第4話 惹きあう互いは似たモノ同士

そして、舞台は炎上する十或へと至る。

翼を生やしたユニットは、刃を取ってつけたトンファーで亀の頭を切り落としたのだ。溜めていたエネルギーが遮断され、力を失ったか、その眼光は空っぽになっている。

コックピット——球体が剥き出し——から、少年は二人の、少女と老婆に手を差し出した。

「乗ってけ。早くしろ」

少女、ヒイラギ・ダッツは頷こうとして、その顔を苦くした。

「なにが不満だ」少年はだるそうに言った。

「まだ、大事なものを拾いに行けてないの!」

ヒイラギはそう叫ぶと、少年の舌打ちが静かに響いた。その後、頭に手を当てて、「面倒だ」と、少年は聞こえない程度に呟いた。

「どこにある?」

「あの谷の向こう。その頂上に! お婆ちゃんと私の大切なものが‼」と、ヒイラギは焦った顔で慌てた。

「なら、早く手を掴め! ここはもう無理だ!」

そう少年に促されると、ヒイラギはその手を握った。ここで悩んでいても、仕方が無かった。

ヒイラギの目に映るコックピットとは想像するものと打って違って、レバーやハンドル、何百個とあるスイッチなど一つも無い。まるでタワーの展望台のように足元からその先の景色まで見渡せることが出来た。

すると、ヒイラギの周囲に薄い青い膜が地面から大きく泡が立った。シャボン玉のように軽く、しかし指で触っても割れないそれはヒイラギと御婆の体を覆い尽くす。

泡には構わず、ヒイラギは目の前に向けて、話しかけた。少年の背中だ。

「あの、真っすぐに見える丘。あそこに行ってほしいの」

刀を持つ少年の手からギチッと音がした。

「行くぞ」

少年がユニットに行動を念じながら、その刀をレバーのように押した。

ユニット、『明けの明星』はその翼を広げ、目に見えぬ速さで空を翔けていった。加速した衝撃の風で村を燃やしていた炎が、それにて消えた。


        ※


邪馬台国の都市部”伊邪那岐”

その中央に聳え立つ一三階層となる階、そして高さ三三三メートルを誇る天守閣には、人々が住むための基盤となる無限電力発電装置を内部に組み込んでいる。当然、今も稼働中である。

このライフラインを断ち切られれば、邪馬台国は甚大な被害が出るに違いなく、国家の崩壊へと導くだろう。その原因の中心には必ず市民が主だ。かつての歴史を繰り返すわけにもいかないためにも何としてもここを守り切らなければならない。

幸い、ここは戦場になってはいない。

この地から約一九八七メートル離れた海上にてユニット同士が争っているのだ。そこはいわば邪馬台国側の防衛ラインであった。ここを突破されれば、立派に立った天守閣も落とされ、邪馬台国の敗北である。

邪馬台国、ノース大国のユニットは互いに二機ずつ。

だが、この場において両国側も機体は一機となっている。

どちらも別のユニットを違う場所に派遣しているのである。邪馬台国側のユニットはノース大国の送った爆撃戦闘機の排除に向かっている。


この海上には二体のユニットが対面している。

ノース大国のユニットの一つ、『神と人の仲介者』(マーキュリー・ヘルメス)は翼のある帽子を被り、サンダルを履いた——模した二足歩行ロボットであり、その手には巨大な鎌を持っている。サンダルが黄金に輝くと、マーキュリー・ヘルメスは自由に空を駆け廻る、空の支配者となり、戦闘機などでは出来ないような動きが可能となっている。生き物で例えるなら、トンボのような飛行能力である。機体の外装の所々に、エメラルド色のノルディック柄——針葉樹をモチーフとした——を施している。

その対面相手、邪馬台国のユニット、『夜を支配する者』(ツクヨミアバター)はウサギをモチーフにした機体だ。背中に背負う三日月は空気を光に反射させ、周りを惑わす電波欺瞞紙(チャフ)を生成し、相手のレーダーカメラに妨害する能力を持つ。そうなれば、メインカメラは真っ暗のまま、何も見えなくなる。自ら夜を創り出す。名前にふさわしいユニットだった。両手には小型レーザーガンを持ち、外装の、桃色の七宝が何とも目立っていた。

その両者はまさに激突を繰り返していた。

鎌を振り回すマーキュリー・ヘルメスを上手く躱しながら、ツクヨミアバターはレーザーを放っていく。

黄金のサンダルが輝くと、マーキュリー・ヘルメスの肢体は機械の人形とは思えない、まるで人間のように体をしならせ、レーザーを躱していく。両者、攻防一体である。

ノース大国のユニットの女性操縦者であるアルナは両手のレバーをぎゅっと握りしめた。

「いい加減、退いてよ!」

ツクヨミアバターは空中に体を回転させながら、レーザーを放つ。

だが、マーキュリー・ヘルメスには当たらない。かすり傷すらつかないのだ。

ノース大国の男性操縦者のプロテスは舌なめずりをしていた。

「けっ、つまらねぇ。……さっさと終わらせるかぁ⁉」

プロテスは足元のペダルを思いきり踏んだ。

すると、マーキュリー・ヘルメスのサンダルがさらに黄金に輝き、その翼が大きく広がった。膝を曲げ、跳躍をする。光速に動いたユニットの機体はツクヨミアバターのカメラで捉えることは出来なかった。

ツクヨミアバターの脇腹辺りに切り傷がつけられる。

「クッ……‼」

操縦者に痛みは無いが、思わずアルナは呻いた。

プロテスは間髪入れず、ペダルと踏み込み、レバーを引いた。

マーキュリー・ヘルメスの構えが変化し、その大鎌を槍のように持った。

「切り刻んでやるッ」

鎌の刃がギラリと光った。

ツクヨミアバターもそれに応えるよう、両銃を交差して構えた。

「迎え撃つ‼」

そして、両者の自慢の武器が試され合う。

ツクヨミアバターは背中の三日月を輝かせた。マーキュリー・ヘルメスのカメラが徐々にブレていき、不安定になっていく。

「チッ! ツクヨミのチャフか。動かなくなる前にケリをつける‼」

マーキュリー・ヘルメスは姿が見えぬ速さで動いた。大気に纏わりつくチャフの影響をもろに受けているはずだ。それでも速度という自慢の武器で押し通そうとする。

アルナは苦い顔をした。

「これじゃ、カメラを壊すまえに近づかれるッ」

レーザーを何発も放ち、マーキュリー・ヘルメスをけん制する。それは向こうの思うつぼだった。

「焦ってるな? このままではいけない、と。木の実を摘み取る収穫時期だなぁ」

プロテスの瞳に、勝利への光が見えた。

マーキュリー・ヘルメスの翼のある帽子の鍔を持ち、勢いよく投げつけた。当然、目標はツクヨミアバターだ。

「なっ‼」

アルナは咄嗟に回避行動をとると、牽制していたレーザーが撃てなくなり、ヘルメスへの砲撃がやんだ。

「ここッ‼」

次にツクヨミアバターが見た光景は逆さに海を見る光景だった。

「……えっ?」

アルナには何が起きたか分からなかった。徐々に視界が海に近づいていくと、その中へと落ちていった。

一体何が起きたのか。答えは——。


そう。ツクヨミアバターの首が斬られたのだ。


正確には、マーキュリー・ヘルメスの持つ大鎌——アダマスと呼ばれる——の刃がユニットの首を、豆腐のように軽く切り伏せた。金剛石より硬いヒヒイロカネを混ぜ込んだ鎌はこの世界の物質を切り刻むことのできる。そして永久不変に錆びない。ノース大国の最高機密兵器の一つである。

ツクヨミアバターは戦場を見ることも出来ず、ただ暗闇の深海へ沈む光景しかない。ユニットに搭乗しているのに、何も見えない。今やユニットは何も出来ず、首のない棒立ち状態だ。攻撃の隙だらけだった。

アルナの表情に、次第に不安が募っていく。その緊張が彼女の体を震わせた。

『こちら対ユニット対策機構機動隊オペレーターより‼ アルナ聞こえてる⁉』

透明な画面が宙に写り、白衣を着て、眼鏡をかけた女性が応答していた。その顔は必死である。

「いやだ……いやだ…………いやだぁ‼⁉ 私は……あいつらを……あいつらを殺すために……ッ‼ まだ、死にたくない‼」

『落ち着いて‼』

女性の声は彼女の耳元を横切った。

今、錯乱で何も聞こえていないアルナは頭を抱え、パーカー風のパイロットスーツのフードヘルメットを無理やり外した。ギチギチと布が破けるような音が鳴った。

最早、彼女に冷静でベストな選択肢を選ぶことは出来ないだろう。

「…………」

マーキュリー・ヘルメスのコックピット内で、プロテスは何気なく後頭部を掻いた。

「つまらん。これが邪馬台国のユニットだと? もっと歯ごたえがあると思っていたが……。やはり、奴でなければならんかぁ」

マーキュリー・ヘルメスは大鎌を手の中で回した。一瞬で相手の搭乗者の息の根を止めるために、だ。失敗しないよう、練習のつもりで。

殺される恐怖も分からない、ただ絶望するしかないアルナには、迫りくる脅威は分からない。

「あばよ、知らない人。来世に恨んでくれ」

プロテスはレバーを押して、引いた。

マーキュリー・ヘルメスはその操作により、自分の体を人回転させ、その勢いのまま大鎌を振り上げた。空気を裂き、真空の刃が棒立ちのツクヨミアバターに襲い掛かる。遠距離斬撃だ。

そして、ツクヨミアバターのコックピットがある、胸元のあたりが横に一閃と斬られる……——。


——はずだった。


ギュリリリリリンッッ‼‼


何故か真空の刃は何かに弾かれ、あらぬ方向……海の中へと落ちていった。

「…………あぁん?」

プロテスは思わず眉を顰めた。だが、その目を歓喜にさせた。

「…………来たのかぁ……! ——……最強のサムライがッ‼」

そう叫んだ。目の前に現れたそいつが、彼が戦いを好む戦士であるならば、彼もまた戦闘に生きる戦士、邪馬台国のサムライである。

ツクヨミアバターの前に、壁のように立ちはだかるユニットがそこにいた。その右手に、丈がユニットの下半身ほどの長刀——草薙ノ剣——を携え、参上している。そのユニットの名は——『嵐を統べる暴君』(スサノオ・アバター)。

その機体は、図体の大きい大男のように肩幅が広く、胸の外装が厚かった。外装の模様に鮫小紋が綺麗に塗装されている。顔面は兜を被った武士のようだ。その角も大きく立つ。移動速度を向上させるために、本来ならばキャパオーバーになり、機体に無理をさせてしまう疑似光加速装置ジェットパッカーを装備している。見えないようでよく見ると見える傷の多さはサムライの勲章なのだ。

ノース大国の爆撃戦闘機の排除を終えて、すぐにツクヨミ・アバターのいる戦場へと急行したのである。十或からここまで僅か三分で来ている。

プロテスにはそれが、輝く星のように眩かった。

「こいつをぶちのめしたくて、俺はパイロットになったんだ。——今、この瞬間に俺が切り伏せるッ」

スサノオアバターのパイロット、ミツマタはコックピット内で何一つ顔色を変えぬまま、目の前のマーキュリー・ヘルメスに向き合う。

「悪いが、ここで貴様を斬る。みねうちは出来ぬ男でな」

わざわざ、拡声機能を使って、マーキュリー・ヘルメスに伝えた。

こちらも、とプロテスも拡声機能を使い、話しかけた。

「もちろんだ! そうでなきゃ詰まらん‼」


マーキュリー・ヘルメスは鎌を再び持ち直し、構えを取った。

スサノオアバターは刀を前に構え、攻守どちらにも対応できるよう姿勢を取った。

彼らが動かす合図は、何もなかった。

だのに二つの機体は同時に動いた。二体の戦士が今、戦いの火蓋を切った。

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