『嘘とはなんぞや?』
『罰とはなんぞや?』
このお話のキーワードは、この2つのようにわたしは思いました。
お話の舞台は、ミティア教国という宗教国家。
この宗教では、偽りを口にすると神罰が下り、全身を業火で焼かれて死んでしまうのです。
では、嘘さえつかなければなにをしてもいいか、というとそうでもない。
罪を犯したものもまた、厳罰に処されるのです。
このお話の主人公は、ミナ・ティンバー審察官。
彼女は神より加護と呼ばれる力を与えられた審察官で、罪を犯した人間を取り締まるのが仕事。
けれどもミナは、罪を犯した人間を問答無用で取り締まる事に疑問を抱き、彼女の信念に従ってとある行動を起こしています。
そんな彼女が、ある町で起きた殺人事件の調査応援として派遣されることになりました。
ミナは、別の街から同様に派遣された、ハル・クオーツ審察官と共に、事件を調査することになります。
ハルは、審察官としてはとても珍しい、神を信じない移民の子。
ミナとは性格も異なり、最初は反発し合いますが・・・・
異世界であるにも関わらず、丁寧に作りこまれた世界観のため、まるでこの世界のどこかの国の出来事のような感覚で読み進められました。
最初はじっくり世界観を楽しみたいとゆっくり読ませていただいたにも関わらず、中盤以降はどうにも先が気になってしまい、ページを進める手が止まらなくなってしまったほどです。
登場人物も皆魅力的で、個性豊かなキャラクターも多く、わたしは本当に最後の方まで犯人が分かりませんでした。
この事件の犯人と、そして本当の・・・・
本格的ミステリーをじっくり味わいたい方に、是非お勧めの作品です!
良質なファンタジーの条件は、その世界に違和感なく入り込めるかどうかだと考えています。
硬派ながらも読み疲れしない文体は読み手を違和感なく物語の世界へと誘い、あとは豊かかつ流麗な筆致で描かれる世界の営みに身を委ねるだけでいい――
そんな本作もまた、前述の条件を満たしている稀有なファンタジーであり、多くの読み手にとって価値ある読書体験が約束された作品であると言えるでしょう。
しかし、それは本作の魅力のほんの一端、入口に過ぎません。
なんと本作、ファンタジー世界を舞台としつつ本格ミステリを謳っています。
……恐ろしい。神をも恐れぬ所業です。まず常人ならプレッシャーから夜も眠れないでしょう(私談)。
ですが本作は、その難しいお題にも一切の妥協を見せません。
(私)風呂敷広げても畳めるか不安だし、特殊な設定の数は抑えめにして……
(本作)ありません。架空世界・加護・恒炎・神罰と、特盛つゆだく数え役満です。
(私)じゃあ、設定自体は扱いやすいものにして……
(本作)ありません。中でも神罰の設定は特に秀逸で、作中のミト教徒は"原則"嘘がつけません。容疑者は全員ミト教徒です。
(私)じゃ、じゃああとは全員に質問するだけの簡単なお仕事だ!
(本作)もちろんそんなわけはありません。全員が犯行を否定したにもかかわらず、誰にも神罰は下りません。
序盤の展開だけで、思わず拍手してしまいそうになりました(電車だったので心の中でしました)。
そんな引き込まれる展開の先に待っているのは、ミステリファンなら思わずニヤリとしてしまうさらなる展開の数々。
その上で本格ミステリの看板に偽りはなく、解決編では手腕の鮮やかさにため息が漏れました。
そしてさらに!
「本格ミステリと言えばもしかして"アレ"も……? 持ってんだろ、くれよ……」とお思いの欲しがりなあなた!
あります。もちろんフェアに謎解きできるようになっていますので、ぜひ挑戦してみてください。私は見事に玉砕しました。
……さて、まだまだ魅力は語り尽くせませんが、ここで全てを書き連ねるわけにはいきません。あとはご自身の目で確かめてみてください。
物語は解決編を終えてエクストラステージへと突入。ファンタジーと本格ミステリが融合したこの知的エンターテイメントの終幕を、一緒に見届けましょう。
嘘をつくことができない。
それでも嘘をつかなければならないとき――
人は本当の姿を晒すことになるのかもしれません。
最後に。
実は私が最も気に入っているのは、本作が巧妙なミステリであると同時に、上質なボーイ・ミーツ・ガールでもあるところだったりします。
偽証、すなわち嘘をつけば神罰が下り、炎に巻かれて死んでしまう。
そんな超常の力が宿る宗教を信仰する、ミト教徒の間で起きた殺人事件。
嘘をつけないなら、犯行を隠せないなら、人は罪を犯さない?
そんなことはもちろんありません。
嘘がつけずとも、人は詐欺をして、窃盗をして、殺人をする。
そしてその罪人の多くは、神の炎で死を迎えるか、人の手で処刑される。
そんな国で起きたとある殺人事件では、関与した可能性のある人物全員が、その殺人への関与を否定。
犯人は巧みに嘘をつかず、真実を隠蔽しているのか?
あるいは、犯人は平気で嘘をつくことができる異教徒なのか?
その殺人の手口は? 犯人は?
重厚な描写と、感情を揺さぶり、先を読ませない展開。魅力的な登場人物たち。
高いレベルで書き上げられた、必見のファンタジーミステリーです。