第12話 社会のルール

 私、ヒイラギ・ダッツは国が管理する寮棟の一室のベランダから目下の風景を見ています。

 私の住む十或とは全く別もんの世界で、碁盤の目のような街では、ぼろっちい羽織で商いをする雄姿、その定価を見て、驚く主婦の姿、人の隙間を通って、邪魔にならないように避けていく子供たちの姿……幸せそうな姿は大いに結構。それはそうだろうなぁ。邪馬台国の中心、伊邪那岐では年貢を納める必要も無いのだから。いつも搾取されるのは、小さな村や町なのだ。それを知っているけれども、私には彼らを責める気にはなれない。

「……なーにやってんだろう、私」

 リョウマ君と別れてからもう一週間が経過した。こうして街を見つめて、彼のことに思いを爆ぜる日々はいつまで続くのだろう。衣食住には困っていないが、外出できないのは不憫である。肌を気にしてハンドクリームでも買いに行きたいのだが……なぜ行けないか、今ここで試してみよう。もう何回も行ったが。

 廊下に続く扉を開こうとドアノブに手を掛ける。すると、何故か警告音が鳴り、扉に立て掛けられているモニターから「危ないから外に出ないで‼」みたいなのが出て、次には「電流を流すよ♪」と宣言通りに、ドアノブから死なない程度……の、でn……りゅう、が……でる、の……だ……。——バタリ。

 数時間後、ようやっと覚醒した私は再びベランダに出て、静かに耽る。

 十或の皆はどうしているだろうか、真面目に田畑を耕しているだろうか、私はこんなところで道草食って、全く役に立ててない。むしろ、彼を連れ戻すためにここまで来たのに、彼は一体どうしていr……——ん? あれは……。

 私はふと、見た光景を疑った。

 城下町の賑わいは勿論であるが、その群衆の中に、ぼろっちい黒い革ジャンを着た、つい一週間前にあった男の姿と、その隣を並行して歩く機械的なスーツを着た女の姿である。何やら悪くない雰囲気である。

「あっ! リョウマ君、私というものがありながら‼ 許さんまじ!」

 ハンカチを噛みながらそう言うと、私は無心になって扉のドアノブに手を掛けた。そして力づくで回し、その扉をこじ開けると、廊下を掃除中のゴミ箱型ロボットが機腕から鋭い刃を取り出したのを見て、すぐさま逃げ出しました。

 電撃は何故か流れませんでしたが、そんなことを全く気にしていなかった私は、とにかくロボットから逃げたのでした。

 寮棟に警告音が煩く聞こえます。


      ※


 ホオズキは一回り太いストローでミルクティーと黒い丸を恐る恐る吸っていた。甘ったるい味が何ともいえず、目の前でキラキラと目を輝かせるアルナの前で吐くふりをするのも気が気でないので、もう勢いで喉の奥に流し込んだ。流石に笑顔を作ろう性分ではない。

「美味しくなかったな?」

「甘すぎる」

 アルナの問に、ホオズキははっきり答えた。

 アルナはガックシと肩を落としながら、黒い球が幾つも入ったミルクティーをずるずると飲み始める。そして、覚醒したように目を見開き、こちらに視線を合わせてきた。

「美味しいじゃん! なんでそんなこと言うかなぁ。そんなんじゃ、他の女子にもてないぞ」

「あんたもそうだろ」

 ホオズキがそう言うと、アルナは人差し指を唇に当て、シーッと息を吐いた。何も言うな、ということだろうか。その行動の意味を理解できなかった。

「なんかつまらなそうだねぇ、君。何がご不満かな?」

「あんたのイトが知りたいだけだ」

 ホオズキはちらりと視線を合わせ、すぐに離した。アルナの表情をこそこそ見ようとしているのが、彼女から見ても丸わかりだった。けれど、そこに敢えて煽りや罵るようなことは言わず、真面目な回答をすることした。

 アルナの雰囲気が少し変わったのを、ホオズキは静かに捉えていた。あれだけ明るく接する彼女から、気のせいか、殺気みたいな執念を感じさせた。何かの地雷に踏んだのであろうか、そうならば実に爆発が簡単な、厄介な物だ、子どもの妄言とそっくりである。

 アルナは、そっと彼の肩を置き、耳元で囁くように言った。

「私は君にありがとうと言った。この国を救ってくれて、と。けれど、それは私の目標とは関係のない話。——私は……ある男を探してるの」

「男?」

「うん。そして、そいつを殺すことが、私の目的」

 アルナは、ホオズキの胸元に指で丸を描き始める。

「それでユニットに乗るのか? それは復讐じゃない。虐殺だ」

「そうだね、確かにそう。だけど、例えば——そいつもユニット乗りだったとしたら……君は私の行おうとしていることが虐殺と言えるの? 何が違うのか、ぜひ聞いてみたいなぁ」

 アルナの粘着質な言葉が耳に響く。

 洗脳されそうな声音だろうと、彼は意味だけを聞き取り、それに対して自分の意見を言う。

「それを決めるのはあんただ、少なくとも俺ではないだろう。それに俺には……関係のないことだ……」

 アルナは、彼の言い分を聞き、ふっと笑って見せると、

「ふふ、そうだね。君の言う通りだと思うよ」

 と、ふてぶてしく言った。

 最後に、吸いきれず残っている黒い球が詰まったストローを吹き矢に見立てて、アルナは服と、黒い球がホオズキの頬に軽く当たって、木製の机の上に落ちた。

 ホオズキのへそから飛び出る糸が、唐突に黒く包まれる。先までは黄色い明朗としていたのだが、復讐へ進む彼女の心がどのような感情に包まれているのか、ホオズキはよーく理解できた。そして、これ以上問いただすのは、鬱屈になるだろう。

 アルナとホオズキの距離感は限りなく近い。早くこの距離感から抜け出したい一心だった。しかし、周囲の目がある、無理やり退かして目立つのも面倒だった。

 ところが、そんなの一切合切気にする必要など無かった。


「なーにしてる⁉‼‼」


 聞いたことのある声だった。うるさい声だった。どこかホッとした。

 その声の方に、ホオズキは振り向いた。

 アルナの方は、その影を見て、首を傾げている。

「無事だったか……」

 ホオズキはボウとした表情で言った。

「またそういう遣る瀬無い顔してるねぇ、何か悪いことでもあった?」

 ヒイラギ・ダッツは、上目遣いでそう言った。

「主にこいつの法とやらのせいだ」

 と、彼は親指を立てて、アルナに向けた。

 アルナがヒイラギに向けて手を振った。まるで彼の言葉通りだと言わんばかりである。

 だが、そんなことよりもヒイラギには大事なことがあった。

「あなた、リョウマ君とどういう関係?」

「関係って……私はただ、彼の付き添——」

「うん? なんだって⁉」

 アルナはこちらに目を合わせ、にたり不敵な笑みを浮かべる。

 そして、ズボンのポケットに手を入れている腕に自分の腕を絡ませて、アルナはピースサインを彼女に突きつける。

「もうCまで行ったよ」

「C⁉」

「Cぃ?」

 ヒイラギは、アルナの指を指しておどろおどろしく訊ねる。

「な、ななななななな、なんて破廉恥なことしてるの⁉」

「ふっふーん、私にはそれほどの魅力があるということなのよ」

「おい、さっきから何を話してる?」

 と、女のよく分からん会話を呆れたように見て、ホオズキは溜息を吐いた。

「面倒だ……」

 ホオズキは、この場から立ち去ろうとした。

 が、その行方を、アルナの手が止めた。彼の革ジャンの裾を掴んだのだ。

「なんだ、まだ何かあるのか?」

「まだあるよ。もう今から君は邪馬台国の住民だけど、そのための試練ってものがあるの」

「試練って……」

 ヒイラギが先に言った。

 アルナは彼に続ける。

「その試練は——対ユニット組手」

「組手?」

「ええ、そこで君の戦隊加入の合否が決定される。ユニット同士で戦い、どちらかが破壊されるまで戦闘を行う、まさに地獄の組手試験。君にはそれに合格してもらわなきゃいけない」

「……もしできなければ?」

「あの話の、反対側が提案され、即君に実行されることになります」

 そして、ああ、大体わかった。

 勝てなきゃ、処分される。なんと分かりやすいんだ。

 というか、俺の保全の条件、増えてんじゃねえか。

 ホオズキは思った。





―———to be continued…………。

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堕ちた天使は再来し、 ミロク @Miroku92

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