第7話 明けの明星
第一中心機構空間
七つの国の代表者が集まり、会議を行う――通称『サミット』。
『サミット』は秘密裏に行われ、一国が他の国より秀ないように均等調整するために行われる。どの国の軍事や経済、どれもが秀でてはならない。それではまるで勝負にならなくなり、世界が一国に支配される。そうならないための『サミット』なのだ。言わば、世界全体を安心安全に回すための潤滑油である。
第一中心機構空間の部屋には、モノリスが互いを見据えるように円に囲む形で設置されている。そう、顔を見合わせない会議である。だから、各国の代表者は互いの顔を見たことが無い。モノリスの表面に映る、白い文字が国の名前を示している。そして、代表者が喋ると、モノリスが青く光る仕組みとなっている。
先に話を切り出したのはエジプシャンの代表者、ラーだ。
『私はノース大国に一つ、異議を申し立てたいのです』
そう訊ねられたノース大国のセドナはふふっ、と微笑んだ。
『異議? さて、どういうことかなぁ?』
『此度の戦い、我々エジプシャンに邪馬台国の使者が来るのを図ってのことであるのは分かっています。そして、国を守るAI搭載型ワーカーもそれで出払っていました。これは邪馬台国の防御が手薄になったところを狙ったとしか言いようがありません。前回のサミットでは、暫く停戦という話ではありませんでしたか。それを忘れたと、答弁するつもりですか?』
『……』
と、セドナは黙秘する。
この話に切り込んだのはインカ大国のビラコチャだった。
『僕も聞きたいなぁ。これはサミットでの契約違反だよ? その場合、国の税の約1.1%を各国に寄付するという形だろ? どこもギリギリまでその額を使って、国を発展させているはずだ。その無理を承知して、今回邪馬台国に戦争を吹っ掛けた。どういう意図があるのか、君の回答次第では、このサミットも時間の無駄でなかった』
『では、時間の無駄だな。ビラコチャには悪いが』
『おやおや、全く強情な。ただ……少しは分かる気がしますけどねぇ』
ブリテン国のゼウスはふん、と鼻で笑って見せた。
『全くセドナの言う通りだ。俺は帰らせてもらう』
その時、モノリスの”Zeus”と書かれた白い文字が消えた。
ラーははぁ、と溜息を吐いた。
『ゼウスは本当に自分の国以外のことに興味が無いのですね。自国での集団意識が強いせいか』
『仕方ない、古からの環境の性さ』
と、ビラコチャは言った。
極闇国のネフスキーは、話を戻すように言った。
『そういえば……神さま。一つ思い出しました。…………あのユニットは一体何なのですか? 各国特有の模様も無い、真白な機体、見たことがありません。まさか? 私たちに黙って開発していたユニットとは言いませんよねー―』
『それはありえんよ』
と、ネフスキーの言葉に間髪入れずに邪馬台国の代表者、神さまは言った。
『と、言うと?』
セドナは訊ねる。
『あの機体は、うちちと同世代のもの。いや、もっと古いものでありんす。かつての禁じられた聖域が三度、繰り出されることになりはるでしょう。その時、うちちは初めて……全てを失う。そして、失ったものが創造の糧になる』
まさか……と、今まで黙っていたヨハネが、まるで待っていたと言わんように呟く。
神さまは、ヨハネの想像にまるで便乗するように、こう言った。
『月の裏側に貯蔵されていると言われる、オーパーツの復活。もううちちはこのサミットで世界平和について話し合うことはあらんのかもしれませんね…………。オーパーツの争奪戦となってしまうから』
誰も口を挟まなかった。
それが真実であるが故にだ。
モノリスしかない第一中心機構の静寂の空間に、嵐が吹き荒れる予兆があった。
それを感じ取れずにいない馬鹿は、ただ一人といない。
そう、その嵐の目になっている一人の少年を覗いて、である。
※
神さまとやらと別れた後、少年はヒイラギに会いに行った。戦争から帰ってきたのだから、言っておきたい言葉があったからだ。
土壁の通路を歩き、ドーム空間の防空壕に入っていく。
あれから時間が経っているので、皆出払ったかと思っていたが、まだだったようだ。むしろ、グツグツと調理中の料理の匂いがドームの入り口から漂っていた。まろやかなクリームの匂い……シチューだ。
「お帰り!」
ヒイラギの声が聞こえた。
少年がその声に振り向くと同時に、彼女は少年の手を握った。そして、まるで自分のもののようにその手を頬ずりした。
「何する?」
ヒイラギのその行動は自分で意図したものでは無く、無意識の行動だったことを次の言葉で知った。勘違いかもしれないが。
「……えっ、あっ、いや……、これはその……なんか私っぽくない……。ご、ごめんなさい……」
「別に気にはしない」
そんなことより言うことがある。
「ただいま」
「改めて言うよ! お帰り!」
と、ヒイラギはにこりと笑った。
避難していた人々がヒューヒューと言って、歓迎や煽りを入れてくるが、二人は気にしなかった。未だに名前も知らない赤の他人であるからだ。大層な仲ではない。成り行きだ。
「小梅さんのシチュー食べよ! あなたを待つためにみんな食べるの我慢していたんだから!」
そのまま少年の手を取ると、ヒイラギは彼をみんなの待つ食卓へと誘った。少年も体の勝手を彼女に任せた。
人間なんてどれも均一に見えた。
だけど、少年にはこの瞬間だけ彼女が特別に見えた気がした。
十或の危機を救ってくれた少年を歓迎する宴は夜を跨いだ。
その途中、少年は酩酊だらけの空間からこっそりと抜け出し、防空壕の外に出て、夜明け前の空を見ていた。あの日見た輝きよりももっと煌いているように見える。これが幻視だろうと、今はこの目に映る光景を信じていたいと思う。何事も無く無事に今日を迎えると言うことがどれほど良いことかよく知っているからだ。
「何が見えるの?」
少年は振り向いた。ヒイラギ・ダッツである。
「恒星が見える。俺には眩しすぎる」
「なにそれ? ポエムでも作る気?」
「揶揄うな。俺に学は無い」
「自分で言うの? なんか嘘くさい。そんな奴に限って、賢いんだよなぁ」
「……面倒だ」
ヒイラギがクスクスと笑った。と次に……。
「へっくちょんッ!」
「なんだ風邪か?」
「ごめん……ちょっと寒くてね」
と、少年は革ジャンを脱ぎ、ヒイラギの肩に掛けてやった。
ヒイラギの顔が、ポッと薄く紅くなった。
「あ、ありがと……」
少年は何も言わずその場に座り込んだ。
ヒイラギもその隣にチョコンと座る。地面の冷たさが体全身に伝わった。
少しして、ヒイラギは訊ねた。
「結局、貴方の名前、聞いてないよね」
「そうだな」
「思い出した?」
「ああ」
「! ほんとに‼」
ヒイラギは四つん這いになって、素早く少年に近づいた。距離が近くて、少年は引き気味になった。
なんか、雰囲気が違う。
「そろそろ名前で呼びたいしね。これから貴方と友達になるためにね」
このままだと格好悪いので、少年は二度手間のようであるが再び立ち上がり、ヒイラギを見下す。
ヒイラギは彼を見上げて、じっと言葉を待った。
そして、少年は口を開く。
「ホオズキ・リョウマ……」
「ホオズキ……リョウマ……」
ヒイラギは少年の名前を繰り返す。そして。
「リョウマ君だ‼ 良い名前だ‼」
「どうして喜ぶ。面白みも無いだろう」
「もう! 照れ屋さんだな」
ヒイラギは立ち上がって、肘で彼の脇辺りを小突いた。
ホオズキは溜息を吐く。
「やはり、面倒な女だ……」
ようやっと二人は、互いを知った。
その時、空を照らす金星がひと際輝いた。
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