第6話 ヴァンパイア
「ヴァンパイア……!?」
ファウストの自己紹介を受けて、エレウテリオは少しの間呆ける。
魔物と呼ばれる中でも、人語を話す個体は存在する。
そういったものたちは、往々にして強力な力を保有しており、その1体で町1つの軍隊が必要と言われているほどだ。
そのなかでも、ヴァンパイアと呼ばれるものは危険な存在で、怪我を負ってもすぐに再生してしまうと言われている。
「ハハッ! ハハハハッ!!」
「……?」
突然笑い出したエレウテリオ。
その反応が理解できず、ファウストは首を傾げた。
「ハハッ、ヴァンパイアなんておとぎ話の存在を名乗るか……」
歴史上ヴァンパイアがいたという話は存在している。
しかし、その存在が確認されたのは数百~数千年前と言われており、今では本当に存在していたのか分からず、おとぎ話のような存在になりつつあった。
エレウテリオも子供の物語などの創作物に出て来るだけの存在としてしか信じておらず、目の前の男が恥ずかしげもなくその種族名を名乗ったことが可笑しくてならなかった。
「冗談を言っている場合ではない。緊急時だというのに我が愛馬を殺した罪で……」
不意の冗談に笑わせてもらった。
しかし、今はそれどころではない。
スケルトンたちの進行方向からいって、帝国兵を倒し終えたら青垣砦を潰しにかかるだろう。
そして、青垣砦を潰した後は、もしかしたら別方向に進路を変えるかもしれない。
そうなった時に、きちんとした対応策を練っておかなければならない。
そのためには、早く味方のいる場所へと向かわなければならないというのに、この男は邪魔をした。
当然処罰を与えなければならないと、エレウテリオは剣をファウストへと向けた。
「殺す!!」
何のために自分を足止めしてきたのか分からないが、このファウストという男は武器も構えることなく立ち尽くしている。
馬をやられてしまい、これ以上相手にしているのは時間の無駄だ。
そう考えたエレウテリオは地面を蹴り、ファウストとの距離を詰めて高速の突きを放った。
「ハッ、口ほどにもない」
エレウテリオの突きは何の抵抗もなくファウストの心臓部を貫き、鮮血をまき散らす。
何のつもりでこの男が邪魔をしたのかは分からないが、あまりにもあっさりし過ぎて、こんなのに愛馬を殺されたかと思うと不愉快になる。
「そうですね」
「っっっ!!」
エレウテリオが漏らした言葉に反応するように、剣を突き刺されたファウストが返答してきた。
死んだと思った相手からの返答に驚いていると、エレウテリオは突き刺した剣を握っていた右腕を掴まれた。
「貴様! 何故……ムッ!?」
自分はたしかに心臓部を突き刺したというのに、何故この男は動いているのだ。
そんな思いをしていると、腕が全く動かないことに気付く。
「くっ! 貴様、離せ!」
「この程度の突きしかできない者が将軍という地位についているとは……」
腕を軽く捻られ剣から手を離したエレウテリオは、掴まれた腕を引き離そうと力を込める。
暴れるように動くがびくともせず、エレウテリオはファウストから逃れられない。
至近距離から魔法を放っても、ファウストは全く気にした素振りはない。
見苦しく暴れるエレウテリオに対して、ファウストは嘲笑うように呟いた。
「フンッ!」
「っ!?」
暴れるエレウテリオを無視し、ファウストは自身の胸に刺さったままの剣を引き抜く。
大量の出血をするが、ファウストは全く気にする素振りがない。
しかも、そんな事をしているにもかかわらず、絶命する様子が全くない。
「……まさか、本当に……」
「腕はともかく、なかなかいい剣を使っていますね……」
ここにきて、エレウテリオはようやく先程ファウストが言っていたことが本当なのではないかと思い始めていた。
焦燥に駆られるエレウテリオだが、ファウストは無視したように引き抜いた剣を眺めていた。
「帝国の将軍というのがどれほどの実力か確認したかったのですが、この程度だとは予想外でしたね」
「何っ!?」
心臓を刺されても生きていることから、この男がヴァンパイアの可能性はたしかにある。
しかし、エレウテリオは侮辱されたことに腹を立てる。
この地位につくまでに、自分がどれほどの苦労をしたことか。
そのことを知らずに侮辱されたことが許せなかったようだ。
「まぁ、これなら司様の望みも、それ程時間がかからず叶うことでしょう」
主人の命により相手にすることになったが、興醒めもいいところだ。
帝国の将軍と言っても、実力はたいしたことはないようだ。
これなら主人のやりたいことは、それ程時間はかからないうちに達成されるだろう。
「……司? 何を……」
ファウストの独り言のような呟きに、エレウテリオは反応する。
まるで自分の上には、まだ何者かがいるかのような口ぶりだ。
しかも、出た名前は大和王国特有のもの。
そんな名前をした実力者なんて聞いたことが無い。
「フグッ!? ……ガッ!?」
ファウストの言葉に反射的に返した途端、エレウテリオの腹に激痛が走る。
何が起きたのかと思ったら、自分の腹に自分の剣が刺さっていた。
右手に持っていた剣で、ファウストが刺したのだ。
「貴様ごとき愚物が、司様を呼び捨てるな!」
苦痛に歪むエレウテリオに顔を近付けて、ファウストは殺気を込めた言葉を呟いた。
主人の名前を、このような雑魚に呼び捨てにされたことが気に入らなかったようだ。
「ガッ!!」
「おぉ!」
殺気を浴びた途端、エレウテリオはファウストに捕まれている自身の右腕に魔法をかける。
爆発の魔法により右腕が吹き飛ぶ、その苦痛と腹の痛みに耐えながら、エレウテリオはようやくファウストから距離を取ることに成功した。
「雑魚の癖には頑張りますね」
自分の右腕を犠牲にしても逃れたことに、ファウストは感心したように呟いた。
そこまでの根性がこの男にあるとは思っていなかったたからだ。
「ガハッ! こんな所で俺様が……」
腹に刺さった剣を引き抜き、すぐに回復薬を取り出し止血する。
剣が取り戻せればまだ戦える。
片腕だろうと、自分は剣の力で伸しあがってきたのだから。
応急処置が済んだエレウテリオは、左手に剣を持ち、ファウストへと構えを取った。
「そう言えば、さっきの出血で腹が空きましたね……」
「ハッ!!」
何やらファウストが呟いているが、エレウテリオはそんな事を無視して襲い掛かる。
左手だけとはいえ、エレウテリオの振り回す剣筋はかなりのものだ。
しかし、そんなエレウテリオの攻撃を、ファウストは危なげなくヒラヒラと躱した。
「がっ!?」
「あなたの血で我慢しましょう」
ファウストは、攻撃を躱しざまに手刀を一閃する。
たったそれだけで、エレウテリオの首が斬り飛ばされる。
斬られて舞い上がった首だけのエレウテリオは、残った体から手のひらへ向かうように血液を吸い取るファウストを見ながら、意識が消えていったのだった。
「う~む……、味はいまいちですね。やはり女性の方が好みですかね」
手のひらにある魔法陣により、エレウテリオの体から血液を吸い取ったファウストは浮かない表情で呟く。
どうやらエレウテリオの血液はお気に召さなかったようだ。
「……お土産にもらっていきましょう」
血液を吸い取られ干からびた体に握られた剣を見て、ファウストはこのままおいて行くのはもったいないと思った。
そのため、戦利品としてもらっていくことにした。
「さて、主様の所へ戻りますか」
斬り飛ばした首はまだ使い道がある。
髪の毛を掴んでエレウテリオの首を持ち上げたファウストは、主人である司の下へと戻ることにした。
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