第2話 天使が舞い降りたその時

ヒイラギの住む十或という町は主国である”邪馬台国”より距離は一三キロメートルほど離れた場所に位置する。主国とは違い、田畑に恵まれていて、森林を囲いに、自然ある良い空気がこの町に流れている。昔ながらの農具、工具を使い、そこで取れるイモ類や根菜は少ない出荷ながら、消費者からの評判は良いのが自慢だ。黄金色に芽吹く稲一面が風に煽られ、ゆさゆさとその身を伸ばしている。その姿は、都会に過ごすものが、一度は羽を伸ばしたいと願う様子にも思えた。

その長閑な印象は懐かしさを覚え、一階しかない木造平屋がぽつり、ぽつりと建てられ、頭巾を被ったお年寄りが休憩がてらに茶を飲んだり、縁側でのんびりしている夫婦やその子どもの風景を、一瞬で想像されるぐらいにこの町には和み、解れていた。

このままの日常が永遠と続けば、どれほど良いだろう——。


だが、次の一編の展開が、十或に甚大な被害を与え、崩壊させた。


       ※


十或の町並みは火の海に包まれていた。

稲穂の香ばしい匂いが漂えば、どれほど良かっただろうか。だが、今に鼻につく異臭はこびりつき、頭の中の火の元が思い出された。その恐怖に阿鼻叫喚の発声が響き、逃げ惑う民が必死になって、炎の隙間を掻い潜っている。森は焼かれ、四面楚歌の状態で、その場に崩れ落ち、諦観に縋る者さえ今になっては珍しくも無かった。

民が逃げる方向とすれ違う様に、一人の少女が火の中の町へと突っ込んでいく。

「お前さん! そっちはもう駄目だよ‼」

逃げようと大きい風呂敷を背中に抱えるお婆さんの声も、彼女の耳には届かない。

走る足を止めようとしない。ただ、真っすぐに進み、彼女の求めるものが見えるまで駆けた。

その間にも、空から戦闘機が爆撃を仕掛けようと準備を行っている。

しかし、これ以上の被害は出ることは無かった。

何故なら、空を飛ぶ巨人が手に携える、その身の丈に合う刀を振り翳し、戦闘機を真っ二つにしたからだ。戦闘機の群れは自らの爆撃ミサイルの火薬の威力も相まって、爆発四散した。

巨人の正体は太陽を遮るぐらいの大きさで両肩や腕、胴体などは鋼鉄の外装で出来ている。外装の所々に綺麗に塗られた鮫小紋と呼ばれる、細かい点で円弧を重ねた模様が、邪馬台国の空を守るサムライであることを証明する印にもなった。

巨人——二足歩行機体”ユニット”は、先ほどの長刀で切り伏せた戦闘機の末路を見ると、すぐに視線を外し、別の空の方向へと顔を向けている。すぐさま、ユニットは背面に装備された疑似光加速装置ジェットパッカーのエンジンを負荷させ、二つの筒から光熱を噴射させると、超加速しながら、この場を去っていった。

これで一件落着という訳でも無く、森や草木、家屋は未だに燃え盛っている。

「地上部隊の応援はまだかい⁉」「早くして遅れ!」「母ちゃん、燃えてるよ……!」「助けてくれぇ……」

民の声や表情から悲壮な表情が消えるはずも無かった。

町を離れるその中を通り過ぎていくヒイラギは、ある家屋に向かっていた。その入り口も今まさに燃え、服の布が漕げ落ちているが気にせず、中へと入っていった。

そこには寝床で咳き込む年老いた御婆がいた。体は窶れ、顔色も良くない。

「お祖母ちゃん! しっかりして‼」 ——ガシャンッ‼‼

「あぁ…………、ヒイ、ラ……ギ」

「待ってて! 今、助けるから! だから頑張って‼」

ヒイラギは御婆を背中に背負い、そのまま家屋を出ようとする。

その時である。

ヒイラギの視線は空へと向けられている。

「…………なに、あれ?」

町には煙火が漂っている。それに変わりはない。その業火が弱弱しくなる様子もない。

が。

その火の中に、”何か”がいた。

”何か”はその尖った口を開くと、自分の周りの炎を吸い込み始めた。炎が円を描く様が、”何か”の強さを鼓舞する象徴にもなっているように思えた。

”何か”とは、まるで機械の獣だ。幻獣の玄武を象ったような姿だ。蛇の尻尾から炎を吸収し、口から吐く息は赤みを帯びている。

亀の目……円の重なりを描いたような目がヒイラギの家屋に目をつける。その目はサーモグラフィー機能を持つ。当然、人間の体温と物体を仕分けし、確認することなど容易なのである。

家屋から人の体温らしき物体へと、その目の中の照準が捉えた。

亀の口に熱の光球が溜まり始め、それが二人に向けられているのが、ヒイラギには分かった。しかし、今の状態では何も出来ず、躱すことも出来ない。一瞬のイメージで、自分たちが助かるあらゆる方法を模索するが、八方ふさがりだった。

ヒイラギは思わず目を瞑った。光球に光が増し、その眩しさに視界が耐えられなくなったからだ。


————死んじゃう。


そう、思った。

だが、光球から放たれる砲撃は無かった。いつの間にか、眩しさも消えていた。

ヒイラギは少しずつ、少しずつその瞼を開けていく……。



亀の頭が、体を無くして、ヒイラギの目の前に瓦礫となって落ちていた。さっきまでは自分たちを狙って、光球を放とうとしていたはずだ。

だが、実際、それは放たれなかった。どこをどう周りを見ても、同じ景色であるには変わらない。爆発があった形跡も無い。

灰燼がまるで蜃気楼のように何かを隠しているが、やがて消えていき、”それ”が露わになっていく。

彼女の双眸は鏡のように”それ”を捉えていた。

「……あれは、一体。……何なの?」

「……………………——あ、あれは、ひか、りじゃぁ……」

抱えていた御婆が、か細く呟いた。

「光? お婆ちゃんが言ってた、『創世神話』の、光? ——でも、あれって……」

ヒイラギは、御婆の言う『光』に目を向けた。


それは『光』ではなく、先ほど見たようなものに似ているものだった。

”ユニット”

銀翼を模したその背中。そこから球体が出っ張り、中から誰かが扉を開けて、その正体を現した。

「……えっ?」

革ジャンを着こなし、その大きい体躯は、先ほど会った人物と同一人物だった。——名も知らない、少年。

「早く乗っけろ。こっちの方が安全だ」

「あなた、これは一体?」

「話は後だ。これから始まる。……戦争が」

”天使の再来”だった。

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