第5話 荒神対天使
彼女の言う丘の上へと『明けの明星』は降り立った。ヘリコプターのホバリングみたく、少年の技量でユニットを着陸させる。
コックピットの扉が開き、翼の間からヒイラギは飛び降りた。彼女はこけそうになりながら、前に走っていった。
一体に何があるのか。当然であるが、少年は皆目見当もつかない。
だだっ広い、崖のような丘の頂上に、十字架が刺されていた。それに装飾するように、水晶のペンダントが掛けられている。
「お婆ちゃん。……言ってたもの、あったよ」
ヒイラギがそう言った途端、コックピットで苦しそうにする御婆の口角が微かに上がった。
記憶に残る、昔の思い出を焙り出していた。
※
「お婆ちゃん。どうしてペンダントをそこに掛けるの?」
周忌の日だった。この時は村の人達の誰もが、クロユリで染めた喪服を着て、神妙そうな表情である。
ヒイラギは御婆にそう訊ねたことがあった。
御婆は嬉しそうな顔を見せると、何処か空を見上げた。
「このペンダントはね。おじいちゃんへの贈り物なの」
「贈り物?」
「そう。昔、青いものを肌身離さず持つと、願いが叶うって伝説があったの。お婆ちゃん、それをずっと信じてつけてたの。そのお祈りを、おじいちゃんにも分けて上げるためなのよ?」
「お婆ちゃんは何を願ったの?」
「お婆ちゃんの願いはね……“もう一度、おじいちゃんに会う”ことなの」
「……?」、ヒイラギは首を傾げ、可笑しそうに御婆を見る。
「いずれ、分かるんだよぉ。その日まで、私は一人で生きていくのさ……」
それ以上の会話は二人には無かった。
だけれど、その言葉はヒイラギの頭にずっとこびりついている。
※
水晶のペンダントを十字架から外し、自分の首にかけるヒイラギ。
「おばあちゃんがおじいちゃんを忘れないためにこれを持っていきます。そして、どうか側で見守っててください」
コックピットから少年が顔だけひょっこりと出し、耽る彼女の背中に問う。
「もう済んだか。これ以上は戦争に巻き込まれるぞ」
「……ええ」
「避難場所はどこだ?」
「私の村から少し離れた炭鉱地帯……そこの防空壕にみんないる。――そこまで連れてってくれるの?」と、ヒイラギは信じられない顔で少年に言った。
「放っとく訳にもいかんだろ。それにいつ、この丘も戦火となるか分からん」
少年はヒイラギをコックピットの中に手繰り寄せながら、そう言った。
御婆の様子もどこか衰弱しているように見える。彼の言う通り、防空壕へと急いだほうが良いかもしれない。あそこには最低限の医療キットが設けられている。それに無理させたら、より体に負担が生じる。彼のご厚意に答えることにした。
徒歩では四〇分以上かかる防空壕まで、ユニットならば三〇秒ちょいに到着した。あまりに一瞬で目の前の光景を疑ったが、見慣れたご近所の人たちが自分たちを迎え入れてくれた場面を見て、その邪は無くなった。
防空壕は炭鉱の跡地に作られただけあって、アリの巣状態の土壁の通路を無理やり壊して、一つの部屋として人々が避難の際に集合する、ドーム形の巨大な空間となっている。そこに適当にこしらえられた十或の住人の人数分の寝床と一か月分の非常食、そして国から貰った医療キットが、一つしかない出入り口の隅の方に置かれているだけである。
ヒイラギは持っていた水晶のペンダントを御婆に掛けて上げた。
用は済んだ……少年はコックピットに再び搭乗しようとする。
「ねぇ!」と、聞き慣れた女の声がして少年は振り返る。
「いつまで俺に構うつもりだ。さっさと――」
「ありがと、私を助けてくれて! ありがと! 私の勝手に答えてくれて! ――今言っておかないと、あなた、帰って来ないかもしれないと思って……」
少年は彼女の言いたいことを理解した。
次の瞬間、へそから飛び出た黄色い線は、先ほどまでヒイラギのへそについていたが、今は大地の向こうを示している。また頭痛が起きる。
『この国が終わる』
破滅を予言する民の声。頭の中でそのエコーが響き渡った。
少年は、この声を無視など出来なかった。
誰かが助けを求めている、誰かが頼りたがっている、彼が戦場を赴く理由はそれだけで十分だった。
返事も返さず、少年はコックピットにすぐさま乗り込み、ユニット操作の役割を果たす、突き刺さったナイフを手に持った。
『明けの明星』は翼から発せられる光の粒子を放出させる。
そして、常人の目には見えぬ物凄い速度で、この場を去り、大海原の上を飛んでいった。
「帰ってきてね、名前も知らない子」
ヒイラギの目は、何処か母性に溢れていた。
※
ノース大国のもう一体のユニット『狂気満ちる荒神』(マーズ・アレス)はゆっくり海上を進んでいた。
人型であるのは当然であるが、その無駄に分厚い肩、肘、胸元、足腰のメタリックボディは糸の隙間も通さない。このユニットの専用武器として、刀身がまるで炎の揺らめきのように見える剣――フランベルジュとよぶもの――を右手に携えている。マーズ・アレスには、荒神という名と持つに相応しい奥の手があるということだが…………。
その搭乗者、マルスはコックピットの中で荒れ狂う様に叫んでいた。
「ふざけんなッ‼ なんで俺が王さんを取らなきゃならんのだ⁉ こんなの雑魚がすることだろ⁉」
自国の作戦室からユニットの発進、そして今に至るまで彼はこう大きく叫んでいる。
海上を先攻中、景色も見栄えも変わらないメインカメラを見るのに、マルスは飽き飽きした表情を見せた。
「大体、俺は戦えればそれでいいのに、なんであんな新人を任せるかねぇ⁉ 俺よりもリアリティ同調数が高いだけなのによォ‼ だのに、今回の作戦で一番簡単な"王さんを取りに行く"なんてよ‼」
と、口ではそう言っている。が頭では、自分が何故この配置についたのか、を考えていた。
「若干、感じたことと言えば……。なんで邪馬台国がユニットを二機しか出さないことを上層部が知ってたのか、少し心残りだがな。何だか物事がうまく行き過ぎてる気がするなぁ……」
だが、マルスはここで気持ちを切り替えることにした。答えが分からない曖昧なものなど考えていても仕方ない。自分の座右の銘は子供の頃から変わっていない。――『強い奴が一番強い』。それだけが快感に満ちる瞬間なのだ。
「それを証明するために俺は生きてる‼ 強い奴は何でもできなきゃならねぇ‼ こんなちゃちな仕事、さっさと終わらせてやる‼ あいつが一番強い奴とドンパチをやる前よりも、だ‼」
マルスは意気込み、ユニットを操作するレバーを強く握りしめ、勢いよく押し倒した。
マーズ・アレスの背中の熱動エンジンが出力し、機体が少し浮上する。
そして、海上の波が立つ。
ユニットの行方は、それが指し示している。
※
邪馬台国都心、伊邪那岐。
天守閣の下、城下町は活気に溢れていた。
碁盤の目のようなその町には、人々の騒ぎ声、笑い声、仰ぐ声が交差して、民衆のオーケストラを奏でている。そして、安い賃金をやりくりして、互いの商いを成就させる。近隣でのコミュニケーションは欠かせない。それが、この場所で幸せに生きるための手段である。人情を問い、人情に答える。これが彼らの生き方なのである。
「メイちゃん、今日も元気かい?」
タオルを頭に巻いた翁は道で見かけたご婦人に向けて、そう言った。
ぱっ、とこちらを見たご婦人はその艶のある髪を靡かせ、煌びやかな衣装に身を包んでいた。突拍子に、という訳でもなく、手慣れたようにご婦人は軽く挨拶をした。
「ええ、相変わらずよ、ケンちゃん。それにしても今日は一段と賑やかやね」
「そりゃ当然よ。なんたって、今日は年に一度、神様が地上に舞い降りる日だからね。みんな、街を盛り上げようと必死さ。神様には俺たちの活気を見てもらって、安心してほしいからね」
「そうやねぇ。この国を守ってもらってるんやから、一日ぐらい楽にしてもらいたいよね。うちも今日はどんと街を盛り上げるために実行委員頑張りまっせ!」
「そういや、今年の番長はあんたらのとこだったな。期待してるぜ。メイちゃんとこ、結構評判いいからね」
「そう褒めんといてください。出来る限りのことをしてるまでですよ」
二人は、高笑いし合った。
その時である。
プォぉオォォおおォオッッ――‼‼
誰もが予想しない突然、警戒用サイレンが町中に響き渡った。
人びとは一瞬止めていた脳を再度動かし、どういうことか、を考えるために頭をフル回転させた。
――ニゲロ。
怯える声を上げ乍ら、人々は逃げ惑った。地下にあるシェルターへ行くには、街を少し出たところ――川上に浮上する緊急時用戦艦まで行かなければならない。しかし、あまりに突然のことで伊邪那岐と未開拓地の出入り口の役目を果たす巨大扉はまだ開門できていない。屋号の中で手動と重なり合った歯車により開門する。運悪く、夕刻は日勤と夜勤の人らが入れ替わる時でもある。一日の中で一番人の手が少ないのだ。
「急げ! 出来るだけ早く‼」、日勤の者が屋号の中で叫んだ。手に歯車を回すための綱を持ち、力強く引っ張っている。
「今もやってますよ! 歯車の調子が何故か悪いんですよ⁉」
「知るか‼ それらも込み込みで民を避難させるんだろ⁉ 俺たちは市民よりも早く知らせられてるんだ! ごたごた言ってねぇでもっと強く回せ‼‼」と、班長は叫びながら手綱を握った。
「……は、はい‼」
今は二人のみ。二人の万力で重さ三トンもある扉を変えなければならない。だが、火事場の馬鹿力とは本当にある物で、二人の精いっぱいの努力は無駄ではなかった。
ピッタリと地面とくっついていた巨大扉は、何かを引き摺るような音をさせながら、徐々に上へと上がっていく。
人びとは思わず声を上げた。まるで大歓声だった。
――しかし。
人びとの頭上を横切る影があった。
その影は民衆の群れの頭上でシュココッォォ‼ と音を立てて制止する。
人びとは空を見上げ、口を大きく開けた。まるで池の中の鯉が餌を求める姿だ。
その影は、拡声器を使って見下ろした。
「雑魚の群れだ。何も出来ない小者どもが」
その影の正体は、赤い外装のユニットだった。マーズ・アレスの赤き機体は、歴戦を制したユニットから流れる血の雨の結晶なのだ。そこにはアカンサスの花模様が掘られている。
拡声器を切らず、マルスはコックピット内の、三六〇度四方全てを見渡せるメインカメラで目の前を見据えていた。
「ったく、ほんと楽勝なミッションだ。俺には暇すぎて合わん」
邪馬台国の衣食住を守っていると言っても過言ではない、無限電力発電装置”天守閣”が聳え立っている。ご立派にも、天守閣の側面の所々に汚れの一つも無い金箔が頻りに皴なく張られている。
「あーあ、勿体ない。俺が好きなものは、強い奴と金だのによォ」
マーズ・アレスは天守閣の前で飛行を静止させた。
「あばよ、これで因縁にもおさらばだな」
フランベルジュを大きく天に向けて翳す。
そして、天守閣を上から下へと真っ二つにしようとする。
人びとは涙を流しながら、祈りの手をする。
天守閣が壊れれば、自分たちの生活がどうなるか、当の昔に知っていたからだ。
その希望を絶望に変える一太刀があった――……はずだった。
ガギンッ‼‼‼
鉄がぶつかるような音が街に響いた。
小さな女の子は、恐る恐る目を開く。
「おかあ……あれみて」と、女の子は指を指した。
その子の母親らしい人も、子どもの言うことに信じられない表情で顔を上げた。そして、目を見開く。
奇跡が起こった。
人から見ては巨人と同じぐらいのユニット。その手に持つ剣はまるで炎の揺らめきのようだ。
炎の太刀は天守閣を真っ二つに出来なかった。
何故ならば、その太刀を受け止めた銀色に光る刀があったからだ。そして、その持ち主……ユニットも見参している。
天守閣を切り伏せる一太刀を、謎のユニットが防いだのだ。
マルスは思わず言った。
「てめぇ……何もんだ?」と、苛立った様子だった。
謎のユニットのコックピット……搭乗者の少年は真正面に敵を見据える。
「悪いがここから先は通さない」
少年は地面に突き刺す刀の柄をより強く握りしめる。
ルシファーの赤い目は、呼応するようにギラリと光った。
※
西洋の剣と日本刀の鍔迫り合いによりジリジリと火花が散る。
ルシファーは翼を翻して、加速度を上げる。そのままマーズ・アレスを押し返す形で海岸付近にまで引きずり出すことに成功する。鍔迫り合いもそこで終わった。その様子を、人々は唖然と見ていた。
「ねぇ、模様ついてた?」、少女が言う疑問に誰もが首を横に振った。
マーズ・アレスはフランベルジュを握り直し、構えを整える。
「もう一度言う、お前は誰だ」
マルスの応答に、少年は何も答えない。
そうか、とマルスはニタリと笑った。
「なら、戦うしかないな‼」、そう言うと、両手のレバーを押し倒した。
マーズ・アレスは体を加速させて、距離を一気に詰めようとする。ルシファーはそれを見て、少し加速しながら後退する。距離を詰められると、見た感じ、近距離が得意そうであるマーズ・アレスの猛攻を止められるか、現段階では分からない。ならば、様子を見て、相手の能力を探る必要がある。ヒットアンドアウェイを心掛けることにした。
空に舞う二体のユニット、距離の離れた常人の目にも、それの軌道が目を凝らして見えた。
ギャリンッッ ギャリン、ギャン‼‼
剣と刀の交差する音が響きあう空の戦場。
人びとはその様子を見て、杖を小突く老人はその杖を落として、天に向けて両手を広げた。
「おお! 光じゃ! あの御姿はまさしく、創世神話の一節にある……‼」
「……お、おい爺さん。頭おかしくなっちまったのか……⁉」と、若い男は老人の肩を揺さぶった。
少女は感銘を受けたように小さく呟く。
「綺麗……。いつか、あんな風に……」
そして、勝負が分かれたのはルシファーの翼が翻し、互いに微妙な距離で向き合った時であった。
マルスは謎のユニットのパイロットに語り掛ける。
「一つ聞く」
「なんだ?」
「俺は強い奴と戦いたい。そして俺を買ってくれる国への忠義の為に、この戦場で生きている。俺の生きる目標がそこにある」
「そんな話がしたくて、動きを止めたのか? 一体何が目的だ?」
「そこだよ、俺が聞きたいのは。俺には目的がある。お前にはあるのか? 見た所、邪馬台国のユニットではなさそうだ、和の紋様がどこにも無い純白の色。関係者じゃないことはすぐわかる。お前がここで俺を足止めする義理も糞も無い。……俺は手加減は出来ないぞ?」
ここで戦いを止めても手出しはしない、そう奴が言っているのを少年は感じ取った。顔を少し俯かせて、考える。
だが、一瞬でその思考を停止させる。
「あんたは良い奴だ」
「は?」
「だけど、ここであんたを抑えないと泣く奴だっている。泣いてしまいそうになる奴の涙を止めるのが俺の役目だ」
「…………」
「それに、俺は帰らなきゃならねぇ。――話は終わりだ」
そう言った少年に応じるように、ルシファーは翼を広げて、ルシファーズウェポンの刀を構え直す。
マルスは思わず口の端がつり上がった。
「警告はした。だから手加減はしない」
マルスはレバーを手放し、ふぅと肩を抜いた。そして、表示されたホログラムモニターに、タイピングをするように指先でタッチする。最後に搭乗者へ承認するように”Are you OK?”と表示される。
迷いもなく、マルスは承認した。
プシュゥゥ……、ウィウィウィウィグーンッッ‼‼
少年はメインカメラでその様子を見ていた。
マーズ・アレスの無駄に分厚い装甲――それらは本来肩、肘、胸元、足腰に取り付けられた、ボディを保つためのメタリック素材が完全に着脱され、塊となって宙に浮遊した。そして最初の印象には無い、今の細身となったマーズ・アレスの姿は、まるで西洋騎士のような括れのあるスマートさとしなやかさを兼ね備えている。四つの塊は意志を持つように、マーズ・アレスの周囲で舞っている。
「なんだ、あれ」と、少年はぽつりと言う。
その時、コックピット内に『明けの明星』の言葉が響いた。
『どうやらあれは遠隔操作できるようですね。マスター、今からあの塊の群をメテオと名付けます。あのメテオは恐らく、同行動ではなく一つ一つ、別の動きが出来るように思われます。メテオ全ての動きを、レーダーに映します』
「……」
『どうかしましたか?』
「いや、何でもない」と、何か言いたそうにする少年に対して、『明けの明星』は何も言わなかった。ただ、静かに彼の前にレーダーを映した。青の点はユニットの位置、赤の点はメテオを位置する。メテオは右往左往と自由に動き回っている。
先に動いたのはルシファーだった。
少年はナイフを押し倒して、ルシファーを前へ加速させる。
刀を縦横無尽に振り散らし、マーズ・アレスの動きを少しでも制限させようとした。攻撃こそ最大の防御とはよく言ったものだ。言葉通りにマーズ・アレスはご自慢のフランベルジュでルシファーの攻撃を捌けない。
だが、その動きには余裕があった。何故なら、ルシファーの動きも唐突に制限されたからだ。
四つのメテオがぐるぐると独楽のように回転しながら浮遊している瞬間、キラリと星の瞬きが空に光った。
その刹那、四つのメテオの表面から高圧光線が飛び出たのだ。
唐突な攻撃に、ルシファーは上空へと舞った。高圧光線はルシファーの胸元――すなわちコックピットを狙った一転手中の攻撃であったからだ。何とか、回避できたものの、メテオの脅威が消えたわけではない。むしろ、知ってしまったからこそ戦闘する際の選択肢が増えてしまった。
マルスは舌なめずりをして、
「甘いぜ‼」
と、メテオでさらに牽制した。今度は物理的にメテオをルシファーの体に当てようとしてくる。何回か翼に当たり、ルシファーの飛行軌道が一瞬ガクリと、崩れたこともあった。それでも態勢を立て直して、マーズ・アレスへ刀を振るう。しかし乍ら、空を切る。
「ちっ、ちょこまかと!」
「どうやら遠距離攻撃を持っていないようだ。なら話が早い、このまま押し通らせてもらおう!」
マーズ・アレスは再びメテオで高圧光線を撃ちだす。それを鏡のように研ぎ澄まされた銀色の刀でルシファーは防御する。
高圧光線の意図はただ単なる攻撃だけでは無かった。刀で弾いた瞬間、メインカメラは真っ白な光に包まれたのだ。少年は思わず空いてる腕を目元にかざし、その光を遮ろうとした。
『明けの明星』は、それが相手の策であることに素早く気づく。
『手を止めてはいけない! 動けなくなったマスターを近距離で仕留めるつもりです!』
その判断は遅かった。
メインカメラが戻った時には、マーズ・アレスはフランベルジュを天にかざして、振り下ろすときだった。
また刀で鍔迫り合いを起こそうとするが、マーズ・アレスのマルスの方が一枚上手だった。
フランベルジュで刀を擦り合わせて、力一杯振り回す。フランベルジュの切っ先が太陽のある方向を向いた時、ルシファーの持っていた刀が手から放れて、マーズ・アレスの頭上に舞い上がる。
武器の無いルシファーには、マーズ・アレスを斬り伏せる手段はない。
マルスは勝利宣言をする。
「終わりだ、楽しかったぜ」
そして、マーズ・アレスがフランベルジュを横に一閃して、胴体を切断しようとした。
少年はナイフの柄の持ち方を変えた。
親指を上に立て、人差し指を地面と水平になるよう指した。
まるで…………銃を持っているかのような――。
「ルシファーズウェポン、モードライフル」
『了解しました。これよりウェポンチェンジを行います』
すると、空中に舞うルシファーの持っていた刀は一瞬液状化し、うねうねと粘土細工のように捏ねられていく。
そして、一秒も満たない速さで先までの刀が、ユニット専用の大きさの大型ライフルへと変化していた。
少年は銃を象ったその手を、メインカメラに映るマーズ・アレスに指差すようにして、こう言った。
「バンッ」
次の瞬間、ライフルの銃口はマーズ・アレスの頭のつむじへと狙いを定めて、自動的に引き金が引かれた。
シュパンッ
不意打ちのように、ライフルの銃口から放たれた光粒子弾は、頭を貫き、ユニットの股関節まで貫通する。勝利を確信していたマルスには、この攻撃を予測する察知能力は無かった。
当然、胸元にあるコックピットも損傷し、これ以上のマーズ・アレスの搭乗が出来ず、搭乗者も多大なるダメージを受けた。
マルスは呼吸しにくい体で、モニターを操作しながら、不気味な笑みを浮かべる。コックピット内の電線やその他諸々の機械が今にも爆発しそうなのに、である。
口の中が鉄の味でいっぱいになっているが構わず、マルスは操作を続ける。
「ゲフっ……⁉ ク、クク……ゴぇ、ゴホッ‼ 俺が生きてたら、また戦おうぜ。今、回……は。お、れ……の、ま、けだ…………」
少年は、しかとその言葉を聞き入れた。
ライフルから刀へと変形しながらゆっくり落ちてきたルシファーズウェポンを、ルシファーはその手に収めた。
そして――。
ルシファーの背後で、マーズ・アレスは爆発四散した。
掘られていたアカンサスの花模様が、粉々に砕け散った。
※
十二単の女性はほっとしたように笑みを見せた。
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