第1話 大和王国
魔法やスキルがある世界に大和王国と呼ばれる島国があった。
東西南北の4つの大陸のうち、東の大陸で一番平和で発展している国だ。
しかし、大和皇国は発展しすぎた。
東大陸にある国全てに影響を与えるほどに成長した大和王国を脅威に感じた隣国のエウプーラ帝国は、何の予兆もなく大和王国へと攻め込んで来たのだ。
突如として攻撃を受けた大和王国は王族を殺され、エウプーラ帝国はその混乱に乗じて次々と大和王国の地を侵略していった。
「おいっ、聞いたか!?」
「あぁ、
大人4人が密集するしかない部屋で、ある青年が隣で横になる青年に問いかける。
帝国に奴隷として利用されている2人は、いつものように1日中力仕事をさせられ、疲労困憊の状態だ。
監視の兵に明日も目を付けられないように、少しでも長く寝ることで体力を回復したいところだが、今日仕事中に兵たちが話していたことが気になっていた。
公爵家の1つである大良家の当主が、捕縛されたという話だ。
「遠原、立花に次いで、大良までもか……」
「残るのは
大和王国には、かつて4つの公爵家が存在していた。
過去形で分かる通り、4つあった公爵家はエウプーラ帝国軍の侵攻から5年経つと、半分にまで減らされていた。
遠原、大良、立花、水元の4家のうち、最初に潰されたのは遠原家だった。
大和王国の西北地区を管理する立場にあり、丁度訪問していた王族と共に帝国からの攻撃をもろに受けたせいだ。
王族という頭を潰された首都の軍を相手するより、公爵家によって指揮された立花軍を先に潰すことを優先した帝国軍は、遠原地区を支配して南下した軍と、西にある自国からの軍が参戦したことによって数の有利を生かして立花家を追い詰めていった。
そして、とうとう追い詰められた立花家は、籠城作戦も虚しく帝国によって潰されることになった。
西の2家を潰して支配した帝国は、難なく首都を陥落し、東地域を管轄する残りの大良家と水元家へと進軍を開始した。
残った2家は、何とか軍を率いて帝国の進軍を抑えていたのだが、とうとう東南地域の大良家当主が捕まり、処刑されることが決まったそうだ。
「しかし、水元家の当主は少女だという話だからな……」
「やっぱり期待するだけ無駄か……」
「……もう寝よう」
「あぁ……」
元遠原と立花の地域にいた彼ら市民は、皆奴隷として帝国の好きに利用される奴隷にさせられた。
そんな彼らにとって、王族の血を受け継ぐ公爵家は生きる希望だった。
不当に侵略してきたエウプーラ軍の奴らを、いつの日か倒して自分たちを奴隷から解放してくれると信じていた。
しかし、その公爵家も東北地域を管轄する水元家のみになった。
しかも、その水元家の当主は、先代が亡くなって娘に移ったという話だ。
別に女性だから期待できないということではない。
単純に、年齢的な問題だ。
帝国が将軍クラスによって1軍を率いているというのに、若い当主では戦術面で後れを取ることが間違いないからだ。
話していると自分たちの希望が消えていく未来しか想像できなくなった奴隷青年の2人は、これ以上話すこともできず、眠りにつくことにした。
◆◆◆◆◆
東北地域にある花紡州の長谷川砦。
そこには多くの兵が控える。
王族や公爵家に仕えていた敗残兵が、少しでも水元家を救おうと集まってきたのだ。
攻め来るエウプーラ軍を抑えるために、西と南へ軍を配置しているのだが、もしもの時にはどちらにも駆け付けられるように位置する砦だ。
その砦の会議室で、多くの者たちが歯噛みする思いで新聞の1面を見つめていた。
「くそっ!!」
「奴らには死者を敬うという感情がないのか!!」
この新聞は帝国がバラ撒いたもので、載っているのは大良公爵家当主の首が野晒しにされた写真だった。
数日前に捕まった大良公爵は、帝国兵が集まる元首都の大広場で斬首による処刑をされた。
それだけでも王国の者たちは悔しい思いをしているというのに、彼らは死者をも侮辱するような行為に出た。
それが公爵の首を野晒しにするという行為だ。
敗戦の将を処刑するまでは百歩譲って仕方がないことだが、死者を冒涜する行為に隊長たちは怒りで拳を握りしめることしかできなかった。
「こうなったら悪鬼羅刹どもを皆殺しにしてやろうぞ!!」
「そうだ!!」
このような行為に我慢ができなくなった者たちは、若いがために血気に逸っているようだ。
今にも兵を率いて西へと攻め入ろうと声を上げる。
「待てっ!!」
「それこそが奴らの狙いだ!!」
「……なるほど」「たしかに……」
若い隊長たちが血気に逸るのを、ベテランの隊長たちが抑え込む。
大良家当主の首を晒したのは、自分たちを挑発するのが目的だ。
西と南に軍を配置している帝国は、この膠着状態を崩すためにこのような行動をして来たのだ。
水元家の主軍が西へと向かえば南から、南へ向かえば西から攻め込むつもりなのだろう。
ベテランの隊長たちの説明により、それを理解した若い隊長たちは段々と怒りを鎮めていった。
「どうなさいますか?
会議室に集まった隊長たちは、上座の席に座る少女へと視線を向ける。
大和王国の人間らしい黒髪黒目で、ショートボブの髪型をしていて、16歳になったばかりの残された唯一の公爵家当主で、名前を水元江奈という。
彼女を頼って多くの他地域の兵と国民が集まってきており、王国最後の希望として存在している。
「…………」
問いかけられた少女は、無言で思案する。
この新聞記事の狙いは、残った公爵家の自分に対して降伏をしなければ同じ目にあわせるという意味だ。
しかし、死者をこのように扱う帝国が、降伏したとしても自分をまともな扱いをすることはないだろう。
この国を完全に支配するのが帝国のやり方だからだ。
帝国の西には、昔ミヨカディリ王国という国が存在していた。
その国は今では帝国の一部として支配されていて、ミヨカディリの国民は大和王国の国民同様奴隷として扱われているということだ。
それは王族であろうと関係なく、王女であろうと娼館に売られたそうだ。
降伏すれば自分も同じような目に遭うことは目に見えている。
国民がそれで救われるというのであれば考える余地はあるが、それも帝国には期待できない。
そのため、答えはもう出ていた。
「帝国相手に降伏したとしても便宜を図ってくれることはあり得ない。何としてもこのまま迎えつしかないわ!」
「了解しました!」
大和王国の全土から、帝国の手から逃れた兵や国民が自分の下に集まって来ている。
何としても彼らを守るためには、帝国との戦いに勝利するしかない。
江奈の決意ある言葉に、会議室内の者たちも気合いが入った表情へと変わった。
残された公爵家の人間とは言っても、自分よりも年下の少女が戦うと決めたのだ。
元々降伏などと言う考えがない彼らは、これまで以上に気合いが入った様子だった。
「お見事でございました」
「じい……」
集まっていた者たちがいなくなった会議場。
1人で残っていた江奈へ歩み寄り、老齢の男性が深く頭を下げる。
声をかけられた江奈は、その男性を見て硬かった表情を僅かに緩めた。
名前を白川と言い、江奈が小さい頃か面倒を見てもらっている執事で、父にも仕えていた信頼できる人物だ。
「みんなにはあのように言ったけど、どう考えても勝ち目はないわ……」
「えぇ……」
兵たちにはやる気を出させるようなことを言ったが、誰もが勝ち目がないことは分っているはずだ。
負けると分かっているのに戦えと言っていることが、江奈には気がかりだった。
「お気になさることはないと思われます。彼らも負けると分かっているはずです。しかし、帝国の奴隷として生きるような人生よりも、戦って死ぬことの方が人として終わりを迎えるにふさわしいと考えているのでしょう」
「……そうね」
帝国相手に、生きていれば希望が持てるという慰めの言葉なんて通用しない。
そのことは、ミヨカディリ王国の件でも分かり切ったことだ。
ならば、戦って誇り高く死ぬことを彼らは選んだのだ。
白川の言葉を聞いて、江奈も納得するしかなかった。
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