第7話 初対面

「ギャッ!!」「グアッ!!」


 エレウテリオが青垣砦からいなくなっても、まだスケルトンの進撃は続いていた。

 あれだけ大量にいた帝国兵が、スケルトンの群れによって全滅目前まで数を減らしていた。

 ジリジリとスケルトンに追い立てられ、残った帝国兵は青垣砦からも見える位置で戦っていた。

 青垣砦の方からも攻撃される可能性があったが、そんな事を気にしている暇などない。

 個人で戦っては、すぐに囲まれて殺されるだけのため、兵たちは固まって戦うようにしたのだが、それでも次々と襲い掛かられて殺されて行くが、目の前のスケルトンに集中して戦う以外に活路は見いだせない状況だった。


「…………」


 大和王国の水元公爵家当主の江奈は、無言で帝国兵が死んでいく様を見ていた。

 江奈だけではない。

 王国兵たちも、無残に死んでいく様を無言で見ていた。

 帝国兵が死んだら、次は自分たちになると想像してしまい、何も考えられず、何も言葉を発せないでいた。


「……っ!!」


 しばらく無言でいた江奈は、ようやく他の者たちが抵抗することを諦めていることに気付いた。

 その気持ちは分からなくはない。

 江奈自身も、もう駄目だと思っていたからだ。


「みんな! 魔導砲に魔力を込めて!」


「江奈様……?」


 突然言葉を発した江奈に、王国兵たちは首を傾げる。

 自分たちが戦場にいるということを、忘れていたかのような反応だ。


「何もせずに死ぬのは戦士にあるまじきことよ! 最後まで抗いましょう!! 大和国民の意地を最後まで貫くのよ!!」


「……おぉ」


 江奈の熱意ある言葉に、兵たちの目にも火が灯る。


「「「「「おぉーー!!」」」」」


 公爵家当主とは言っても、まだ16歳の少女が最後まで戦うというのだ。

 自分たちが先に諦めるわけにはいかない。

 最後まで戦い、全力で生き残ろうとしなければ奇跡なんて起きない。

 そう考えた兵たちは、スケルトンが自分たちを標的にした時のために、江奈の指示通り最後の足掻きをするための準備を始めたのだった。






「江奈様! 準備出来ました」


「分かったわ!」


 江奈の指示通り、砦の上部に横一列に並べられた魔導砲に魔力が込められ、後は発射をするだけの状態になった。

 帝国兵も残りわずか。

 スケルトンたちは、いつ帝国兵を全滅させてこちらへ向かってくるか分からない。

 向かってくる前に動いたのは、やはり正解だった。


「スケルトンがこちらへ動き出したのを合図に一斉砲火をするわよ!」


「了解しました!!」


 こちらへ向かってきたら一斉砲撃によって一気に数を減らす。

 後は野となれ山となれだ。

 そんな思いで、江奈をはじめとする王国の者たちは戦場の動きを注視した。


「んっ? 何っ?」


 動いている帝国兵は見当たらなくなった。

 全滅したようだ。

 江奈は次は自分たちが襲われる番だと、いつでも魔導砲を打てるようにして構えていたところ、スケルトンが変な動きを始めたことに気付く。


「道が……」


 砦の門へと続く道のように、スケルトンたちが左右に分かれて整列を始めたのだ。

 何をする気なのか理解できない。

 江奈や王国兵たちが戸惑っていると、スケルトンが作った道の奥から、2人の人間が前後に並ぶようにしてこちらへ向かって歩いてきた。


「…………誰?」


「初めまして! 大和王国の皆さま! 私、ヴァンパイアのファウストと申します!」


「……ヴァンパイア?」


 門近くの城壁の上に立つ江奈が小さく疑問の言葉を呟くと、前を進んで歩いてきた男はその呟きが聞こえたかのように、恭しく礼をして自己紹介をして来た。

 しかし、その自己紹介にまたも首を傾げることになる。

 

「あいつは何をいっているんだ?」


「ヴァンパイアなんて冗談だろ?」


 どうやら、王国兵たちもエレウテリオに自己紹介した時のように、信じてもらえていないようだ。

 大和王国でも、ヴァンパイアは昔話に出てくる種族としてしか知られていない。

 だから、ファウストのことをヴァンパイアと自称する男として映ったようだ。


「やはり信じてもらえないようですね」


「それはそうだろ」


 嘘偽りなく自己紹介したというのに、信じてもらえないことにファウストは困ったように呟いた。

 そんなファウストを慰めるように話しかけると、背後にいる人物が前に出てきた。

 向かって来るその人物に、ファウストは恭しく頭を下げながら自分の立っていた場所を譲る。

 それだけで、その人物がファウストより上の存在であるということが分かる。


「何だあいつは……」


「胡散臭いな……」


 顏の上半分を隠すような骨を被った男の登場に、王国兵たちは更にざわめき出した。


「…………」


 兵たちとは違い、江奈は無言でその人物に目を向けていた。

 状況が状況だからだ。

 あれだけいるスケルトンが、ファウストと骨を被っている男に襲い掛かろうとしない。

 その異様な光景に、次に何を言って来るのか目が離せないといった思いだった。


「初めまして、私、送故司と申します。あなたが水元公爵様ですか?」


「……えぇ、水元公爵家当主、水元江奈です」


 ファウストに代わるように出てきた男は、被っている骨の眼窩の部分から視線をこちらに向けてくる。

 江奈と目が遭うと、その男は自己紹介をして来た。

 格好に反して礼儀正しく、江奈は思わず自己紹介を返した。


「このような格好をしておりますが、私は大和王国国民です。今回私がこの場に現れたのは、自己紹介のためと……」


 被っている骨で顔が見えないが、司が大和国民といったことで王国兵たちは少しだけ警戒レベルを下がる。

 しかし、だからと言って胡散臭いことに変わりはないため、いつでも動けるように戦闘態勢は変えていない。

 そんな彼らを気にすることなく、司はファウストへ手を向ける。

 何を言われたわけでもないというのに、ファウストは木箱を持ってきて司へと渡した。


「こちらをお渡しに来た次第です」


「っっっ!!」


 渡された木箱に誰もが注視した所で、司は木箱の蓋を開けた。

 そして、その木箱の中身を見た江奈は、手を口に当てて悲鳴を上げるのを必死にこらえた。


「ここ青垣砦へ攻めてきた帝国のエレウテリオ将軍の首です。私どもには必要ないので差し上げます」


 木箱に入っていたのは、ファウストが仕留めてきたエレウテリオの首だった。

 これまでの戦いでその顔を知っていた者たちは、憎き帝国の将軍の首を見て固まった。


「私の用は済みましたので、これにて失礼」


「えっ!? ちょっと!!」


 全員が訳も分からず固まっていると、司はその場にエレウテリオの首が入った木箱を置いて一礼すると踵を返した。

 帰るつもりのようだが、説明が足りなさすぎる。

 まだ聞きたいことがあるというのに帰ろうとしている司を江奈は呼び止めようとするが、司は全く気にすることなく離れていく。


“パチンッ!!”


「「「「「っっっ!!」」」」」


 去っていく司は、手を上げて指を鳴らす。

 すると、あれだけいた大量のスケルトンが、一瞬にしてその場から消え去った。

 あまりの出来事に、見ていた王国の者たちはまたも驚きで固まった。


「き、消えた!?」


「あれだけの数のスケルトンが……」


 スケルトンの消失により、脅威はなくなった。

 しかし、それよりも何が起きたのかが知りたい。

 司と名乗った者がしたことは分かるが、そんな事が個人にできるわけがない。


「では、またお会いしましょう」


 何をしたのかをわざわざ答えるつもりはない。

 王国兵たちのなかでさらなるざわめきが起こっているが、司は江奈へと向かって一言呟くと、ファウストと共にその場から消えるようにいなくなっていった。


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