心の淵に潜むもの

  • ★★★ Excellent!!!

若き男女の許されぬ恋。山道を急ぐ二人の道行きは、命を断つ場所を求める旅でした。

7,000字足らずの掌篇ですが、谷川に身を投げる二人に起こる出来事は、ちょうどその川のように流れる筆致で描かれていきます。

もっぱら男の視点から語られるこの物語。命を捨てると決めたはずの彼の心の奥底には、自分でも気づかない迷いが潜んでいるようです。

そのことは、どうやら女も薄々気づいているらしい(二人を襲う魔物には、即座に見破られます)。

二人で生まれ変わり、来世こそ一緒になる——その淡い夢にしか望みを託せない女と、迷いを振り払えない男。

どうしてこうなってしまったのか? その理由は男にも理解できない。ちょうど二人が身を投げたあの淵のように、澄んだ水面の奥底には、見透すことのできないなにかが潜んでいるのでしょう。

心のなかに深い余韻を残してくれる名品です。