テンプレの対極!――クラシック好きでない読者にこそ

  • ★★★ Excellent!!!

(おことわり――これは「序」と「第1章:望郷と憧憬」を読み終えてのレビューです。現時点で、全8章(+アルファ)ある作品のうち、ごく一部しかあつかっていないことをご了承ください)

音大生たちの青春を描く小説です。カクヨムでは、めずらしいジャンルといえるでしょうか。

声楽専攻の山岡みそら、ピアノ専攻の三谷夕季が主人公。この2人の関係を軸に、どちらかというと、みそらの視点が中心になって話は進みます。

短い「序」は、2人が同じ音大に入学する前年の夏。本編の第1章は、そこから2年後の夏が舞台です。

短大や専門学校に進んだ同級生なら就活真最中。早ければ結婚する子もいたりするという微妙なタイミングを、作者さんはうまく選んでいます。音楽にドップリ浸かって生活している音大生たちが、いやでも将来の針路を決めていかなければならない時期ということでしょう。

高3の「序」では、誰かと一緒に素晴らしい音楽をつくることに憧れる山岡みそらと、自分も先輩たちと同じように舞台に立てるのか想像して奮い立つ三谷夕季という2人のコントラストが示されます。

2年後にあたる第1章は、「舞台に立つ」ことでは一歩先を進んでいるらしい夕季君と、なかなか道を決めかねているみそらちゃんの、これまた微妙な関係が丁寧に描かれています。みそらちゃんが、一つの決心をするところで、第1章は終わりです。

テーマからして当然ですが、作品中には、たくさんのクラシック音楽が登場します。

他のレビュアーの方たちも書かれているように、音楽を小説で表現するというのは難しいことだと思います。映画やアニメなら、音楽そのものを借りてくることができますが、小説はその手が使えません。スマホで曲名を検索したらすぐ聴けちゃう時代でも、そこまでする人はあんまりいないでしょう。

よく「小説を読むと音楽が聴こえてくる」という言い方をすることもありますが、それは音楽を聴いた経験のある人だからですよね。聴いたことのない音楽を文章だけで想像するというのは、どうしても限界があります。いいかえると、読み手の音楽経験の広さとか深さが、ダイレクトにそのまま、小説の印象に響いてきてしまう、ということかもしれません。

書き手としては、いきおい、音楽を聴く登場人物たちが、その音楽から何を受け取るかというところに焦点をあて、表現を工夫することになりますね。

これは、いわゆるテンプレに乗っかった小説の対極といえるでしょう。作者さんは、そこに果敢に挑戦しています。

いそいで付け加えると、この小説は、音楽そのものというより、音楽を〈一緒につくる〉ことに挑む音大生たちのドラマなので、「クラシック? ちょっと苦手かな~」という人でも、十分に楽しめる要素があります。

「テンプレに乗っかった」というと語弊ありますが、それ自体は私も大好きです。カクヨムでも少なくないですね。『恋するハンマーフリューゲル』は、そういうテンプレとはちょっと違うものもたまには読みたいなという方におすすめです!

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