誰かにとっての真実は、誰かにとっての嘘となる

良質なファンタジーの条件は、その世界に違和感なく入り込めるかどうかだと考えています。
硬派ながらも読み疲れしない文体は読み手を違和感なく物語の世界へと誘い、あとは豊かかつ流麗な筆致で描かれる世界の営みに身を委ねるだけでいい――
そんな本作もまた、前述の条件を満たしている稀有なファンタジーであり、多くの読み手にとって価値ある読書体験が約束された作品であると言えるでしょう。

しかし、それは本作の魅力のほんの一端、入口に過ぎません。
なんと本作、ファンタジー世界を舞台としつつ本格ミステリを謳っています。
……恐ろしい。神をも恐れぬ所業です。まず常人ならプレッシャーから夜も眠れないでしょう(私談)。
ですが本作は、その難しいお題にも一切の妥協を見せません。

(私)風呂敷広げても畳めるか不安だし、特殊な設定の数は抑えめにして……
(本作)ありません。架空世界・加護・恒炎・神罰と、特盛つゆだく数え役満です。

(私)じゃあ、設定自体は扱いやすいものにして……
(本作)ありません。中でも神罰の設定は特に秀逸で、作中のミト教徒は"原則"嘘がつけません。容疑者は全員ミト教徒です。

(私)じゃ、じゃああとは全員に質問するだけの簡単なお仕事だ!
(本作)もちろんそんなわけはありません。全員が犯行を否定したにもかかわらず、誰にも神罰は下りません。

序盤の展開だけで、思わず拍手してしまいそうになりました(電車だったので心の中でしました)。
そんな引き込まれる展開の先に待っているのは、ミステリファンなら思わずニヤリとしてしまうさらなる展開の数々。
その上で本格ミステリの看板に偽りはなく、解決編では手腕の鮮やかさにため息が漏れました。

そしてさらに!
「本格ミステリと言えばもしかして"アレ"も……? 持ってんだろ、くれよ……」とお思いの欲しがりなあなた!
あります。もちろんフェアに謎解きできるようになっていますので、ぜひ挑戦してみてください。私は見事に玉砕しました。

……さて、まだまだ魅力は語り尽くせませんが、ここで全てを書き連ねるわけにはいきません。あとはご自身の目で確かめてみてください。
物語は解決編を終えてエクストラステージへと突入。ファンタジーと本格ミステリが融合したこの知的エンターテイメントの終幕を、一緒に見届けましょう。

嘘をつくことができない。
それでも嘘をつかなければならないとき――
人は本当の姿を晒すことになるのかもしれません。

最後に。
実は私が最も気に入っているのは、本作が巧妙なミステリであると同時に、上質なボーイ・ミーツ・ガールでもあるところだったりします。

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