第5話 変わり始める日常

生まれて初めて、彼女というものができた。


相手は、小学生の頃からの友達。


まだ実感は湧かない……。そう思いながらうちへ帰ると、母から一言。


「なんだか、今日は嬉しそうね。いいことでもあった?」


嬉しそうか……、そんなに顔に出てたかな……?


俺は自分が思っていたよりも、すずめと付き合えたことが嬉しかったらしい。


ただ……、学校でバレると少々面倒な気がする……。


そういう少しモヤモヤした気持ちのまま朝を迎え、学校に向かった。


その途中の電車の中ですずめとバッタリと会った。

「おはよう!! 水郷君!!」

昔とは違い太陽のような満面の笑顔で挨拶をくれるすずめ。


「お、おはよう……!! すず……」

すずめと言いきろうとしたがそれを聞いてすずめは少し膨れて、ジーッと俺を見てくる。


あ、そういえば……昨日、名前で呼んでくれって言われたんだっけ……。


それを思い出し、俺は咄嗟に

「おはよう! か、火帆……。」


と咄嗟に呼ぼうとしたがやはりなかなか気恥しく一瞬、詰まってしまった。


「うん!! おはよう!! 水郷君。」

ただそんな俺を見てなのか火帆の表情は一段と明るくなり笑顔をくれる。


こんなふうに登校中に人と話すのは久しぶりだな……。


そう少し考え深く思い出にふけっていたのだが……、やっぱりほかの乗客の視線が痛い!!


さっきから色んな大人にジロジロ見られてるし、多分同年代であろう高校生からは初々しいね〜と言わんばかりのニヤニヤした表情を向けられている。


一方、火帆の方は全くそれに気づいていないようで、こういう鈍感なところは昔と全く変わっていなかった。


目的の駅に着いたら、俺は真っ先に火帆の手を掴みながら逃げるように車内を出た。


焦って手を掴んで出てきた俺を見て火帆は不思議そうに

「どうしたの?」と聞いてきたが


説明するのも恥ずかしかったので誤魔化した。


「いや、なにも。それより早く行こう。」


「あ、あの……水郷君、手……」


「え………?、あ、あ、ああ!!」


このとき俺は掴んでいる手を離そうとしたが、火帆は離そうとした俺の手を繋ぎ直した。


「ねえ、このままいこ……。」


「あ、ああ……わかった。」


断るわけにもいかず、このまま駅から歩き続けることとなったが……。


やっぱり、周りからの視線が痛い!!


そして予測はしていたが、学校に近づいていけば行くほど同じ学校の生徒と会う頻度はどんどん高くなり、校門近くに差し掛かった時には同学年の生徒によってちょっとした騒ぎになっていた。


さすがにこれは色々とまずいと思い

「な、なあ火帆……。そろそろ離した方が良くないか……? みんなの目もあるし、火帆だってこんなに見られるのは嫌だろ……?」

火帆に手を離すように伝えた。


「わ、私は別に大丈夫。ずっと繋いでいたい……。むしろ、みんなに見せつけたいくらい。私の彼氏だって……。で、でも水郷君が嫌なら離すから……。」


そんなこと言われたら、離せるわけないでしょう~!!


結局ずっと離せないまま学校の校門を通り抜けてしまった。終始周りからの目線は、俺達の元に一点に集中していた。


まあ、普通に考えたら高校生にもなって手を繋ぎながら男女で登校してくるなんてありえないもんな……。


この状況を火帆はどう思っているのかと思い火帆の方へと顔を向けると目線を下にしながら顔を赤らめていた。


「か、火帆……? 大丈夫か……?」


「え!? う、うん大丈夫だよ……!!」


声をかけてみて反応をみるに火帆なりに無理をしているようだった。


今ではクラスの人気者だが、昔は教室の陰に隠れていたような女の子だったのだから無理もない、むしろここまで頑張ってくれたことに感謝したいくらいだ。


「な、なあ火帆、そろそろ離した方がいいんじゃないか……? 教師も見えてくるしさ……。」


「え、ああ……うん、そうだね。」


これ以上無理をさせるのも悪いので、俺は教師が見えてくることを口実に繋いでいた手を離した。


火帆のためにもこの方がいいと思っていたが心なしか火帆のそうだねのトーンが沈んでいたような気がした。


そして下駄箱に靴を置いた後、教室の前まで並んで歩き、またねと言って互いの教室へ入っていった。


教室に入った瞬間、全生徒の目が俺に集まってきた。正直、予想よりも随分と早く生徒間の情報網は侮れないと思った。


みなが俺に目を向けてくる中、俺はその目線一切を遮り窓側にある自分の席に向かった。


席に着いても、俺の元に話しかけてくるやつはいない。ずっと俺の方をみてヒソヒソとなにかを話している奴らばかりだった。


思っていたより、しんどいな〜……この立場……


ただ注目されるだけだと思っていたがあまかった。周りからヒソヒソと何かが聞こえるし、噂が一人歩きしかねないこの状況……、はっきり言ってキツい。


その状況の中、俺は何とか午前の授業を受けきった。運良くこのことは教師には出回っていなかったことが不幸中の幸いだった。


ふぅ……なんとか乗り切った~~


こんなに授業で神経をすり減らしたのは久しぶりだった。時刻は昼休みとなり、俺は完全に気を抜いていた。


その時だった……

「水郷君……!! 一緒に、お昼食べよう!!」


火帆の両手に包まれた、二つの弁当箱を持って……。






〜続く〜

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