音楽とともに歩む音大生の日常が情感のこもったこまやかで魅力的な筆致で映し出された心温かな物語です。楽曲の味わいを深めながら演奏会に向けて練習に励む音大生の心の動きを、主要登場人物、山岡みそら、三谷夕季、江藤颯太たちの視点を通して丁寧に綴る過程で、楽曲の魅力や舞台の素晴らしさが見事に映し出されていて感動的です。生徒たちを教え導くピアノ専攻の講師、羽田葉子の生徒たちを見守る優しさも印象的で、真剣に音楽や生徒たちと向き合うことで人生を切り開いていく芯の強さに心打たれました。
音楽の美しさを味わいたい方におすすめの力作です。
(おことわり――これは「序」と「第1章:望郷と憧憬」を読み終えてのレビューです。現時点で、全8章(+アルファ)ある作品のうち、ごく一部しかあつかっていないことをご了承ください)
音大生たちの青春を描く小説です。カクヨムでは、めずらしいジャンルといえるでしょうか。
声楽専攻の山岡みそら、ピアノ専攻の三谷夕季が主人公。この2人の関係を軸に、どちらかというと、みそらの視点が中心になって話は進みます。
短い「序」は、2人が同じ音大に入学する前年の夏。本編の第1章は、そこから2年後の夏が舞台です。
短大や専門学校に進んだ同級生なら就活真最中。早ければ結婚する子もいたりするという微妙なタイミングを、作者さんはうまく選んでいます。音楽にドップリ浸かって生活している音大生たちが、いやでも将来の針路を決めていかなければならない時期ということでしょう。
高3の「序」では、誰かと一緒に素晴らしい音楽をつくることに憧れる山岡みそらと、自分も先輩たちと同じように舞台に立てるのか想像して奮い立つ三谷夕季という2人のコントラストが示されます。
2年後にあたる第1章は、「舞台に立つ」ことでは一歩先を進んでいるらしい夕季君と、なかなか道を決めかねているみそらちゃんの、これまた微妙な関係が丁寧に描かれています。みそらちゃんが、一つの決心をするところで、第1章は終わりです。
テーマからして当然ですが、作品中には、たくさんのクラシック音楽が登場します。
他のレビュアーの方たちも書かれているように、音楽を小説で表現するというのは難しいことだと思います。映画やアニメなら、音楽そのものを借りてくることができますが、小説はその手が使えません。スマホで曲名を検索したらすぐ聴けちゃう時代でも、そこまでする人はあんまりいないでしょう。
よく「小説を読むと音楽が聴こえてくる」という言い方をすることもありますが、それは音楽を聴いた経験のある人だからですよね。聴いたことのない音楽を文章だけで想像するというのは、どうしても限界があります。いいかえると、読み手の音楽経験の広さとか深さが、ダイレクトにそのまま、小説の印象に響いてきてしまう、ということかもしれません。
書き手としては、いきおい、音楽を聴く登場人物たちが、その音楽から何を受け取るかというところに焦点をあて、表現を工夫することになりますね。
これは、いわゆるテンプレに乗っかった小説の対極といえるでしょう。作者さんは、そこに果敢に挑戦しています。
いそいで付け加えると、この小説は、音楽そのものというより、音楽を〈一緒につくる〉ことに挑む音大生たちのドラマなので、「クラシック? ちょっと苦手かな~」という人でも、十分に楽しめる要素があります。
「テンプレに乗っかった」というと語弊ありますが、それ自体は私も大好きです。カクヨムでも少なくないですね。『恋するハンマーフリューゲル』は、そういうテンプレとはちょっと違うものもたまには読みたいなという方におすすめです!
音楽の喜び、高揚感や音を聞いている時にしか脳裏に浮かばない一瞬の光景や物語、そのようなものをキーボードにぶつけているのであろう表現が好きです。
例えば「ショパンの曲はポーランドの音楽だ」というくだりがあります。主人公が心揺さぶられる表現は緻密ですが、読者に与える「ショパン」のイメージは壮大で、きっと今までに聞いたことのない不思議で豊かな演奏なのだろう、と、聞こえてもいないピアノの音に心地よく酔えるほどです。
ストーリーも丁寧に進められていき、等身大の(いつも若干お金のことを気にしているような)大学生の姿にも好感が持てます。頑張れ音大生!!!