第4話 阿鼻叫喚

「さて、大量虐殺と行こうか?」


 大量のスケルトンたちが動き出し、帝国兵たちは青垣砦へと攻めかかる手を止めて慌てだす。

 そんな帝国兵たちにこれから起こる出来事を考えると、司は楽しみにするように呟いた。


「何なんだ……」


「何で大量のスケルトンが……」


 エレウテリオに伝えられてすぐ、他の帝国兵たちにもスケルトンの出現が伝えられたが、いまいちピンと来ていなかった。

 大量の魔物の出現が、このタイミングで現れるとは思っていなかったからだ。

 自分たちへと波を打つように迫り来るスケルトンたちを見て、帝国兵たちは皆ようやく事の重大さに気付いて顔を青くした。


「カタカタ……」


「くっ!! ギャッ!!」


 まるで笑っているかのように歯を打ち鳴らしながら、スケルトンは襲い掛かる。

 スケルトンと言っても、帝国兵に襲い掛かるものは人間の骨だけでなく、狼や熊など多種多様の生物の骸骨が徒党を組んで襲い掛かってくる。

 ある帝国兵は、人骨のスケルトンが錆びた剣で攻撃してきたのを防ぐが、その隙に狼のスケルトンに噛みつかれて、右足に深い怪我を負った。

 他にも、スケルトンたちに集団で襲い掛かられた帝国兵は、抵抗することもできずに肉片をまき散らすことになった。


「おのれっ!! アンデッドの魔物ごとき蹴散らせ!!」


「しかし、数が……」


 数こそ力を謳う帝国兵たちが、それ以上の数の魔物によって1人また1人と怪我を負い、命を散らしていった。

 その光景を見た将軍であるエレウテリオは、スケルトンの相手をしている兵に檄を飛ばす。

 自分は安全圏にいるからそんな事を言えるのであり、相手をしている兵たちはそう簡単にはいかない。

 1体のスケルトンを倒したからと言って、すぐ次のスケルトンが襲い掛かってくる。

 しかも、スケルトンに攻撃した瞬間の隙を狙っていたかのように、他のスケルトンが攻撃してくるのだから、攻めても守っても攻撃を受けるという最悪の状況といてもいい。


「ギャー!!」「クソッ!!」「グアッ!!」


 大小さまざまな怪我を負い、帝国兵の様々な悲鳴が上がる。

 その悲鳴と共に、戦場には血が飛び散る。


「くっ!! このままでは我々まで危険だ! この場から退避するぞ!!」


「りょ、了解しました!!」


 ジワジワと兵たちが死傷していく様を見て、エレウテリオはこのままでは自分にまでスケルトンが襲い掛かってくることになると危惧した。

 もう砦の攻略なんて気にしていても意味がない。

 エレウテリオは、兵たちを盾にしてこの場からの撤退を開始することにした。






「……な、何が起きているの?」


 毎日のように攻め立てられ、江奈たち王国の者たちは追い込まれていた。

 そろそろ限界だと思っていたところで、急に帝国の動きが鈍くなったため、江奈は何を考えているのかと訝しんだ。

 すると、悲鳴のような声が聞こえて来たことで、何か異常事態が起きているということは分る。


「何なの? ……とりあえず、怪我をしている者は応急処置を……」


「ハッ!!」


 江奈をはじめとする王国の者たちは、帝国側で何か起きたのか分からず戸惑う。

 状況は掴めないが、この機を利用して一先ず怪我人の応急処置などを開始することにした。


「た、大変です!!」


「どうしたの? 帝国に何かおきているようだけど……」


 江奈たちが怪我の治療などをしていると、斥候に送っていた者から報告が届いたようだ。

 しかし、斥候の慌てように、江奈は聞くのが嫌な予感をしながら報告を聞くことにした。


「て、帝国の兵数を凌駕するようなおぞましい程のスケルトンが、こちらへ向かって来ております」


「……えっ?」


 帝国が侵攻して来るまでは、大和王国はどこの州も魔物の脅威が低かった。

 しかし、帝国の侵攻を受けたことで魔素の流れに異変が起きたのか、魔物も多く出現するようになってきた。

 だからと言って、そんなスタンピードが起こることなんて信じられない。

 報告を受けた江奈は、思わず呆けてしまった。


「スケルトンによって帝国兵が減っていっていますが、帝国が潰れた後は……」


「……ここを襲ってくる」


 突如現れた魔物によって、帝国軍の数が減ってくれるのはありがたい。

 しかし、帝国兵が壊滅した後、次は自分たちに襲い掛かってくることになる。

 殺されるのが帝国兵から魔物に変わっただけで、むしろ帝国軍以上の数が攻めて来る以上にここを守り切ることが絶望的になったということでしかなかった。


「ハハッ……」


 それを理解した江奈は、自分の不運に呆れた。

 天を仰ぎ見て自嘲すると、足の力が抜けたように震え、立っていることができずにその場にへたり込んでしまった。






◆◆◆◆◆


「ククククッ……ハーハッハッハ!!」


 スケルトンたちによって帝国軍がジワジワと数を減らしていく光景を見て、司はこらえきれずに大声を上げて笑った。


「愉快だ! 奴らが苦しむ様はこうも楽しいのか!」


 大量の大和国民を殺してきた帝国の者たち。

 その死体処理をさせられていた時に、何度皆殺しにしてやろうと思ったことか。

 それがようやく念願かなった。

 帝国兵たちが死の恐怖を感じながら死んでいく様に、腹の中に溜まっていたドス黒いものが消え去っていくような感覚に司は歓喜していた。


「さて、どれだけの時間もつかな?」


 出来ることならこの時間を長く味わいたい。

 帝国の者たちが苦しむことなく死んでいくのは面白くない。

 少しでも長い時間をかけて、全滅してくれるのを眺めていたいものだ。


「……おっ!?」


 司が楽しく戦場を見つめていると、帝国軍に異変が起きた。

 何やら兵が固まって、西へと行動を開始したのだ。


「……もしかして、部下を盾にして逃げるつもりか?」


 兵が固まっている中心部には、何やら豪華な鎧を着た者が指示を出しているようだ。

 恐らくは、ここに集まった帝国軍を指揮する立場の者なのだろう。

 スケルトンたちの出現によって、砦を攻略している場合ではないと判断し、逃走を図ることにしたのだと司は察した。

 兵たちが血路を開き、その隙に自分だけでも逃げるつもりだろう。

 自分さえ助かれば良いと言っているかのようで、司は不愉快に感じた。


「水元公爵は逃げていないというのに……」


 青垣砦を守る水元公爵。

 王国最後の希望とされている存在だ。

 攻め込まれ始めて数日経つが、それも限界だったはずだ。

 そんな状況でも、公爵は逃げるという選択を取らなかった。

 それに引きかえ、部下たちを見捨てる帝国の将軍は、自分を第1に考えて行動しているように感じた。


「まぁ、それもそれでどうかと思うが……」


 指揮官としてどちらが正しいというのかは、正直司には分からない。

 豪華な鎧を着ている帝国軍の指揮官も、ある意味では正しいかもしれない。

 水元公爵も、危険と感じたら他国へ逃げて再起を図るという考えをしても間違いではない気がする。

 しかし、結局の所、自分がどっちを好むかということだ。

 自分の中の帝国の人間への憎悪を抜きにしても、選ぶとすれば水元公爵の方が好ましかった。


「そんな事より……」


 司は単純に帝国軍の壊滅を見に来ただけだ。

 誰がどんな選択をしようが関係ない。

 南から襲い掛かるスケルトンに、北にある砦は攻略するのにもう少し時間がかかる。

 東は山があるため、逃げるとすれば西へと向かうしかない。


「逃げられると思っているのか?」


 司は、遠く離れて届かないとは分かっていながらも、西へ逃げるという選択を取った指揮官に問いかけた。

 骨を仮面のようにして被っているため、司の表情を見ることはできないが、隠れていない口元には愉悦を含んだ笑みを浮かべていたのだった。


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