第11話 神さまは彼をどうするの?
「お久しゅうございます、ホオズキちゃん」
つい一週間前に見た光景と同じだ。豪華な内装に、百花を彩る金箔が塗られた屏風は、どこを見渡しても視界から消えない。思わず腕で目元を覆いそうになる。牢屋は、地下であり、薄暗かったから、今ここへ来ると、寝起きで朝の陽ざしを陰りの一つもなく浴びるみたいに眩しかった。そして、目の前を見据えると、畏まりそうに正座をする、十二単の着物を重ね着したものを身に着ける、釣り目の女性の声がそこにはあった。明らかに自分に掛けられているものである。
「国を救えと、あんたが言ったからやってやったものを。こんな粗末を受ける義理は無いと思うが、せめてうまい飯をもらいたいもんだ」
と、心にもないことを、ホオズキは口々言った。最後に言ったうまい飯は本音であったが、先に口走ったものは、あの場の流れであって、どうも自分の意志のままに動いたかと思うと、そうでもないようにホオズキには感じる。
将軍様——神さまと呼ぼう、そちらの方が合っている——は、相変わらず悪戯を考える子どものような笑みを浮かべて、口を開く。
「あら? あれだけ贅沢に振舞って差し上げましたのに。全く卑しいお方や」
「……」
ホオズキは視線を自分の体に向ける。——なるほど。そういうことだったか。
こちらに反応が無いのを悟ったか、神さまは呟き始めた。
「……あんたさんをこう無理やり一週間拘束したのには理由があってねぇ、その処分とやらをいろんなお偉いさんと議論しとったんよ。中には正体不明は処刑すべきとも言うとこもあったし、うちはそんなこと思わんかったから、反対側に回ったんやけどね?」
つまり、ホオズキ・リョウマという存在、加えて彼が操作するユニット『明けの明星』をどういった扱いになるのかを、検討していたようだ。だが、化け物扱いなのは事実であろうことは、今までを鑑みても思える。
だがようやっと、本題に入れそうな気がした。
神さまは続ける。
「圧倒的少数派からうちはホオズキちゃんの生存を勝ち取ったんやでぇ!」
「それで俺は自由の身になれるのか?」
「いんや、それは不可能やで」
「条件?」
「ええ。うちが支配する邪馬台国に捕虜として置くこと、ただし、各七カ国の中の一つにコンマ一でも可能性が抽出され、君の必要性が出た場合、邪馬台国という国籍を離れて、一時的に君を必要とする国の国籍となり、派遣しなければならない、というもんでね?」
突然、ペラペラと饒舌に喋られて、訳も分からないホオズキは思わず、少し後ろにいるアルナに視線を送った。
アルナは、淡々と分かりやすい説明を始める。
「君は邪馬台国の住民となると同時に、あらゆる国の住民になる可能性を含み、その国の指示には逆らえなくなる、ということ。もっと短絡に言えば、もう君に自由な権利はないと言われてるのも同然ってことよ」
最後の言葉だけで十分、ホオズキには理解できた。昔よりかは世界を広く見渡せるかもしれないのだ。特に自由を縛られているとは、今の彼は思わなかった。
ところが——。
「アルナ、あれを装着させて?」
「了解しました」
神さまとアルナは互いに頷く。アルナはどこからともなくチョーカーを取り出した。
当然、ホオズキもそれを見ているわけで、このもので何をするか物自体分からないし、これから何をされるかも分からなかった。
すると、アルナはホオズキの前に立ち、失礼します、と一言詫びてから、ホオズキの首にチョーカーを装着した。
あん? とホオズキは首を傾げて、違和感のあるチョーカーにそっと触れた。
「これは?」
「その首は言わば、飼い犬の首輪のようなもん」
「飼い犬?」
「もし、あんたさんが変なこと一つでも犯したらチョーカーが発動すんねん。そのチョーカーが作動した時、ホオズキちゃんの首がポーン‼ ってなるかわいらしいアクセサリーなんやで?」
と、神さまはさぞ幸せそうな顔で当然のように言い放っているが、馬鹿なホオズキでも流石にとんでもない代物であることは認識できた。
「こんなもん、なんでつけなきゃならん?」
「それもあんたさんを生き永らえさせる条件の一つや。これでもマシになった方やねんで? もっと惨い案も出てたけど、聞く?」
一々、鼻につく言い方に飽きて、ホオズキは言ってみる。
「要は、あんたは……いや、あんたたちは俺の存在を知ってるんだろ?」
「…………」
神さまの答えは、静寂だった。何も言わず、呼吸をも止めて、うっすらと見せる哀愁を、彼だけに見せながら、神さまの口はゆっくりと開いた。
「…………………………せやで。そして、あんたさんのユニットの正体も」
「……?」
アルナには、二人が何を言っているか分からなかった。
ホオズキは、また視線を自分の体に向ける。糸は相変わらず変わっていない。
「良いだろう、あんたの条件に乗ってやる」
ホオズキは、彼自身の条件について答えを出した。
神さまは、待ってましたと言わんばかりの顔で嬉しそうにすると、正座を崩して立ち上がり、ホオズキの元へと歩み寄る。十二単が地面を引き摺っているにも、彼女の歩幅とスピードは、常人より早かった。
そして、神さまは彼の手を取り、上目遣いで見る。
「ほな、よろしゅう頼んます、期待してるよ、ホオズキちゃん?」
二人だけの世界に、アルナは何も分からずにいた。
置いてけぼりされた彼女は、渋々遠慮がちに神さまへ訊ねる。
「将軍様、そろそろ引いてもよろしでしょうか?」
「ええ、もうええよ。けど、ええんか? ホオズキちゃんのこと、知らんで?」
「それはどういう?」
「今からデートして、もっと彼のこと知らんでええの?」
と神さまが当たり前のように言った。
すると、アルナは頬を真っ赤にさせ、首を左右に振り続ける。
「何の話だ?」
ホオズキは言った。
神さまはふふ、と微笑むと、アルナへ指を指し、
「アルナへ! 今からホオズキちゃんとデートしてもらいます‼」
「えぇ‼⁉⁉ な、なななな、なんですか‼⁉」
と、紅ほっぺにさせて、神さまへ訊ねる。
「だぁって、ホオズキちゃんは今から邪馬台国の住民やしぃ、邪馬台国の魅力をもっと知ってほしいから、とりあえず伊邪那岐を彼に案内してほしいし……それに」
と、一間置く時間にアルナの耳元へ唇を添える。
「彼はユニット操作に長けている。今のアルナに欠けてるもんを埋めてくれるかもしれんやん」
と、彼には聞こえないよう小さく呟く。
アルナの顔が一瞬驚いたように見えたが、突然今までを感じさせない、鋭い真剣な目つきに変貌した。そして、ホオズキのことを、まるで親の敵とでも言わんばかりに目を凝らした。
「……」
ホオズキは神さまとアルナへ振り向いていない。欠伸をして、人の気配意識してなかったせいか、アルナの雰囲気に気づかないという変な鈍感さが出ていた。
アルナは、震える唇を動かす。
「わ、分かりました……、神さま」
「よし、良い子やで、アルナ」
早速、アルナはホオズキの腕を掴み、彼の体を操るようにこの部屋から出ようとする。
「おい、どこへ行く?」
「今から町へ行くよ。邪馬台国の住民になったんだ、街の案内をしないとね。それに、君のこともっと知りたいしね?」
アルナとホオズキはこの場から消えていった。
神さまは再び自分の低位置に正座で座り、溜息を吐く。何に安心したのか、彼女が突然号泣し始めたのを見ていたのは、この天守閣だけだった。今は静かにその時間が流れ続ける……。
そして、ぽっと、国を統べるものでは無いようなことを呟いたのだった。
「今は……生きてて……良かった…………‼」
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