第8話 変わっちまった世界を見に……。

 ホオズキ・リョウマは悪たれた態度で後部座席に座っていた。革ジャンのポケットに両手を入れ、大きく足を組み、窓の外をじっと見つめている。

 リムジンの運転手を務める邪馬台国直属女性秘書官、ミズキはがらんと澄んだ高速道路を運転しながら、バックミラーの彼を見る。相変わらずと言った感じで、全くこちらに心を開かない様子である。

(それもそうかな……。あんな呼び出し方をされれば……)

 ちなみに、リムジンの後ろにびったりと張り付く約六台の巨大なトラックには、邪馬台国の自衛隊員たちが乗り込んでいる。彼らは迷彩の服を身に着け、手元には人を殺すなど容易いちゃちな拳銃を持っている。ナイフ、手榴弾……と見た目では分からなくとも、隠して持つ暗器を備えていた。

 だから、ミズキが思わず同情してしまうのは仕方のないことであった。

 それはつい先の話である。


      ※


 山の中腹部に会った防空壕に風を立てた轟音が鳴り響いた。

 なんと、防空壕の入り口前で談笑していた二人の眼前に兵器搭載の大型ヘリコプターがホバリングしていたのだ。上から下へ、突然現れたそれにヒイラギは思わず絶叫をし、ホオズキは折り畳み式のナイフを構えた。

「なんだ、こいつは⁉」

 ホオズキは驚いた。まるで初見の反応だ。

 ヒイラギは目を見開き、彼に訊ねた。

「えっ⁉ あなた、ヘリコプターも知らないの⁉」

 彼が首を横に振る様子を見て、ヒイラギは何か年上の気分になって若干高揚した。が……今はそんな事態ではない。

 すると、ヘリコプターから黒いスーツを身に纏う女性が地面に降り立つ。長いブロンドヘアーをポニーテールにしている、キリッとした目つきの女性である。

 カチューシャみたいな黒いヘルメットを脱ぎ、自分の太腿辺りをパンパンと叩いた。ズボンに土埃が被っていたようだ。潔癖症な部分があるのだろうか。まぁ、真面目そうではある。

「ふぅ……」

 ブロンドヘアーの女性は溜息を一つ吐き、ホオズキの前まで歩く。

 一八〇ちょいの身長がホオズキにはあるが、彼女との目線はほんの下目で良かった。

 相手に敵意は無い、とへそから出た青い糸がそれを示している。

 ホオズキはナイフを仕舞いながら、ブロンドヘアーの女性に訊ねる。

「御大層に登場してきて、一体何もんだ?」

 ホバリングによる風が声を遮ったと、ホオズキは思ったが、どうやら聞こえている様子だ。うんうん、と女性は頷いている。

「邪馬台国直属秘書官のミズキです。将軍より、貴方を連れていく命を受けて馳せ参じました。どうぞ、よろしく」

 と、深々とお辞儀をする。

 ヒイラギはもう何が何だか分からなくなり、呆然とした。が、何とか心を入れ直して、ミズキに訊ねるように言った。

「えっ⁉ 将軍直属の……秘書官様が一体何の用なの⁉‼」

 それに応えるように、ミズキは畏まってお答えする。

「ええ、それについてはあなた様も分かっているはずですよ? ――ヒイラギ様」

「えっ、なんで私の名前を⁉」

 それを無視して、ミズキは彼に話しかける。

「もちろん、貴方の名前を知っていますし、何故我々が貴方を連れていくのか、もう分かっておられますね?」

「…………俺が、ルシファーを操作していたからか?」

「なるほど、あれはルシファーというのですね。これは良い情報だ」

「どうでもいいだろう。で、俺を連れてって、何かあるのか?」

 ホオズキがそう言うと、ミズキはニタリと笑みを作った。

「我々の要、無限電力発電装置、天守閣をお守りして頂いたお礼と……貴方様の事情を……将軍は聞きとうござますゆえに」

「……もし拒否をすれば?」

 と、ホオズキが言った瞬間、ミズキは目に見えぬ速さで小型拳銃を懐から取り出し、彼を狙って構えた。

 ホオズキのへそからの糸が赤くなり、なんとその線があらぬ方向に幾つも飛んでいった。

「私がやられても、今いる矢田吹山から対となっている山……伊吹山からスナイパーが貴方を狙っています。それに今、後ろのヘリは自動警戒システムを発動しています。貴方がテロ的行動を起こすと、体に弾丸のハチの巣が出来てしまいますよ」

 ホオズキは俯き、ちょっと考えた。

 ヒイラギは声を掛けにくくて、彼の横顔をじっと見ている。その視線に、ホオズキは気づいている。

 彼は背後を見た。ヒイラギは勿論、防空壕の入り口の奥から心配そうに自分を見ている十或の人達が瞳の中に映った。

 折角助けたのに、彼らを巻き込むわけにはいかない。自分を知ってもいないのに、彼らは事情を聞かずに、ホオズキを受け入れ、歓迎してくれた。こんな優しい光を、悲しみに包みたくない。

「……分かった……ついていく」

 ミズキは拳銃を仕舞い、また彼に頭を下げた。

「感謝いたします」

 ヘリコプターに乗り込もうとするミズキの背中を追うように、ホオズキは後についていく。

 ヒイラギの目には、彼の背中が寂しく見えた。

 だから、せめて彼を一人にしないように…………。

「待って‼」

 ヒイラギの言葉を聞き入れて、ホオズキは制止し、振り返った。

 喜怒哀楽もない無情な顔。けれど、それが表面上であるのがよく分かる。

 先に言ったのは、ミズキだった。

「何です? 貴方は将軍に呼び出されていませんが……?」

「ふぅ……将軍の所に行くってことは、伊邪那岐に行くってことよね?」

「そうですが……?」

「私、実は伊邪那岐に用があるんですよねぇ。ある人と待ち合わせてて」

「誰ですか?」

「女は秘密を持ってた方が美しくなる、ミズキ様もお分かりになられて?」

 癇に障ったか、ミズキの額に血管が出てきた。

 ホオズキにも分かる。あっ、これ地雷を踏んだな、と。

「……私が何ですか?」

「いえ、お考えになられては?」

 ヒイラギは煽るように言った。

 ミズキが何か一人でボソボソ呟き始める。

「そうですよどうせわたしなんてみりょくのないおんなですよおんなをすてたとおもっていきてきたじんせいにはじめてのかれしができたのにけっきょく一五マタサれテうわきされてきたここさいきんわたしにひめごとなんてなにもなかったああかみさまいたらへんじしてくださいそしてわたしにおんなとしてのじんせいをわたしにくださいあっかみさまっていったらなんかへんなかんじになるからそこはむししていいけどねってかわたしなにいってんだろう――……」

 途中からホオズキは耳の穴に指を入れた。頭が可笑しくなりそうだった。

 ヒイラギは、にしし、と笑っている。してやったりの顔だ。

「分かりました……」

「えつ?」

 と、ホオズキは呆気に取られる。

「良いですよ‼ 貴方も連れていきますよ‼ 正し、貴方はどっかで置いていきます! それでいいですね⁉」

「はーい、ありがとうございまーす、ミズキさん♪」

(こいつ、どっかで崖に突き落とす‼)

 ミズキの心の声が、ホオズキ、そして男性スナイパーに寒気を与えた。

 この場にいるのが面倒臭いと、ホオズキは思った。

 ヘリコプターのシートに二人が座り、ミズキは運転席につき、何やら無数のボタンをいじくって、操作し始める。

「何かデートみたいだね!」

「デート? なんだそれ、うまいのか?」

 ヒイラギは一瞬にして、はぁと溜息を吐いた。ミズキも便乗している。

 ホオズキは小窓から見える、先ほどいた防空壕を見下ろした。そこには、自分たちを見送る十或の人達は手を振っている。見えないかもだが一応と、ホオズキも手を振った。便乗するようにヒイラギは彼にのしかかるように笑顔で手を振った。

 そしてヘリコプターは伊邪那岐に向けて、いざ出発した。

 二人の冒険が始まる瞬間だ。

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