも抽象的な表現が過ぎたかと思った八頭身神様は、唖然とする貴明にわかりやすく解説してくれた。
八頭身神様の言う「平成」と言うのは、平成に作られた、または流行した作品の抽象的な概念により構成された世界という事。
それを聞いて、貴明はなんとなく理解する事が出来た。
例えば、ロボットアニメにおける「イケメン主人公が綺麗事を吐きながら、翼の生えたスタイリッシュな主役機でビームをぶっ放す」とか、
変身ヒーローにおける「イケメンが喧しいベルトで変身して強化アイテムや武器で戦い、ライダーと言う割にはバイクにあまり乗らないが瞬間瞬間を必死に生きている」とか、
ラブコメライトノベルにおける「優しいだけが取り柄のヘタレ主人公が、どういう訳か女の子にモテモテ」とか、
そうした、偏見や風評や概念で形作られた「平成のサブカル」を混ぜ合わせ、一つの世界に押し込めた。
今から貴明が向かうのは、そういう世界なのだ。
「まあ安心してよ、少なくともこの時代よりは楽しく過ごせるからさ」
「ああ、そう………」
いまいち実感と信頼を感じられないが、今の貴明に拒否権は無いし、拒否するつもりもない。
年齢的にも転生できるぜヤッター!みたいな気持ちこそ沸いてこないが、断るという程でもない。
が、貴明にとってはそういう「平成」と言うのは、さっきの最後の晩餐として楽しんだゲームを初めとして、文字通り人生を捧げてきたものだ。
そんな世界で生きてゆけるなら、嬉しい気持ちはある。
………思えば、今までも貴明はこうして、流されるままに生きてきたように思えず。
理不尽な環境に対して反抗も何もせず、ただ毎日を嘆いて生きてきた。
なんとも情けない人生………もう前世だが………である。
貴明がそう考えながら勝手に落ち込んでいると、途端に瞼が重くなった。
強烈な眠気が、貴明に襲いかかったのだ。
「落ち着いて、それは転生が始まる時に起きる現象だから、目が覚めた時にはもう来世だよ」
八頭身神様は、安心させるように貴明に言い聞かせた。
その間にも、貴明の視界はどんどん閉じてゆく。
「ああ、それと来世の方に君のガイド役も置いておいたから、詳しい事は彼女に聞いてね~」
貴明が完全に意識を失う前に見たのは、「いってらっしゃい」と言うように手を振る、八頭身神様の姿だった。
そして………………
………………
………斉藤貴明の35年の、後悔と涙に満ちた灰色の人生は、今度こそ終わりを告げた。
それからしばらくして、貴明の亡骸は腐乱臭が原因でやっと発見される。
が、30代無職ニート男という、社会では可哀想とは思われない存在の自殺はニュースにすらならず、地方紙の紙面に小さく載っただけだった。
まあ、今の貴明にはもう関係のない話であるが。
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